第32話 オークション
オークション当日がやってきた。オークションは貧乏人NGということもあってか、参加資格に『貴族』、『事前に高額なチケットを購入している』、もしくは『Aランク冒険者』であるという必要があった。金持ちであることを担保しているというわけだ。
「よし、通っていいぞ」
俺はディメンジョンのギルドの納品依頼を片っ端からやって今はAランク冒険者だから何も問題ない。
会場に入ると番号札を渡されて指定された席に座る。落札した人が分かりやすいようにしているのだろう。
オークションでは骨董品や美術品なども扱っていて、中にはスキルのついた装備なども出品されていた。
せっかく参加資格を得たことだしこれからはこう言ったところで価値のあるアイテムを探すのもありかもしれない。
でも今日はミーナに全力だ。ここでお金を消費するわけにはいかない。他の面々もそういう思惑があるのか、綺麗な美術品などの競りはあまり賑わっていないようにも見えた。
「皆さんお待ちかね。本日最後のメインイベント! 今話題のあの冒険者ミーナの登場だ!」
司会の男がそう言うと場内の熱気が一気に高まっていくのが分かった。誰も歓声を上げていないのに五月蝿く感じた。
ステージに赤い布が被せられたものが運ばれてくる。その布が外されると登場したのはデカい檻だった。
「酷いな」
檻の中のミーナには首輪がつけられていて、手錠をかけられた上に目隠しをさせられ、更に口には猿轡と恥辱の限りを尽くされていた。そんなミーナの目に生気は感じられない。
「デバフか……」
鑑定をしてみると、どうやら沈静の首輪というアイテムがミーナにステータス異常を起こしているみたいだ。心身衰弱というのはこういうことを言うのだろうか。
「ふぅ……落ち着こう」
思わず隣でミーナに下卑た視線を向けている男の目を潰しそうになってしまった。そんなことをしたら追い出されるのは間違いないので俺が一番落ち着かないといけない。
「100万ゴールドからスタート! 28番、300万! 45番、500万が出ました! さぁ70番1000万! いきなり8桁まで飛んだ!」
そのあとも1200だとか1500だとか数字が飛び交っている。既に市場に出回る奴隷ではあり得ない値段だ。
「5000万」
「なんと5000万……! 5000万が出た!」
一気に釣り上がった。仮面をしていなかったのでその声の主が若い男だと分かった。
「おいあれ『祝福の鐘』のリーダーか!?」
「あぁ、61階層攻略のためにミーナをメンバーに引き入れるって話は本当だったらしいな」
『祝福の鐘』はディメンジョンの街で一番有名なダンジョン攻略グループだ。本気でダンジョン攻略を考えているのか、それともダンジョン攻略の最前線という名声に拘っているのか、いずれにせよ61階層の突破に懸けているのは間違いなかった。
「5000万より上は出るか!」
「5500万」
その男は仮面をしていたが、体型と声で分かった。ゲーチスだ。『祝福の鐘』の面々は逡巡して6000万と入札したが、すぐに7000万と返されて撃沈した。
「7000万より上はいないですか〜!?」
入札の声はない。愛玩用の奴隷は歳を取るという価値が落ちる要素が確定しているため美術品よりも安値になりがちだ。とくにミーナは既に20代。これが傾国の美女ならいざ知らず、娼館にもいるような手が届きそうな美女のミーナにそこまで出す物好きはそうそういないみたいだ。ま、俺からしたら好都合だが。
「8000万」
俺が宣言するとゲーチスはわかりやすく苛立った顔をした。これ以上出したくないというのが本音だろう。それこそ娼館にいるもっと年若い美人の娘を1年は買える。
「き、きゅうせ……」
「1億」
ついに1億に乗る。会場内にいる面々はゲーチスを見やり入札があるかを待つ。俺かゲーチスのどっちが購入するかと、いくらまでいくのかを楽しんでいるみたいだ。
「い、1億2500万」
ゲーチスが一気に釣り上げる。俺の入札はどうだと会場の視線が集まったのが分かった。他人事だと思って呑気なもんだ。しかし1億あれば落札できると思っていたのにな。そう上手くはいかないか。
「1億5000万」
ほんと、念を入れて余分に周回しておいて良かったよ。
その後ゲーチスの入札はなく俺は1億5000万ゴールドでミーナを落札することが出来た。
落札者はオークション後に個別に別室に呼ばれることになっている。俺は係の者に連れられてミーナの元へ案内された。ミーナは檻からは出されていたが、目隠しや首輪、拘束具はいまだに付いたままだった。
「入金手続きを終えましたら、ミーナはあなたの所有物になります」
「どう扱っても構わないんだな?」
「ええ。貴方も好きですねぇ」
ギルドカードから1億5000万ゴールドを一括で送金する。係の男はそれを確認すると俺にミーナの所有権を譲渡した。
「これで、ミーナは貴方の物になります。お好きなようにしていただいても構いません」
「そうか」
俺は真っ先にミーナの意思を縛る沈静の首輪を外した。これまで力なくだらんと垂れていた指先だったが、血液が流れたように生気が戻った。
「お客様、何を!? 抵抗を防ぐための首輪です! 早く戻してください!」
「好きにして良いんだろ?」
次に猿轡を外すと艶めかしく唾液が糸を引く。
「どうなっても知りませんからね!」
ミーナの叛逆を恐れたのか、係の男は逃げてしまい部屋の中には俺とミーナの2人だけが取り残された。別に何もする気はないが……。
「私の拘束を解いて、どういうつもりだ?」
「そりゃ最初からミーナのこと助けるつもりだよ。というか、もしかして声だけじゃ俺って分かんない? 目隠し取るぞ」
「…………テン……マ……?」
俺のことを見たミーナはまるで幽霊でも見るような目をしていた。そんなに俺がここにいるのがおかしいか?
「出来れば声だけで気づいて欲しかったな。ちょっとショックだったぞ」
もしかして俺のこと忘れてた? 俺からしたら恩人でもミーナからしたらただの冒険者の1人だもんな。あり得る……。
「言っただろ? 恩は返すって」
「おま、だって、い、いちおくごせんまんて、金はどうした!? 闇金で借りたなら一緒に返そう!」
「自分で稼いだから安心しろ。これでアルフの街で借りた1000ゴールドはチャラな」
「か、稼いだ!? 何がどうなってるんだ? 私はついに頭がおかしくなったのか? これは私が見ている都合のいい妄想なのか? はっ! ほっぺをつねれば分かるか! 痛い、ということは現実なのか?」
あ、ミーナが壊れた。まぁ今は落ち着く時間が必要だろう。
「とりあえずホテルに行くぞ」




