86. 誘拐06
なぜかチリアン隊長と連絡が取れない。用意していたルートは三つあったが、どれも使えなかったり反応がなかった。つまりあちらも内部で何か予期せぬ出来事が起きたと見るべきだ。
強引にレンタ商会へ踏み込むにしても証拠がないし、クリムソン伯爵はまだ泳がせる必要があると近衛師団から釘を刺されているので、じりじりと時間だけが過ぎて行く。
そんな折り、護国騎士団へ急報が入った。
「南方にブラックスライム出現、ただちに現場へ駆けつけよ!」
リーンの誘拐に気を取られて忘れていたわけじゃないが、このタイミングでの出動要請に一瞬思考が停止しかけた。
第四、第五隊は既に遠征へ出ている。次は第三隊が出る番だ。
「チリアンが不在なんだ、お前は第一隊をまとめる立場だということを忘れるなよ」
第三隊長は俺に念押しをして、王都から旅立って行った。
しかし、そのすぐ後にまた同じ急報が入り、第二騎士隊もまた王都を立つことになった。
「俺たちは西か。これはいよいよきなくさくなって来たな」
こんなときだというのに、第二隊長はおもしろくなってきたと言わんばかりに笑っている。
「ブラックスライムはたぶんもう一つくらい出て来るな」
「ええ、まだ第一隊が残っていますからね」
しかし護国騎士団だって、各隊からあらかじめ分隊を王宮に控えさせて備えている。戦力は落ちてしまうが、それぞれで踏ん張るしかない。それが俺たちに課せられた任務なのだから。
「陽動作戦には十分に気をつけろよ」
「了解しました」
第二隊も出発し、残るは隊長の欠けた第一隊。いつ出動要請が来てもいいように、準備は既に整えてある。
しかし、ここで予想外な報告が入った。
「火事です! レンタ商会が燃えています!」
酒場での火事は逃げ出した男の仕業だとわかった。ではこの火事はどういうことだ?
「王宮より南西方向、北西方向にブラックスライム出現! 出動せよ!」
どうやら敵は考える時間すらも与えたくないらしい。駄目押しでさらに二体、おまけに場所も分けて投入してくるとは、とことん俺らが邪魔なようだな。
だがこれで奴らが向かいたい方向が分かった。
南、西、南西、北西とくれば、残るは北と東だが、北の森から奥は岩場で逃げ場がない。王都の東側には海が広がっている。であれば、俺たちを散らばせた隙に東に向かい、そこから船で隣国へでも逃げるつもりなのだろう。
「用意はできているな!」
部下たちの返事が飛び交う中、それぞれの隊に指示を出して行く。
慌ただしく出発していく分隊を見送り、俺も分隊を連れて王宮を飛び出した。外はもうすっかり暗い。目指すは火事が起きたというレンタ商会だ。
「いいか、何かに追われているような貴族風の若い男がいたらすぐに捕まえろ」
王宮を出て真っすぐ南下し、商店の集まっている地区へと向かった。
リーンをさらった元王宮騎士の一人は、関わった四人全員火魔法が使えると言っていた。レンタ商会の火事は、その誘拐犯たちが起こした可能性が高い。
リーン、頼むから無事でいてくれよ。
レンタ商会の火は、外から見えるほど大きなものではなかったが煙が酷い。いったい何を燃やしたんだ。
「火を消せ! 店の中をあらためろ!」
混乱に乗じて証拠を探すようあらかじめ指示しているので、部下たちは片っ端から店内、そして内部にある店主や使用人たちの住居まで入っていった。
俺自身もずかずかと奥に入り、店主を捜した。どこだ、どこにいる。見られたいものを隠すのならば母屋か、それとも倉庫か。
そのとき視界の端に、使用人の中でも身なりの良さげな男が映った。こいつは家令か、使用人のとりまとめ役だな。
「主人はどこだ!」
「先ほど寝室に入って行きました」
俺の剣幕に押されたのか、震える男が指さす方向にはひと際立派な扉があり、蹴破るまでもなく開いていた。
「ない! ないないない! どういうことだ!」
俺に気づくこともなく店主はベッド脇にあるサイドテーブルの引き出しを漁っている。
「まさか誰かが盗ったのか……」
「ほう、泥棒にでも入られたのか。ちょうどいい、火事と一緒に護国騎士団が調べてやろう」
「ひっ、ひいっ!」
俺の姿を視界に入れるなり店主は腰を抜かしてしまった。
普通はこんな状況で騎士が現れたら、助けてもらえると安堵するものだが、よほど後ろ暗いところがあるらしい。
「なんでここに護国騎士団が!」
「こんな火事を起こしておいて何を言っている。おい、連れて行け」
「やめろ! 俺に触るな! この部屋から出て行け!」
見苦しく騒ぐ店主は部下たちに引きずられて行った。
護国騎士団に水魔法の使い手は少なくない。そろそろ鎮火した頃だろう。ここまで火の手は来なかったが、煙が流れて来たので窓を開け放った。
「いた! コルク副隊長!」
ついでに外の様子を確認すると、聞き覚えのある声が俺を呼んだ。しかし駆け寄って来た者は女中のような格好をしている。
「良かった、すれ違いになって戻って来たんです」
「お前、シリウスか」
「そうですよ」
火事のせいなのか走ったからなのか、化粧が汗で落ちていて、遠目ならまだしも近くで見ると、女装をした男にしか見えない。いや実際その通りなんだが、三ノ宮で見たときとは違い、とにかく違和感しかなかった。
「チリアン隊長と奥様はここにはいません!」
尋ねるまでもなく訊きたいことを教えてくれた。さすが気の利くシリウスである。
「隊長の正体がばれたのか」
「いえ、逆です。隊長は信用されて、奥様を連れて行く役目を任されました」
「どこへ行った?」
「クリムソン伯爵の屋敷です!」
「リーンがそこにいるのは間違いないんだな
「はい」
よし。これで堂々と乗り込めるという訳だ。
「それからこれ、伯爵とこの店の主が繋がっていたという証拠です」
「よくやった!」
さっきレンタ商会の主人が探していた書類はこれかもしれない。その辺はこれからの取り調べで分かってくるだろう。
「あと奥様と一緒に捕まった、元王宮騎士の三人も無事です。さっき他の騎士たちが身柄を確保していました」
「そうか、それならもうここには用はないな。俺はこれからクリムソン伯爵の屋敷へ向かう。お前は王宮へ戻る奴らに同行し、衛生兵の職務に戻れ」
「はい!」
散らばっていた部下を集めて次の行き先を告げる。
その他にも、確保した誘拐犯やレンタ商会の人間を王宮へ連行する者と、この場の後片付けをする者とを分けた。特に商会からは、証拠になる物が他にも出てくるかもしれないので、徹底的に調べる必要がある。
闇夜に松明の灯りが映える。クリムソン伯爵の屋敷は静まり返っていた。
リーンはどうしているだろうか。チリアン隊長と合流する前に、怪我をしたり酷いことをされなかっただろうか。こんなことになるのなら俺が女装して潜入しておけば良かった。
いや、リーンは強かな女性だ。そう易々と相手の好きになどさせないはずだ。
「コルク隊長! 王宮騎士隊の副隊長が来ました」
クリムソン伯爵には近衛師団か王宮騎士隊が見張りをつけているとは思っていたが、王宮騎士隊の副隊長が直々にやって来ているとは思わなかった。あちらもそれだけ事態を重く受け止めているのだろう。
副隊長はがたいのいい男で、俺も身長は低い方ではないが、頭一つ上から見下ろされた。
「護国騎士団がここで何をしている」
「ここに錬金術室長が捕らえられているという証拠が出て来ました」
「ここに?」
そのような気配をまったく感じさせないクリムソン伯爵が狡猾なのか、気づかないこいつら間抜けなのか、とにかくここで足止めをされる訳にはいかない。
「急いだ様子の馬車がやって来ませんでしたか」
「一時間程前に一台せわしなくやって来た馬車がいたが、王宮へは報告済みだ」
チリアン隊長も同行していたはずだが、連絡がないところを見ると、そのまま屋敷の中に残っているのだろう。
「クリムソン伯爵には手出ししないよう通達が出ていたはずだ」
「伯爵に繋がる商会、そしてその手下として動いていた奴らを捕らえました。叩くなら今です」
「それは貴公が決めることではない」
「捕らわれているのは私の妻です。黙って成り行きを見ている訳にはいきません」
引くつもりはないと下からねめつけた。
もしかしたら私的に動いたと後で咎められるかもしれないが、どんな理由をつけてでも中へ入ってやる。
「それに伯爵は既に王都から脱出する手筈を整えています。ここで捕らえねば逃げられてしまいますよ」
相手の反応を待たずに、部下たちに屋敷の周りを囲むよう指示を出すと、一瞬顔をしかめられたがこちらもまた決断したようだ。
「状況は分かった。だが我々も同行する」
王宮騎士隊としての面子もあるだろう。別に断る理由はないのでその申し出を受け入れた。
てっきり五、六人くらいで見張っているのかと思ったら二十人も潜んでいて、こちらはブラックスライムの出現数が予想より多く、人手が足りなかったのでちょうどいい。
部下たちが屋敷の周りを囲んだところで、王宮騎士隊と並び立った。
「護国騎士団だ! クリムソン伯爵は在宅か!」
門から声を張り上げると飛び跳ねる勢いで夜番の者が中から出て来た。
門を開けないのなら壊すと脅し、それでも屋敷に確認を取ろうとしたので、宣言通り派手に門扉を吹き飛ばしてやった。




