9 学びに行くということ
私が通うことになる学校には入学式というものはない。
その日に学校に行ってそのまま授業が始まるのだ。基本的なコースを初めに決めて、それにそって授業は決められていく。
私が選んだのは文官コース、別に将来偉い人のそばで働く気はないけど商売をしているところで働ければいいと考えている。
あと、あるのは武官、魔法、神官というごく狭い範囲なのだ。どれであったとしても平民からしたら学校に通えるだけで裕福。卒業しても平民なので国の機関には下っ端としてしか働けないのだが。
消去法でいっても文官しかないけどね、争い事は嫌いだし、魔法は使えないし、神様なんて信じてませんってなったら、これしか残っていなかった。
自分と同じくらいの子供たちの中でなじめるようになるのか心配であったが自分が考えているような学校ではなかった。
まず年齢がバラバラ、お金を出せるようになってから通いだすものがほとんどのためか同い年っぽいのも明らかに年上だとわかる人もいる。そして獣人の子供たちも少なからず在籍しており、男女比はどちらかというと男が多い。力が権力となるからだろう、家庭でも仕事場でも力があるものが偉い、つまりは男尊女卑の傾向があるのだ。あくまで傾向なだけだけど。
なので他人となじまなくても問題なし、と解釈した。
できれば獣人と仲良くなって獣耳や尻尾をさわらせてほしいけど人の嫌がることをしちゃいけないからね、我慢我慢。
最初の一月は、基本文字と数字のお勉強。あとは基本的な国の仕組みと、簡単な経済の話、王族の素晴らしさや、建国物語みたいなのとかも出てた。とりあえずの知識としては覚えるけれども、王族たって人間じゃん、そんな超人的なことができるわけがない。と心の中だけで反論してみる。
出来る人は試験を受けてパスができる、そしてから、それぞれのコースを受講していく形をとっていた。
私は覚え間違いがないかの確認をしながらなので一から十までもらさず聞き取り、書き取りました。こうやって教育受けられることが、どれだけ貴重で大事なことかを実感する日々を送っている。だって知識を教えてくれる場所は、ここしかないのだよ。近所の大人に聞いたって身近なことしかわからない。それが役に立つこともあるだろうけど、生活でしか役に立たないかもしれないだろう。そういった生活以上のことを教えてくれるのが学校だ。将来の箔付けにもなるし、現代では教育の重要性をどこでも訴えていたのだから確実に必要なことである。
うん、社会に出てから本当に習えるときに勉強しとけばよかったって後悔したものね。
ここに入る前に一つ決めてたこともある、それは図書館で知識を蓄えること!学校を有効活用しようと思ったら重要なことだ。
担任だと紹介された先生に図書館の位置を聞いて、ついでに許可証も貰った。
「許可証?」
ちょっと鋭い目つきの中年男性が私の担任であり、子供が嫌いな雰囲気が醸し出されているというのに私の相手をしていることでご機嫌斜めのようだ。でも気にしないで聞き返しちゃったけど。
「本は貴重品です。なので、盗難をしない、汚さない、信用ができる生徒であることと何かあった場合の責任を明らかにするためのものです。保護者の方に記入していただいてから図書館の受付に提出してください。失くした場合は盗難とみなします、それぞれに罰金の設定がありますので、くれぐれも大事に扱ってください。覚えておきたいことは自分の記憶力を試すか書きとめるための紙を用意しておくことをお勧めします」
考えれば納得するものであった。本日は図書館に行けそうにもないので許可証をノートに挟み込んでお母さんにサインをもらうことにした。それをかばんにしまいこんでから気になったことを聞く。
「先生、私とは話したこともありませんけど許可証をもらってもいいんですか?」
ほとんど会話もしたことがないのに信用されているのか、と疑問なのだ。意見を変えて許可証をとられないように仕舞ってから聞く私は小心者である。ちょっと凝視されてから首を振られた。すこしだけ、ほんの少しだけ不愉快ですよ、先生。
「君は授業を、ほかの子供たちより真剣に聞いている。別にほかの子たちが不真面目だと言っているわけではないが、君の真剣さが際立っているように見える。それとともに年齢に見合わない落ち着きと周りへの観察力を発揮しているので問題がないと判断しただけです」
「?」
「とにかく私は問題ないと判断したのです。出て行きなさい」
「はい、ありがとうございます」
扉を指されて促されれば帰るしかない。廊下を歩きながらも、言われたことをよくよく考えてみれば私の授業態度がよろしい、ということで許可証を発行してくれたということだ。
それであれば真面目に真剣に授業をうけててよかったということでうれしい。
学校をでて、すぐのところにお母さんが立っていた、その手には買い物かごがあるので買い物帰りによってくれたようだ。
「お母さん、お迎えに来てくれたの?ありがとう」
「まぁ、帰り道だしね、危ないことはないと思うけど念のためさ」
ほら、と差し出された手につかまり、二人で帰る。お母さんは料理があまりうまくなかったので夕御飯は二人で作っている、それを食べながら許可証の話をした。
「罰金というのは、金庫からでる?フェアが物を壊したりしないってのはわかってるけど例外とかもあるからね」
「…なるべく頼りたくない。もし何かあったら借りることになると思うけど大人になったら働いて返すよ」
「別にいいと思うんだけどね~、金庫はフェアと接するだけでうれしそうだよ」
「聞いてみる」
金庫というのはナイトのことで。どこからともなくお金を持ってくるからだ。私以外に名前を呼ばれるのなんて寒気がする、とひどいことを言ったのでお母さんは金だけを持ってくる人ってことで金庫と呼んでいる。さすがに外では「あの人」とか意味深げにしていて演技をしている、それを私は見なかったことに毎度している。
それにあのお金の数々が本当にナイトのものだという証拠がない。たしかに埃だらけで何年も人が来ていなかったことがわかるし道を知っているけど、それだけで証拠とはなりえない。ナイトという存在自体が謎めいていて、私には不釣り合いな人のように思えてしまうのだ。なので私は大人になってからお金を稼いで使った分だけでも戻しておこうと思っている。現状、生活していくほうが大切なので使わせてもらっているけど…。
部屋に戻ってから、琥珀色の石に向かって念じる。それだけできらきらとした塊から一人の人間が出来上がっていく。
それはもう愛おしくてしょうがないかのように名前を呼ばれる。
「フェア様。私だけの主人、抱きしめてもよろしいでしょうか?もし御不快なようでしたら手への接吻だけでもお許しいただければ」
「両方却下で」
「それでしたら私が勉強をお教えいたしましょうか?これでもフェア様には劣りますが優秀なのですよ」
「…それも、特には困ってないから」
「フェア様、私にもお世話させてください。あの三等平民ばかりがフェア様と一緒にいるなどと!」
「聞きたいことがあるのだけれど…」
元気になって心配事が減れば人間冷静になるもので私は絶賛、ナイトの扱いに困っていた。この私大好き人間の取り扱いがわからないのだ。好かれ過ぎてどうすればいいのか本当に分からない。人間なのか人間じゃないのかもよくわからない存在だし。でも、きっちりと考えが流れないようにはしている。
とりあえず図書館で紛失、破損した場合の罰金は「喜んでお支払いいたしましょう!フェア様がお望みでしたらほしいだけ本をそろえましょうか?図書館に行く手間が省けますよ」という言葉で解決した。そう答えることはわかっていたが確認のために聞いているのだ。
明日の朝にでもお母さんにサインをもらおう。
「ありがとう、ナイト。私はもう寝るからおやすみなさい。もし散歩とかしたいようならしてきてもらってもいいからね」
言いたいことだけ言ってナイトをうかがってみるが、にっこりとした笑顔をいただいた。
「おやすみなさいませ。良い眠りを」
翌朝、お母さんにサインをもらい大事にかばんにしまった。授業終りに早速図書室に行き受付にいく、担任から注意されたことと同じことを注意された。そして聞いていなかった荷持ちを預けるということ。盗難防止のために本を入れられる大きさの容れ物はすべて持ち込み禁止だそうだ。入っているのはノートと筆記用具、お腹がすいたときに食べられるようにとお母さんが作った手軽おやつだけだ。それにノートと筆記用具は持ち込むので重要なものは入っていない。
それを片手で持ち入口を見渡す。右を見ても左を見ても本だらけ、この図書館は3階建の建物であり一杯に本が詰め込まれているのが入口からは一望できた。入口のすぐそばには案内板らしきものがあり、大雑把に記入されている、それも字がかすれていて読みづらかったが、なんとなく文明を感じる光景である。
それは前世ではどこにでも本があったからだというのがわかった。
あーマンガ読みたい
煩悩を頭を振ることによって振り払い、調べたいのは『貴石』『胎片』の2つだ。とりあえず今は。ジャンルは微妙なところである。ナイトが魔法を使えて私が使えないことに何かあるのかもしれない、ということで魔法のほうから攻めてみることにした。気になるものを見つけるのには莫大な時間を要するとわかるので、勉強しつつ調べていこうと思う。
魔法関係のある本棚に行き、『入門魔法学』なる本を見つけた。最初のとっかかりにはいい選択ではないかと自分では思う。
さっそく立ち読みをしてみた、立ち疲れたので人もいないことだしと、その場に座り込みながら読み進めてみる。結果から言うと、まだ難しい。なぜならば半分も読めなかったからだ、これは予想外だ。多少読めないのがあっても前後の文脈から推測してということができるかと思っていたが私の学習した内容では足りない。あと入門のくせに子供向けではなく大人向けの書き方なのがいけない。知らない単語が多すぎる!こんなときこそルビが欲しい!あるわけないけど。
どんどん読んでいけばそのうち理解できるようになるだろうと、次の『入門魔法学2』に手を出した。知りたいことがかけらも載ってないと思うからね。たとえ載ってたとしても理解できなかった時点で、しょうがない、と諦めるしかない。
魔法学2を読み終えた時点で室内が暗くなっていたので帰ってみれば、もう外は夕方を迎えていた。暗くなる前に帰らなくてはと走りながら帰る。一日がんばって読めるのは2冊が限度ということがわかった。
魔法のほかに調べるとしたら「鉱石、自然物、種族、出産、教会、神話」とかぐらいになるかな?このうちのどれかに引っ掛かってくれたらいいのだけど。知識だけが増えていきそう。
「ただいまー」
今日は遅くなると言っていたのでお母さんはご飯を作ってくれているようだった。出来たレシピは私が教えたものばかりだけどできたてのご飯は実においしそうだ。一緒に御飯をたべながら図書館で読んだ本の内容について教えた。
「ふーん、ずいぶん難しい本が読めるんだねぇ」
「あ母さんも勉強すれば読めるようになるよ?一緒に勉強する?知ってるほうが便利だよ」
お母さんは字が読めないので難しそうだというけど読めるようになれば、簡単だ。私が教えればいいんだし、そしたらお母さんは、ちょっと悩んだようだけど頷いてくれた。
「お願いするよ、昼間に仕事をしようとおもっているから時間があるときにでも覚えるよ」
「働かなくてもいいよ。そのための契約だし」
「いや、家にいるだけってのは性に合わないし暇なんだよ。あの人が訪れるときだけが特別で、あとはただの平民だろ?」
ちゃめっけたっぷりな言い方が可愛くて、思わず笑ってしまった。ただでさえ7年間という期間を私のために使わせてしまっているから楽をしてもらおうと考えていたけど確かにお母さんは動いているほうが性に合っているのだろう。




