第54話 王城強襲
王都の住民がみんな寝静まった丑三つ時、王都を揺るがす大事件が起きた。その序章として機関銃をぶっ放したような轟音が夜の王都に響き渡る。
なんだなんだと近衛兵が音の正体を確かめるべく王城から出てくる。実はその轟音の正体はミーナが王城に向かって『銭投げ』をぶっ放している音だった。俺とトワは闇に潜みながら少し離れたところでその様子を観察していた。
「あそこには何があるんだ?」
「第一王子ユリウス兄様の寝室ですね」
なんてことを……! ちなみに今回は騒ぎを起こしてその隙に潜入しようという作戦だったのだが、トワが良い作戦があると言ったので任せてみたらこれだ。殺意が高すぎる。
あちらさんからはテロリストだ! 見つけ次第殺せ! と怒声が聞こえてくる。殺意が高いのはお互い様だった。
攻撃はどこからだ! とわちゃわちゃし始めた頃にまた別の場所からも轟音とともに噴煙が上がった。
「ところであそこには何があるんだ?」
「第二王子ヴォルフガング兄様の寝室ですね」
ダブル役満じゃん。いやなんとなくそんな気はしてたけど。
深夜帯だったということで指揮官の指示を仰ぐ前に各々が行動してしまっているのか、それとも抜け駆けして手柄をあげようと考えているのか衛兵の動きは統率されていない。それは素人の俺でも分かった。なぜなら肝心な出入り口を守る兵がいなくなったからだ。
それを見たトワが分かりやすく「はぁぁ……」と溜息をついた。
「トワ……」
「2人の兄は近衛兵を総入れ替えして功績を上げたものを簡単に昇進させると聞きました。これはその弊害ですね。はぁぁ……いつから城勤めの近衛兵がこんな烏合の衆になってしまったのか、全くもって嘆かわしい限りです。父が病床に伏していなければこうはならなかったでしょう」
仮にも自分がいたところの兵士だからな。こんな入口を素通りさせてくれるようなザル警備を見せられたらため息の一つくらい吐きたくもなるだろう。
「近衛兵のレベルの高さに容易に侵入できなくて気まずくなる事態も想定していましたが、そんなことを考えていた自分が恥ずかしいです。まぁその分だけ我々に有利に働くので良いのですが……」
行きましょうと誘導するトワ。なんか可哀想だな。
王城の中もとんでもない騒ぎになっていた。王城に住み込みで働いている執事やメイドが複数人集まっているところに遭遇してしまった。俺とトワは潜伏してその様子を探る。
「怪我人はいないか!」
「はい、執事長。今のところは」
「むぅ……これほどの攻撃だ。敵が1人や2人ということはないだろう。直に大きな戦闘になることが予想される。救護の準備を怠るなよ!」
まぁ敵は1人や2人なんですけどもね。けれど使用人も衛生兵として動けるだけの訓練がされているのは凄いと思った。俺たちが人がいなくなるのを待っているとそこに騎士甲冑を着た男がやってきた。
「バトラ殿」
「おお、ジェイド殿。城壁の外にある騎士団宿舎からこれほどの速さで来ていただけるとは……流石は騎士団長、『疾風のジェイド』の名は伊達じゃありませんな。ところで外の様子は?」
「近衛兵どもが不成者を血眼になって探し回ってるところですよ。城門の警備もおざなりにしてね。敵が流れ込んでくる……いや、もしかしたらもう城内に潜入している可能性がある。バトラ殿、俺の部下が到着したら城門を警備するように伝えてください」
「ふむ……分かりました。それでジェイド殿は?」
「俺は陛下をお守りします」
うーん。さっきの近衛兵の質の低さはなんだったのかってレベルでしっかりしてる。トワが嘆きたくなる理由も分かるわ。この男も『近衛兵ども』って言ってたし、この執事さんもそれを咎めないあたり辟易しているのはみんなそうなのかもしれない。
けど困ったな。どうやら騎士団長はこのままトワパパのところへ行くらしい。うーん、出来れば穏便に済ませたかったがちょっと眠っててもらう必要があるかもしれない。
俺たちは隠れて騎士団長のあとを追う。ちなみにマスターシーフで『隠密』スキルを取得している俺はともかくトワがこうして隠れられているのはスライムブーツを使って『隠密』レベルを1にしているからだ。ミーナとフィーにはあれを履かせるのか!? って怒られた。見た目よりも性能だって言ってやったら「お前はそういうやつだったな」と微妙な顔をされた。解せない。だいたいスライムブーツのおかげでこの堂に入ったスニーキングができるのだから見た目がどうとか文句を言うんじゃないよ。
「父の寝室に入る前に止めましょう」
はっ……! 俺が心の中でそんなことを考えている間に周囲に人影がなく騎士団長を狙える絶好のチャンスが訪れていた。これ多分俺が行動を起こさなかったから催促したパターンのやつだ。ごめんて。
「『スリープ』」
「む……? 誰だ!?」
俺が黒魔道士の睡眠スキルである『スリープ』を使うと騎士団長の首元が一瞬ピカっと光った。そして俺が攻撃を仕掛けたことで俺の隠密は解除される。急に気配が現れたのに驚いたのか騎士団長は勢いよく振り返った。
3秒、4秒、あれ? 騎士団長眠らなくね? もしかしてレジストされた? 意志を持っている相手には効きにくいから仕方がないとはいえ状態異常スキルの成功率は魔力もしくは精神力に依存している。今の俺の職業は『純白魔道士』で魔力に超上方補正が掛かっている状態だ。なんでここで成功してくれないんだよ……!
「『パラライズ』」
仕方がないので睡眠よりも少し成功率が高い麻痺のスキルを使う。しかしこれも首元が光ってレジストされた。
「無駄だ。俺に状態異常は効かない」
はぁぁ!? そんなんありかよ!? 暗闇なので騎士団長の首元が光っているのがよく分かる。あれは……ペンダントか? とりあえず怪しいので鑑定してみる。
『天魔のペンダント』:神話の時代に製造された『伝説の遺物』。状態異常完全耐性を得る。
え、なにそれは……。状態異常完全耐性っていんちきアイテムじゃん。というか伝説の遺物ってなんだよ。そしてなんでそんなのアイテムを騎士団長が持ってるんだよ。
「なるほど。それが父が与えた伝説の遺物ですか」
なんか今トワから聞き捨てならないセリフが飛び出たんだけど。え? 国王が騎士団長にあげたって言った?
「お前の父親なんてもんを渡してんだよ」
「それだけ信が厚いということですよ。テンマ様がお姉様に色々下賜しているのと同じでは?」
いや下賜て。俺は何様だ。あと伝説の遺物なんて仰々しい物はプレゼントしていない。せいぜいスライムリングとかだよ。ロマンチックの欠片もねえな。
「俺の前で随分と余裕だな!」
俺が黒魔道士だと思っているからか騎士団長が剣を抜いて接近してくる。相手が魔道士ならば接近戦に分があると判断したのだろう。
上段から振り下ろされた剣。ステータス差があるから余裕だろうと帝国産のブロンズソードで受け止めようとしたところ、ブロンズソードはたった1合打ち合っただけで根元からポッキリ折れた。俺は剣が折れた瞬間にバックステップですぐに距離を取っていた。
「聖剣デュランダルに数物の剣なんかで打ち合えばそうなる。お前に勝ち目はない」
はぁぁ!? 聖剣デュランダルだぁ? また仰々しい名前だな。ちょっと見せてみろや。
『聖剣デュランダル』:神話の時代にマスタースミスによって鍛造された伝説の剣。攻撃力+500、破壊完全耐性。
ちなみに俺のブロンズソードは攻撃力+20だ。格差がひどい。なんでこんな武器を一介の騎士団長が持ってるんだ。
「あれも父が……」
「よし分かった。もういい」
これ以上聞くと俺の中のトワパパが何でもあげちゃうやべぇやつに認定されてしまう。それにちょっと攻撃力や破壊の耐性を上げたところで本人の技量が上がるわけではないのでいくらでもやりようがある。
騎士団長は武器の性能に頼ったゴリ押しの接近戦を挑んでくる。なので俺は上段から剣を振り下ろそうとした瞬間に『銭投げ』をデュランダルに放った。
「はいおしまい」
「なに!?」
不意を打った攻撃にその手からデュランダルが飛んでいく。装備を壊すだけが無力化の方法ではない。『装備壊し』ならぬ『装備剥がし』だ。
とはいえ、今の俺は攻撃力がそこまで高いというわけではない。ならば何故これが成功したかというとそれは剣を扱う者のクセにある。
「剣を素早く振るためのコツはインパクトの直前までは軽く握ることだ。そんな力を抜いている時に強い衝撃が加わったらどうなるかは見ての通りだ」
「あの一瞬を狙ったのか、貴様何者だ……」
「うーん、そう言われると名乗りたくなってしまうのが不思議だよな」
きっと優越感からくる油断ってやつなんだろうな。俺が戯けているとクイっと袖を引っ張られる。はい、すんません。トワは白魔道士のスキル『ホーリーライト』で周囲を明るくすると騎士団長の前に行く。ちなみにホーリーライトはアンデッド特攻の聖属性スキルであり決して明かりを灯すためのものではない。
「久しいですねジェイド。わたしの顔も忘れましたか?」
「お、王女殿下……! 何故あなたが……」
トワが王城を攻撃しているというのが余程ショックだったのか騎士団長はフリーズしている。
「あなたは誰よりもこの国を愛しておられた……そんなあなたがこのような暴挙に出るなど」
「暴挙ですか。このまま二人の兄に政治を任せて国が崩壊するよりマシだと思うのですが」
トワの発言に思うところがあったのか、騎士団長は何も答えない。数秒の沈黙だったが、その沈黙が雄弁にトワの発言を認めていた。
「王位を簒奪するおつもりですか」
「まさか。国王なんてわたしの柄じゃありませんよ」
冷静に考えて騎士団長がクーデターをするのかって聞いてくるのヤバすぎだろ。しかも咎めてるんじゃなくて若干喜んでるあたりトワの兄貴はどんだけ人望ないんだって話だよ。
「あなたがやらなければ誰がこの国を立て直すのですか……『ハウメアの才女』と呼ばれたあなた以外に誰が……」
「そんなの父に働いて貰えばいいでしょう」
「なっ!? 何を仰っているのですか!」
当然のように言うものだから騎士団長が激昂する。まぁあっちからすれば病床に臥してる父親を働かせろ発言だもんな。俺ならこいつ気が狂ったか? と思う。多分騎士団長も思ってる。
「さあテンマ様行きましょう」
「お、お待ちください!」
「……まだ何か?」
おぅふ、トワの対応が冷たすぎると話題に。冷たすぎて騎士団長黙っちゃったよ。3倍以上生きている男が冷や汗をかきながら黙るってなかなかだぞ。けどそんなことよりもトワが俺の手を取って「行きましょう」ってしたもんだから手を繋いだままな方が気まずい。これだと俺も一緒に立ち止まらないといけないじゃん。離そうとすると強くギュッと握られる。なんで離してくれないの? 王様の部屋を教えてくれれば俺一人でも行けるじゃん。
「……『パラライズ』」
え、トワさん? なんかピリッと来たんですけど!? もしかしなくても今俺にスキル使いましたよね? 俺が手を離そうとしたことにご立腹なのかちょっと表情に出てる。睨んでてもむくれてても冷ややかな目をしてても顔が良いのがズルい。この顔になら何されても許しちゃうよね。世の中ね、顔かお金かなのよ(回文)
「いえ、何でもないです。失礼いたしました……」
「そうですか」
あ、俺がくだらないことを考えている間に何も進展がなかった。あとトワって興味のない人に対してはこんな感じだったなっていうのをふと思い出したわ。そういえば初めて一緒に王都の街に繰り出した時も付いてこようとした近衛に対してこんな対応だったわ。
「テンマ様?」
「あ、はい」
いやマジで俺も嫌われないようにしないとな。正直こんな対応されたらその場ではなんともないフリをして後で部屋に戻って布団の中で号哭する自信がある。いい歳した男が泣くじゃなくて号哭する。とりあえずトワの父親をパパッと完治させて頼れるところを見せつけていこうかな。
 




