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座頭の石 (ざとうのいし)  作者: とおのかげふみ
第一章

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4/18

第一章ep.3 助五郎一家《スケゴロウいっか》と石《いし》

挿絵(By みてみん)



【煙草‐たばこ】


助五郎(スケゴロウ)は、煙草たばこの煙を避けるために後ずさった。


(いし)が煙草の吹かすと、煙は助五郎(スケゴロウ)めがけて飛んでいく。その度に、助五郎(スケゴロウ)は退かなければならない。


御主人(ごしゅじん)、気を付けてくれ。着物に染み付いた煙草の臭いは、なかなか取れん。一生とは言わん。いまは、やめてくれないか?」


穏やかに話す言葉を、(いし)は聞き流した。助五郎(スケゴロウ)の顔色が変わり、静かな怒りが周囲に伝わって緊迫感が(ただよ)い始める。


...煙草・・・やめたらいいのにな


(つる)は、お茶を飲みながら(いし)を見ていた。だんだんと、意固地(いこじ)になっていく様子が分かる。


...どうして、こんな時に意地を張るのかしらね?


と、(つる)は思った。



(いし)は考えていた。


...やれやれ、どうすっかな?


(煙草の)煙で追っ払えたら良かったが、そんな簡単にはいかないらしい。


...そりゃそうだ、破落戸(ゴロツキ)と云えど、虫じゃねえんだから


「聞こえてるのか? 御主人。わしは、やめろと言ったんだ! 耳が聞こえないのか!?」


助五郎(スケゴロウ)の怒声に、周囲は静まり返る。(いし)は、煙管から口を離し灰をコンコン! と地面に叩き落とした。


「どなたか存じませんが、御主人ってえのは、こそばゆいモノですな。だれかの主人(あるじ)と呼ばれるような人生を歩んでないもんで、あしの事とは気付きませんでしたが、御免なさいよ」


「じゃあ、お前はなんだ? この娘の主人(あるじ)じゃないのか?」


(いし)は可笑しそうに、せせら(ワラ)い、チガウチガウと手を振った。


「旦那は、なにか勘違いしておられる。夫に(つか)えるのが妻の役目と旦那は思われてるんでしょうが、糟糠(そうこう)の妻は(どうか)より(くだ)さず(ともに苦楽を過ごした妻を粗略(そりゃく)に扱ってはならない)と申しましてね」


「何を言っても旦那は、妻は夫の下と譲らない御人かもしれませんが、あしはね、苦楽をともしてきた妻に大変、感謝しております。旦那の考えを押し付けられるは迷惑千万(めいわくせんばん)ってね」


と言って、(いし)は(煙管の)火皿(ひざら)に、刻みタバコを詰めた。


()める気のない(いし)の様子に、助五郎(スケゴロウ)苛立(いらだ)ちを隠せない。


「御主人と呼んだだけなのに、ずいぶんな良いようだね。そんなにわしに喧嘩を売りたいか? わしが何者か分からずやってるなら、このバカ者が! 後悔する事になるぞ」


「御主人てぇ呼び方は、いま(くさ)(ぱら)から鳴いて飛びあがった(トンビ)のように、どこかに飛んで行っちまったかのかな? 御主人の次はバカ者ですかい? 腹の内で思っている事と口から出る言葉が違うってのがね。気持ち悪ぃって言ってるんですよ」


(いし)は煙管を口に()てた。


...吸うんですか・・・ 


(つる)は心の中でツッコんだ。(いし)の言う通り大切に想われてる気はするが、対等なことはない。毎日のように、一方的に面倒をかけられ苦労しているつるの心に、(いし)の言葉は響きはしなかった。


そんな(つる)の、背中を突き刺す視線を感じる。


...(てき)が多くね?



(いし)は、助五郎(スケゴロウ)出方(でかた)を待った。


もう一人の自分が、ここは上手(うま)くやり過ごすのがベストだと言っているが、助五郎(スケゴロウ)の言葉にいちいち突っかかる、自分の物言いは止めらない。


...助五郎(こいつ)とはきっと前世からの因縁なんだろう、仲良くはなれそうもねえな・・・


助五郎(スケゴロウ)から、真夏の太陽のような熱量(ねつりょう)が伝わって来た、それは見えなくても分かる。


...山一つ、吹っ飛ばしそうなほどの怒りだな


(いし)は、そっと(じょう)を持つ手に力を込めた。





【鬼造と石‐オニゾウといし】


「てめえ誰にモノを言ってるか、分かってるのか?」


野太(のぶと)い声がして、大男(おおおとこ)(いし)助五郎(スケゴロウ)の間に割って入った。()(たけ)六尺(ろくしゃく)(約182㎝)。この時代の平均身長が155㎝前後だから、いまで云えば身長二メートルの大男に感じるだろう。


熊のような体つきで、目の前に立たれると視界がその巨体で(おお)われる。


(いし)の前に、四股(しこ)を踏む力士(りきし)のように中腰で構えると、顔をズッ! と前に出し、正面から(いし)を睨む。並みの人間なら、それだけで(ふる)えあがったに違いない。


ずっと目を合わせようとせず顔を()せている(いし)を見た大男は、ほくそ笑み、顔を(つる)に向けた。


... 良い女だな。・・・あとが楽しみだ


蒲団のなかで、淫靡いんびな姿で自分に抱かれているその女を想像して、興奮する大男。その変態の妄想でアドレナリンは一気に上がり、鼻息(はないき)荒く、いしに向き直った。


能書(のうが)()れてんじゃねえぞ、バカ野郎! ()の屋の旦那さまが、困ってらっしゃるじゃねえか‼ てめえには、考える力がってもんがねえのか? オイ‼‼」


とブチギレた男の名を、鬼造(オニゾウ)という。


大八車(だいはちぐるま)を囲む男達は、その光景を見てニヤニヤ(ワラ)っている。


...可哀想(かわいそう)に、鬼造(オニゾウ)に目を付けられたらお(しま)いだ。


男達は、鬼造(オニゾウ)に刃向かった奴らの事を思い浮かべた。奴らがどんな目に遭ったか? 鬼造(オニゾウ)の前に()いつくばり、「殺さないでくれ」と泣いて懇願する奴ら。その哀れな姿を何度(なんど)も目にしてきた。


中年のどこにでもいるオヤジは、鬼造(オニゾウ)を前にして、完全に(おび)えたと男達は思った。そして男達は、大半の(いし)(あざけ)る者と、少しの(あわれ)れに思う者とのふたつに分かれている。


鬼造(オニゾウ)さん! さっさとカタをつけてくれよ」


ひとりが叫んだ。


「うるせえな。甥っ子だからって、俺に指図するんゃねえ!」


振り返った鬼造(オニゾウ)に睨まれ、男は黙り込んだ。



(いき)がかかるまで鬼造(オニゾウ)が近づくと、空気を吸うのもつらいほど体臭がキツく感じられる。


... (ひで)(にお)いだ


周囲からみれば、(いし)人喰熊(ひとくいぐま)の前に差し出された哀れな獲物(エモノ)でしかない。


すぐにでも()い殺されそうな状況だが、獲物(エモノ)は自分の状況が分かってないのか? こなれた仕草(しぐさ)で煙草入れに手を伸ばすと、火打石(ひうちいし)を取り出そうとしている。 


中年のオヤジが、あまりに身の置かれた状況を把握(はあく)してないのに気付いて、ニヤついていた男達は表情を変えた。


... こいつは(おつむ)が足りてねえ


これから殺されるかもしれない(いし)を、助五郎(スケゴロウ)が連れて来た連中全員が、(あわ)れんでいた。


...このままでは、(いし)さんは殺されてしまう・・・


鬼造(オニゾウ)の恐ろしさを、()の当たりにした事がある(よし)は震えた。


...(いし)さんは眼が見えないから、いまの状況が分かってない・・・


この状況が最悪になるのを止めることが出来るのは、助五郎(スケゴロウ)しかいない。だが、助五郎(スケゴロウ)と関わりたくないと強く思う自分が居て、(よし)の中でせめぎ合っていた。


...でも、このままで、良いはずはない・・・


助五郎(スケゴロウ)(たの)み事をするのは気が重かったが、(よし)には、なんの(つみ)もない旅人を見殺しにする事も出来なかった。勇気を出して一歩、足を前に踏み出そうとする・・・その前に、


「!」


袖口(そでぐち)を引かれ、振り向いた(よし)。見ると、(つる)が自分の着物の袖を掴んでいた。


(つる)は、いつの間にか、腕の中に(たえ)を引き寄せている。その視線は、(いし)(そそ)がれていた。


(つる)は、(よし)(ささや)いた。


「いっさんなら大丈夫です。こんな人達には、負けませんから」


(つる)鬼造(オニゾウ)の狂暴さを知らない。それを伝えようと思ったが、(いし)を信じ切っている(つる)の表情を見ると、言葉が出なかった。


(つる)は、いまの状況に全く不安を感じてないようだ。落ち着いていて、さっきまで世間話をしていた(つる)と、なにも変わらない。その表情(かお)を見てると、不思議と(よし)の心も落ち着いてきた。


だが、状況は好転しているわけではない。むしろ悪化している。


鬼造(オニゾウ)は、(いし)が火打石を擦ろうとしているのに気付くと、煙管を奪い取ろうと手を伸ばした。その手を(いし)は軽く掴んで、その巨体(からだ)ごと下に引き落とす。


ドスゥン!


地面を揺らすような音がして、鬼造(オニゾウ)両膝(りょうひざ)から崩れ落ちた。勢いあまって両手を地面につき、(いし)の前で土下座するようなつん()いの恰好になる。


スルっと、(いし)鬼造(オニゾウ)首根(くびね)っこに、(じょう)を当てた。すると、鬼造(オニゾウ)両手両膝(りょうてりょうひざ)を地面に着けたまま、全く動かなくなった。


まわりからは、鬼造(オニゾウ)のうなじに、(いし)が手を()えた(じょう)が乗っているだけに見える。だが、その下の鬼造(オニゾウ)は真っ赤な顔で、ダラダラと汗を搔いていた。


周囲からどう見えていようが、いまの鬼造(オニゾウ)は、巨大な岩に押しつぶされて身動きできない孫悟空(そんごくう)のように、指一本、動かせずにいた。


...俺に、いま、なにが・・・起きてるんだ?


鬼造(オニゾウ)は、水茶屋(みせ)の腰掛けに座る若い女が、助五郎(スケゴロウ)に「あちらで・・・夫が」と言った時、一瞬だけ、その中年男(オヤジ)(うらや)んでしまった。


...なんで俺があんなしょぼくれた中年男(オヤジ)を羨んでるんだ、クソ!


嫉妬と理不尽な怒りで、鬼造(オニゾウ)は男達の輪から出た。この勝負は最初から決まってる。退屈なゲームだが、勝てば中年男(オヤジ)を少しでも羨んだ屈辱は晴らすことはできた。そして景品は、可愛い若い人妻。


...すんなり女房をし出せば、一発で終わらせてやるか。もし無駄な抵抗をするなら、半殺(はんごろし)にしてやる。まあ軽くても、俺に殴られれば、こんな中年男(オヤジ)はあの世行きだろうがな


それが・・・、助五郎(スケゴロウ)や仲間の前で、四つん這いの姿を晒している。生まれてはじめて『死にたい』と思った。


鬼造(オニゾウ)は、静かに藻掻(もが)いていた。


(はじ)(あせ)りは、滝のような汗となって、止まることなく流れて、ボタボタと地面を()らしていた。


...汗まで臭うのか、もう勘弁(かんべん)してくれ


(いし)は、鬼造(オニゾウ)を放り投げて、どこかに逃げたい気分だったが、この状況ではそれもできない。


たっぷり二週間(にしゅうかん)は汗を流してない、鬼造(オニゾウ)の身体から、ヘドロのような臭いを発する汗が(したた)り落ちる。足掻(あが)けば、足掻(あが)くほど、ヘドロ臭が強くなり、地面に汗の()みは広がっていった。


...()ね返せねえ! クソ! ()ね返せ! 俺に恥を()かせたことを、この中年男(オヤジ)後悔こうかいさせてやるんだ‼


鬼造(オニゾウ)は、心の内で自分を叱咤(しった)するが、まったく動かない鬼造(オニゾウ)の身体は、すでに『敗北』という二文字を受け入れていた。





【鬼の仙‐きのせん】


いまでこそ鬼造(オニゾウ)は、子毛(こげ)助五郎(スケゴロウ)に買われ、用心棒(ようじんぼう)のような仕事をしているが、江戸に居た頃は鬼の仙(きのせん)という四股名(しこな)の、将来有望な力士(りきし)だった。


鬼の仙(きのせん)は、江戸両国(りょうごく)勧進相撲(かんじんずもう)興行で、圧倒的な力相撲で連勝を続けて、いずれ大関(おおぜき)も夢じゃないと期待されていた力士だった。


その順風満帆じゅんぷうまんぱんに見えた相撲人生(すもうじんせい)は、たった一日で終わる事になる。


ある日、部屋のみんなが集まる稽古場に遅れてやって来た鬼の仙(きのせん)を見て、師匠(ししょう)引戸親方(ひきどおやかた)が言った。


「遅いやないか? 今までどこに行っとったんや」


鬼の仙(きのせん)はそれに答えず、無視して四股(しこ)を踏み始めた。その姿を、引戸親方(ひきどおやかた)苦々(にがにが)しい顔で見ながら話す。


「なあ、お前は勝ちすぎて天狗(てんぐ)になっとるんやないか? ええか、いま勝てるのは角力(すもう)の実力やのうて、生まれ持ったその身体のおかげやで。しっかり練習せい! 夜な夜な出かけてばかりで、まともに練習しとらんやないのか!」


鬼の仙(きのせん)四股(しこ)を終えると、引戸親方(ひきどおやかた)から目を反らして言った。


「・・・親方、俺は東の小結。親方は、西の方の小結だったんじゃないですか?」


「だからなんや?」


「もう、俺は親方を超えてるでしょう?(江戸時代の相撲番付では西より東が格上とされていた)」


引戸親方(ひきどおやかた)は血相を変えて、土俵に飛び降りた。


バシィ!!


袋竹刀(ふくろしない)で頭部を叩く激しい音がして、酷い叱責(しっせき)の言葉が飛ぶ。


引戸親方(ひきどおやかた)は、それでも怒りが収まらず、鬼の仙(きのせん)が頭を抱えて膝をついても、袋竹刀で打ち据えた。


「このアホウ! 小結(そこ)まで成れたんは誰のおかげやと思っとるんや! ワシや稽古をつけた兄弟子(あにでし)、そして支えてくれる支援者(タニマチ)の方々のおかげやないか! 思い上がるな!!」


引戸親方(ひきどおやかた)は、怒鳴り散らしまた殴りつけ、結局、見学に来ていた支援者や他の力士が止めて事は収まった。


鬼の仙=鬼造(オニゾウ)は、恨んだ。


大勢の稽古(けいこ)を見に来た観客と弟弟子(おとうとでし)たちの前で、格下の引戸(ひきど)から、酷い叱責を受けるという屈辱(くつじょく)


怪我を理由に、休むことが許されたあくる日の夜、鬼造(オニゾウ)は、引戸親方(ひきどおやかた)愛妾(めかけ)の家から帰る所を待ち()せた。


その夜、愛妾(めかけ)宅からの帰り道は月も無く真っ暗で、引戸親方(ひきどおやかた)は、弟子のひとりに行燈(あんどん)を持たせ、夜風にあたりながら悠々と帰っていた。


鬼の仙(あれ)の才能は申し分ないが、人様に対する感謝の念が足りてへん。ダメなとこはそこだけや。それさえ身に付ければ、あいつは東の大関(江戸時代の相撲の最高位)に成れる器なんや」


「はい。関取(せきとり)は、必ずそこまで上り詰める力士です」


「ははは。おまえは、鬼の仙(きのせん)に憧れてとるからな」


「はい、自分は関取に憧れて相撲を続けてます」


鬼造(オニゾウ)は、いきなり襲い掛かった。


物盗り(ものとり)(強盗)と見せかけ、引戸(ひきど)を動けない程度(ていど)(いた)めつけるつもりだったが、鬼造(オニゾウ)は自分の怪力の加減が分かってなかった。


狂ったように暴れた後、深夜の路上に横たわるのは、首をへし折られて白目を剥き倒れている|引戸親方(ひきどおやかた)と顔を踏みつぶされた弟弟子(おとうとでし)の死体。それも一番可愛がっていた弟弟子で、鬼造(オニゾウ)は、その遺体を前に呆然としていた。


どこかから悲鳴が聞こえ、鬼造(オニゾウ)は我に返ると、その場から逃げだした。どこにも行く事もなく、稽古にも行かず家に引き()もった。いつか捕まるのではないかという恐怖と、可愛がっていた弟弟子を殺した後悔にさいなまれ、毎日酒を浴びた。


やがて事件の調べが終わり、物盗りの仕業(しわざ)と聞いて、鬼造(オニゾウ)は跳び上がって喜んだ。結果的に、小五月蠅(こうるさ)い親方が居なくなったことで、自分に文句を言える者が居なくなり、稽古もそこそこに、毎日遊び惚けるようになった。


そして、ふと親方の愛妾のことを想った。


...ひとりきりじゃ、寂しいだろう


ある日の夜、鬼造(オニゾウ)は家に押し入って、愛妾を襲った。


愛妾は、殺されるかもしれないと云う恐怖に抵抗を諦め、されるがまま。それを、自分を受け入れたと勘違いした鬼造(おにぞう)。事後に引戸親方(ひきどおやかた)を殺害したのは自分だと告白した。


引戸親方(あのジジイ)のせいで、俺が可愛がっていた弟弟子(おとうと)が巻き添えになった。分かるだろ? おまえなら俺の寂しさが」


「ええ、分かるわ」 


同調する振りをして身の安全を守った愛妾は、鬼造(オニゾウ)を心の底から軽蔑けいべつし、許しはしなかった。そして、その話を別の愛人(おとこ)に打ち明ける。


話はめぐって奉行所(ぶぎょうしょ)へ届き、鬼造(オニゾウ)は、江戸で指名手配(しめいてはい)となった。間一髪、奉行所の捕縛(たいほ)を逃れて江戸を脱出すると、鬼造(オニゾウ)は当てもなく西へと(のぼ)った。


そして、江戸から京へと繋がる街道沿いの子毛(こげ)に立ち寄った時に、助五郎(スケゴロウ)と出会い、ここに居着くことになった。



鬼造(オニゾウ)尋常(じんじょう)ならざる怪力は、なんの役にも立っていない。


(いし)足下(あしもと)で、自分の身体が潰れないように耐えている。そんな鬼造(オニゾウ)を見て、男達は唖然(あぜん)としてる。


(いし)は、()いている手で火打石を擦り、刻み煙草を燃やすと、吸うのではなくそのまま、コンコン! と地面に落とす。(くすぶる)火種(ひだね)は、鬼造(オニゾウ)の手の甲へとポトッと落ちた。


「ウ、ガ%ゲガガ$ガグぁガ!」


手のこうに乗った火種が、鬼造(オニゾウ)の手の甲を焼く。皮膚を焼かれ、激痛で身もだえするだけで、動けない鬼造(オニゾウ)は火種を払うことができない。そんな事はお構いなしに、(いし)は煙管に刻み煙草を詰めて火をつけると、口に当てゆっくりと吸い込んで、ぷかりぷかりと煙を吐き出した。


吐き出した煙の輪は、今度は助五郎まで届いて、上昇すると丁度頭の上に乗っかった。それは、まるであの世に逝く人のように見えた。





【右馬‐ウマ】


「ええ加減にせえよ。鬼造(オニ)! おまえ、何やっとんや」


大八車を囲む男達のなかから、またひとり出て来た。


スラリとした細身の役者のような顔に、洒落(しゃれ)た紫の着流(きなが)しで、(なが)ドスをだらりと手に()げ、はだけた胸を()きながら悠々(ゆうゆう)と歩いてくる。


「ア、兄貴(アニキ)・・・」


「アホな義兄弟(おとうと)を持つと苦労(くろう)するな。中年男(オヤジ)、俺が相手したるから覚悟(かくご)せえよ」


男は、長ドスを目の前で真一文字(まいちもんじ)に持つと、腕に力を込めて、口角を上げながら(いし)(にら)んだ。


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