第91話 異端な男
店長さんたちが獅子奮迅の活躍ぶりを見せたあの夜から1週間が経った。俺たちはカレンちゃんに店に来て欲しいと頼まれていたのでカフェロゼッタに向かっていた。街はいつも通りの日常を呈していたけれど、その裏で帝国議会は目まぐるしく動いていた。この1週間で1番のニュースといえば、ガラルホルム伯爵が爵位を剥奪された後に斬首の刑に処せられることになったことだ。
そこに至るまでの過程を簡単に説明すると、まずランページ侯爵家がガラルホルム伯爵が市民に対して不当な圧力をかけて金銭を脅し取っていることを糾弾するところから始まり、その後ガラルホルム伯爵と裏組織のやり取りの証拠、いわゆる裏帳簿が発見された。その帳簿ではかなり大きな金のやり取りも記載されていて、その時期が子爵令嬢の誘拐事件やある有力貴族の不審死と重なっていたりとかなりきな臭い感じだったこともあって議会に激震が走ったそうだ。
状況証拠でほぼ間違いないと議会は賛成多数で極刑を言い渡したが、本当にガラルホルム伯爵がやったのか、それとも他に真犯人がいて伯爵に罪をなすりつけてスケープゴートにしたのか、その真相はわからない。
ただカフェロゼッタのようなそこそこ稼いでいるお店からしたら高いみかじめ料を要求するガラルホルム伯爵がいなくなるのは大歓迎なのでそこの真意はどうでもいいらしい。
「色んな店が改装工事していますね」
「それだけガラルホルム伯爵の締め付けが大きかったということでしょう」
今日は至る所でリニューアル予定の看板を見かける。どこもかしこも急に景気が良くなった。
「今まで納めていた分が丸々利益になるんだもんな」
「カレンちゃんのお店で月300って言ってたもんね…… 毎月それだけ余裕ができるって考えたら改装くらいできるよね」
資金に余裕ができれば新しいことにも挑戦できる。あるいは値下げや大盛りなどでより客に還元することもできるようになる。これからどうやって店を大きくしていこうかと、初めて店を出した時のような気持ちになるのも無理はない。
カフェロゼッタについたら早速カレンちゃんがこれをどうぞと人数分のドリンクを手渡してきた。あれ、コーヒーじゃない。
「新メニューを作ったので味見をお願いします」
どうやらカレンちゃんも心機一転して新しいフレーバーを作ってみたそうだ。でもなんで俺たちに? 店長さんやスタッフさんの味見じゃダメだったのだろうか。
「あの人たちはローザさんの教育のせいで美味しいとしか言えない身体になってしまっているみたいで……」
「てへ」
暗黒物質でも食べさせられたのだろうか。まぁ役に立たないのなら仕方がないな。早速飲ませてもらおう。
……うん、よくわからないけどフルーツの味わい。これフルーツシャーベットだな。もはやコーヒーの要素はどこ? というほどに薄まっているが、これも新しい挑戦の形だろう。普通にそういう飲み物として美味しい。
「フルーツを凍らせたのか!」
「なんて贅沢なの!」
少なくともうちの女性陣には大受けみたいだ。まぁ美味しいに決まってるよな。
「農家さんと直接契約ができたので、季節のフルーツを使ったものを期間限定で販売していこうと思ってます!」
「え! こんな美味しいのに期間限定にしちゃうの?」
「アロエさん、これは購買意欲を高める作戦ですよ。今しか飲めないって言われたら、それを買いたくなりませんか?」
「あ、たしかに……」
この方法はこっちの世界でも有効か。ほんと期間限定って言葉ズルいんだよな。
「では、これを商品化して良いと思う方は挙手をお願いします」
満場一致で賛成になった。まぁこれだけ完成された商品を反対する理由もないしな。もちろん不出来なものを持ってきたらやめた方がいいと言うつもりだったよ? そこで甘やかしたらカレンちゃんが不利益を被っちゃうわけだし、そこは真剣に評価させてもらっている。みんなもその辺りは弁えているはずだ。
真剣に評価した上で俺たちが不合格を出さなかったことにカレンちゃんはホッと胸を撫で下ろした。
「はぁぁ……緊張したぁ……。自分で考えたものを誰かに見せるのってこんなに緊張するんですね」
それは真剣にやっているからこその緊張だろうな。ほんと既存の物をドヤ顔で作ってすいません!
「オーナー頑張ったもんね」
「うんうん。おじさん年甲斐もなく泣いちゃいそう」
「やはり小さい女の子は国の宝だ」
外野うるせぇ! あとなんか1人やべぇやついるぞ。
「では、さっそく来週から提供していきましょう」
カフェロゼッタを出たあとに俺もフルーツを買ってみた。うん、完全にカレンちゃんに触発された。
家に帰ってまずフルーツを小さくカットしてガラス製の器に入れる。そしてそこに炭酸水を入れて砂糖で甘く味付けをする。
「フルーツポンチだ」
本当はお酒で作るらしいが、子供もいるのでこっちの方がいいだろう。というかサイダーで割った方が美味しいに決まっている。
「凄い! しゅわしゅわしてるの!」
「うぅ……お兄様、口の中が痛いです……」
あ、二極化した。炭酸は好き嫌いが分かれるもんなぁ。
「あ、でもこの痛い感じがいいね」
「あぁ、ビールよりも強いな」
「わたしもビールくらいならば平気なのですが……。ここまで強いのは初めてです。一体どうやったんですか?」
こっちの世界だと炭酸ガスが関わってるとかそういう理屈が解明されていないからな。まぁでもこっちには魔法やスキルがあるから科学なんてないようなものだけど。例えば、酸素がないところでも火属性の魔法が使えるのは燃焼の原則から外れている。こういう物理法則を無視した超常現象を起こしてしまう魔法やスキルが純粋な科学の発達にノイズになっている可能性はありそうだ。
「実は風魔法の応用で気体も生成できるんだよ。炭酸ガスっていうのを生成して水に溶かしたらこうなるんだ。俺たちが吸ったり吐いたりしてる空気にも窒素や酸素、二酸化炭素みたいに色々な気体が混ざっているんだ」
「炭酸ガス?」
「窒素?」
「酸素?」
「二酸化炭素?」
「またテンマ様のとんでも謎知識ですか……」
まあそうなるよな。こっちの科学というか哲学というか、その進捗の度合いはというと世界は火・水・風・土の4つの要素から成り立っていると本気で議論しているような段階だ。いや、暗黒魔導士の魔法『万物の根源』のことを考慮するとそれも正解なのかもな。
「テンマ様、わたしたちにだけならば良いですが、そういう発言を外でしてはいけませんよ」
「変なやつだと思われるからか?」
「いえ、投獄されて最悪処刑です」
え、なにそれ怖い。
「ミルカルトル教の教典では人類は唯一神であるミルカルトルによって火・水・風・土が授けられたとされています。故に、この世の全てのものはこの4つの要素で説明できるというものなのですが、テンマ様の知識はその神を否定するものですからね。即異端審問です」
「宗教裁判かよ……」
文化レベルが低いとこうなっちゃうのかぁ。思想の自由とかないんですか? ミーナやフィーもそういう宗教的な知識はあるのだろうか。
「だが、私たちも幼い頃は教会でそう教わったぞ」
「うんうん、世界の成り立ちみたいな感じでね」
マジか。絶対4つの要素で説明できないって分かるだろ。黒魔道士が使う『サンダー』とか『フリーズ』とか、というか聖職者なら聖属性の魔法も使うのに。
「この四行思想に雷を加えた五行思想や、更に氷を加えた六行思想、さらにさらに聖を加えた七行思想なんてのもありますが、まぁ身も蓋もなく言うとこれらは四行思想で説明がつかなくなったものを苦し紛れに足していったものですね」
「うわ! 本当に身も蓋もない!」
トワのその発言こそ外でしちゃダメなやつだわ。つまり四行思想が嘘だって偉い人は分かってるってことじゃん。詐欺だよ詐欺。霊感商法詐欺なんてよくニュースになってたからな。神を信じないと不幸になるなんてよくある常套句だけど、文化レベルが低いとより引っかかりそうだな。
一応こっちの世界に来る時に自称女神だとかいうやつには会ったけど、やっぱあんな眉唾ものって信じちゃダメだな。




