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第93話 ディメンジョンの異変

 テレポートが使えるので活動範囲がかなり広くなった。とはいえ俺が行ったことのあるところに制限されているので、すぐに行けるところといえば『アルフの街』『王都』『王国のダンジョンの(ディメンジョン)』『帝都』とその街道沿いの小さな村程度しかないが、それでも片道1週間の道のりでも一瞬で到着するのでやはりこのスキルはぶっ壊れだ。


「じゃあ行ってきます。悪い人には気をつけるんだぞ」


「はい、お兄様たちもお気をつけて」


 そんなわけで俺たちは王国のダンジョンに行くことにした。70階層に挑戦するつもりなので最上級職が解放されていないアロエはお留守番だ。代わりにココと一緒に家を守ってもらう。


「よし、じゃあ行くぞ。『テレポート』」


 久しぶりのダンジョン都市、ディメンジョン。ダンジョン産の素材が流通し、それを加工するお店が多く並ぶ、まさにダンジョン産業とも言える独特な産業形態を成している活気に溢れた街だ。そこかしこからカンカンと鉄を打つ音が聞こえてくる。


「活気はあるんだけどさぁ、なんか街の元気なくない?」


 活気があるのに元気がないってどういうことだ? とんちか? これがフィーじゃなければお前絡みにくいな、なぞなぞマンかよと言って会話をやめるぞ。


「そうか? よく分からんな」


 うーん、注意して街の様子を観察しても俺には前と同じに見えるんだが。


「何か違和感があるんだよね〜」


 違和感ねぇ……。それを上手く言語化できないというよりはフィーも感覚的にしか捉えられていないみたいだ。


「わたしにも活気があるように見えます……王都や帝都の市場と比べれば劣りますが」


 じゃあフィーの違和感はそれに慣れたせいという事か? いや、どうやら違うみたいだ。俺たちが頭を悩ませていると、ミーナがあることに気がついたみたいだ。


「フィー、違和感の正体が分かったぞ! 武器だ!」


「はっ……! ほんとだ! ミーナそれだよ!」


 すまん分からん。俺たちに分かるように説明してくれ。


「2人とも、あの武器屋の看板武器を見てみろ」


「あれは、ライトニングタイガーの武器ですか……」


 ライトニングタイガーは40階層のボスモンスターだ。別に変なところはないはずだが……。


「じゃあ次はあっちの武器屋を見て」


「ん? あっちもライトニングタイガーだな」


 よく見ると色々な武器屋や防具屋でライトニングタイガーの装備が看板に掲げられていた。どうした? ライトニングタイガー祭りか?


「マンティコアを看板にしてるところもあるけど、それ以上の装備が明らかに少なくない?」


「確かに変ですね……。60階層くらいまでなら素材が出回っていてもおかしくないと思うのですが……」


 たしかに、50階層を突破しているチームはそこそこいたはずだ。62階層まで突破した『祝福の鐘』のリーダーが『紅翼』だとか『六道』だとかそんなグループの名前を言っていた気がする。それだけ50階層を突破しているグループがいるのに50階層以降の素材が出回っていないのはちょっとおかしい気がする。


「話を聞いてみるか」


 素材を買い取っているギルドの職員に聞けば教えてくれるだろうか。


 ダンジョンの入り口付近の広場では24時間ギルドが出張買取をしてくれている。俺もミーナを買うための資金を集めるためにライトニングタイガー納品祭りでお世話になったものだ。今日はその時に担当してくれていたお姉さんが受付嬢をしていた。


「ひっ……! あ、あなたは……! めちゃくちゃにした人!」


 いきなりのご挨拶どうもありがとう。でもめちゃくちゃにした記憶はないので早く誤解を解いてほしい。


「おい、テンマ……」

「テンマく〜ん?」

「テンマ様……?」


 非難の視線が痛い。冤罪ってこうやって発生するんだなぁ……。というか俺ってそんな信用ないのか? 


「俺は何もしてないんだが?」


「何もしていない!? 相場をめちゃくちゃにしたじゃないですか!」


 めちゃくちゃにしたって、相場のことかぁ……。でも別に悪いことをしたわけじゃないじゃん。


「まぁそんなことだろうと思っていましたが……」


 あ、ずるい。ほんのさっきまでジト目で見てきたのにとんだ手のひら返しだよ。そんなトワの態度が気に食わなかったのか、受付嬢さんが何を言ってるんだと怒り始めた。


「そんなこと!? ライトニングタイガーを1日に10体以上納品してくるのが!?」


「いつものテンマだな……」

「いつものテンマ君というか……」

「むしろ控えめな気が……それくらいならわたしでも出来そうですし」


「ひぃ……やばいのが4人に増えた!」


 やーい、ヤバいやつ認定されてやんの。


「街にライトニングタイガーの装備が溢れていたが、それがライトニングタイガーの装備が多い理由というわけか?」


 え、でも俺が大量納品したのはミーナを買う時だから結構前だぞ? そんな影響が今になって出てくるとは思えないけどな。まぁでもライトニングタイガーの装備が安くなってフル装備を整えられたパーティが40階層を安定周回できるようになったと考えたらそういう影響はあるかもしれない。


「今やライトニングタイガーは1頭50万ゴールドですよ。まぁそれはいいんです。40階層を突破できる実力のあるパーティが増えたというだけですから」


「その割に50階層以降の装備が少ないのはどうしてだ? マンティコアを倒せるパーティだっていっぱいいるんだろ? 祝福の鐘とか紅翼とか」


「もしかしてご存じないんですか?」


 ん? 俺は何か変なことを言っただろうか。受付嬢は神妙な面持ちをしている。


「ダンジョンシーカーズ、つまり祝福の鐘を代表とした紅翼や六道の連合クランなんですが、少し前に祝福の鐘のリーダーであるアインさんが『ダンジョンの完全制覇は不可能だ。あれは人間が手を出していい相手じゃない』と言葉を残してこの街を去ってしまったんです。今や50階層が攻略の最前線ですよ」


 へ? 祝福の鐘のリーダーってダンジョン攻略のためにミーナのことを執拗に勧誘してた奴だろ? あいつらダンジョン攻略諦めちゃったの?


「なるほどね〜。だから街に活気が無かったんだ。でもなんでそんな一気に解散しちゃったんだろ」


「詳しい話は私も知らされていませんが、彼と一緒に70階層に挑戦した祝福の鐘のシュルドさんと紅翼のリーダーだったファルコンさんがいなくなったことから推測すると……」


「そうか……」


 70階層、『アークエンジェル・レプリカ』の警告を無視して戦いを挑んだのか。俺たちだって他人事ではないな。


「ダンジョンを制覇できるという希望がなくなった今、この街は惰性で動いています。元気がなく見えるのはそのせいかもしれませんね」


 受付嬢さんもその希望に夢を抱いていた1人なんだろうな。いや、受付嬢さんだけじゃない。武器屋も防具屋も、料理屋も宿屋も、この街に住む人全員がそれを期待していたんだな。


 この街はミーナを助けるために散々利用させて貰ったから、出来ることならなんとかしてやりたいが……。


「話し込んでるところ悪い。マンティコアの納品をお願いしたい」


「あ、すみませんライガさん。すぐ承りますね」


 おっと、受付嬢さんの仕事の邪魔になってるな。どうやら50階層のマンティコアを倒したパーティが帰ってきたみたいだ。さて、邪魔するわけにもいかないし俺たちは退散するか。


「ん? ちょっと待ってくれ。あんた前にアインと揉めてた奴じゃないか?」


 パーティのリーダーと思われる男から声をかけられた。うーん、この人どこかで見たことあるような……。


「テンマ様、祝福の鐘の人では?」


「あ、あぁ! マスターシーフの!」


「お前、今俺のこと完全に忘れてただろ……」


 いやぁ俺の記憶から消えるなんてすごい隠形(おんぎょう)術だ。うん、すまん。完全に忘れてた。いや言い訳をさせてもらうとだな、祝福の鐘のメンバーが勢揃いだったら俺も分かったよ。でもメンバーが全員違ってたらそりゃ分からんでしょ。


「他の祝福の鐘のメンバーはどうしたんだ?」


「シュルドが死んで、ラナはその時のトラウマで回復魔法が使えなくなった。肝心のアインもいなくなっちまったし、ゼタとレンの2人も王都に家を買って普通の暮らしをするってさ。ま、事実上の解散だよ」


 そうか、やっぱりシュルドとかいうやつは死んでいたのか。


「70階層の話、詳しく聞かせて貰ってもいいか?」


「俺は62階層までしか攻略に参加してないから又聞きの話になるが……いや、あんたたちには当事者の話の方がいいのかもしれないな」


 ライガはそう言うとパーティメンバーに今日の活動は終わりと告げる。そして俺たちをある人がいるという宿屋に連れて行った。

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