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ニジェールの熱い一日(ほぼ実話)  作者: ニジェールまきこ
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村の生活〈1〉

1、村の生活


2009年11月。のぞみが青年海外協力隊員としてアフリカ・ニジェールに来てから、2か月が経とうとしていた。


ニジェールという国名は、のぞみ自身、この国への派遣が決まるまで聞いたことがなかった。

サハラ砂漠の真ん中にある国で、フランス語が公用語。

国民のほとんどがイスラム教徒。

最高気温が50度になる。

このような事前の情報はあったものの、実際にどんな生活をすることになるのか、

どんな人と接することになるのか、想像できなかった。


のぞみは27歳。大学を卒業してから新聞社で3年半、記者として働いた。国際問題、教育や福祉、最新の科学や環境問題など、多方面に興味があふれていたのぞみは、名刺一枚で様々な人間に話が聞ける記者の仕事が好きだった。

その新聞社を退社し、ニジェールに来た。両親は驚きあきれたが、大学時代から一人でインドに貧乏旅行に出て事後報告するなど、周囲を驚かせることをしでかしてきたため、今回も「またか」といった反応だった。


のぞみが派遣されたのは、サガフォンド村というニジェールの首都ニアメから30キロほど離れた村だった。

首都に近いが、電気も水道もなく、村人はみな、土で壁や天井をつくった家に住んでいた。

電気がないので、夜は真っ暗になるものかと思っていたが、思いのほか月が明るく、外では懐中電灯なしでも足元が見える。

月の明かりがこんなにも明るいのかと、来た当初、驚いた。


夜8時、のぞみが村の自分の家でひとり、日記を書いていると、近所に住む子どもたちが家に入ってきた。

「コッコッコ、アミナ!」


この村では、ドアをノックする代わりに自分で「コッコッコ」と言うらしい。

「のぞみ」という名前を、村の人たちは覚えられないようで、「アミナ」というこちらの名前を近所のおばちゃんたちから勝手に付けられた。


「アミナ、アイノー、ビコ」

日本でいうと小学校3年生くらいの子どもたち3人が、「ビコ」「ビコ」と言いながら右手を出している。

「またか・・・」

のぞみはため息がでた。


子どもたちが言っている、「アイノ― ビコ」というのは、

現地の言葉・ザルマ語で「ペンをちょうだい」という意味だ。

ここの村人たちは、子どもだけでなく大人も老人も、皆のぞみの顔を見るとものをねだってくる。


のぞみが村に来た初日、近所の人にごあいさつしなければ、と、外に出た。

お土産として、首都で買ってきた大きな袋にたくさん入った飴や、日本の100円ショップで買ってきたペンやノートなどを手に持っていた。

事前に、ニジェールに派遣されていた元隊員の知人に、お土産は何が喜ばれるか聞いてきていた。

「これで、住民として受け入れてくれるかな」

のぞみは持っているお土産を「ありがとう!」と言ってにっこり受け取って、「日本はどんなところなの?」とか、のぞみに親しげに話しかけてくれる村人たちを想像していた。


のぞみが家の外に出て10メートルと歩かないうちに、

「アンナサーラ!」「アンナサーラ!」

「カドー!」「カドー!」

という言葉があちこちから聞こえてきた。


アンナサーラとは、「白い人」という意味だというのを、のぞみは後から知った。

外国人は、たまに援助に来るヨーロッパや日本から来たNGOか国際協力関連の人間しか見たことがない村人たちには、ヨーロッパ人も、中国人も、日本人も、みんな同じ外から来た裕福な「アンナサーラ」に見えるらしかった。

「カドー」というのはフランス語で「プレゼント」のことだ。つまり、「なにかものをくれ!」と言っているのだ。公用語のフランス語をあまり知らない村人たちも外国人を見れば言うべき言葉、として、「カドー」だけは皆知っていた。

実際に、ヨーロッパからくるNGOの人たちは、数時間滞在して、飴玉やシャツ、コンドームなどを無償で配って帰っていくので、村人たちは「アンナサーラ=ただで何かくれる人」と思っているようだった。


そうこうしているうちに、あっという間に子どもも大人も集まってきて、のぞみの周りを取り囲んだ。

「その手に持っている飴をくれ」と言っているようだった。

あっけにとられるのぞみをよそに、若い気の強そうな女が「カードー!」と言いながら、のぞみの手から飴の袋を奪い取り、村人たちはその袋に次から次へを手を入れ、飴を奪っていった。

すぐにからになった外袋だけ、ポイ、と捨てられた。

さらに、別の若い女が、のぞみが肩からかけていた小さなバッグにも手を入れ、のぞみが自分のために持っていたのど飴もあざとく見つけられ、取られてしまった。

「これはダメ!」

されに財布も携帯電話も取り出されそうになったので、のぞみはバッグを両手でガードしてその場から走って逃げた。


「友だちになるために、持ってきたおみやげなのに・・・」

のぞみは、突然のできごとに驚いた。

自分の想像していた村人とのあたたかい交流と全く違う形でお土産が持って行かれてしまった。

村人の飴を奪い合うあさましい姿もショックだった。


「貧しくても助け合ってつつましく暮らしている」

ここへ来る前に抱いていたそんな「アフリカの村」のイメージは一気に吹き飛んでしまった。初めて村を歩いたのぞみにとって、これは衝撃的な体験となった。


自分はただモノをあげるだけの外国人とは違う、とのぞみは考えていたし、まずは村人と信頼関係を築いて一緒に仕事がしたい、と考えていた。

だが、村人たちにとっては、のぞみもただの通りすがりの「アンナサーラ」に過ぎなかった。


以来、のぞみが外を歩けば必ず「アンナサーラ」「カドー」と言われ、家にも常に村人が来て、「カドー」「ハビーゾ(お土産)」と言いながら、家の中を物色して好きなものを持って行ってしまうという生活が続いていた。


のぞみの「家」とは言っても、村人と同じ土の壁と屋根でできた縄文時代のような作りの家だ。四畳半くらいのスペースの部屋が2つあり、窓やドアの枠には、トタンの窓とドアが付いてはいたが、閉まらず、開きっぱなしの状態で、誰でも出入りができるような状態だった。


トイレは周辺の住民との共同トイレで、土にドラム缶を埋め込み、直径20センチほどの穴を残して上もふさぎ、その中にする。トイレの壁は家と同じ土の壁で、高さが1メートルちょっとしかなく、人が外から覗き込めるような状態だった。天井はない、青空トイレ。ここでトイレも、水浴びもする。

水浴びのために脱いだ服を壁にかけていると、「使用中」の合図となるようで、一応、ほかの人が間違えて入ってきたり、覗きに来たりするのを防ぐことができた。


「はあ、お風呂に入りたい。せめてあったかいシャワーが浴びたい」


のぞみは、ここで水浴びをするたびに、日本の湯船が恋しくなった。

気温が40度前後の暑さとはいえ、湿度がないため、日陰は涼しい。

外の日陰で全身に浴びる水は冷たく、水浴びのときは、体が震えるほど寒かった。

「蛇口をひねればお湯が出てくるって、贅沢なことなんだなあ・・・」

のぞみは痛感していた。


国土の8割は砂漠だというこの国は、とにかく埃っぽい。パソコンなどの電子機器も、室内に置いておいても砂埃で壊れてしまった。

のぞみは、ニジェールに到着して2か月にもなるが、ついた当初から咳や鼻水が止まらない。村人と話をするにも一言二言でせきこんでしまう。自分の体が「異国に来た」ということを知らせている。また、自分自身がこの国にとっては「異物」である、と言われているような、この土地にも拒絶されているような気になっていた。


「国際協力」のためにこの国へ来たのぞみだったが、日本でイメージするような「かわいそうな」「助けを必要とする」人たちは、見当たらなかった。

村の生活はのどかで、質素ではあるが食べるものもある。

子どもたちは、たくましく大地をかけまわって遊んでいる。

イスラム教で「地位が低い」とされているはずの女性たちも、外で延々とおしゃべりしながら食事の支度をし、男の人にも怒ったり冗談を言ったりして対等に話しているように見えた。


「援助・・・ってなんだろう?」

自分を含め、外の国の人間が余計なものを持ち込むから、村の人たちは欲が出てモノばかり欲しがってしまう。そんな余計なもの、ないほうがいいのではないか。

このままで村の人たちは十分しあわせではないか。

私たちは、「援助」と称して外から余計なモノや価値観を持ち込んで、勝手に「かわいそう」だとか、「貧しい」だとか、言っているだけではないのか。

私はこの村に、いないほうがいいのではないか。


のぞみは、ゆっくりと流れる村の時間の中で、延々と、そんなことを考えていた。



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