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ぞわぞわさん  作者: 大河 亮
第三章
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2

 島崎と生嶋そして本田の三人は、会議室で外に出ている捜査官たちの帰りを待っていた。本田は疲れた表情を見せている。事件は解決の兆しが一向に見えず、被害は拡大の一途を辿るばかりだ。捜査の指揮を執る本田がそうなるのも無理はない。しかし本田の表情は単純に捜査の進行具合を憂慮しているからというものではなさそうだと島崎は感じていた。何か別の理由がある。そんなことを考えていると、ぞろぞろと外に出ていた捜査官たちが会議室に入ってきた。そろそろ会議が始まりそうだ。


 会議に参加した捜査官たちは皆疲れた顔をしていた。唯一そんな顔を見せていないのが本田だ。さっきまでとは打って変わって威厳のある課長らしい表情を見せている。自分にはなかなかできないと思いながら島崎は話を聞いていた。改めて被害者の情報、殺害方法、現場の状況、目撃者のこと等が説明される。生嶋が言っていた武井久仁子の上着から検出された複数の指紋についても、厳密には八人の指紋が検出されたとのことで、現在前科者の指紋と照合中。それが今わかる全てだった。本田はまた捜査官たちに聞き込みの指示を出していく。島崎と生嶋には地域住民への聞き込みではなく、武井久仁子が勤めていた風俗店での聞き込みが命じられた。これで全捜査官に指示が行き渡り解散かと思われたとき。「最後になったが、今日の殺しで被害者は三人になった。協議の結果本庁に捜査協力を要請した。正式な合同捜査は明日からになるが、みんな協力を頼む」そう言って本田は深々と頭を下げた。会議室全体がざわつく。なるほど本田が抱えていた別の悩みはこれだったようだ。本庁に協力を要請するということは恐らく指揮権が本田から本庁の刑事に移る。そうなれば事件解決の際手柄は向こうのものになる。今まで歩き回って聞き込みをしてきた捜査官たちにとっては辛い事実だ。それに協力要請をするということは、自分たちの管轄内で起こった事件を自分たちで解決できなかったということになる。指揮を執っていた本田はもちろん、捜査官全員の面目丸潰れといったところだ。しかし元々手柄や面子というものに拘りのない島崎はチャンスだと思った。人員が増えることは普通に考えるなら良いことだ。聞き込みの範囲拡大、捜査官たちの負担軽減ができる。更には町に刑事が増えるだけでも殺人の抑止力になり得る。問題は刑事同士の連携だ。変なプライドが邪魔して情報の統合が上手くいかなければ、折角の人員はただの足枷にしかならない。うちの署の刑事たちはもちろん、本庁の刑事たちもすんなりと協力してくれればいいが。島崎は心の中で溜息をついた。


 会議終了後島崎と生嶋は指示通り武井久仁子の勤めていた風俗店に向かっていた。「人員が増えるのは良かったですぅ」「本当にそう思うか」「はい。一刻も早くこんな事件終わらせないと」どうやら生嶋も島崎と同じく増員には賛成なようだ。島崎は若いくせに野心がないと思ったが、生嶋らしいとも思った。


 武井久仁子の勤め先は大通りではないが、人通りがそれなりに多い道路に面する五階建ての商業ビルの四階だった。現在の時刻は15時過ぎ。客がいるかもしれないが構わず店に入る。「いらっしゃいませ。二名様ですか」受付にいた背の高い太った男が指を二本立てている。「警察です。店長さんはいらっしゃいますか」生嶋がそう言って警察手帳を見せると男は焦りを見せた。違法な風俗店だからだ。だがそんなことは島崎と生嶋は承知の上である。「今回は摘発に来たわけではありません。とにかく店長さんと話したいんです」男は一度店の裏に入っていったがすぐにまた出てきて二人を店の裏に招き入れた。「すぐに来るそうなので少しお待ちください。お茶でも飲みますか?」「いえ、結構です」島崎が即答した。遠慮ではなく本当にいらなかったからだ。


 10分程待っていると初老の男が店の裏に入ってきて。「お待たせしました」そう言って二人に向かい合わせで座る。店長の男の雰囲気から察するに、武井久仁子が死んだことはまだ知らないようだ。「急にお呼びだてして申し訳ございません。実は今日の朝こちらで働いておられる武井久仁子さんが遺体で見つかりました」生嶋の言葉を聞いた店長はあまりの衝撃に言葉を失う。「それで武井さんの職場での様子等をお聞かせいただきたいのですが、よろしいですか」店長はまだ呆気にとられた顔をしていたが、力なく頷いた。それから生嶋は武井久仁子のことを質問していった。武井久仁子は店でのプロフィールではアキという源氏名の28歳人妻ということになっていた。そのぐらいのサバ読みは問題ない外見をしていたと思う島崎。指名の際は別途4000円を支払う必要がある程の人気があり、客からの評判はすこぶる良かったようだ。昨日も21時に出勤し六人の客から指名を受けたらしい。同僚や男性スタッフとも問題があったという話はなく、よく楽しそうに話しているのを見たという。子供が熱を出したからという理由で休んだことは何度かあったが、それ以外での欠勤は一度もなく、今朝も8時まで店にいた。私生活は知らないが恨んでいる人間に心当たりなし。当然風俗で遊ぶというのは都合のいい言葉だ。男女共に風俗店に行くこと自体を浮気と捉える人もいる。そういう意味でなら金を払って彼女と行為に及んだ男たちの妻や恋人たちは皆容疑者ということになり得る。しかしほとんどない可能性だと島崎は考えていた。その他はわからないとのことなので、武井久仁子が昨日相手した六人と、彼女を贔屓にしていた客を教えてもらった。


 その後は店で働く女性たちや男性スタッフたちにも話を聞いてみたが、特に気になる情報はなかった。店長の言う通り客からの評判は良かったらしい。かと言って他の女性たちからそのことを妬まれたりということもなかったようで、皆が気配りができて家事も頑張っている人という印象を持っていた。武井久仁子が死んだと聞かされて涙を流す者もいたほどだ。いいことだが事件に関することは何もわからない。島崎はまた溜息をつきそうになる。とにかく聞くべきことは聞いたので二人は店を後にした。


「なんでいい人ばっかりこんな目に遭うんですかねぇ」沈んだ顔で生嶋が呟く。島崎は聞こえないフリをして無視した。“いい人”という括りが殺害理由ではないだろうからだ。殺害された三人の共通点といえば、人通りの少ない場所を帰り道にしていたということぐらいだ。要するに犯人は計画的に三人を殺害したと予想される。他の共通点が見つからない以上、たまたま人通りの少ない道を通る人だったからというのが殺害の理由になる。最悪なのは殺人を楽しんでいるであろう点だ。毎回殺害方法を変えてきている。色々な死に様を見たいか、色々な方法を試したいか、あるいはその両方か。極めつけはぞわぞわさんを騙っての犯行。今やトレンディな殺人鬼として世間で名を馳せている。さぞ喜んでいることだろう。警察も本庁に捜査協力を要請し大慌て。見事に掻き回されている。島崎は溜息をついた。ついてしまった。慌てて息を大きく吸って深呼吸したフリをする。「大丈夫ですか」生嶋はかえって心配したようだ。「まぁなこの歳になると色々って馬鹿野郎」不自然かつ無意味なノリツッコミを勝手に行う島崎に、生嶋は今日一番の驚いた表情を見せた。一種の恐怖すら感じる。「お前昼は食べたのか」「はい、食べました」「そうか、俺はまだだ」「ラーメン食べますかぁ」「いや、いい」あまりのいたたまれなさに島崎は話題を振ったが、謎のカミングアウトからの否定を行っただけになってしまい、二人の間に流れる空気は変になる一方だ。 最早自力での現状打破は不可能と判断した島崎は、何事もなかったかのように黙ることにした。生嶋もそれを察したのかもう何も言わなかった。二人は黙ったまま、警察署へと戻るのであった。

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