番外編 ハッピーハロウィン!
ハロウィンということで、ハロウィンらしい番外編です。
萌えが爆発したせいで、番外編らしからぬ文字数になりました。後悔はしていません。
10月31日。
この日は何の日かご存知だろうか。
「トリック・オア・トリート!」
私は厨房に入るなり、大きな声でそう叫んだ。
――そう、この世界にもハロウィンがあるのだ。乙女ゲームだからかな。乙女ゲームにハロウィンって感じしないけどね。
あ、もちろん厨房に来たのはお菓子をたかるためだ。
お菓子を入れるためのバスケットを持って、色々な人のところを回ろうという魂胆だ。
「あっ、アイリスさん!」
「来ると思ってましたよ!」
「はいどうぞ!」
それぞれ何らかの仮装をした料理人からお菓子を貰った。クッキーにプリン……えっ、プリン?
少々疑問を感じたが……まぁいいか。
それよりも、ドドリーとカルラがいないことの方が不思議だ。一体どこに……
「よっ、お待ちどうさん」
「カルラ!」
上から白い布を被り、お化けコスをしているカルラが厨房の奥から何かを持って出てきた。
「今日はハロウィンだからな。どうせアイリスちゃんが来るだろうってんで準備してたんだ」
「そうなんですか!ありがとうございます!」
私はカルラが差し出したそれ――オレンジ色と紫色のハロウィンらしいマカロン様だった――を受け取った。
マカロン様が美味しそうだから「どうせ」来ると言ったことは水に流してやろう。
「おれからもあるぞ!」
「え、ドドリー様からも?」
「ああ!渾身の出来だ!」
まさかドドリーからも貰えるとは思っていなかったので、これには心底驚いた。ちなみにドドリーは、狼男コスをしている。
ドドリーが用意してくれたのはフォンダンショコラだった。
これにはさすがの私も本気でビビった。フォンダンショコラって人間が作れるんだ、という驚きだ。
「あ、わたくしからも差し上げます。いつも美味しいご飯とお菓子をありがとうございます」
そう言って私は、城下町で人気のパティスリー『ウォンカ』に売っている個包装のチョコレートをひとりひとりに手渡した。――残念ながらチョコレート工場の見学はできない。
「うおおぉぉぉぉ!!!」
「ハロウィン万歳!!!!」
「おっ、おれらにもくれるのかい!?」
「えぇ、お世話になってますから。それ結構……いえ、かなり美味しいんですよ」
「……美食の魔女お墨付きの菓子か。相当ヤバいぜこれは……」
「あぁ……菓子には人一倍……いや百倍うるさい美食の魔女だ……これは……ヤバい」
そんな会話がなされているとは露知らず(なんならそのチョコを天に掲げているのも知らなかった)私は「じゃ、大事に食べますね!ありがとうございますー!」と、小走りに厨房を出た。
◇◆◇
「あっ、クローム様。お菓子をどうぞ」
私は廊下で会ったクロームにチョコレートを差し出した。……さすがにクロームにお菓子をたかるなんてできないからね、私は推しに貢ぐだけだ。
「?」
急にお菓子を差し出されたクロームは、明らかに困惑の色を浮かべていた。……首を傾げるな、可愛すぎて死ぬわ!
「あぁ、今日ハロウィンですから」
「……もうそんな季節なんだ。ありがと」
ふにゃりと微かに微笑んだクローム。……あっ、史上最高のトリートだわ。ヤバい死ぬ。
しかも普段は黒い髪に隠れてなかなか見えないご尊顔が、ピン留めされてあらわになっている。その上、化け猫コス――すなわち、猫耳を装着している。
正直に言おう。惚れた。
「で、でで、ではわたくしはこれで……」
これ以上クロームの前にいたら確実に死ぬ。
そう思った私はこの場をそそくさと離れ――
「待って」
――られなかった。私はクロームに呼び止められた。
「な、なんでしょう」
私を殺したいのかこの人は!自分の顔面偏差値くらい知っておいてよ!顔面偏差値高すぎて最早凶器だぞ!仮装もやめて!いややめないで欲しいけど!
「たしかここに……あ、あった」
長いローブのポケットを少し漁り、そこから出てきたのは飴だった。
「……えっ」
「これ、研究中のお気に入り。いちご。あげる」
…………いちご、いちご。そう、いちご。
それを、私に、あげる。…………あげる、と。
推しが発した言葉だけで私は死ねる。多分私はもうこの世にいない。
いちご。あげる。いちご…………
「……アイリス?」
顔面凶器(良い意味で)なクロームが訝しげに眉を寄せながら私を覗き込んで――か、顔が近い!
「く、くく、く、クロームさま……っ」
「……どうしたの?」
「あのっ、私的にもわたくし的にもこの状況は褒美だけどむしろ人生最高のご褒美だけどでもちょっとその……」
「顔が近すぎではないですか、クローム」
そうそれ!まさに私が言いたかったのはそれ!
上手く言葉がまとまっていない私に代わって言ってくれた誰かさん、グッジョブ!
……ん?いや待てよ。この声、とても聞き覚えがある。
顔を見なくても分かる絶対零度ボイス。
これは。私の真後ろで喋ったのは、まさか。
「……ヴェロール」
ひえぇぇぇっ、やっぱりそうだった!ヴェロールだよね知ってた!
「……そんなに、近くない」
「いえ、私めからしてみれば充分近いです」
「ヴェロール、もっと近い距離にいた」
「そりゃ私めとアイリですから」
「……ならボクもアイリスとだから」
「許しませんよ?」
少女漫画の世界なら「やめて!私のために争わないで!」とふたりの前に立ちはだかるところなのだろうが、生憎と私にそんな勇気はない。
なんなら、後ろにいるであろうヴェロールが怖すぎて後ろを振り向けない。どんな顔してるか何となく予想できるからマジで怖い。
「……あの」
「……何?」
「クローム様、(本っ当に心苦しいしせっかくのご褒美とご厚意を無下にして本っっ当に申し訳ないし惜しいことをしている自覚はあるのですが、さすがの私も命の方が惜しいので)一旦離れてくださいませんか?」
言外にめちゃくちゃ謝罪の意を込めてそう告げると、クロームは少々不機嫌になりながらも「……分かった」と言って離れてくれた。
「一旦とは言わず永遠にアイリに近寄らないでください」
「ヴェロール!」
「なんでしょう。言い訳は後で聞きますよ。ベッドでゆっくりと、ね、」
……あっ、これヤバいやつだ。私知ってる。ヴェロールの笑顔が笑顔じゃないもん。笑ってるのに笑ってないやつ。それに、こんなこと言う時は大体ガチで怒ってるやつだもん。
――毎回季節のイベントの度にこんなようなことしてる気がする。作者の趣味が……あぁいやなんでもない。これはきっとたまたまだろう、うん。
「……ごめんね、邪魔しちゃって」
ふと、クロームがそう言って私から離れ、廊下をさっさと歩いていこうとした。
「あぁいえ!飴ありがとうございました!」
クロームは軽くこちらを振り向き、少しだけ笑顔で、こちらに手を振った。
「…………アイリ?」
(……一難去ってまた一難、どころか百難)
私は恐る恐るヴェロールを視界に入れた。――あ、ヴェロールは吸血鬼コスなんだ。八重歯とマントがよく似合っていて、こんな吸血鬼になら吸血されてもいいかも、てかむしろ自ら首を差し出しても……いや待て馬鹿か私落ち着け。
深呼吸をして気を取り直し、これから何を言われるのか分からず身構えていると。
「トリック・オア・トリート」
と、にっこりと笑みを深めて言った。
「…………え?」
「トリック・オア・トリートと言ったんです。アイリお手製のお菓子があるのでしょう?」
「な、なぜそれを……」
ヴェロール用にお菓子を手作りしたことは厨房の人たちしか知らないはず……ということは、密告!?
「あぁいえ、私めは今の今までお菓子がお手製だとは知りませんでした。いやぁ、まさかこんな簡単に引っかかってくれるとは」
「それ……わたくしを騙したってことですか!?」
「そうですね」
「…………まぁいいです。お菓子でしたね。ちょっと待ってください」
私はバスケットに手を突っ込み、ヴェロールに渡すお菓子を探す。……が。
「……すみません、厨房に置きっぱなしかもしれません。探してきますね」
みんなに渡したものとヴェロールに渡すものは違うのだ。
ヴェロールだけはお手製だ。
ハロウィンらしく、かぼちゃプリンを作ったのだ。
私は慌てて厨房に戻ろうとし――グッと腕を取られた。そして、その腕を引かれ、あと数センチで唇が触れそうな距離にまで近づく。
「今すぐでなければ……イタズラ、してしまいますよ?」
そんな距離で見つめたヴェロールは、八重歯を見せながら艶やかに笑んだ。
(ああああぁぁぁぁぁぁ尊い何これご褒美が過ぎる!こんなご尊顔をこの距離で見たら萌えに萌えて逆に燃えるわ!全身あっついわ!!今なら死ねるね、いや死なないけど!!!)
その笑みからは色気が溢れんばかりに漏れていて。その色気に酔ったのだろうか、なんだかクラクラしてくる。
「あ、の……すぐに持ってくるので」
「つまり、今手元にないんですね?」
「……」
「沈黙は肯定と捉えますからね。……そうですか、ではお菓子は後でいただくとして」
――先に、アイリをいただきましょうか。
そう言ってヴェロールは、私の首元に吸い付いた。
◆◇◆
それからしばらくして。
「…………お菓子、どうぞ」
厨房までお菓子を取りに戻り、ヴェロールの部屋まで持って行き、ヴェロールに小さな箱に梱包したそれを手渡した。
私が作ったのはかぼちゃプリンだ。カルラにコツを教えてもらいながら作り上げた自信作だ。
かぼちゃは案外調理が大変なので時間はかかったが、料理人たちが手伝ってくれたおかげで何とか完成した。
「あぁ、ありがとうございます」
ヴェロールは箱を開け、「……これ、アイリが作ったんですか?」と半ば呆然としながら言った。
「はい。手伝ってもらった部分もあるんですけど」
「それにしたってこのクオリティ……素晴らしいですね。早速いただいても?」
「どうぞ。ではわたくしはこれで」
「どこに行こうというのですか。はい」
……ちょっとヴェロール、何故何も乗っていないスプーンを私に差し出した?
「分かりませんか?なら……」
ヴェロールはプリンをスプーンですくって、あろうことか私に差し出した。
「どうぞ?」
…………え、待って?
ヴェロールにプリンを差し出されている。目の前にスプーンがある。
まさか食べろと言うのか、ヴェロールは。
「…………」
そのスプーンから目を逸らしてみた。
と、スプーンが私を追ってきた。
「食べないんですか?」
ヴェロールは何故、と言わんばかりに首を傾げた。
「だ、って。わたくし、もう食べましたよ。美味しいことは保証します」
「なら貴女が食べても問題ないでしょう?……あぁそれとも、私めの手ずからは食べられないと、そう仰るのでしょうか?」
そう呟いたヴェロールの瞳は、なんだか寂しそうだった。
「……あぁもう、食べます。食べますから」
覚悟を決めろ、私。
最推しに「あーん」をしてもらうチャンスを無下にするわけにはいかない!
「それは良かった。では、どうぞ」
ぎゅっと目を閉じて、私はプリンを口に含んだ。
正直、味なんて分からない。羞恥心が大きすぎてプリンを味わう余裕なんてなかった。
プリンを飲みこみ、ヴェロールを見る。
ヴェロールはニコニコしながら私を見ていた。
「美味しかったですか?」
「……はい」
ヴェロールは本っ当に性格が悪い。
こうして私をからかって楽しんでいるんだ。性悪と言わずなんと言えようか。
「では、はい」
まだ羞恥から抜け出せていない私に、今度はまたスプーンを差し出してきた。
「……えっと?」
「あーんってしてくださいよ、今みたいに」
私が、ヴェロールに?
「いやいや無理ですって」
「何故です?」
「恥ずかしすぎやしませんか?」
「私めは別に」
「わたくしが恥ずかしいんです!」
眦を吊り上げてそう言った。
するとヴェロールはしばらく考えこみ。
「あぁ、なるほど」
と、笑った。
――この時に気づいておけばよかったのだ。この笑みが何を意味しているのかを。
「では、ふたつ選択肢をあげます」
「選択肢、ですか」
「えぇ」
ヴェロールは人差し指を立てた。
「ひとつめ。私めに「あーん」をする」
「却下で」
「それは残念。……ではふたつめ。口移し」
「……き、却下」
「どちらもなし、というわけにはいきませんよ?どちらかを選んでいただかないと」
心底楽しそうにヴェロールは笑っている。――そう、真っ黒い笑顔で。
「……………………ひ、」
「はい?」
「…………ひとつめ、で」
さすがに口移しは無理だ。
固形ならともかく、プリンなんて柔らかいものを口移ししようと思ったら、その……とにかくヤバいのだ、色々と。
「やはりそちらを選びましたか。……ではお願いします」
あーん、と言いながらヴェロールは目を閉じ、口を開けた。
……やっば、めちゃくちゃ顔が良い。
睫毛ながっ、唇ぷるっぷる、肌白っ。
私はスプーンを持っていない方の手を伸ばし、ヴェロールの頬に触れた。
「…………っ!?」
急に触れられて驚いたのか、ヴェロールは目を閉じたまま肩を震わせた。
「すみません、あまりにも綺麗な顔だったので」
そう言いながら私はヴェロールの頬に指を滑らせた。
指はなめらかに肌を撫でた。それだけヴェロールの肌が綺麗だということだ。
「ちょ、アイリ……!」
珍しくヴェロールが慌てている。……これは、楽しい。
私は調子に乗って、ヴェロールの頬に手を添えて軽く耳に触れた。
「耳、真っ赤ですよ」
そう言うとヴェロールは更に赤くなりながら「……うるさいですよ」と。
あぁ、これは、良い。
そのまましばらく私はヴェロールに触れて遊んでいた、が。
不意にスプーンを持っている方の手を掴まれた。
ヴェロールは私の持っているスプーンから、プリンを食べた。
そして。
「んむ……っ!?」
ヴェロールは、噛みつくように私の唇を奪った。
困惑している間にもヴェロールは唇を重ね合わせ続け、ついには舌が這入ってきた。
ヴェロールの舌は私の口内をあちこちしていた。
あまりにも長いキスに、私は息が苦しくなってきた。
外気を取り込もうと口を開け――しかしそれを待っていたように、ヴェロールから何かを移された。
息が荒くなってきたのに気付いたのか、ヴェロールは最後に、わざとらしく音を立てて唇を離した。
「…………っはぁ、はぁ……」
ヴェロールから移されたのは、プリンだった。
私はそれをなんとか嚥下し、ヴェロールをキッと睨んだ……が。
「美味しかったですよ、すごく」
満足げに笑って唇を舐めるヴェロールを見て、もう何もかもどうでもよくなった。




