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座頭の石(ざとうのいし)  作者: 遠野影踏
第三章

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ep.22 風の音

石(いし)は手持ち無沙汰のまま、道の端に腰を下ろし、周囲の音に耳を澄ませた。風の音(ね)、虫が鳴く声。女性達の会話が聞こえる。


…平和だねぇー


煙草が吸いたくなって、煙草入れに手をかける。さっき注意されたばかりなのを思い出してやめた。


「ふぁぁあい」


長旅の疲れが襲って来て、生欠伸(なまあくび)する。


……やる事がねえと、眠くてしょうがねえや


弦(つる)の困ったような声が聞こえた。


「よしさん、この荷車はびくともしないのだけど、何かコツがあるのでしょうか? さっきから動かそうとしてるんですけど、全く歯が立たなくて」


店の裏手から、洗い物で汚れた桶(おけ)の水を捨てに行っていた由(よし)の声が返ってきた。


「コツってわけじゃないけど、動かすには仕掛けがあるの。あとは桶を洗うだけだから。少し待ってて」


……帰る準備は出来たのか。後は荷車を外に出し、屋根の下に腰掛けを片付ければおしまいだな。仕掛けのストッパーは、さっき触っておいたから仕組みは分かる


そろそろ、あしの出番かと石は立ち上がり、大きく背伸びをした。


「あぁっ……」


旅の疲れで弱った腰を叩き、のそのそと店へと歩を進める。店の中では、弦が荷車を見つめまだ悩んでいた。

石は店の中に入ると、弦と荷車の間に割って入った。


「そこの可愛いお嬢さん、ちょいと前を失礼しますよ」


そう言いながら石は、荷車のそばにしゃがみ込む。

荷台の横に手を這わせ、先ほど確認したストッパーと思しき部分を指で探る。ガクッ、と荷車が揺れ、重みが地面へ伝わるのが分かった。


地面を触ると、車輪に石が噛ませてあった。それを脇に避ける。その時、ちょうど由が洗い物を終えて戻ってきた。


「荷台の横のストッパーを引けば、動くようになる仕組みなんだけど……」


由が立ち止まった。

目の前で、石が車輪に手を伸ばし、噛(か)ませていた輪留(わど)め代わりの石を外している。


石は由の目線を感じて振り返る。


…ありゃ? これは要るのかな


「よしさん、この石は必要なもんだったのかい?」


輪留め代わりの石を見せる。由は戸惑った様子。


「あ、いや…それはいつも店に置いているから」

「?…そうかい、じゃあここに置いとくよ」


脇に置くと、石は荷車の取(と)り手(て)を握って、荷車を動かし始めた。


「つる、荷車(こいつ)を外に出すから案内してくれ」

「はい」


…え?


由の目の前で、石が弦に指示を受けながら荷車を外に出して行く。そして出した後は、当たり前のように腰掛けを店の中に収めた。

そして石はまた荷車に近づく。取手(とって)の囲いの中に入って取(と)り手(て)を掴(つか)み引き上げる。


「あっ、石さん。ちょっと待って。荷車は、あたしが曳(ひ)いて行くから」

「気にする事はねえよ。こう云う力仕事は、男がやるもんだと教えられて育ったんでな」


そう言うと、石はいつでも出発できるように合図を待っている。


「いっさんの好きにさせて下さい」

「でも」

「たえちゃんもずっと働いてたのに、いっさんはただ怠(なま)けてただけですから。ほら、あのお腹を見て下さい」


弦の指差すほうに、石のぽっこりとした中年腹(ちゅうねんばら)があった。 


「最近、太り気味なんです。痩(や)せるのに、これぐらいの力仕事は丁度良いんですよ。ね、そうですよね。いっさん」 


石は黙って、上を仰いでいた。

弦は笑顔で辛辣(しんらつ)な言葉を投げかけているが、由は、どう返してよいか分からずにいた。


……酷(ひで)ぇ言い方だな


石は心の中で愚痴(ぐち)をこぼした。由を納得させるための、弦の方便(ほうべん)だと思いたいが、たぶん本心なんだろう。


「でも、石さんは……」


由は『目の不自由な人にこんな事をさせるわけにはいかない』という言葉を飲み込んだ。この二人とはまだ、そこまで立ち入った話ができる間柄ではない。弦は、由の喉元まで出かかった躊躇まで理解していた。


「大丈夫ですから。いっさんに任せてください」


弦は笑顔で、由に話した。


「さあ行きましょうか、いっさん」

「ああ」


石は取(と)り手(て)を握り締め、荷車を引き始めた。







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