回想--インド
大学1年生の時、のぞみはひとりでインドにバックパック旅行に出かけた。沢木耕太郎の「深夜特急」を読み、「男は26歳までに旅に出ろ」と言う言葉に触発された。26歳と言う数字には意味があるのだろう。だとしたら女でも、きっとそれはある程度当てはまるに違いない。
大学から一人暮らしをはじめ、のぞみのすることについて何かと反対してきた両親と離れた。それによって、思い立ったことをすぐに実行できることが、自分で生きていける強さの証の様な気がして清々しかった。インド旅行は、デリー発着の往復の格安航空券だけを取り、それ以外はまったく未定の旅とした。
多くのバックパッカーが読むガイドブック「地球の歩き方」を片手に、のぞみはデリーの街に降り立った。空港から外に出た瞬間に、タクシーや人力車リキシャのドライバーたち、ホテルの客引きたちが集まってきた。「空港には旅慣れない観光客相手に、多くの客引きが集まってきて、たいていはぼったくられる」という情報を読んではいたが、実際に強引な客引きたちに囲まれると恐ろしかった。
のぞみは「自分で歩く!歩く!」と言いながら客引きたちを振り切り、少し離れたところでやる気なさそうに止まっているタクシーに声をかけた。自分から客引きに来ないタクシー運転手は、まともかもしれない、と考えたのだ。
地球の歩き方に載っていた中級のホテルに目星をつけていたのぞみは、そのホテルの名前を告げると、運転手はタクシーを走らせた。
だが、タクシーはお土産屋さんに2軒立ち寄り、頼んだホテルとは全く違うホテルに到着した。「え?ここじゃないよ」とのぞみは言うと、運転手は「ここだ、ここに泊まれば問題ない」と言い張って、通常の5倍の運賃を要求してきた。「土産店に寄ったし、荷物も重かったからこの運賃だ」。のぞみはある程度の値段の交渉は覚悟していたが、運転手が自分で土産店に連れて行っておきながらその運賃を上乗せされるなど、考えてもいなかった。不意打ちを食らった形ののぞみは、「これでこの運転手から解放されるなら」と仕方なく言われた金額を払ってしまった。
タクシーで目的地へ行く、そんな当たり前のこともできないのか。たいていのタクシーは、土産店やホテルと結託し、客を連れて行くことで仲介料をもらっているのだと、のぞみは後から知った。
タクシーの運転手など、観光客を相手にしているインド人たちは、あの手この手でぼったくろうとしてきた。また、外を歩いていると「コンニチハ!アイシテル!」といきなり求愛されることも多かった。「医者の勉強をしている」と学生証を見せてきたり、「日本にいったことがある」と言ってきたりして、興味を引こうとしてきた。地球の歩き方によると、彼らは、日本人女性は簡単に性的関係を持つことができると思っているという。一緒にチャイを飲んでいて、睡眠薬を飲まされて被害に遭う女性もいるらしい。
「どうやったら信用できる人を見つけられるのかなあ・・・」。のぞみは、観光地をめぐるよりは、現地の人の暮らしを知りたいとは考えていたが、少し移動するにも客引きやナンパにあってしまうことに疲れてしまった。
やっとのことで、目指していた中級ホテルに到着し部屋で一人になった時、ほっとしたのと旅が思う通りにいかないくやしさとで、のぞみは嗚咽を漏らしながら泣いた。
ニジェールで、特に買い物の交渉をするとき、インドでのことがよく思い出される。インドの観光地にいる商人たちと比べると、ニジェールの人たちは、なんともおっとりとしていておだやかだ。そしてこの灼熱の土地で、常にたくましく明るい。




