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ぞわぞわさん  作者: 大河 亮
第一章
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3

 昨日は肌寒いぐらいの寒さだったが、今日は少し冬に戻ったかのように冷える日だと島崎は思った。朝一で捜査会議が行われ、島崎と生嶋は豊田龍彦の職場に聞き込みを行った後、現場周辺での聞き込みを命じられたため、今は生嶋の運転する車で移動中である。豊田の職場は福田印刷という印刷会社で、社員は豊田を入れて24人。豊田はその会社に大学卒業後就職し、今は主任だったらしい。「子供はいなかったらしいんで、それが救いですねぇ」生嶋が自分なりの意見を言ったが、島崎は何も言わなかった。会社付近のコインパーキングに車を停めた後、福田印刷の入り口の前で島崎がおもむろに口を開いた。「新。お前聞き込みの途中で変なこと言うんじゃねぇぞ」生嶋は一瞬島崎の言葉の意味がわからなかったようだが、どうやら車の中で言ったことが気に食わなかったようだと理解したらしい。「すみません」一言謝るとガラス製の重い扉を開けた。


 応接室に通された二人がお茶を飲みながら待っていると。「すみません。お待たせ致しました」そう言って六十前後と思われる男性が部屋に入ってきた。名刺よると社長のようだ。「お忙しいところ申し訳ございません。豊田龍彦さんについて色々とお聞きしたくて参りました」生嶋が挨拶を済ませると、早速話を聞き始めた。社長の話によると豊田龍彦は真面目な性格で、8時から勤務開始だがいつも7時半にはデスクに座っており、遅刻や早退は一度もなく、体調不良等による有給休暇もあまりなかったため、会社から休めと言われるほどだった。社長が見る限り他の社員との関係は、積極的に交流を深めるという人物ではなかったが、その分トラブルといったことは特になく、部下をフォローし、上司や先輩からの信頼もあったらしい。そう語っていた社長は途中から堪えきれずに涙を流していた。「豊田くんは本当に殺されたんですか」少し声を詰まらせながら社長が聞いてきた。「現状ではまだ判断しかねます」生嶋は迷いながらもそう告げた。島崎も頷いて同意した。そして頭を抱えている社長に。「お忙しいところありがとうございました。他の社員の方にもお話を聞かせてもらいたいのですが、よろしいでしょうか」生嶋の質問に社長は力無く頷いていた。


 他の社員にも豊田龍彦のことを聞いてみたが、社長の言う通り特別親しくしていた人物はいなかったため、いい人だったがよくわからないというのが社員の総意だった。島崎は生嶋が質問している間ずっと社員たちの表情を観察していたが、嘘をついている人物はいないと判断した。一応豊田の労働時間や業務内容についても聞いてみたが、普段から残業は無く、無理なノルマを課せられるということも無かったとのことだ。今回の聞き込みでわかったのは、豊田龍彦が真面目な優良社員だったということと、福田印刷がホワイト企業らしいということだ。島崎は豊田龍彦の人物像と、福田印刷に怪しい人物がいないとわかっただけでも進展があったと思うことにした。


 また車に乗り現場付近を目指す。行ったり来たりの繰り返し。島崎は若い時こそ苛立ち退屈だと思った。だがこれが当たり前だ。刑事になった理由は、悪い奴らを捕まえて治安のいい町づくりをしたかったから。というのは刑事になりたての頃に、当時の署長を前に言った建前で、本心では銃を持ちたかったのと、誰もが認める仕事だったからだ。それでも若い頃はそれなりに正義感もあった。そうでなければ本当に刑事になったりはしないだろう。しかし悪い奴らを何人も捕まえたことは無いし、町で騒いでいる奴らなんかには注意や職務質問をしなければならない。そして逆ギレで文句を言われ最悪暴力を振るわれたこともある。挙げ句の果てには汚職問題がどうという話を持ち出され、今では“警察=汚い仕事”のように思っている奴までいる。報われない仕事。というのが島崎の刑事像だ。


 現場の近くに着いたのは丁度昼時だったので、二人は馴染みのラーメン屋に入った。島崎の昼食は九割がラーメンだ。生嶋とコンビを組んで3、4ヶ月の頃は生嶋も、いつもラーメンだと体がもたないと異議を唱えていたが、今では黙って従っている。「とりあえず福田印刷に怪しい人はいませんでしたねぇ」生嶋が世間話のように話した。さっき思っていたことを口に出して言われるとどっと疲れる。「変なこと言うな」島崎の発言に生嶋は顔をしかめた。「今はいいでしょう。島崎さんも思いませんでしたかぁ」島崎も顔をしかめた。「そうだな」しかめっ面のままだが島崎は生嶋を肯定した。「僕の予想ですが、捜査は難航しそうですねぇ」生嶋のベテランのような発言に島崎は少し吹き出した。まだ勤め先に事情聴取に行っただけで何もわからない。「そうかもしれないですねぇ」自分の真似をした島崎のことを生嶋は睨み付けたが、すぐに小さく笑ってその後は黙ってラーメンを食べていた。


 昼食を終えると近所の家に聞き込みをした。事件を知っている人は多かったが、怪しい人物や変な音、近所でのトラブル、豊田龍彦を恨む人物がいないか、豊田夫妻の夫婦関係等を聞いて回ったが、これといった情報を得ることはできなかった。職場同様いい人という印象は持っていても、特に親しいご近所さんはいなかったようだ。もちろん留守だった家もあったので断定はできないが。16時半頃から18時半頃にかけては、事件現場の周りの通行人に聞き込みをした。しかしまた怪しい人物を見たという人はいなかった。島崎としてはこれは予想外だった。遺体の状況から犯人はかなりの返り血を浴びているはずなので、誰かの目にとまるだろうという見立てだったのだが、残念ながらこの辺りは通行人が少ない。ひっそりと存在するこの公園の近くを通る人は少ないらしい。しかし現状目撃者が皆無とは、辛い状況だと島崎は思った。


 その後留守だった家をもう一度回って話を聞き、それでも留守だった家は明日また訪ねることにして、二人は警察署に戻った。課長の本田に捜査報告を済ませた二人は帰ろうとしたが。「父さん。すまんちょっと待ってくれないか」本田が島崎を呼び止めた。生嶋も残ろうとしたが、本田が右手を小さく上げて生嶋を制した。少し不思議そうな顔をした生嶋だったが。「お疲れ様です」そう言って帰っていった。生嶋の姿が見えなくなるのを確認した本田は。「今回の事件どう思う」「どういう意味ですか」島崎としては本田の真意は理解していたが、敢えて確認を取るために質問した。すると本田が溜息をついて。「今回の事件。まだ何にもわかっちゃいないが、何だか嫌な感じがしないか。偉そうなこと言う気はないが、刑事の勘みたいなものかな。だから父さんに聞いたんだよ」答えたくない。内心島崎はそう思った。言葉にしてしまうと思考が固まってしまう場合があるからだ。「そうですね。私もそう感じます」島崎の言葉を聞いて本田はまた溜息をついた。「そうかい。呼び止めてすまなかったね。父さん。今日はゆっくり休んでくれよ」それを聞くと島崎は黙ってお辞儀をして帰ろうとしたが、また本田が。「そうだ父さん。父さんって呼ばれることについてはどう思ってんだい。もし嫌ならやめるよ」本田の発言に強い疲労感を感じた島崎だったが、真面目に答えることにした。「構いませんよ。二十年ぐらい呼ばれてますし、今更変える必要はないでしょう」それを聞いた本田は何度か頷くと、右手を上げて島崎に挨拶をした。島崎はもう一度お辞儀をして今度こそ警察署を後にした。

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