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人通りが少なく暗い道。島崎が現場に到着したのは23時30分頃。仕事を終え家で寝ようとしていたところを呼び出された。生嶋が買ってきた缶コーヒーのブラックを一気に飲み干すと、目隠しのためのブルーシートの中に入った。
彼は深い眠りについているようだった。電動車椅子の背もたれに倒れ込むようにして座り、重力に逆らうことなく頭は上を向いている。首には青い痕がついている。形状から見てロープのような物で首を絞められて殺された。所持品にあった障害者手帳によると被害者の名前は三村徹。24歳。足だけでなく手も不自由らしい。家は現場となった道をまっすぐ行った所のようだ。恐らく帰宅するため一人この道を通っていたときに襲われたのだろう。検視官によるとやはり死因は首を絞められたことによる窒息死。死亡推定時刻は21時頃から22時頃の間。凶器は索条痕から直径1センチ程のロープと推測されるが、現在は発見されていない。抵抗した際にできる吉川線がなかったが、手が不自由ならあまり不思議はないだろうとのこと。財布は手付かずで放置。
島崎は嫌な予感がした。刺殺と絞殺という方法の違いこそあるが、これは最近ずっと追い掛けている殺人事件と雰囲気が似ている。そんなことを考えていると携帯電話に着信があった。本田課長と画面に表示されている。嫌な予感がする。「もしもし父さん。目撃者が署に来てるからこっちに来てくれ。残念ながら子供だ」まただ。また子供の目撃者だ。島崎は天を仰いだ。しかしいつまでも黙っているわけにはいかなかった。「わかりました。向かいます」そう言って電話を切ると生嶋を連れて警察署に向かった。
警察署に着いた二人は応接室に入った。既にソファーには子供とその父親と思われる人物が座っている。二人とも固まったように座っていたが、島崎達の顔を見て二人同時に深々と丁寧に頭を下げた。相当緊張しているようだ。島崎達もソファーに座ると。「夜分遅くにご足労いただいて申し訳ございません。入江大地くんだね。事件のことを教えてもらえるかな」生嶋の問いに大地は背筋を伸ばして。「はい」と答える。だがその目は生嶋を見ていなかった。礼儀正しい子供だがやはり怖いとも思うのだろう。島崎はそう感じた。「まず最初に。犯人を見たんだよね。どんな人だったかな」生嶋がそう言うと大地は俯いてしまった。嫌な予感がする。「ぞわぞわさんが殺しました」島崎は鼻から深く息を吐きながら頭をかいた。なんでそうなる。ぞわぞわさんが殺したなんてそんな。正直腹立たしい。島崎はそう思ったが黙っていた。「ぞわぞわさん...なるほど。どんな人かなぞわぞわさんは」生嶋はぞわぞわさんのことを知らないという顔で質問する。「都市伝説みたいなものです。女の人の幽霊らしいです。パーカーを着てフードを被ってます」「なるほど。大地くんは実際見てどう感じた?幽霊だと思った?女の人だと思った?」「はっきりはわかりません。幽霊は見たことがなかったです。でも女の人だと思います。他はわかりません」終始俯いていた大地。得られた情報は小林琳人とほぼ同じ。「どうして坊やはあの時間にあの道を通ったんだい」島崎が疑問を口にする。すると大地の父親が少し不機嫌そうに。「大地は塾に通っているので、その帰りにいつもあの道を通るんです。あの道をまっすぐ行った所に家がありますので」「ということは三村徹さんのこともご存知で」「はい」島崎としてはただの形式的な質問だったが、父親は完全に機嫌を損ねてしまった。息子が疑われるのは誰でも嫌なものだろう。しかし小林琳人もそうだったが、今時の子供は小さいときから習い事をしているのだなと感心もしていた。「そうですか。夜分遅くに申し訳ございませんでした。何か思い出したことがあればこちらにご連絡ください。ありがとうございました」そう言って島崎は名刺を渡した。生嶋も名刺を渡すと大地の父親も自分の名刺を差し出した。入江正。職業は医者。しかも有名な病院だ。特に興味深いわけではないが、思わず感心してしまう職業だと島崎は思った。恐らくいい給料をもらっているだろう。自分と比べても仕方ないことだが。入江親子は最初に顔を合わせたときのように、丁寧に頭を下げると応接室から出ていった。
島崎は生嶋と二人きりになったところで大きな溜息をついた。「ぞわぞわさんでしたねぇ」ぞわぞわさん。何故犯人は幽霊のフリをして殺人を犯すのか。今回ももし証拠や証言が出なければ、まんまと幽霊の仕業にできる。それが狙いなのだろうか。いや、何故かというのは一旦置いておくとして、どうやって子供たちに自分を幽霊だと信じさせたのか。いくら子供相手でも相手は小学生だ幼児ではない。戦隊ものに出てくる怪人を見たって作り物だと理解するだろう。大人より簡単というだけでそう簡単ではない。しかし既に二人そう証言しているのも事実。「犯人はわざと子供たちに犯行を目撃させたんじゃないですかねぇ」やはり生嶋もその考えが最も納得がいくようだ。見当はつかないが何らかの方法で子供に幽霊だと信じ込ませることができるのだとすれば、敢えて子供一人に人を殺す瞬間を目撃させることで、ぞわぞわさんの犯行だと思わせられる。ひいては警察の撹乱に繋がるというわけだ。豊田龍彦殺しの際に全く証拠を残していなかったにも関わらず、小林琳人に間近で目撃されてしまっていたこともこれなら説明がつく。だが問題の解決にはならない。可能性が高いだけで根拠がないからだ。他にも気になるのが小林琳人の母親のぞわぞわさんに対しての態度。そうなるとぞわぞわさんの噂自体が気になる。島崎はまずそこから潰していくことにした。「新。お前ネットできるだろ。ぞわぞわさんについて調べてみてくれ」パソコンの電源を入れられない島崎は生嶋と応接室を出た。
生嶋は慣れた手つきでキーボードを叩く。何故キーボードを見ずにそんなに速く文字を打ち込めるのか。生嶋のzowazowasannと打ち込む速さに首を傾げる島崎。検索結果を見た生嶋は驚きの声を上げた。「島崎さん。これまずいですよぉ」何がまずいのか島崎も画面を覗き込む。しかし沢山の文字が並んでいてよくわからない。島崎がしかめっ面をしていると。「豊田龍彦殺しの犯人はぞわぞわさんだってスレッドがいっぱい立ってます」スレッドの意味はわからなかったが、ぞわぞわさんの情報が世間に漏れているということは理解した。恐れていた事態だ。報道陣には殺人事件のことは伝えたが、ぞわぞわさんのことは伏せている。それでも高橋さんや井上さんが知っていたように噂はすぐに広まる。そう簡単にいい大人が幽霊による人殺しを信じるとは思わないが、地域住民の恐怖心を煽ることには繋がる。そうなれば噂と同じぐらい早く恐怖は世間に蔓延する。島崎は画面を睨みつけていたが、今更どうしようもないだろうと思い。「とにかくそのスレッド見ていくしかないな」生嶋にそう促す。生嶋は一番上にあったスレッドのページを開くと、なかなかの速さで画面をスクロールしていく。島崎の動体視力では追いつかないが、生嶋はしっかりと読んでいるようだ。「文章は膨大ですがどうやら自殺した女子高生の幽霊というのが大筋みたいですぅ」画面から目を離さずに生嶋は伝える。そのページのスレッドを読み終えるとすぐにブラウザバックして次のページを開く。開けては戻り、開けては戻り。気づけば外は少し明るくなっていた。島崎が思わずうとうとし始めたとき。「島崎さん!」一瞬うとうとしていた自分に生嶋が腹を立てたのかと思ったが、生嶋は画面を指差している。慌てて島崎は画面を覗き込む。『それって蔵和田想和子じゃない?』“くらわだ”なんと読むんだ。下の名前がわからない。「“ぞうわだそわこ”ですかね。なんとなくぞわぞわさんっぽいですねぇ」“そわこ”確かにそう読める。しかし苗字は“くらわだ”だろう。島崎は内心そう思ったが、もし自殺した女子高生というのが本当なら、そう呼ばれていじめられていた可能性もあるとも思った。生嶋はゆっくりと画面をスクロールさせたが、この名前を書き込んだ人物がそれ以上の書き込みをしなかったために、あまり議論されずに終わっていた。二人は本田の許可を取ると、生活安全課に書き込みをした人物の特定を依頼して自分たちの机に向かった。
「ぞわぞわさん見つかりますかねぇ」机に突っ伏した状態で生嶋が訊ねる。「さあな」ぞわぞわさんは探していない。そう思った島崎だったが、訂正するのが面倒だったのでそのまま目を閉じた。また事件のことが頭をよぎって眠れないかと思ったが、そんな心配はすぐに意識と共に飛んでいった。三時間弱といったところだがほんの少しでも休む。これからもっと忙しくなるのだから。




