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翌日また朝一で捜査会議が行われた。最初に聞き込みの内容を生嶋が皆に伝える。次に鑑識の結果を他の捜査官が伝えた。鑑識の結果現場からは多数の指紋が見つかったという。公園ということを考えれば当然だろう。被害者豊田龍彦の衣服に着いていた指紋は、豊田龍彦本人、豊田夫人、そして小林琳人のものだけだった。犯人のものと思われる足跡等も発見されず、凶器も見つかっていない。次に現場付近の防犯カメラを確認しに行った捜査官の報告によると、怪しい人物や車は映っていなかったという。まとめると現状犯人に繋がる手掛かりは皆無ということになる。会議室全体が重苦しい空気になった。それを感じた本田は捜査官全員を激励するかのように、元気よく指示を出していった。島崎と生嶋は昨日に引き続き周辺への聞き込みと、本日10時より行われる豊田龍彦の葬儀が終わり次第、豊田夫人に事情聴取を行えというものだった。それで捜査会議は終了。捜査官達は各々仕事に出ていった。
島崎と生嶋は昨日留守だった家を回ったり、聞き込みの範囲を広げてみたが、相変わらずめぼしい情報は得られなかった。時刻は12時を超えていたので、豊田夫人に会いに葬儀場へ向かった。葬儀場で受付に豊田龍彦の葬儀について訊ねると、葬儀は終了し既に斎場に行ったとのことで、それが終わるとまた葬儀場に戻り初七日も済ませるらしい。初七日の法要が終わるのは恐らく16時頃。本田の指示は葬儀が終わり次第だったが、今日の全ての法要が終わってからでも問題はないだろう。島崎の判断でもう一度改めて現場を見てみることにした。
近所の人に聞いてみたところ、この公園を利用している子供は少なく、付き添って大人が来ているのも随分見ていないとのことである。公園の周りには背の高い木が植えてあり、家の中から公園を見たとしても、公園の様子を窺うことはできないだろう。豊田龍彦の遺体は正に木が目隠しになるように横たわっていた。豊田が仕事を終えるのが17時。福田印刷から駅までが約5分の距離でそこから電車で二駅。電車を降りて豊田がこの公園に着くのは大体17時20分頃だろう。だとすると小林琳人が17時半頃血まみれで家に帰ってきたという母親の証言は辻褄が合う。しかし何故子供の前で殺人を行ったのか。小林琳人が大量の血を浴びるほど近くにいたということは、恐らく犯人もその存在に気づいていただろう。いくら子供とは言っても目撃者を放っておくようなことはしないはずだ。つまり犯人は敢えて子供の目の前で豊田龍彦を殺したということになる。自己顕示欲、ヒーロー気取り、革命的思考、メッセージ性、サイコパス。考えればキリがない。しかし犯人には明確な意図がある。島崎はそう感じていた。
またしばらく聞き込みをした後葬儀場に戻ると、丁度タクシーに乗る弔問客を見送っている豊田夫人を入り口に見つけた。一昨日会ったばかりなのに痩せたように感じる。二日前に夫が殺されたばかりなのだから仕方ない。タクシーが発進した後生嶋が豊田夫人に声をかけた。「お忙しいところ申し訳ございません。今からお帰りですか」豊田夫人は胸の前で自分の手を擦りながら小さく。「はい」と答えた。「ご主人のことについてお話を伺いたいのですが、よろしければ家までお送りしますよ」豊田夫人は少し考えるように視線を下に逸らしたが。「お願いします」また小さく答えた。
車内では事情聴取はせず代わりに生嶋が、豊田夫人を心配して労る言葉をかけていた。豊田宅は悲しい静寂に包まれていた。心なしか部屋の空気も冷たい。生嶋もそう感じたのか少し悲しそうな顔をしている。豊田夫人がお茶を出してくれたところで、生嶋が事情聴取を開始した。「お疲れのところ申し訳ございません。お辛いとは思いますが、ご主人のことをお聞かせください。途中で気分が悪くなったりした時はご遠慮なくお申し付けください」生嶋は最大限気を使っているようだった。しかし豊田夫人は生嶋の言葉を聞くと少し眉間に皺を寄せた。それを見て島崎は肝を冷やしたが、豊田夫人は何も言わなかった。「まず最初にご主人はいつも何時頃に帰宅されていましたか」「大体17時半には帰ってきました。いつも17時に仕事を終えて、17時10分の電車に乗り、17時16分に駅に着いて、そこから歩いて帰ってきます。前にそう言っていました」自ら進んでの詳細な説明だったが、島崎にはかなり気が立っているように見えた。「いつもまっすぐ帰ってたんですね。勤め先の社長も真面目な方だったとおっしゃってました。ご主人は毎日あの公園を?」豊田夫人はあからさまに顔をしかめて下を向いてしまった。「すみません、嫌なことを思い出させましたか。本日はもう」「新。ちょっと黙ってろ」生嶋の言葉を島崎が遮った。「奥さん。ご主人はいつもあの公園を通って帰ってたんですか」「はい、そう言ってました」「ご主人を殺害する人物に心当たりはありませんか」「良くも悪くも人付き合いをあまりしない人だったので、思い当たりません」「夫婦仲は良好でしたか」「悪くはないと思います」「良くもなかった」「夫は大切にしてくれましたよ。でも家でもあまり話さない人でしたし、パートで働きたいと言ったときは、言葉にはしなくても嫌がってるのがわかりましたし、私にとっては退屈でした。子供だって欲しいって言ってたのに、全然夜の営みだって無くて、たまに休みの日に私から誘ってみたら今日は疲れてるからって。私もあの人もどんどん歳だけとって、これから私たちには何にも残らないのかなって」そこまで話すと豊田夫人は急に立ち上がって食器棚を開け、奥の方からタバコとライターを取り出し吸い始めた。島崎はその姿をじっと見つめていた。「タバコも、あの人は嫌いでしたから」そう言って豊田夫人は顔をしかめた。「そうですか。ご主人が殺された日の17時から18時までの間、どこで何をされていましたか」「家で夕飯の支度をしていました。証人はいません」生嶋は必死にメモをとっている。もうそれしかないと思っているのだろう。「そうですか。ではそろそろ失礼します。お茶ごちそうさまでした」島崎がそう言うと、生嶋は慌てて立ち上がり頭を下げた。豊田夫人は本当に微かな微笑みを浮かべながら、小さくお辞儀をして二人を見送った。
「腹減ったな」島崎の一言で二人は遅い昼食を食べることにした。当然ラーメンだ。ラーメンを食べている間生嶋は珍しくずっと黙っていたので、島崎が意地悪な笑顔を浮かべながら。「なんだ新。もう黙ってなくていいんだぞ」と冗談を言ってみた。いつもの生嶋なら島崎を睨みつけるところだが、今日は小さく溜息をつくだけだった。重苦しい空気に島崎は苦笑いを浮かべたが、特になにも言わなかった。
ラーメン屋を出た二人はまた聞き込みをしてから警察署に戻った。本田課長に報告を済ませると、生嶋は素早く帰り支度をしていたが。「おい新。飲みに行くぞ付き合え」島崎の突然の提案、というより命令に生嶋は困惑したが、黙って従った。
「いやぁ、僕は駄目ですよぉ」ビール3杯を飲んで酔っ払った生嶋がうなだれている。まだ1杯目の島崎は黙って生嶋の話を聞いている。「豊田さんの奥さんは今すごく辛い状況だと思うんです。僕がなんとか力になれたらなと思ったんですよぉ。だけど逆の結果にぃ」島崎は若干鬱陶しいと感じながらも笑いを堪えている。「まぁ次に活かせよ」島崎の常套句と言える言葉を聞いて生嶋は島崎を睨みつけた。「僕、島崎さんが奥さんに事情聴取してる時ずっとヒヤヒヤしてたんですからね。あんなにズバズバ聞いて。もぉ怖い。怖いですよぉ。でも奥さんは島崎さんの方が良かったんですよねぇ」「なんだ奥さんに惚れたのか」また生嶋が島崎を睨む。「違いますよ!島崎さんはすごいって話ですよ!」島崎は極めて微妙な表情を浮かべた。しかし生嶋は極めて真面目な顔をしている。そのまま生嶋は続けた。「島崎さんは人の心を見極めるプロですよ。正に刑事って感じです。それが経験値だっていうのはわかってます。わかってますけど目の前で見せつけられると悔しいんです」そう言うと生嶋は涙を流し始めた。「そうか。まぁそう思うんだったら俺と組めたことは寧ろラッキーじゃねぇか。目の前ですごいって思うものが見れるんだからよ」生嶋はそれを聞くと声を上げて泣き始めた。居酒屋の店員も周りの客も生嶋を見ている。島崎はもう笑いを堪えるのに必死で、周りのことを気にする余裕はない。「ありがとうございます。ありがとうございます。僕、一生島崎さんに着いていきます」号泣しながら島崎の手を強く握る生嶋。島崎は生嶋の反対を向きながら。「おぉ頑張れよ。でもな俺に一生着いてくんじゃなくて、お前は俺をとっとと追い越していっていいんだよ」最早収拾がつかない勢いで泣いている生嶋。周りの人たちは、恐らく親が亡くなったんだろうと噂している。島崎は我慢の限界がきて笑ってしまっている。周りの人たちは、島崎を不謹慎な奴だと噂している。結局この後二人は店員に注意されたので、早めに店を出て解散することにした。別れ際に生嶋は島崎に抱きついて。「明日からもお願いします!」と大声で言った。島崎は一瞬鼓膜を破られるかと思ったが、黙って生嶋の背中を優しく叩いた。生嶋は島崎から離れると敬礼をして帰っていった。島崎は家に帰って先程までの生嶋の姿を肴に飲み直そうと思いながら帰路についた。




