ep.8 盲目
まだ太陽は高い。
傾いてはいるが、辺りは明るく、すれ違う旅人も多い。
荷車のカラカラと回る車輪の音、その後ろを子供と大人ふたりの三人の女性が歩いている。
最初は、荷車から荷物が落ちないか、石が怪我をしないかと心配していた、由よしだったが、今は弦と談笑しながら歩いてる。
「つるちゃん達が居てくれて、本当に助かったわ、一人だとこんなに早く店終いすることなんて、できなかったから」
「そんな、今晩泊めて頂くのですから、お礼を言うのはこちらのほうです。本当にありがとうございます」
後ろの二人の会話が、石の耳に聞こえてくる。
「いつもこの荷車を、よしさん一人で運んでいるんですか?」
よしは首を振った。
「いつもは、荷車を動かすためにソの郷の職人さんが来てくれるの。大抵は定吉さんなんだけど」
そう言って、よしは照れたようにうつむいた。
「そういう方がいらっしゃるんですか、お優しい人なんですね」
微笑ながら、つるは応えた。
まだ山向うに陽が落ちるのは早いというのに、よしの顔は赤く染まっていた。
「早めに店終いしたから、定吉さんに謝っておかなきゃ。途中で会えると良いんだけど」
と、よしが呟く。
カラカラ回る車輪の音。
目の前に、荷車を引く石の背中が見える。
つるは、よしが急いで店を閉めた理由について、分かる気がした。
ソの河の工事現場に行った助五郎たちは、戻る時にまた水茶屋の前を通る。
よしのあの様子を見れば、助五郎と会いたくなかったのだろうと思う。
それは、つるも同じだった。
「定吉さんは、今日お家に来られるんですか?」
「たぶん、・・毎日のように、様子を見に来てくれるから」
「じゃあ、その方にも作っておきましょう。夕食の準備に合わせて」
「そうね。手伝って」
「はい」
つると よしは、お互い笑顔で顔を見合わせた。
...思ったより家が遠いや、あしは力自慢の脳筋男じゃねえんだからな、少し押してくれると助かるんだが
ただ、力仕事は男の仕事とカッコつけた手前、女性二人に手伝ってくれとはもう言えない。
...カッコつけるってヤダなぁ
「ここを横道に入ってもらえます?」
よしの声がして、つるの指示で下り坂に入る。
今まで前に曳いてきた石は、今度は後ろからの荷車の重量を支えるため手と足に力を込めた。
街道から横道に入った緩やかな下り坂。
急坂で無かったので、石はホッとした。
暫く下って行くと、石の耳に遠くから子供たちがはしゃぐ声が聞こえた。
つるたちは気付いていないようだ。
...この道じゃねえな、どっか遠くて近いような、よく分からねえ
石たちが歩く道の片側にある河岸の原っぱに、木々や草木が生い茂る。
その間を、いくつかの子供の黒い髪が見え隠れしている。
やがて数人の子供のはしゃいだ声は離れていった。
荷車は、石の手を取り誘導する必要はない。
「いっさん、少し左に寄せて下さい」
つるの指示があれば、荷車はその通りに動いた。
よしは不思議な面持ちでそれを見ていたが、妙はもっと不思議に思っていたようだ。
急に駆け出すと、荷車の前に出る。
そして、少し薄曇りの空の中に浮かぶ、影になった石の顔を覗き見た。
たえは、後ろ向きに歩きながら気づかれないように息を整えて、石の顔をじっと見つめた。
...ほんとに見えない?
「お嬢ちゃん、あしの顔に何かついてるのかい?」
石には、ここにいる事が見えないはずなのにと、たえは心の底から驚いた。
急いで戻り、後ろを歩く よしの足下に飛び込んで、着物の裾にしがみついた。
「ありゃりゃ、どうしたかな?」
石は困った顔で、後ろに首を向けた。
「いっさん、怖い顔をしていたんじゃないですか? たえちゃんびっくりしたんですよ」
「そうかぁ? そんなつもりはなかったんだがなぁ、ゴメンよ」
石は、申し訳なさそうに頭を掻いた。
つるは、たえに近づいた。
「いっさんは、顔は怖ないかも知れないけど、心持ちは、凄く優しい人なの。怖がることなんてないのよ」
そう言って、つるは優しく たえの髪を撫でた。
たえは前を向くと、荷車を引く石の背中をじっと見つめた。
...おじさんは、目は閉じてるようだけど、視えているのかも
子供の純粋な有り得ない考えは、意外と真実を言い当てていた。




