互いの両親に報告をしましょう
サウェル公爵家、クロムウェル侯爵家の現当主とその妻が揃う中。オーギュストは地につくほど頭を垂れ、低頭していた。
「大変、申し訳ありませんでした」
誰も口を開こうとしない。というのに、空気が重い。
無言の圧力がオーギュストにのしかかっている。傍から見ているカタリナでさえ息苦しさを感じているのだ。本人はもっとだろう。
(全部を話す必要はないと言ったのに……)
公表する際の言い訳をそのまま両親にも使えばいいと提案したのはカタリナだ。けれど、彼は頑なに拒んだ。
カタリナの両親に嘘はつきたくないからと。
正直、今さらだと思う。オーギュストがしたことを考えればこうなるのは当然だ。むしろ、許してもらえず、このまま引き離される可能性の方が高い。
(そのことにオーギュストは気づいているのかしら?)
考えが甘い彼のことだ。気づいていない気がすると……カタリナは嘆息した。
(彼の気持ちは買うけれど……長引かせて無駄に時間を浪費したくはないのよね)
誰よりも先に痺れを切らしたカタリナが口を開く。
「お父様。もうよろしいのではないですか?」
「どこがだ!」
普段、温和な父が声を荒げる姿を初めて見たカタリナは驚愕する。
「お、お父様? どうされたのですか?」
「大切な娘を攫われ、傷ものにされたんだぞ? 平気なわけがないだろう!」
「き、傷ものにはされてないです! 彼は私にそういうことは一切しませんでしたから」
「だとしても、婚活市場価値には傷をつけられた」
「それは……」
実際、そうだ。それがオーギュストとの婚約を受け入れる理由の一つにもなった。
咄嗟に言い返せる言葉が見つからず口を閉ざす。
オーギュストの頭はさらに深く下がった。そのうち床にめり込むんじゃないかと心配になるほど。
懸命にカタリナは彼を弁護しようとした。
「で、ですが、オーギュストが責任取って結婚してくれると言っていますし……それに、こんなことをしでかす程、彼は私を思ってくれていたということですから……」
「それならなぜ婚約破棄などしたんだ! 百歩譲って、婚約破棄はいい。互いに想いあって婚約したわけでもなく、彼が自分に非があるのを潔く認め破棄したのだから。許せないのは、後々になって本当に好きだったのはカタリナだなんて抜かし始めたことだ。カタリナの新しい出会いを邪魔し、終いには誘拐し、監禁して、再び求婚……我々を、カタリナを馬鹿にしているとしか思えないっ」
常に冷静な父が私情をむき出しにする姿を見て、カタリナは動揺する。
オーギュストは奥歯を噛みしめ、何度目か分からない謝罪を口にした。
彼の親であるサウェル公爵も苦々しい顔で頭を下げた。
「本当になんと詫びたらいいか……まさかここまで愚かだったとは。私の監督不行き届きだ」
「お、おじ様まで……」
「カタリナ」
「お母様……」
「しばらく精神のお医者様に診てもらうのはどうかしら?」
「お母様⁉ 私は正気ですよ? 監禁生活による精神異常の心配をしているのでしょうが、問題ありません。便宜上『監禁』という言葉を使いはしましたが、実際はお母様が想像しているような生活ではなかったのですから」
「でも、念のため、ね」
全く信じていない様子の母にカタリナの頬が一瞬カッと赤く染まる。が、すぐに深呼吸して平常を取り戻した。
まっすぐに母を見つめる。
「お母様がそこまで言うのなら、一度診てもらってもかまいません」
その態度に母がどう感じたのかは分からないが、それ以上は何も言ってこなくなった。
一方、カタリナの横では、公爵夫人が己の息子に声をかけていた。
「オーギュスト。顔を上げなさい」
そう言われ、オーギュストは素直に従った。己の母の顔を見上げ、青ざめる。いつものおっとりした様子からかけ離れた鬼の形相。
公爵夫人が扇を振り上げる。
「この! 獣ぉお! カタリナちゃんに、なんてことをっ!」
オーギュストの頬を力いっぱい叩いた。一度では止まらず、二度三度、右左右左と繰り返し。
呆けていたカタリナが我に返り、慌てて止めに入る。
「おば様! 落ち着いてくださいっ」
「止めないでカタリナちゃん。この獣にとどめをさすのが親である私の役目なのよ!」
公爵夫人の勢いは止まらない。オーギュストはされるがままだ。頬の次は頭、お腹、そして股間へと……。
「ダ、ダメです! 私のためを思うなら止めてください!」
羽交い絞めにし、ようやく夫人は落ち着きを取り戻した。
両頬膨れ上がったオーギュストは原型を留めていない。これではまともに喋ることもできないだろう。
カタリナにとってのチャンスが訪れた。
(もういいわよね。このままでは、話が進まないもの)
彼は不本意だろうが、カタリナはとっておきの切り札を今、切ることにした。
「一旦、私の話を聞いてください。皆様にまだお伝えしていないことがあるのです」
「んんっ!」
察して唸り声を上げたオーギュストを片手で黙らせる。
「オーギュストは最後まで黙っているつもりだったようですが、やはり伝えるべきだと思いまして。……今回の監禁、彼ひとりで計画したものではありません」
カタリナの発言に全員が反応する。「どおりで!」「では、誰が裏で糸を引いていたんだ?」「まさか敵対勢力が?」「逆恨みかしら」と各々心当たりを思い浮かべている。けれど、その中に正解はない。
カタリナはもったいぶりながら……告げた。
「首謀者は……ヴィクトール・レガリア。この国の王太子殿下です」
皆息を呑む。
(いい反応だわ。さあ、ここからが本番)
最初に正気に戻ったのはサウェル公爵だった。
「なぜ、王太子殿下が……オーギュストとは交流がなかったはずだが」
「殿下がオーギュストに接触してきたのはちょうど……ミラ嬢が学園で問題を起こした頃です」
その一言だけで、王家の目的を理解したのだろう。各々なるほどと頷いている。
「何度か聞き取りが続き、その何度目かの際に、オーギュストは私の監禁計画について漏らしたそうです。そして、それを聞いた殿下は……面白半分に彼に知恵を与え、後押しをした」
「そんな、殿下がまさかそのような……」
母が信じられないとでもいうように呟くが、私は真顔で首を振る。
(あの方はそういう人です)
私の気持ちを代弁するように、サウェル公爵が呟く。
「あの方は、前々からそういうところがあった……」
「納得だわ。このおバカさんひとりで立てた計画なら、誘拐も監禁も成功しなかったでしょうもの」
公爵夫人の言葉にカタリナは頷く。オーギュストは何とも言えない表情だが仕方ない。事実だ。
皆の反応から手ごたえを感じたカタリナはトドメの言葉を口にする。
「今回の件、便宜上『監禁』と呼んでいますが、正確には一般規定には即していないと思っています。というのも、監禁のセオリーではまず自由を奪うらしいですが、私は拘束等されていませんでした。自由に(部屋の中だけ)歩き回れましたし、私の身の回りのことは彼が侍女に代わって献身的に奉仕してくれましたから不便もありませんでした。それに、(途中から)殿下から派遣された使用人たちもいましたから、むしろ私にとっては別邸で過ごす短期休暇のようなものでした」
皆、沈黙する。けれど、先ほどのピリピリした空気とは全く違う。
父が溜息を吐いた。
「殿下がかかわっているのならこれ以上は咎められないね」
サウェル公爵も不本意だという顔のまま頷き、カタリナを見た。
「だな。それで、殿下はなんと?」
「私とオーギュストの結婚を後押ししてくれると。それと今回の騒動については『王太子の密命を受け、その過程で命の危機に陥り、二人で身を隠していた』ということになりました」
(実際、オーギュストは瀕死状態になり、私に回ってきたあの仕事によってどこぞの侯爵家とそれに連なる家紋が一つ潰れたと聞いたわ)
「そう、か。ならそのように私の方でも手を打とう」
「お願いします。お父様も」
「ああ……今回のことでカタリナに悪評がつくのだけは避けたいからね」
「さすがはお父様たち。理解が早い」と、カタリナはにんまり笑う。
しかし、母と公爵夫人は未だ不満そうにしていた。
「カタリナ、本当にオーギュスト君でいいの?」
「このおバカや殿下に気を遣うことないのよ? カタリナちゃんが嫌だというのなら、私がもっと良い人を紹介してあげるわ。殿下のことも任せて頂戴。だから、遠慮なく」
「いいえ。おば様。私は遠慮などしていません。きちんと考えた上でオーギュストを相手に選んだのです。監禁される前は、ただ家のためにより条件が良い方を婿に……と考えていましたが、オーギュストと暮らしてみて誰でもいいわけではないと気づきました。彼となら夫婦生活を送れる……いえ、その相手は彼がいいと」
母と公爵夫人が驚いたように顔を見合わせる。そして、眉尻を下げた。それなら仕方ないとでもいうように。
「分かったわ。カタリナがそこまで言うのなら……あなたたちの婚約を認めます」
「オーギュスト。あなた、次にカタリナちゃんを傷つけたら私が……いえ、今度こそ公爵家が許しませんからね! ギルバートもよろしくて⁉」
「ああ、君の言う通りだ。二度はない。オーギュスト、そのことを頭に入れて置くように」
「はい、父上。母上」
空気と化していたオーギュストが深々と頭を下げた。彼の床下に、ポツポツと水たまりができる。
それを見て、母が嘆息した。
「まったく、こんなことをしでかすくらいカタリナのことを好きなら、最初から婚約破棄等しなければよかったのに」
「本当に。ああ、そういえばオーギュスト君はカタリナにかかわること以外はポンコツだったなあ」
とは父の言葉。婿入り教育に携わっている父だからこそ分かるのだろう。
いや、彼の両親も同じような顔をしている。
母は首を捻った。
「カタリナにかかわること以外はポンコツ……? なのに、カタリナへの気持ちには気づかなったの? それどころか他の女に目移りするなんて」
「ああ、それは……」
カタリナがちらりとオーギュストを見やる。皆の視線が一点に集まった。
説明を求められたオーギュストは恐る恐る口を開いた。
「僕にとって、カタリナは隣に居て当然の存在でした。カタリナのことは……きっとずっと昔から好きだったんだけど……でも、その気持ちすらもあって当然のものだったから、それが特別な感情だとは気づけなかったんだと、思います」
次いで、どうしてミラを『真実の愛』と定めたかについても皆に説明する。
「全てを失った後に、カタリナの隣に居られることがどれだけ特別だったのか、カタリナへの気持ちこそが本物の『真実の愛』だったのだと気づきました。本当に僕は馬鹿で愚かで……でも、だからこそ、もう二度と同じ轍は踏みません! 今後は絶対にカタリナの隣を誰にも譲らないし、カタリナ以外によそ見なんてしないし、カタリナだけを死ぬまで愛しぬきます。カタリナにも誓ったんです。世界で一番幸せなお嫁さんにするって」
話していくうちにヒートアップしたのか、もしくは抜けられない沼へとずぶずぶ落ちて行ったのか。オーギュストの表情が変わっていた。皆が知るオーギュスト・サウェルから、カタリナへの気持ちを自覚したただの男へと。
「カタリナ。本当に大丈夫なの? オーギュスト君、目が少し常軌を逸しているようだけれど」
こそっと話しかけてきたのは母。父も心配そうに見てくる。
けれど、それに対しカタリナは全く心配はないと笑みを返した。
「少々私に対してだけ過剰反応するようになったけれど、根本は変わっていないわ。今回のことだって、殿下の名前を最初から出していればよかったのに自分ひとりで責任を負おうとして……非効率というか、オーギュストらしいというか。ね。二人が知るオーギュストのままでしょう?」
苦虫を嚙み潰したような顔で母が「……少々?」と呟く。
父は別のことが気になったようで……。
「しかし、カタリナ。殿下はタダで自分の名を使ってもいいと言ってくれたのかい?」
的確な指摘に一瞬カタリナは言葉を失った。その反応に気づかない父ではない。
探るような瞳に心配の色が重なる。
カタリナは眉を下げ、ほほ笑んだ。
「お父様、それ以上はたとえお父様でもお話しできません。今後、お伝えする時がくるかもしれませんが……それは今ではありませんので」
「そうか……もし無理難題を言われて困っているのだったら私が」
「大丈夫ですわ。双方満足の取引ができましたから」
自信たっぷりのカタリナの顔を見て、ようやく父は安堵したようだった。
黙って聞き耳を立てていたサウェル公爵も、ホッとしたように視線を逸らした。
(まだ本格的に始動したわけではありませんし、いずれは……と思いますが、まずは殿下に許可をいただいてからでないと……って、あら)
いつの間にか母と公爵夫人は「どこで式を挙げる」やら、「どこでウェディングドレスを作る」やら、「今はやりのデザイナーを~」等話している。切り替えの早さに驚く。
部屋の片隅で物言わぬ置物とかしているオーギュストに気づいた。
「何をしているの。こっちへ来たら?」
「でも……」
「隣に座って」
カタリナが空いている席を叩いて示せば、すぐさま移動してくる。
腫れている頬が痛々しげで、思わず顔を顰めた。
「大丈夫? 医師を手配しましょうか?」
「ううん。このままでいいよ。これは禊だから」
「そう……。ああ、そういえば、あの家はどうするつもりなの? 名義は別の方って言っていたわよね。何もしないでいいのかしら」
小さな声で尋ねると、オーギュストは首を横に振った。
「あの家は正式に僕名義にして、そのままにしておくよ」
「あら、気に入ったの?」
「うん。二人きりになりたい時にちょうどいいだろう? そうだな……週に一回あの家で過ごすのはどう?」
「ちょっと、それはさすがに周期が短すぎないかしら。ちなみに、それで何日滞在するつもりなの?」
「んー。三日?」
「長いわ! そんなことしたら執務が溜まっちゃう!」
「でも……」
「一ヵ月に一度、二泊三日はどうかしら?」
「……堪え切れない気がする」
(そんなに二人の時間を大切にしたいのね。まあ、これも円滑な夫婦生活を送るため……引いては執務を捗らせるために必要なこと)
「なら、一週間に一度で、一泊二日は?」
「それはちょっと……」
「もうっ! じゃあ、一ヵ月に一度で、三泊四日! これ以上は譲れないわ」
「分かったそれで……」
何とか折衷案が決まり、カタリナは視線を上げた。
誰かに見られている気がしたため。そして、気づく。この場にいる全員から自分たちが見られていることに。しかも、生暖かい目で。
(な、何かしら。このむずがゆい気持ちは!)
居たたまれない気持ちになったカタリナは逃げ出すように適当な理由を付けて退出した。その後を当然のように追うオーギュスト。
残された面々は顔を見合わせ、明らかに変わった二人の関係性を思い、苦笑したのだった。




