第38話 救出劇
「昨夜はお楽しみでしたね」
「ぶっ!」
「ちょ! ミーナ! 私の方に噴き出さないでよ!」
翌日、朝食のために宿に併設された食堂に行ったらリルルちゃんにジト目で言われた。ミーナが牛乳を噴き出したせいでフィーが大変なことになっていた。
「その反応を見る限り本当にお楽しみだったんですね……しかも3人でなんて……不潔です」
「むしろ若い男女が同室で何も起こらない方が不自然だろ」
「開き直るんですか!?」
そりゃミーナやフィーみたいな美人を前にして据え膳食わないともなればそっちの方がよほど不健全だ。当人たちも喜んでくれるし。軽い気持ちに思われるかもしれないけどそれが許される世界だしちゃんと2人とも幸せにするから。
「というか〜、リルルちゃんはそういうのに興味があるお年頃なのかにゃ〜?」
「べ、べつに興味なんかこれっぽっちもありませんよ!?」
「そっか〜。テンマ君のすっごいやつの話とかしたかったけど興味がないなら仕方ないね〜」
「す、すっごいやつ……」
そういう話を外でするのは頼むからやめてくれ。リルルちゃんもそんな釣り師の発言に食いつかないでいいから。というか俺たち、というか主に俺がだけど今からトワを助けに行くんだよ? 緊張感なさすぎじゃない?
「フィー、仕事の時間だ」
「ありゃ、もうそんな時間? そんじゃ行きますか〜」
2人が急に真面目な顔になるもんだからリルルちゃんがビックリしている。まぁフィーも昇格して2人ともAランク冒険者だからな。流石に風格が出てきた。ちなみに俺も2人も昨日のうちにバトルマスターに転職を済ませている。準備は万全だ。
俺はミーナたちと別れて広場へ向かう。既に広場には断頭台が設置され、それを取り囲むようにフェンスが置かれている。更に多くの兵士がそれを守っているという具合だった。
「第三王女の首は3日間晒し首にされるそうだ……」
「お可哀想に……」
「トワイライト様は最近では孤児院を支援なさるなど弱きを見捨てぬ慈愛をお持ちな方だというのに……それが更に貴族主義の貴族共に疎まれる原因になってしまった……」
「私たち庶民を慮るばかりにこのような仕打ちを受けるなんて……」
王都民はフェンスの外から処刑を見守ることしか出来ない。ただ、処刑台を眺める群衆の中には雰囲気の違う者が複数存在した。
「第一王子は間違いなくこの処刑をどこかで見ているはずだ。見つけ出して殺せ」
「第二王子は臆病で卑劣な性格だ。王女が処刑されたか必ず自分の目で確認しに来ているはずだ。探しだして殺せ。今日は滅多にないチャンスだ」
「今は機を待て。断頭台に登るまでは警備の兵士も警戒しているだろう。王女様が処刑される寸前、兵士達が何事もなく終わってよかったと、気が緩んだその隙を突く」
気配を消しながら広場の周辺を探る。そこには様々な思惑が交錯していた。既に政治的な駆け引きは始まっていると見ていいだろう。第一王子の陣営、第二王子の陣営、トワの陣営、それぞれの陣営が水面下で蠢動している。
「さしづめ、俺は第4の陣営ってところか」
俺はトワを助けるために動くが、トワの陣営に味方したいわけではない。俺は、俺がしたいように動く。
「来た……!」
広場に向かって3台の馬車が厳重に警護されながらやってくる。2つはブラフだろうな……。今の俺なら馬車を護衛している兵士全員と大立ち回りも出来るだろうが、あまり暴力的な手段は取りたくない。トワも自国の罪のない兵士が自分のせいで死ぬのは複雑だろうし、ミーナだってそんな殺戮劇が聞きたいわけじゃないだろう。
俺は自分が正義のヒーローだなんて思ってはいないが、俺を正義のヒーローだと信じてやまないミーナのためにも、これは救出劇である必要がある。これは王女を救出するショーでここにいる群衆はみんなショーの観客だ。見世物になるくらいが丁度いい。
「おおおお……」
広場がどよめく。馬車からトワが降りたのだ。誰も動かない。いや、飛び出していかないだけで密かに動いていた。
「あれは……トワを救出しようとしていた連中か」
トワの陣営と思しき集団が裏路地で密かに倒されていた。犯人は第一王子と第二王子が送り込んだ刺客だろうか。そういえば第一王子と第二王子の命を狙っている刺客の姿もない。
「色々と動き出したな」
その間にもトワは縄に縛られた状態で兵士に誘導されながら大きなギロチンのもとへと歩いていく。抵抗はおろか、泣き叫ぶことすらせずに毅然とした態度で歩く姿はまさに王者の風格だった。
「本当に大したやつだよ」
俺はそんな彼女だからこそ助けたいんだ。彼女の努力が、こんな不運のせいで報われないなんて間違っている。
トワはついに断頭台に首を乗せた。あとは隣にいる兵士が縄を切断すれば、自由落下したギロチンがトワの首を刎ねる。
「トワイライト様……! お覚悟……!」
兵士が縄を切るべく手に持った剣を振りかざす。もうおしまいだと悲鳴や嗚咽がそこら中で聞こえてくる。何もしなければほんの1、2秒でトワの命の灯火が消えるというのに、トワの表情に変化は無かった。
死に対する恐怖がないのか、あるいは生に対する未練がないのかもしれない。
「そんな寂しい人生で終わらせたくないよな」
俺は銭投げをギロチンにぶつける。するとギロチンは固定していた枠組みから外れてあらぬ方向へと飛んでいった。
「敵襲だ!!!」
「一体どこから!?」
兵士たちは各々が辺りをキョロキョロと見渡している。その隙に俺はトワの身柄を確保した。このまま黙って攫うことも出来そうだけど、それじゃあショーにならないからな。さて、高らかに名乗るとしようか。
「我が名は怪盗エース! 第三王女は私が頂戴する!」
 




