ep.10 由の家
「こんにちは、俺は定吉って者で、ここの家主に用事があって来たんだが、おいさんは、この家の人の知り合いかい?」
...・・なんだ、噂の定吉か
石はホッとした。
「このあたりは、滅多に他所から人が来ないからなあ、おいさんは旅の人かな?今朝は晴れ晴れとした良い天気だったから、道中も歩きやすかっただろうな。昨日と違って
「昨日はずいぶんと悪い天気だったろう? ひどい雨で俺は濡れネズミになって往生したよ。おいさんは、昨日は雨にやられなかったかい?」
定吉は、気さくにただの世間話をして居るように見えた。
だが、なんとなく相手を探るような、そんな気配を石は感じ取った。
...あしが何者かをそれとなく探っている気がする
定吉は、石が無言でも気にしないで、一人で勝手に話を続けている。
ただ、その自分勝手なようなその話振りも計算づくなのかもしれない気がした。
何歳なのか知らないが、まだ若そうな感じなのに奇妙な落ち着きがある。
石は、定吉に得体の知れないモノを感じていた。
...こいつは『普通』の庶民、というには何処か胡散臭い
よしの話では、とびきり仕事が出来る以外に、定吉に違和感を感じなかったが
...考えてみりゃおかしな話だ。そんなに有能な奴が、なぜこんな山中の辺鄙な町に燻ってるんだ
石は黙って様子を伺う事にした。
「俺は上方に行ったことがないから、一度は行ってみたいと思ってるんだ。子毛街道は京まで繋がってるから、辿って行けるしな。
「そうだ、おいさんは賀茂祭を見た事あるかい? 今頃あるそうなんだが一度でいいから見てみたいね」
定吉は、ちらと石の握る杖を見た。
そして半歩だけ後ろへ下がった。
...杖がとどかねえ所に行きやがったな
石は頭を掻きながら、口を開いた。
「あしは、ここの家主と知り合いってほどの者じゃございやせんが、水茶屋でちょいと顔見知りになりましてね。その縁で、こちらまでやって来た次第でして」
話始めて石が首を傾けた時、その伏せ気味の顔の向きと閉じた目を見て、定吉は気付いた。
「おいさん、目が見えないのかい?」
「・・・ええ、それが?」
「それじゃ、急に話しかけられて驚いたろう? 悪い事したな」
「・・ああ、そんなこたぁよくあることなんで、気にしやしませんよ」
石は笑いながら、大丈夫と手を振る。
定吉は笑顔を見せながら、探るように石を見ていた。
「おいさん、ずっと杖の先をこっちに向けてるから、何かの構えをとっているのかと思ってたよ」
「構え?」
「ああ、おいさんの手のタコがずっと気になってたから」
「あしの手の何が?」
「いや、なんでもないよ」
石は、手に内にできている刀剣ダコを隠すように甲を向けた。
...定吉は、どうでもいい世間話を続けながら、あしをずっと観察してやがった
「定吉さんは、郷の方で?」
「そう」
ある事に気付いて、石は言った。
「こちらの家主の情人なら勘違いしねえでおくんなさい。あしは、ついさっき家主と知り合いになったばかりの旅の者でござんすから」
定吉は慌てた。
「い いや、情人とか、勝手に思われても困るよ。ここの家主とはそういう関係じゃない。同じ郷に住む、顔なじみの一人だから」
「では。思ひ人って事ですか、いやつい、口から思ったことが、失礼しました。勘弁して下さい」
「いやだから違うんだって、俺はそのアレだから、違う普通の人だから。何言ってんだ俺は」
いまの定吉は、さっきまでの冷静沈着さがウソのようだ。
... 面白えな、定吉
「家主は帰ったばかりで、まだ家ん中の片づけをしてるようですが、定吉さんが来たと呼びに行きましょうか? いやすぐに行って来ますよ」
石は、杖で地面を探りながら、ふらふらと歩き出した。
「いや、ちょっと待ってくれ。今すぐ用ってほどでもないんだ。参ったな、俺がおいさんに聞いてたんだが、参ったなあ」
石は、プッ!と笑った。
「何か変だったかい?」
定吉は、不思議そうな顔で石を見つめた。
...素直な奴だ、態度に裏表がねえ。得体の知れねえところはあるが、根本は正直者らしい、コイツは信用できそうだ
「あしは、石ってもんだ。江戸まで湯治の旅をしてる途中でな。諏訪の湯が腰に良いって事だから、とりあえず諏訪まで行く道中で、此処に立ち寄っただけだ」
石はふと、よしの話を思い出した。
「そういや定吉さん、あんた職人だってな。よしさんから聞いたが、かなり仕事が出来るそうだが、そこにある荷車、あれ造ったのはお前さんか?」
石は何気なく、真後ろの荷車を杖で差した。
...目が見えないのに、正確に荷車の場所を差している
定吉は一瞬思った。
「よしさんが、水茶屋に行くのに毎度、荷物を背負って行くのが大変そうだったから。楽になるように造ってみたが、片手間だから、まあまあの出来のモノだよ」
「いや、それは謙遜だろう。あしは旅で、いろんな職人が造った物を触ってきたが、これは良いものだとすぐ分かった
「棚やストッパーなんて細かな細工を施してるし、全体の按配(バランス)も丁度良い、使う者の事を考えて良く造られてる」
荷車の土台がしっかりしていて、それでいて程良く遊びもあるため、変な歪みがない。
計算された細工物というだけではなく、ヤスリで丹念に磨いて、よしも大事に使っているからか、ささくれひとつない。
「ありがとう。面と向かって褒められると、何かこそばゆいもんだな。でも嬉しいよ」
定吉が、照れくさそう言った。
ふと見ると太陽はもう沈みかかって、辺りを赤くしようとしていた。
「石さん。もう日が暮れる宿は取ったのかい」
「いや、よしさんに今日の宿に困っているという話をしたら、親切に家に泊まってもいいと言ってくれたんでね
「それで厚かましい話だが、今晩厄介になろうかと思って来たんだ」
石の言葉に、口をへの字にした定吉は口籠りながら言った。
「ああ、・・そうか、それは難儀(大変)なことだから、仕方ないか。・・・うん、あーでも、うーん」
言葉の歯切れ悪い。
..なんだ?
石は様子を伺う。
...この人は、何処か気にかかる。よしさんと、たえの二人暮らしの家に一晩でも置いておくのは... そうか
「男がその、母娘の女だけの家に泊まるのはどうかな?って思ってね。俺は独り者だから、今からでも大丈夫なんだが、どうだろう? 家に来ないかい」
...つるとあしでお前さんの家に泊まれっての?
石は、不思議そうな顔で首を傾げた。




