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第60話 ピエロ

「テンマ君、これなんの騒ぎなの?」


「なんだフィーか……気配もなく忍び寄るなよ」


というかなんでここにフィーがいるんだ?


「いや、あれだけ後ろが騒がしかったら何かあるって思うでしょ……」


なんと後ろから迫ってくる集団を察知していたフィーは48階層から49階層へ素直に行かずに俺たちが通り過ぎるのを隠密でやり過ごしたらしい。やべぇ、俺も察知できなかった。祝福の鐘のマスターシーフも全く気付いていなかったし、これは一枚も二枚も上手だな。


俺たちが雑談している間も祝福の鐘は雑魚モンスターを狩っている。もともと大人数で動いていたこともあって今更後から1人増えたとかそんなことは誰も気にしていない。


50階層に到着するや否や、ボスモンスターの部屋の前で解散となる。祝福の鐘なんかはお金稼ぎのために倒すのかと思いきや転移結晶を使って戻るらしい。


「紅翼でも六道でもないなら誰なんだろう。まぁちょっと心当たりもあるし探してくるよ」


そう言うとリーダーの男は目の前から消えた。転移結晶を使ったらこうなるのか。ちなみに転移結晶というのはダンジョン内で使える緊急脱出用のアイテムだ。ダンジョン内のモンスターやボスからたまにドロップする。


「そんなわけで最短ルートのマッピングは終わりだ。それと俺たちは近い将来ダンジョン踏破を目標にしたクランを立ち上げる予定だ。クラン参加の条件として今決まっているのは50階層を突破しているということ。これは紅翼と六道の連中も賛同してくれている。ぜひ実力をつけて俺たちのところに来て欲しい」


その連絡を済ませると祝福の鐘のメンバーは全員転移結晶で帰っていった。


「じゃあ行ってくるね」


「あぁ、外で待ってる」


フィーは当初の目的であったマンティコアソロ討伐に行ってしまった。俺も転移結晶でぼちぼち戻るかなぁ。祝福の鐘に同行してきたグループの1つはこのままマンティコアに挑戦するのか「頑張って50階層突破しような!」と気合を入れていた。その直後に「あれぇ!? 他のグループが参加中で入れない!」って言っていたのがちょっと面白かった。


あと結局、紅翼と六道って誰だよ。ちなみに後から聞いたら現在60階層、57階層攻略中のグループの名前だと分かった。まぁ大体分かってたけど。


転移結晶で先にダンジョンの外に戻ってフィーを待つ。祝福の鐘の奢りで2杯目だ。そんな祝福の鐘のメンバーは、ダンジョン48階層で姿を消したここにはいないフィーを必死に声掛けして探していた。


「あ、いたいた。君たち、昨日からずっと2人でダンジョンに潜っているよね」


「そうだが?」


どうやら狙いをつけていた人がいたらしい。たしかに2人でダンジョンに潜っているのはかなり目立つな。


「君ってちょっと前に話題になってた……ほら、たった2人で40階層突破したミーナさんだよね?」


ん? ミーナ? よく見たら声かけられてるのミーナとトワじゃん!? どおりでその話どこかで聞いたことあると思ったよ。


「失礼だが、貴方は?」


「あぁ!? ごめんごめん! 僕のこと知らない人もいるよね? 僕は『祝福の鐘』ってグループのリーダーをしてるんだけど」


「あぁ……このお祭り騒ぎの原因の方ですか。62階層突破おめでとうございます」


「ありがとう。今日の飲み物代は僕たちの奢りだから楽しんでね」


トワの社交辞令の挨拶に気を良くしている。周りの人が(主に女性)がこのやりとりをしているミーナとトワのことをもの凄い形相で睨んでいたが、それに気付いていないのはリーダーの男だけだった。


「ミーナさん。僕たちダンジョン踏破を目的にしたクランを作る予定なんだけど、良かったら君もどうかな?」


「すまない。私にはもっとやるべきことがあるのでな。では行こうか、トワ」


「はい、ミーナお姉様」


おぉふ……一瞬でばっさりだな。まぁミーナからしたらダンジョン踏破なんか興味ないわな。未知の探究とかそういうのって結局は男のロマンなのよね。それが分かって何になんの? って話だ。仕方ないじゃん、それが男のロマンなんだから。でもミーナもトワも俺がダンジョン踏破しようって言ったら喜んでついてきてくれると思う。あれ、俺自惚れてる? 


「待ってくれ!」


というか、いつの間にかかなり目立ってるな。厄介なことに断った相手に対してこんなしつこく絡んでいるのに誰も悪く言わない。むしろミーナとトワに対する批判的な視線が目立つくらいだ。なんだこいつら目付いてんのか? めちゃくちゃイライラしてきたな。とりあえずこんな空気の悪いところにいつまでも2人を放置するわけにもいかない。


「いい加減俺の仲間に絡むのはやめてくれないか?」


俺はこれ以上の接触を遮るように間に入る。俺はミーナとトワを背に祝福の鐘のリーダーと対峙した。


「ん? テンマ、来ていたのか」


「フィーお姉様はよろしいんですか?」


俺的にはかっこよく登場したつもりだったのに……。少しはポジティブな反応が返ってくると思ったらフィーのこと放って何してるの? って非難が飛んできた。え、俺来ちゃダメだった? この悲しみを怒りに変えてこいつにぶつけよう。何もかもこいつが悪い。


「なんだい君は? 僕は今ミーナさんと話をしているんだ! 人が話をしているところに割り込んでくるなんて非常識じゃないか?」


「そのミーナは俺の奴隷だ。人の所有物をしつこくナンパしているやつの方がよっぽど非常識だと思うがな」


第一こいつはオークション会場にいたからミーナの身分が奴隷だって知ってるはずなんだよな。なのにクランに入って欲しいだなんて普通に考えれば無理だと分かるだろう。


「テンマの所有物だと言ってもらえるのは嬉しいが、流石にこんな大勢の前だと少し恥ずかしいな」


「お姉様が羨ましいです……身も心も捧げたつもりでもわたしはそう言ってもらえませんから」


なんか後ろの2人全く緊張感ないな……。この空気の中でキャッキャしてるのがものすごく浮いている。


「おいどうしたんだアイン、なんか揉め事か?」

「珍しいな……アインが声を荒げるなんて」


「シュルド、ライガ……」


騒ぎの中心にいるのが自分達のリーダーとようやく分かったのか、加勢に来たぞと言わんばかりの声を出して騎士の男とマスターシーフの男がやってくる。揉め事と理解している割にその表情に危機感はない。


「たまにいるんだよなぁ。強くなったと勘違いして俺たちに喧嘩売るやつ」


シュルドと呼ばれた騎士の男が俺たちを侮った発言をする。同じくもう1人の男が余裕そうにしているのもまぁそういうことなんだろう。


「勘違いか。面白いジョークだな」


「あなた達のことを表現するのにピッタリな言葉がありますよ。井の中の蛙、鳥なき里の蝙蝠、貂なき森の鼬。チーム名を『夜郎自大』に改名してはいかがですか?」


あれ? 煽られたの俺だよね? なんか後ろで女性陣がブチギレてるんだけど。久しぶりにこんな毒を吐くトワを見たな。何言ってるかはさっぱりだけど。


「俺たちが井の中の蛙だって……?」


騎士の男が顔を真っ赤にして怒り出す。こいつ煽り耐性なさ過ぎだろ。効いてる効いてる! と煽っても良かったが、これ以上ミーナとトワとの時間をこいつらに使いたくない。


「ミーナもトワももういいだろ。時間の無駄だしフィーを回収して帰ろう」


「すまん。お前のことを言われるとついな」


「全くです。1000の言葉を尽くしても言い足りないくらいですよ」


あらら、頭に血が上っているのはこっちも同じか。自分のことなら冷静でいられる2人が俺のことでこんなに怒ってくれるのは素直に嬉しい。まぁでもこの程度の相手には問題ないけどそれが弱点になることもあるだろうから俺のことでも怒らずにマインドコントロールして欲しい。


「待てよ」


その場から離れようとしたところで俺たちの前に騎士の男が立ちはだかった。


「俺たちを散々コケにしといてはいさよならってわけにはいかねぇだろ。特にそっちの嬢ちゃん。あんまり女の子相手に大人気ねぇことしたくはねぇが、舐めた態度を取ってくるなら話は別だ。さっさと謝ったほうが身のためだぜ? それともモテモテの兄ちゃんが代わりに謝ってくれんのかい? いいねぇ女は。後ろで好き勝手言って責任を追及されたら他人にケツ拭いてもらえんだから」


「シュルド、主語を大きくしたらダメだよ。これは女性の問題ではなくこの子の問題だ」


はぁ……底が見えたな。プライドを傷付けられたからその本人に直接謝罪をしてもらわないと気が済まないっていうのが透けている。しかし参ったな、まさかここまで粘着質だとは思わなかった。こいつらには地元で最強の称号を与えて俺たちの隠れ蓑にしようと思ってたんだけど、絡まれるなら話は別だな。俺がどうしようかと考えていたところ、絶妙なタイミングで救世主が現れた。


「あれ? なんか面白そうなことになってる?」


50層の門番を倒して戻ったきたフィーだ。おいおい、また察知できなかったぞ。そしてそのフィーのいる位置が絶妙で、ライガと呼ばれたマスターシーフの背後を取っていた。狙ってやったんだろうな、してやったりとニヤニヤしている。ほんと良い性格してるよ。


「俺の背後……!?」


「おいおい、ライガが気付けねぇってマジかよ……」


あり得ないものを見たと言わんばかりの表情をしている。トワ以上にプライドをへし折ってるけど実力で黙らされたらプライドが傷ついたなんて恥ずかしくて言えないわな。


「君は誰だい? 僕たちは今取り込み中なんだけど。何か用があるなら後にして貰えるかな?」


「残念でしたー! そこにいるテンマ君の女でーす! そんなわけで、これ以上私たちのイチャラブタイムを邪魔しないでくれる?」


実力の一端を見せつけているだけあって流石にフィーは警戒されているみたいだった。逆に言うとここまでしないと気付けないんだから凡庸と言ってしまっても正当な評価だろう。


「おいフィー。テンマの女って、こんな人前でそんな恥ずかしいこと言うな!」


「ミーナお姉様は奴隷宣言されている時点で間違いなく思われているのでは……?」


「そんな私たちと一緒にいるトワもそう思われてると思うけどね〜。テンマ君も俺のハーレムメンバーだって宣言しちゃいなよ〜」


しちゃいなよ〜、じゃなくてだな。ミーナの言う通り何を恥ずかしいこと言ってるんだ。よく女3人集まれば姦しいなんて言うけどこれはフィーが姦しいだけだな。けど元気が無いよりはこっちの方が良いと思ってしまうくらいには俺はもう手遅れだ。


「テンマ様、フィーお姉様も来られたことですしそろそろホテルに行きませんか?」


トワさん? こんな今の状況でホテルなんて言ったら邪推されるの分かってやってるよね? しかしまぁここでダラダラ絡まれるのも時間の無駄だし、ここはトワの思惑に乗りますかね。


「じゃ、そういうことだから」


もう絡んでくんなよ。そういうオーラを発したら目の前のシュルドは悪態をついて道を開けた。おお、俺の願いが通じた。



……なんてことは無かった。今度は俺の前にアインが立ち塞がってきた。


「待て! 女性を物のように扱う君を許すわけにはいかない。さぁ、今すぐ彼女たちを解放するんだ!」


「「「……」」」


なんか物凄く見当違いなことを言ってるんだが? 3人とも思わず絶句しちゃってるよ。


「自分のことを正義だと思い込んでいる悪が1番厄介だよなぁ……」


「何を言っているんだ君は? とりあえず彼女たちのような実力者を低階層で遊ばせているなんて世界にとって大きな損失なんだ。ダンジョンの謎を解き明かすという人類全体の課題のため、彼女たちは僕たちが新しく作るクラン、ダンジョンシーカーズに来るべきだ」


怖いなぁ……。なんかカルト系の宗教勧誘ってこんな感じなのかなって思っちゃった。もはや教祖に見えてきた。いやいや人類全体の課題て、お前以外でそんなこと言ってるやついねぇだろ。ここにいるやつらもダンジョンで金稼ぎすることしか考えてねぇよ。


「ミーナたちがそこに所属して何のメリットがあるんだよ。あぁ、ダンジョン攻略に興味があるとかないとかそういう話じゃなくてだな、わざわざレベルの低いところに入る理由がないって話だよ」


本気でダンジョンを攻略出来るメンバーなら貸し出しくらいならしてやっても良かったけどな。少なくとも62層でひーひー言ってるような奴らにミーナたちの命を預けることは出来ない。


俺はアイテムボックスからとあるアイテムを取り出す。ついさっき手に入れたばかりの取り立てほやほやのやつだ。


「プレゼントだ」


「これは……『テスラ・テスラの鋭牙』!?」


62階層のボスモンスターの素材だ。自分たちが1番だと思っているような奴の天狗の鼻をへし折ってやるにはちょうどいい。


「これがどういうことか分かるよな? 分かったらそこをどいてくれ」


実際には祝福の鐘の62階層攻略を聞いてから攻略したのだが、こいつらの視点からしたら先に攻略を終えていたようにしか見えないだろう。それにこいつらの論調だとダンジョン攻略してると偉いんだっけ? ほんと、主人公からピエロになるってどんな気分なんだろうな。

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