第62話 天使
俺たちは63階層で取ったストゥルムウスの素材をそのままギルドの販売所に卸す。ストゥルムウスの素材を鑑定したところ、この素材を使った防具は『制風』というスキルがついてストゥルムウスの攻略が楽になるそうだ。○○を攻略するには○○の装備がいいぞ! というのは40階層くらいからあった流れだが、素材が安定して市場に出回っているモンスターの装備を作るのとはワケが違う。素材が流通していないため劣化版の装備で戦うというのは最前線で戦う者の宿命だろうな。
「これだけあれば2人分の防具は作れるだろ」
「むぅ……ちょっと優しすぎるんじゃないか?」
俺がこうして市場に流通させることで後に続く者が攻略しやすくなる。ここでの後続の者というのは当然『祝福の鐘』だ。ミーナは俺を優しいというが、俺はこれで結構黒いことをやっているつもりだ。多分トワにはこの意味が伝わったみたいだ。
「そうとも言えませんよ。これがある限り彼らは嫌でも1番ではないということを意識させられるわけです。1番であることを豪語しその地位に拘っていた彼らにとってはとてつもないストレスでしょう」
「うーわ、テンマ君もトワも真っ黒だよ……」
このストレスを取り除く方法、それは自分たちが取るに足らない凡人だと受け入れ今まで築いてきた名声をかなぐり捨てることだ。自尊心があるほどその屈辱は耐え難いものになるだろう。
「さて、そういうことだから行けるところまで行こうか」
そうして日が暮れる頃には俺たちは69階層を突破した。一癖か二癖くらいあるモンスターラッシュなのによく頑張ったと思うよ。主に俺がだけど。一方俺に戦わせてた女性陣は満足げな表情だ。
「いっぱいレベル上がったね」
「あぁ、この10階分でもう『遊び人』レベル19だ」
実際には雑魚モンスターをひたすら狩っていた方がレベルは上がる。しかし10体しか倒していないと考えるとめちゃくちゃ上がっているように見える。
「テンマ様、お疲れではないですか?」
「んー、実はそんなに疲れてない」
火力役のミーナとフィーがレベル上げに走ったために戦闘時間は長くなってしまったが、危なげなく倒せることには変わりないので余計な気を張る必要がない。なので精神的な疲労はゼロだった。
「みんなは疲れてないか?」
「あぁ、テンマほど働いてないからな」
そう思うなら火力役やってくれませんかねぇ……。けどレベルが上がって嬉しそうにしているところを見てしまったら何も言えない。お前たちの幸せが俺の幸せだ。そう思えば辛いことにもやり甲斐を感じるライフハック。
「じゃあ今日は70階層で最後にしようか」
なら夜ご飯の前にキリのいいところまで行くか。けどもうモンスターがかなり強いんだよな。多分だけど普通の白魔道士1人パーティでは回復が追いつかないから各々が自前で回復手段を持ってこないとって感じだ。複数職業マスターをしているのが当たり前のレベルを要求してくる。
70階層のモンスターはそれ以上のレベルを要求してくるはずだ。正直言って俺たちでも気を抜いていい相手じゃない。
適度な緊張感を持って70階層に突入する。そこで俺たちを待ち受けていたのは黒で包まれた異様な空間だった。どこが地面で、どこが壁なのかも分からない。
「なんだここは……」
「すごい真っ暗だね〜」
いや、真っ暗というのは正しくない表現だ。何故ならはっきりとみんなの顔は確認できるからだ。光源らしきものはないのに不思議だ。この場にあるのは俺たち4人と……。
「女の人……?」
たしかに性別は女なのだろうが人かと言われると甚だ疑問だった。背中には足先にまで届くほどの大きな羽がついている。何をしてくるでもなくただ佇んでいるが、どことなく俺たちのことを観察しているようにも見える。
「ボスモンスターなのか?」
人型であるせいかこれまでのモンスターとは違って知性を感じさせられる。とりあえず困った時の『鑑定』だ。
『アークエンジェル・レプリカ』……種族『ホムンクルス』『天人族』。ホムンクルスでありながら大天使と同等の能力を得た天使の複製品。
鑑定結果には何やら仰々しいことが書かれている。仮に天使だとして倒してしまってもよいのだろうか。そんなことを考えていると向こうからアクションがあった。
「鑑定は終わリましタか?」
若干発声に心許ないところがあるが間違いなく俺に問いかけてきている。コミュニケーションが取れると警戒心が薄くなると思っていたが逆なんだな。俺の中で危険度が跳ね上がって警鐘が鳴っている。
「これは流石に私でも分かる。69階層の比では無さそうだな……」
俺が気をつけろと注意しなくてもミーナたちの警戒心も高まっている。これならすぐに戦闘に移行しても大丈夫だろう。
「警告、神の領域ニ至らぬ者の挑戦は自殺行為でス。転移結晶の使用を推奨しまス」
神の領域か、なんかどこかで聞いたことがあるな。たしか最上級職の説明文にいつも出てくる文言のはずだ。最上級職になってからの挑戦を推奨って余程のレベルじゃないか? とりあえず今はみんな本調子じゃないしここは警告に従うか。
「離脱する」




