地雷原の聖騎士
ノエル兄さんを引き連れ、わたしは近くの飲み物テーブルに向かった。学生たちが集まっているので、ソフトドリンクと見ていいだろう。
近づいたところで、ノエル兄さんがわたしを止め、彼がテーブルまで行って、二人分のシャンパングラスをとってきてくれた。
「ありがとう」
「お安いご用です、我が姫。学園のシャンパンは、お酒が入っていないんだね」
「そうなの。参加者が、ほぼ未成年だからね。お酒は~……ああ、いた。多分あそこ。見張りの先生が立ってる、あそこのテーブルにあるよ。取りに行く?」
わたしがアルコールのテーブルを指さし、尋ねると、ノエル兄さんは首を横に振った。
「姫君の護衛中ですから。ただ、お酒を飲まなくてもいい夜会だなんて、素敵だなって思っただけ」
「たしかに、珍しいだろうね。ちなみに兄さん、お酒苦手?」
「うん、あまり好きじゃないんだ」
そうなのか。
現代日本でこそアルハラ禁止の概念や、お酒ダメ絶対体質の存在も知れ渡っているけれど、今世の中世西洋風な王国だと、身分を問わず交流にお酒はつきものだろう。お酒が苦手ってだけで、人付き合いの難易度が上がりそうだ。
「お酒が苦手だと、職場の人との付き合いとか、大変そうだね」
「……そうなんだよ! よくわかったね。さすがはコレットだ」
ノエル兄さんは、目を軽く見開きながら驚いた声をあげ、肯定した。
やっぱり、そうなんだ。兄さん、可哀想に……。
それにしても確か、ルミエラ教の教義によれば、飲酒は非推奨で、特に聖職者は厳禁じゃなかったっけ。聖騎士は別なのかな? 一番お酒から遠ざかれそうな職場なのに、状況変わらずとは。
そのとき、あまり聞きたくない声が、わたしの名前を呼んだ。
「コレット・ルブラン嬢!」
うげ。王太子殿下だ。見れば、側近たちまで婚約者とセットで連れている。もちろん、殿下ご自身の婚約者、イザベル・ド・モンフォール公爵令嬢も一緒だ。
トータルで八人もの大所帯である。混み合った会場では更に多く感じさせるが、参加者たちが王族の進路をあけてくれるので、存外スムーズに動けるらしい。
王太子殿下と側近たちの礼装がキラキラしいことに加え、イザベルを筆頭に、婚約者令嬢たちのドレスはどれも美しく煌びやかで、眩しい集団だった。さすが、王族と高位貴族たちともなると、夜会の装いもひと味違う。
「コレット・ルブランが、王太子殿下にご挨拶申し上げます」
嫌そうな顔を隠し、今夜はドレスの裾をしっかりホールドして、淑女の礼で挨拶する。隣でも、ノエル兄さんが紳士の礼で頭を下げていた。
兄さん、いきなり王族が話しかけてきたのに、意外と冷静だな。さすがは大人。好き。
「面をあげよ。して、そちらの聖騎士は?」
「ノエル・セヴランでございます、殿下」
兄さんが応じる。
「セヴラン卿か。ルブラン嬢、彼は親戚か何かかな?」
「彼は――」
いいこと考えた。兄さんを連れたこの状況、使えるかもしれない。
そう、体のいい男除けに!
「――わたしの、長年の憧れの方です、殿下。今宵はじめて夜会に臨むにあたり、エスコートをお願いしました」
わたしが笑顔でそう応じると、目の前の王太子一行八人は、八人八様――いや、三様かな?――の表情を浮かべた。
まず男子勢は、顔を白くして、愕然とした表情を浮かべていた。王太子、おまえもか。猛虎を被ったわたしにキッパリ振られたのに。
反対に女子勢は、ぱあっと輝く笑顔を浮かべていた。イザベルは「なあんだ恋愛してるじゃないのコレット!」という顔、その他初対面の婚約者令嬢たちは「っしゃあ! 浮気相手が他の男とくっついたぞ!」という顔である。
側近ズや、なぜか私に異性として興味を持ってくる男子学生たち対策として、兄さんを盾にしてみたけれど、中々いい作戦かもしれない。
「で、でも。随分と、年上のようだが…?」
ヴァルモン宰相子息が、ショックを受けつつもそう追求してきた。隣の婚約者が、ぎろりと横目で彼を睨む。見えていないのだろうか?
隣を見ろと言いたいところだが、わたしは、夢見る乙女っぽい表情を自分なりに作り、幸せそうな口調で応じた。
「ええ、12歳ほど。ですから、わたしのことなんて子供にしか見えないでしょうし、断られることを覚悟でお願いしました。でも、ノエル様は快く応じてくれました。
初恋は実らないものと申しますが、叶う日が来るなんて…! 今夜のこと、一生忘れられない思い出になると思います」
あえて“兄さん”と呼ばず、“初恋”も強調して明かしてしまう。本当は、真剣なお付き合いに至っているわけではないけれど、そのように匂わせる。
兄さんに合図かなにか送れるとよかったけれど、幸い、兄さんは私に合わせ、「その通りなんです」といった態度を見せてくれた。幸せそうに笑ってすらいる。
「そ…うなのだな。ルブラン嬢、あなたの恋の成就を、心からお祝いする」
「過分なお言葉、痛み入ります。殿下」
まったくお祝いしていなさそうな顔をしつつも、エリアス殿下は定型のお言葉を口にする。教わったことをしっかり実践できていて、えらい。
側近メンバーも、諦めがついたような表情に移行しつつあった。いいぞ。
「おお、そうだ。我々の自己紹介がまだだったな、すまない。こちらは、我が婚約者、イザベル・ド・モンフォール公爵令嬢」
「…………」
「ん? ベル、どうした?」
紹介されたイザベルは、何事か思い悩んでいる様子で、殿下の言葉にすぐに反応しなかった。少しして、自分が注目されていることに気付いてハッとし、あわてて淑女の礼をした。
――なんだろう。そこはかとなく、嫌な予感がする。
「失礼しました。――イザベル・ド・モンフォールです。コレット様とは、日頃より親しくさせていただいております。どうぞお見知りおきを、セヴラン卿」
「ご丁寧にありがたく存じます、モンフォール公爵令嬢。コレットがお世話になっております。どうぞ、今後とも良いお付き合いをしてあげてください」
「もちろんですわ」
その後、エリアス殿下の紹介で、側近たちと婚約者令嬢たちも順番に紹介していただき、挨拶を交わした。イザベル以外の婚約者令嬢たちとは初対面なので、この機会に知り合えて良かった。在校生であるか尋ね、学年とクラスも聞き出しておく。
これで、側近ズから面倒くさいアプローチを受けたら、ただちに婚約者へ告げ口できる。わたしは思わずニヤリとした。
それから、王太子一行と少し雑談を交わし、わたしたちは離れることにした。「さて、本日のメイン目標である平民学生を探すか」と思ったところで、イザベルが声をかけてきた。
「ねえ、コレット」
「ん? どうしたのベル――あ。どうされましたか、イザベル様?」
「わたくし、お花摘みに行くのだけれど、よければご一緒しない?」
「お花――ああ! ぜひ。お声がけ、ありがとうございます」
お花摘みとは、トイレに行くことの隠喩である。言われてみれば、そろそろ一旦寄りたい感じだった。
「ノエルに――ノエル様。行って参りますね」
「ええ、コレット。気をつけて」
兄さんにも声がけし、イザベルについていく。他の令嬢はついてこなかったようだ。既に寄ったからかもしれないけれど、始まってからまだ一度も行っていないとしたら、なかなか膀胱が強いな。高位貴族ともなると、膀胱の出来も違うのだろうか。
女性トイレに向かう道すがら、人気の少ない通路に出ると、イザベルが口を開いた。
「コレット、よく聞いて」
「え、なに?」
「いいこと? ノエル・セヴランを、けっして拒絶しないで。あなたたちの様子を見るに心配なさそうだけれど、念のためね。かならず彼を受け入れて。詳しいことは明後日、登校日に学園で話すわ」
「お、おお……? わかった。でも、そうしないとどうなるの?」
ぴたり、と、イザベルが足をとめた。それを見て、わたしも慌てて歩みを止める。
イザベルの美しいアメジスト色の瞳が、わたしを真っ直ぐに見据えていた。
「そうしないと、あなたは死ぬわ、コレット。彼、攻略対象なのよ……」




