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ぞわぞわさん  作者: 大河 亮
第三章
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6

 次の日もその次の日も島崎は稔夫を訪ねた。それでも稔夫は別段変わった様子もなく島崎を家に迎え入れた。毎日毎日鬱陶しいとは思わないのだろうかと島崎は思っていたが、稔夫らしいとも思っていた。“稔夫らしい“そんな風に思うときが来るなんて...今でも稔夫のことは嫌いだ。それは変わらない。なのにこう毎日一緒の時間を過ごしていると、少しはその人のことがわかってくる。家から出るのは週に二度近所のスーパーに買い物に行くときだけ。自炊はしないがパックの麦茶は作っている。仏壇に供えた花が枯れるとすぐに下げる。妻と娘への愛情。やはりこいつは犯人じゃない。島崎の思いは日に日に強くなるばかりだ。当然その事は松井と本田に報告している。しかし松井は頑なに稔夫が犯人だと言って聞かない。本田も島崎の報告に理解を示しつつも松井の判断には逆らえないようだ。そうして結局毎日稔夫の家に向かうことになる。


 他の捜査官たちも地域住民への聞き込みをし、被害者の家族や知人にも話を聞いているが、一向に捜査に進展はない。武井久仁子が着ていた上着から検出された指紋も新たに二人の身元が判明したが、二人とも武井久仁子が勤める風俗店の常連客の男性で、二人ともアリバイが確認された。残る身元不明の指紋は二つ。しかしこれまで犯人は目撃者を残しながら自らの痕跡を全く残していない。はっきり言って望みは薄いだろう。それでも現状それしか望みはないのだからそっちに人員を割いてもらえないだろうか。どこかに無駄な捜査をしてる二人がいるのだから。そう思いながらも島崎は稔夫の家に向かうのだった。


 午後7時。実りのない報告を松井と本田に済ませた島崎が帰り道を歩いていると、同じく仕事を終えた生嶋が何やら中年の女性と話をしている。疲れていたので無視して帰ろうかと思ったが。「あ!島崎さーん!」気付かれた。しかも女性に。ここ最近新しい相棒が無駄に大声で呼ぶせいで、大声で名前を呼ばれるとどっと疲れる。島崎は心の中で溜息をついてから二人に近づく。近づくまで気付かなかったが見知った顔の女性だ。「どうしましたか」「ここの廃ビルの中で子供たちが遊んでるらしいんですぅ」島崎の質問に生嶋が答えた。島崎は眉間に皺を寄せながら廃ビルを見る。5年程前から廃ビルとなっているが、元々どんな店か会社が入っていたのかわからなかったようなビルで、廃ビルになっていたのにもなかなか気付かなかったほどだ。もちろん廃ビルとは言っても勝手に入るのは犯罪だ。だが昨今では子供の遊び場が減っていると言われている。そんな中で家でゲームばかりするのではなく、こういった遊び場を自分たちで見つけて遊ぶのは逞しい。このぐらい見て見ぬふりをしてやれと島崎は思っていたが。「確かに危ないですよねぇ島崎さん」生嶋が島崎の目をしっかりと見つめながらそう言った。島崎の心中を察したらしい。島崎は何度か頷くと。「では我々でビルの中を探します」そう女性に告げて廃ビルの中に入ろうとしたが。「いや、ほんとに危ないですよね〜こんな所に入って遊ぶなんて。怪我とかしたら大変ですよね」女性がいきなり喋り出したかと思うとそこから延々と話は続いた。最近の子供は挨拶をしない、家の植木鉢が一つ盗まれた、近所の新婚夫婦の旦那が既に浮気してるかもしれない、この前江美子に会って話をした、ここ最近起こっている殺人事件について、ぞわぞわさんは本当にいるのか等ほとんどが、廃ビルの中の子供たちとは関係のない話だった。いつもは人付き合いの上手な生嶋でさえ少しうんざりした顔を見せている。「島崎さん。早く探しに行きましょう。実際に子供たちが怪我したりしたら大変ですから。この人の名前は?」「井上さん」小声で聞いてきた生嶋に島崎は答える。「すみません。そろそろ子供たちを探しにいきます。殺人事件についてもできるだけ早く解決できるように努めますので、井上さんは先にお帰りください。情報提供ありがとうございました」そう笑顔で言った生嶋に女性は不思議そうな顔で。「はぁ。私高橋ですけど」生嶋は妙に目を見開きながら島崎の方を振り向いた。島崎は空を見上げた。


 廃ビルの中は視界ゼロと言っていいほどに暗かった。生嶋のスマホのライトで子供たちを探していると。「島崎さん容疑者の顔と名前はすごく覚えてるのに、なんで知り合いの方の名前間違えますかねぇ」「現場で無駄話するな」生嶋の嫌味を島崎は切り捨てる。高橋さんからの情報によるとビル内には五人の子供がいるらしい。この暗闇の中五人も見つけるとなるとなかなかに骨が折れる。相手が凶悪犯なら応援を要請するところだが、子供相手にそんなことをするのはかっこ悪い。明日の仕事のことを考えるとできるだけ穏便に済ませたいという気持ちもある。「おーい!」「おいぃぃぃぃ」突然の生嶋の大声に驚く島崎。「あ、すいません」生嶋に素直に謝られ照れ笑いを浮かべながら島崎は頷く。ビルは五階建てだが部屋の数はそれほど多くないのですぐに見つかるだろうが、一刻も早く見つけて帰りたい気持ちが強くなった。


 一階、二階と見ていったが子供は一人もいなかった。当然エレベーターは動いていないので階段で上っていくしかない。完全に沈黙したままの二人は三階に辿り着く。とりあえず階段から近い部屋から順に見ていくしかない。生嶋が扉を開けた途端。「わぁー!」「うわぁ!」五人の子供が大声を上げながら一斉に飛び出してきたので生嶋は驚いて尻もちをつく。島崎も少し驚いたが一番後ろを走っていた男の子の腕を掴んだ。その瞬間島崎はぞっとした。かなり腕が細い。服のサイズはぴったりだが袖の太さがまるで合っていない。捕まった男の子は抵抗する気はないようで、大人しく腕を掴まれている。とにかくここで話をするのは好ましくないと島崎は思ったので、一番近い交番まで連れていくことにした。


 交番に向かう途中生嶋は何度も男の子に話し掛けた。しかし男の子は黙ったままなんの感情もこもっていない目で生嶋を見つめている。念のために警察手帳を見せて自分たちが警察官であることを示したが黙秘は続いた。子供というのは怒られると思うと途端に黙ってしまうものかもしれないが、それにしてもこの子の得体の知れない不気味な雰囲気はなんだ。島崎は疑問を抱きながら観察していた。結局黙ったままの男の子を交番で引き渡すと。「なんだまたお前か」交番勤務の警察官が溜息混じりにそう言った。どうやらよく補導されているらしい。島崎は男の子を交番に送り届けたら帰宅しようと思っていたが、どうにも気になって仕方がない。これまでに補導してきた子供は何人もいた。その中に気にかけた子供は一人もいなかった。だがこの子は何故よく補導の対象になっているのか。この子の腕の細さはなんなのか。何故こんなにも不気味な雰囲気を漂わせているのか。「新。お前先に帰ってろ」島崎の言葉に一瞬反抗しかけた生嶋だったが、島崎の考えを察したらしく。「お疲れ様でした」そう告げるとさっさと交番から出ていった。島崎は改めて男の子を見る。視線に気付いたのか男の子も島崎を見てきた。お互いの視線がぶつかる。やはり得体が知れない。少なくとも大人と子供という精神的優位は期待できそうもない。楽しいサービス残業になりそうだ。島崎は皮肉を思い浮かべるのだった。

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