第83話 武闘会
帝都で1番盛り上がるお祭りは何かと街の人に聞くと、9割くらいの人がこれだろうと答えるイベントがある。それは武闘会だ。帝国中の腕自慢がこの帝都に集まり、互いの武を競い合うという至ってシンプルな大会なのだが、この帝都で年に1度だけ開催されているもっとも歴史のあるイベントだ。
政治的な役職や社会的地位、果ては自身の配偶者までを武力で奪い合う行き過ぎた実力主義が横行した帝国建国期時代。その名残として開催される武闘会はまさに実力主義の権化とも言える代物なわけだが、そんな武闘会が帝都で年1番の盛り上がりを見せるのは、帝国建国期時代から脈々と引き継がれているDNAの賜物だろうか。
武闘会の会場であるコロシアムの観客席は当然のように満員。そんな中俺たちは関係者席でのんびりと観戦させてもらっている。関係者席は本戦出場選手に招待された家族や友人が利用出来るのだが、俺たちは出場者であるサクラ団長から招待されているため問題はない。
他には騎士なんかは無条件で関係者席を利用することができる。なので周りに鎧を着ている人が多い。
「あ! アロエちゃんじゃん! おはー、アロエちゃんたちも団長に招待された系?」
「テンマさんと姐さん方もおはよっす!」
「ナナさん、ララさん。こんにちは」
近くを通りかかった若い女性騎士から声をかけられる。騎士団の訓練に足繁く通っていたアロエは騎士団のマスコット的存在だ。まぁつまり俺たちは割とアロエのおまけみたいな感じで今回招待されているというわけだ。
「2人は団長の応援?」
「っすよ〜。本命っすからね」
「ブックメーカーではサクラ団長代理の3連覇か、マルス元騎士団長がリベンジを果たすかってのが良い勝負らしいっすけどね」
元騎士団長か。そういえば団長が「私に騎士団長を押し付けて武者修行の旅をしに行った」って言ってたな。ならお前らにとっては元々の上司じゃないか?
「あの人は応援しなくてもいいっしょ〜」
「皆さんが参加していないのが惜しいっすね〜。まぁでもあんまり騎士連中がボコボコにされると騎士団の沽券に関わるのでやめて欲しいっすけどね〜」
「「あっはっはっは!」」
「笑い事じゃないと思うんですけど……」
全くもって危機感がないというか、ナナとララの2人は大笑いしながら去っていった。アロエの方がしっかりしている。ちなみに騎士団入団5年目、20代女性のこの2人の戦闘力はアロエとどっこいどっこいだ。レベルが低いと思うかもしれないが、レベル120を超えるアロエのステータスと張り合っていることになる。彼女らで若手から中堅あたりと考えれば、防衛機関としての信頼度の高さは想像に難くない。おちゃらけているようで勤勉だ。
「あ、団長の試合始まるよ」
団長と相対しているのは全身フルアーマーに自身の身長ほどの大斧を背負った男。千人規模の予選を勝ち抜いてきたというだけあって雰囲気がある。
ここで武闘会の簡単なルールだが、相手を攻撃する魔法は禁止。降参した相手への攻撃など明確な殺意を持った攻撃は当然反則負けだが、正当な試合の結果相手が死んでしまった場合は特にお咎めなしとなっている。
まぁ格闘技なんかでも死亡事故がないわけじゃないしそういうものだろう。そもそも殺意を持って闘っている人はいないし、大会側も推奨しているわけではない。万が一に備えて白魔道士が備えているので余程のことがない限り死ぬことはない。古代ヨーロッパとかなら人が死ぬのも娯楽だったのかもしれないが、それを寛容しない辺りは流石に文明レベルが上だ。
とはいえだ。つまりは攻撃力の高い武器も許されるということになる。大斧での攻撃なんて下手をしたらまともに一撃喰らえばお陀仏なもんだが、ルール上では特に問題がないということになる。
「強そうな人ですね……」
「攻撃力と守備力は分かりやすく高いだろうな」
対して世界最強と名高いサクラ団長の装備は申し訳程度のプレートアーマーと、斬ることに特化した元幅が細い刀だ。あのフルアーマーを相手にするには頼りない。目の肥えた専門家なら団長の勝利を安心して見ていられるだろうが、町娘や商売人のような非戦闘員から見ればあんなのを相手にするなんてと不安になるのも仕方がない。
「この人が優勝した場合のオッズは36倍ですね」
「決勝トーナメントの進出者が32人だろ? 高くないか?」
「サクラ殿と同じブロックの選手は仕方がないだろうな」
他の参加者を見ても20倍だとか60倍だとか大きい数字が目立つ。その中で1.9倍という低いオッズを叩き出している団長。み、みんな目が肥えているなぁ。2番目に高いのはさっき名前が出てきたマルス元団長の3.4倍。3番目に高いのが次期世界最強と噂されているドルフ、9.7倍。もとの知名度もあるが、それを抜きにしても騎士団が圧倒的に人気だ。単勝以外にも3連単やボックスのような買い方も出来るみたいだが、やはり団長と同じブロックの選手は人気がない。
「あの団長の相手の人。S級冒険者らしいよ」
「そうなのか」
S級冒険者で36倍か。S級冒険者よりも騎士団の方が信頼されている証拠だな。1.9倍と36倍ってオッズで差がついているけど、実際そのくらいの差はあると思う。
立会人が試合開始を告げると同時に観客席からもの凄い歓声があがる。素人ならばその熱気に当てられていいところを見せてやろうと浮つくものだが、両者とも冷静に見合ったまま動かない。
「露骨なカウンター狙いだな」
フルアーマーならばそうか。攻撃魔法が禁止されているため素早さをかなぐり捨ててのカウンター戦術は合理的とも言える。
「相手がサクラ殿じゃなければな……」
団長は一度構えをといて納刀する。居合か? しかし居合もカウンター狙いの技だが……。
すると団長は『縮地』で一気に距離を詰めていった。刀を使うつもりがないのか柄から手を離している。
「無手……格闘スキルか」
団長は振り下ろされた斧を最小限の動きで躱わす。そうして懐に入り込むと相手の腹部に手のひらを添えてそのまま思いっきり押し飛ばした。発勁というスキルによって生み出された瞬間的なエネルギーの放出で金属の巨体が宙を舞う。これならカウンターを喰らう心配もないし、なによりアーマーの内部にまでダメージが通る。普段モンスターを相手にしているだけの冒険者からすれば予想外の一撃だったかもしれない。
「勝者、サクラ・カミイズミ!」
結局たった一撃で勝負が決まってしまった。早速前評判1位の実力を見せつけたな。一般の観客席も鮮やかな一撃で湧いている。
「団長さん。よくあんなギリギリで躱わせますよね……怖くてあんなの出来ないです」
「出来るに越したことはないけど、アロエは後方支援職だからそもそもその距離で戦っている時点で他の問題があるな」
主に俺やミーナに。後衛が闘っている時点で前衛の俺たちが撃ち漏らしているということだからな。
「それにあれは俺やミーナでも難しい。あれは単に目がいいから出来るわけじゃない。フットワークはもちろんだが、自分の身体の動きを熟知しているからこその芸当だ」
自分の身体を自在に操る能力が異常に高い。簡単なことを言っているようだがこれが難しい。例えば『右に30センチ移動しよう』と考えてぴったり30センチ移動するようなものだ。ぴったりとはいかなくても毎回誤差1センチ以内に収まるだろう。ミーナと戦った時もこの天才的な身体捌きで1歩分の余裕を作り出していた。
「そんなに凄いなんて! それなら団長さんの優勝は間違いないですね!」
「いや」
アロエは仲良くしている団長の勝利を確信しているが、どうもそう一筋縄ではいかなそうだ。次の試合でそれは起こった。
「勝者! マルス・グランド!」
元騎士団長が一瞬で勝負を決めていた。こちらも前評判通り、なかなか強いみたいだ。
 




