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二番目な僕と一番の彼女  作者: 和尚@二番目な僕と一番の彼女 1,2巻好評発売中
2章 僕と彼女と感情の名前

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9話


「いらっしゃい、もうすぐできるよ。…………ごめんね、お母さんに変なこと言われなかった?」


 僕は、病院から南野の家に向かい、そう言って出迎えられていた。

 とても良い香辛料の香りが玄関まで漂ってきている。匂いだけでお腹が空腹の主張を始めるのがわかる。


「お邪魔します。ううん、普通に会話しただけだったよ? 今日のメニューはカレー? 凄いいい匂いしてる、お腹空いてきた」


 僕は、そう言ってお腹に手を当ててみせる。父親のことは言うつもりはなかった。


「うん、張ったお湯に切った野菜と炒めたお肉を入れて、最後にルーの素を入れると誰でも美味しく完成させられるという素晴らしい料理よ」


 それに対して胸を張って笑う南野は頷いてそう言うと、それよりも、と続けた。


「どうよ?」


 くるりとキレイに一回転して、ひらりと布が舞う。

 南野は、少しラフな感じのトレーナーに下はジーンズ、その上に薄いピンク色基調のシンプルなエプロンを着けていた。


 どう、と言われると正直、めちゃくちゃ可愛かった。

 同級生女子のエプロン姿ってだけでもやばいのに、それが美少女と言って過言ではない南野なのだからなおさらだった。


「あー…………その、正直、めちゃくちゃ可愛い、と思う」


 迷った末に、そのまま口に出す僕。

 涼夏さんに、結構張り切ってたから褒めてあげて、と言われたのも後押しした。

 だが――――


「…………」


 無言だった。


「黙られるとキモいのかと思って泣きたくなるんだけど……」


「いや……えっと、嬉しいなと思ってるよ?」


 疑問形だった。


「……ちょっとトイレに()もって泣いてくるね」


「待って待って!? ごめんって、思った以上にあっさり言われて普通に恥ずかしかっただけだから! (うつ)オーラ出して個室に()もろうとしないで」


 自然と褒めるって、難題です。



 ◇◆



 カレーは美味かった。ついついお代わりまでしてしまって、南野にも驚かれたが、レトルトじゃなくて肉がゴロっとしているカレーを食べるのは久々で、何より南野作だったから食欲が旺盛だったのは間違いなかった。

 お腹が満たされた後、洗い物くらいはさせてと台所にいた僕は、終わったスポンジを絞って置いて、リビングのテーブルへと腰掛ける。


「洗い物ありがと……ちょっと改めて不安だったんだけどさ、お母さんなんて言ってた? さっきメッセージでどんな話したのか聞いたんだけど、ハジメくん――佐藤に言ってあるから聞きなさいって…………何かグッド的なスタンプも来たからそこはかとなく余計なこと言ってないか不安なんだけど」


 スマホで返信しているのだろう、親指を高速で動かしながら南野は言った。


涼夏(すずか)さんから? といってもそこまで変なことは…………言われてないと思うけど」


「その()が不安…………あ、でもその前に、うちはもう一つ気になること、っていうか納得いかないことがあるんだよね」


 僕がそう言うと、南野は何か難しい顔でスマホを見て、そしてこちらを見た。


「えっと、何か涼夏さんに言われた?」


 南野が不満そうな顔をしているのに怪訝なままの僕。


「…………それ」


「それ?」


「何でうちのことは()()なのに、お母さんは()()さんなの? それに、お母さんも佐藤のことハジメ君呼びしてるしさ――――」


 そう言ってこちらをじっと見つめてくる。

 目は口ほどに物を言う、と言うが、今の南野の目は言葉以上に伝えてきていた。流石に僕でも南野の言いたいことがわかる。ただ、即座に呼ぶには、恥ずかしさが勝ってしまうのが経験不足な高校生男子の常だと思う。


「ハジメ」


 なのに、それを見透かしたように、南野の唇が僕の名前を形作った。

 名前を呼ぶだけだ。そういう圧力が言葉の外に見えるようだ。

 とはいえ薄っすらと、南野の耳も赤くなっている気がして、それを見て、僕もまた、恐る恐る名前を呼ぶ。


「…………えっと、千夏…………さん?」 


 ヘタレました。


「…………」


 南野は何も言わなかった。

 黙ってその綺麗な黒髪の毛先をいじっている。


「ち……千夏」


「うん、なぁに? ハジメ」


 何とか恥ずかしさをこらえるように言うと、南野――――いや、千夏が満足気に笑って頷いた。

 整っているという意味では、普通の表情の方が美人さが際立つが、こうして笑顔を作ると、途端に可愛らしさが際立つ。


 これはマズイ。僕は誰に言い訳するわけでもなくそう思った。

 何というか下の名前で呼んで、呼ばれて。そして今部屋でこうしていることに、急に現実味が出てきた気がしていた。

 僕らは涼夏さんが帰ってこないことも、僕に咎める家族が居ない事も、全てわかった状態でこうしている。それが、一度意識してしまうと凄く緊張することのように感じられて――――。


「…………涼夏さんに言われた通りになりそうで怖い」


「……そうそれよ、何言われたの? 本当に何も教えてくれないというか……そもそも仕事で忙しくてずっと話できてなかったのもあるんだけどさ。どんどん元気になって、何かああいう風なこと言う人だと思ってなかったっていうか……うち、あまりちゃんとお母さんのこと見てあげられてなかったのかなとか考えちゃう」


「これから話していけばいいと思うよ、ち……千夏と涼夏さんは――――話は、とりあえず食費はきっちり折半でっていう事とか、僕の家の場所がどこかとか、今後の連絡の取り方とか…………後はうん、さっきも言った通りそんなに変な話はなかったかな?」


「嘘だね」


 僕には隠し事の才能はなかった。


『ハジメくん、貴方を信頼した上で言うと、私は元々仕事もあるし、寂しさの面でも、防犯の面でも、正直貴方みたいな子が一緒に居てくれるのはありがたいわ――――何なら泊まっちゃってもいいのよ? なんてね。……まぁあの子がキミの前でどうなのかは知らないけれど、今後も()()()してあげてくれると嬉しいわ。()()()()()()()()()()()、私は何も言わないから安心して、ね』


 涼夏さんの言葉が思い起こされる。

 何だか一部の語感が変に強調されていたような気がして、笑顔に何とも言えなかったが、これをそのまま伝えるわけにはいかなかった。


(というか、僕に聞いてって何なのさ…………)


 少し頭を抱えながら、どうにか南野の追求を(かわ)しつつ、僕らは楽しく過ごした。



 完全にそういうイベントは何もなく、僕はちゃんと帰宅したことをここに記します。

 ――――節度とは何かわからなくて調べたところ、『行き過ぎのない適当な程度』らしかった。全く役に立たなかった事はここだけの話である。



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