ep.7 荷車
石は手持ち無沙汰で、道の端っこで中座りをして、まわりの音に耳を澄ましていた。
風の音、虫が鳴く声。女性達の会話。
煙草が吸いたくなったが、さっき注意されたばかり。
「ふぁぁあい」
ヒマしていた、石は急に長旅の疲れが襲って来て、生欠伸ばかりしている。
...やる事ねえと、眠くていけねえや
「由さん、荷車どうやって動かすのでしょうか?」
洗い物で汚れた桶の水を捨てに店の裏に回った、よしの声がする。
「ちょっと待って。桶を洗ったら戻るから」
ひくひくと石の耳が動く。
どうやら、帰る準備は出来たようだ。
後は荷車を外に出して、屋根の下に腰掛けを入れたら、終わりとなっている。
...そろそろ、あしの出番かな?
立ち上がると、背を伸ばした。
「ああっ」と声が出る。
腰を叩くと、のそのそと店に向かって歩いた。
店の中では荷車を見つめて、弦が...どうしようかとまだ考えていた。
「可愛いお嬢さん、ちょいと目の前を失礼しますよ」
そう言うと石は、つるの前に割り込み、荷台の横に手を這わせて、さっき確認していたストッパーらしきものを触った。
ガクッ、と荷車が揺れ、かすかに動いた。
「荷台の横にあるストッパーを引けば、動くようになるか・ら?」
よしが、そう言いかけて立ち止まった。
よしの目の前で、石は車輪に手を伸ばして、噛ませていた輪留めを外している。
「由さん、コイツは持って帰るのかい?」
輪留めを見せると、よしは戸惑った顔で
「あ、いや・・・店に置いて」
と言った。
「そうかい、じゃあここに置いとくよ」
輪止めを脇に置くと、石は荷車の取り手を握って動かし始めた。
「つる、荷車を外に出すから案内してくれ」
「はい」
...え?
よしの目の前で、石が、つるの指示で荷車を外に出して、腰掛けを屋根の下に収めた。
そして石はまた荷車に近づくと、取手の囲いの中に入って取り手を掴み引き上げる。
「あっ・・石さん、ちょっと待って。荷車は、あたしが曳いて行くから」
「こう云う力仕事は、男がやるもんだって教えられて育ったんでな、気にするこたぁねえよ」
そう言うと、石はいつでも出発できるように合図を待つ。
「好きにさせて下さい」
「えっ・・でも」
「妙ちゃんも働いてたのに、いっさんはずっと怠けてただけですから。ほら、あのお腹を見て下さい」
つるの指差すほうに、石のぽっこりとした中年腹があった。
「最近、太り気味なんです。痩せるのに、これぐらいの力仕事は必要なんですよ」
つるは、笑顔で辛辣な事を言った。
...酷ぇ言い方・・
石は心で愚痴をこぼした。
よしを納得させるための方便だと思いたいが、本心かもしれない。
「でも、石さんは・・」
目が見えないと言葉にしそうになったが、口に出すことは憚られた。
まだ、そこまで話せるほどの仲ではないからだった。
つるは、よしの言いたいことを理解している。
「大丈夫ですから、いっさんに任せてください」
笑顔で、よしに言うと石を見た。
「行きましょうか、いっさん」
「ああ」
石は取り手を握りしめ、荷車を引き始めた。




