↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
1/30

プロローグ:ナースのオバケ

深夜。

夏の昼間の蒸し暑さがまだ残るジメジメとした部屋で、消し忘れのテレビが青白い光を投げかけている。 画面の向こうから、ニュースキャスターの低く単調な声が、BGMのように流れてきた。

「……アンドロイド技術の進展に伴い、『所有者によるアンドロイドへの虐待』に関する法整備が、現在、各主要国で急速に進んでいます。特に高精度感情処理AIを搭載した極めて人間に近いモデルに対する精神的・肉体的危害は、もはや単なる『所有する物品の破損』として片付けられる問題を超えてきています。人権ならぬ『機権』の概念をどこまで適用するか、世界的な議論の焦点となっています……」

その無機質な声は、誰もいない部屋の空気に溶け、やがて夜の静寂に吸い込まれていった。


—----------------------------------------------------------------------


都心から電車に揺られること数時間ほど。窓の外を流れる景色からビル群が姿を消し、緑の量が増え始めたあたりに、その街はある。豊かな自然を残す丘陵地帯を背にした郊外の住宅地。都会の喧騒とは無縁だが、かと言って完全な田舎とも言い切れない、開発途上の曖昧なグラデーションの中にある地域だ。近年、この一帯にも少子化の傾向に負けず再開発の波が押し寄せ、鬱蒼とした雑木林が切り開かれては、真新しいアスファルトと区画整理された住宅地へと姿を変えていた。

そんな街の一角、造成されたばかりの土地に、周囲とは一線を画すモダンなデザインの一戸建てが建ったのは、今年の春になる直前のことだった。見る者の視線を弾き返すような真っ白な外壁。小さいけれども手入れの行き届いた芝生の庭。そして、明るい日差しをたっぷりと取り込むであろう、縦に長い大きな窓。家の外見だけで判断するならば、誰が見てもそこには清潔感に溢れた幸福な生活があるはずだった。

しかし、引っ越し業者のトラックが慌ただしく行き交ったあの日以来、その家の住人の姿を見た者は誰もいなかった。郵便受けに物が溜まっている様子はなく、玄関先に置かれた置き配の荷物はキチンと回収され、いつの間にか空き段ボールに姿を変えている。

夜になれば、擦りガラスの向こうにぼんやりとした明かりが灯るのが確認でき、そこに誰かが住んでいるのは間違いなかった。だが、その住人の姿を見たものは誰もいない。顔はもちろん、人影さえも誰も目にしたことがなかった。近所の住民たちは、「本当にまともな住人が住んでいるのか」「何か後ろ暗い事情を抱えた人間ではないのか」「それこそ、犯罪者でも隠れ潜んでいるのではないか」と好奇心と不信感がない交ぜになった感情で囁き合うばかりだった。そして、得体の知れないものには近づかないに限る。数か月の時を経て、その家の存在は徐々に不気味な「開かずの家」として地域社会に溶け込みつつあった。


そんな中、季節は巡り、初夏の夕暮れ時。もうすぐ夏休みを迎えようとしていた子どもたちが小学校からの帰り道、例の家の前を通った時だった。

「ねぇ、知ってる?」

一人があげたひそひそ声が、連れ立っていたグループの全員を振り返らせた。

「なにが?」

その子供は例の「開かずの家」を指さしながら、大きな声で言った。

「あの家……オバケがいたんだよ!」

最初は誰も信じなかった。当然だ。科学的な教育を受けているはずの現代の子どもたちにとって、オバケはゲームやアニメの中だけの存在だった。しかし次第に、その子どもの突拍子もない証言は、何故か子どもたちの間で奇妙な説得力を持って広がり始めた。

「夜中に窓の向こうで目が光ってた!きっとオバケだ!」

「違うよ、顔が半分壊れてたんだ!機械が丸見えで、すっごい怖かったんだよ!」

「ドアから少しだけ出てきたところを見たんだ。ナースさんが着る白い服を着てた!だからナースのオバケだ!」

そんな断片的な証言が次々と上がり、形成された「あそこにはナースのオバケが住んでいる」という噂はあっという間に子どもたちの間では共通認識となった。夕方になると連日、勇気ある、あるいは無謀な何人かが、その家の前を恐る恐る通っては、「オバケがいるかどうか」を確認するのが恒例行事となった。

曰く、彼らの言う「ナースのオバケ」の特徴はこうだ。


・白いナース服を身につけており、その姿は一見非常に美しい。

・しかし、顔の皮膚が半分剥がれ落ち、内部の精密な機械構造が露出した姿をしている。

・捕まると、あの家に連れていかれる。

 そして無理やり手術台に乗せられ、顔の皮を半分剥がされて、同じように機械の顔にされてしまう。

・夜な夜な、顔に包帯を巻いた男性を引きずるように連れて、街を徘徊している。

 彼は手術に失敗した、オバケの被害者である。


尾ひれがついた噂は恐怖を煽り、しかし同時に、子どもたちの抗いがたい好奇心を刺激してやまない。

……かくして、地域の「開かずの家」は、ナースのオバケの棲家となった。



お読みいただきありがとうございました。

既に執筆の方は全て完了しておりますので、

最後まで週2回程度のペースで更新していこうと思います。

もしよければお付き合いいただければ幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。