ep.11 町へ
「おじちゃん!」
声とともに妙が家から飛び出して、定吉に向かって一直線に走った。
定吉は苦笑しながら屈んで、たえを受け止め抱き上げる。
「たえ、俺はまだ若いつもりなんだ。その言い方は勘弁してくれよ」
「定吉さん、お帰りなさい」
家の玄関口へと歩いていた弦の前で、由が聞き覚えのある名前を呼んだ。
つるは、よしの背後からその人物を見た。
そこには、整えた髷に、小綺麗な着物の若い男が、たえを抱いて立っていた。
歳は二十(才)後半、つると同い年か、少し上かもしれない。
抱きかかえられた、たえは定吉によく懐いているようだ。
「水茶屋に行ったら、もう店終いしてたんで、家に来てみたんだ。今日は、誰か荷車を運ぶのを手伝ってくれたのかい?
「まさか、よしさん一人で運んだんじゃないだろうな、もしそうなら、そんな危ない真似はしない方がいいよ」
「たえもいる!」
と定吉に抱えられた、たえが口を尖らせて主張した。
「ああ、確かに、あ、えっと、・・その女性はどちらかな?」
定吉は、よしの後ろに若い女性がいる事に気付いた。
「お初にお目にかかります。つると申します」
つるは、頬被りしていた手拭いを取り頭を下げた。
一見少女のような見た目と違い、落ち着いた物言いの女性。
定吉は、軽く気圧され慌てて頭を下げた。
その慌てようにくすくす笑いながら、よしが話した。
「今日は、この方たちが家に泊まることになったので、早めに店を閉めたの。途中で、定吉さんと会えたら良かったんだけど、会えなかったから・・、後で定吉さんの家まで行こうと思ってたのよ」
よしの話を聞いて、定吉はハタと気付いた。
...あれ、石さん一人じゃないのか? この女性も一緒か・・じゃあ、それほど心配する必要もなかったのか?
「そうか、それなら良いんだ。あ! いや、え―そうだ、じゃあ、つるさんが荷車を曳くのを手伝ってくれたのかい?
「この火鉢を積んだ荷車は、女性一人では重くて危険だから、誰かいてくれて良かった。二人なら安心だ」
早口で捲し立てる定吉を、たえが不思議そうに見上げた。
「?、・・・荷車を曳いたのは、そこに居る、石さんよ。一人で曳いて来てくれたの」
「は?」
定吉は信じられないという顔で、空を仰ぐ盲目の男を見た。
【町へ】
...そろそろ町に行きてえかな?
夕日が照らす家の前で、三人が話してる。
石は手持ち無沙汰で空を仰いでいた。
「いっさん。わたしは、よしさんの御厚意に甘えさせて頂きますから、もう町へ行っても大丈夫ですよ」
石の心を読んだように、つるが言葉をかけると、「おっ」と石は嬉しそうに声をあげた。
そして、みんなに向かいニコっと笑うと背中を向けて、そそくさと荷車を曳いて来た道を戻って行く。
「ひとりで大丈夫なの?」
よしは、つるを見た。
「大丈夫です。・・あの人はああやって、たまに自由にしたほうが良いんですよ」
つるは、さみしそうで、またあきらめたような表情をしている。
そして、もう遠く離れていた石の背中に呼びかけた。
「小さな子供もいますからね、子の刻(深夜0時前後)までには帰って来てくださいね」
いしは振り返る事なく背を向けたまま、ひらひらと片手を振った。
「俺、心配だからついていくよ」
「そうね、目のこともあるし心配だわ。つるちゃん、付いて行ってもらったら?」
つるは首を振った。
...久しぶりに一人で夜の町をウロウロしたいだろうから、誰かと一緒だと嫌がりそう
「もと来た道を戻れば、町までは一本道。棒鼻(入り口)までは迎えが来るという話でしたから。わざについて行かなくても大丈夫です。お気持ちだけ受け取っておきます」
よしと定吉にそう言うと、小さくなった石の姿をまた見つめている。
...助五郎に会うのは心配だけど、いっさんは必ずわたしの所に元気に帰ってくる。むしろ、わたしや誰かが一緒に居る方が足手まといになって、彼の身を危うくしてしまう
「あの人は、大丈夫です」
と、つるはポツリと呟いた。
定吉は、その様子を不思議そうな顔で見ている。
「あの、石さんとはどういう関係で?」
「夫です」
と、つるは当たり前のように答えた。
つるが、見た目とは違う大人の女性であることは理解できた。
だが、つると石はどう見ても、親子ほど歳が離れているように思える。
...盲目の男と若い娘・・何処かでそんな話を聞いた気がする
結局、定吉は「俺がそうしたいだけだから」と結局、石を追いかけていった。
つるは、その後ろ姿を見つめ。内心は、定吉がついて行ったことで安心している自分がいた。
...心配だったんだ
旅慣れてるといっても、石にとっても初めての町。
心の奥では、ひとりで行かせるのは嫌だったんだと気付いた。
キュルキュルと音がした。
定吉に置いて行かれた、たえのお腹の虫がキュルキュルキュル鳴いている。
「お腹空いた?」
よしが、たえの顔を覗き込む。
よしの足下で、たえは恥ずかしそうに着物に顔を押し付けた。
「ご飯にしようか?」
「手伝います」
つるは、二人を振り返った。
三人が家に入ってしばらくすると、コトコトと食事の支度をする音がした。
やがて家の中から、良い匂いが外に漂ってきた。




