85. 誘拐05(リーン視点+)
前に錬金術室で、兄妹の中で一番上の子は打たれ弱くて、真ん中や下の子は強かだって話してたけど、貴族には当て嵌まらないのかしら。このぼっちゃんたちは、驚くほど打たれ弱い。
「あなたたち、王宮騎士隊を首になって今までどうしてたの」
「どうって、特にはなにも」
「え、無職? いい歳した男が揃いも揃って? 実家のすねかじりってこと?」
「そんなこと言われたって突然放り出されて、俺なんて五男でただでさえ家に居場所がなかったところに、騎士を首になったことで恥さらしとか家から出るなとか言われて」
ぐすっと鼻をすする音が聞こえてきた。私を連れ出したときのあの威勢はなんだったんだ。
「ちょうどいい機会だから、今回のことが終わったらちゃんと働く当てを考えなさいよ」
「でも俺、何も出来ないし」
「あなたたち、頭は悪いけど若いし体力はあるでしょう。どこでだって働けるわよ」
「そうでしょうか」
「家に大事にされていないと思うなら、世間体なんて気にせず、好きな職につけばいいじゃない」
男たちは互いに顔を見合わせた。
「そうだよな、俺たちだけ家の体面を慮ることはないよな」
「たしかに」
「なんでこれまで気づかなかったんだろう」
馬鹿だからと言いたいところだが、そういう教育をされて育ってきたんだから仕方がない。
「何かやりたい仕事はないの?」
暗闇の中で男たちがもじもじと動くのが見えた。
「俺、実はいろんな土地を旅してみたかったんです。行商とかやりながら自由に。家じゃ絶対に言えなかったけど」
「俺は絵を描くのが好きだけど、身を立てられるほどの才能じゃなくて、でもこんなことになるなら挑戦してみれば良かった」
最後の一人に視線が集まる。
「俺は特にやりたいことはないです」
「なんにも?」
尋ねると三人めの男は困ったように視線を泳がせ、やがて話し始めた。
「仕事はなんでもいいけど、普通に結婚してみたかったです。家の体面を考えた結婚じゃなくて、温かい家庭を築いて、子どもだって何人いようがみんな等しく可愛がるような父親になりたかった」
ぽつぽつと語りだした彼らは普通の若者という感じで、貴族というしがらみの中でそれなりに苦労をしてきたのかもしれない。
「ちゃんとやりたいことがあるんじゃないの」
「やりたいっていうか、結婚なんて至って普通の願望じゃないですか」
「私には言えなかった願いよ」
「どうしてですか?」
「錬金術室長の境遇を考えたら分からない?」
「あ」
私を利用しようとして、名ばかりの結婚を申し込んできた貴族たち。その裏では、平民だと見下していたことを知っている。
男たちもそんな話を耳にしたことがあるのだろう、三人とも気まずそうだ。
「でも今は結婚もして順風満帆じゃないですか」
「まあ、そうね」
結婚と言っても名ばかりのものだけど、ここで話すことでもない。
ノアはもう私が誘拐されたことを知ってしまっただろうか。きっと心配してる。ただでさえ忙しいときなのに迷惑をかけて、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
「室長様?」
呼びかけられて、落ち込みかけた思考を軌道修正する。
「それよりも、あなたたちにもし将来娘ができて、私に乱暴しようとしたことがばれたらさぞ嫌われるでしょうね。ただでさえ年頃になった娘は難しいって言うし」
三人とも顔が強張った。
「未来なんてどうなるか分からないんだから、人様に言えないようなことはしないに限るわよ」
「はい」
「もう二度としません」
「絶対にしません」
「当たり前じゃない。次があったら今度は四人まとめて四肢全部の骨を折ってやるわよ」
男たちは揃ってひいっと情けない声を上げて震え上がった。
「真っ当に生きればいいだけの話でしょうが」
呆れた視線を向けると、その中の一人がおずおずと前に出た。
「あの、さっきは言いそびれましたが、ポーションをありがとうございました」
「二度と無駄にしないでね。作るのだってそれなりに大変なんだから」
「はい」
そのとき、部屋の外から足音が聞こえてきた。こつこつと響く音が近づいてきて、誰もが押し黙った。
この誘拐事件の背後に控えている大物が出てくるのか、それともまた使いっ走りのような悪党が出てくるのか、どちらにしろすぐにアルケミックスペースを展開できるように身構えた。
大丈夫、魔力はだいぶ回復している。
ドアノブの回る音がして、ゆっくりと扉が開いた。暗闇に慣れた視界には、ランプの光ですら眩しい。
しかし、すぐに光に照らされた顔を認識することができた。
「え?」
そこには予想外の人物が立っていた。
***
酒場に居たごろつきどもは牢へぶち込み、俺に声を掛けて来た男は、取り調べ室に入れられた。顔色は悪いが、神妙な顔をして座っている。
「それで、錬金術室長がどこへ連れ出されたのか、お前は分からないんだな」
「はい。馬車が大通りへ走って行ったのは見ましたが、どこへ向かったかまでは」
この男の話では、リーンを誘拐した後に伯爵に騙されたことが分かり、共に逃げようとして、仲間とリーンが捕まったらしい。
「しかしよくもまあ、さらった相手と手を組もうと思ったものだな」
第二隊長の呆れた様子に、男は唇をかみしめた。
「し、室長様に、逃げるか殺されるかだって言われて」
「それはそうだろうが、逃げたところでどうしようもあるまい。既にお前たちは指名手配済みだ。王都から出ることはできまいよ」
「えっ、もう?」
「当たり前だ、お前たちが彼女を連れ去ってから何時間経ってると思ってるんだ」
リーンが姿を消して既に五時間。こうしている間にも彼女の身に何かあったらと思うと気が気じゃない。
第三隊長は、そんな俺が何かしでかすんじゃないかと警戒し、すぐ隣にぴたりと張りついている。立派な筋肉が暑苦しく邪魔だ。
「そんなに警戒しなくとも、もう何もしませんよ。あいつの証言が重要な証拠になるんですからね」
「分かっているならいい」
この男が突然リーンの話を始めたときは、思わずその胸倉を掴んで詰め寄ったが、すぐに第三隊に止められた。それからはまるで俺が犯人のように、厳重に行動を制限されていた。
「でも王都から逃げるつもりではありませんでした」
「じゃあどうするつもりだったんだ。いくら貴族でもなんでも許されるわけじゃない。特に今回は錬金術室長が関わっているからな」
「わかっています。罪は償います」
この男はさっきからいやに素直で、だったらどうしてリーンの誘拐などしたのか、印象と行動がちぐはぐすぎて逆に信用できない。
「あの、それより捜索はしてもらっているんですか」
「誰の捜索だ」
「室長様と、それから俺と一緒に行動をしていた奴らも、できれば見つけてもらいたいです」
「できればも何も、お前たちは指名手配犯だと言っているだろうが」
「すみません、俺もそいつに質問していいですか」
男と第二隊長の話に割って入ると、隣に立つ第三隊長に睨まれたが、止められることはなかったのでそのまま尋ねた。
「皇太后の命令で動いていたと言ったが、お前たちはリーンに仕返しをしたかったんじゃないのか」
男は目を泳がせたが、困ったような顔で俺を見てきた。
「最初はそのつもりでした。でもさらったところで危害を加えるなんて俺たちにはできないし、少し脅して帰せば胸がすくかと思ったんです」
最低な奴らだ。だが余計に疑問が深まる。
「だったらなんで室長様なんて呼び方をしてるんだよ」
どうもさっきから気になっていた。逆恨みだろうがなんだろうが、憎い相手には違いない。なのにこいつはなぜ、リーンの役職に敬称をつけて呼んでいるんだ。
「それは、うっかりあんたとかお前って呼んだら室長様に睨まれて、最終的にその呼び方に落ち着きました」
ちょっとリーンの怒るところがわからない。その前に、さらったことを怒ってくれ。
「睨まれただけで怖がるほどか?」
「すごく怖かったんです」
そんな悲壮な顔で言われてもな。
「なんでそんな怖い人間をさらおうなんて思ったんだよ」
「あんなに怖い人だとは知らなかったんですよ。俺たちが王宮騎士だったときは、深く関わることもありませんでしたから」
「何がどう怖いんだ」
たいして興味もなさそうに第二隊長が尋ねると、男の顔色がますます悪くなったような気がする。
「全員が水責めをされて、一人は肋骨を折られました」
「錬金術室長に?」
「はい」
「今も怪我をしているのか」
「いえ、すぐにポーションで治してくれました」
水責めと肋骨折りか。えぐいな。こいつが様付けで呼びたくなる気持ちもからなくもない。
アルケミックスペースでやったんだろうけど、どうやって肋骨を折ったのか、興味があるので後で聞いてみよう。
「あの、それより捜索は」
「もちろんしている」
さっきとは打って変わって俺が落ち着いて答えたからか、男は不思議そうに首を傾げた。
「もしかして居場所がわかったんですか」
「まあ、そんなところだ」
「じゃあ、みんな無事なんですね」
「まだそこまで楽観視はできない状況だ」
一度は喜びかけた男の眉が下がった。心配しているのは本当なんだろう。
リーンたちを乗せた馬車が大通りに出たとこの男は言った。その少し前に、レンタ商会に馬車が慌ただしく到着した知らせを受けたが、この状況で無関係ということはないだろう。
あそこにはチリアン隊長が潜入しているので、現在は連絡を取っている最中だがまだ返事はない。
「お前の嫁はたくましいな。とてもさらわれたとは思えん行動力だ」
「というか、その水責めや肋骨折りができるなら、逃げられたんじゃないのか」
「それが、俺たちに拷問したせいで魔力が足りなくなったそうです」
今さりげなく拷問ってまとめたな。
あと二人の隊長たちが揃って俺を見ているが、気づかなかったことにしよう。俺はリーンのそういう豪快なところも美点だと思っている。それにほら、まずはこいつらを締めておかないと、逃げようにも逃げられないしな。
「お前たちは全員で四人だったな」
「はい」
さらわれる前には錬金術室でポーションを作っていたので、四人を拷問にかけたのなら魔力が足りなくなってもおかしくはないのかもしれない。いまいち錬金術に使う魔力量が分からないので判断がつかないけど。
しかし魔力はいずれ回復する。そのときこそが逃げ出すチャンスだろう。
「なあ、お前さんは指名手配されていたことを知らなかったんだろう。だったらなぜ一人で逃げようと思わなかったんだ」
第二隊長の質問に、男は泣きそうな顔になった。
「逃がしてもらったんです、俺たち」
「逃げられたのはお前だけだろ?」
「実際には俺だけになってしまいましたが、窓から降りる時、室長が一番最後まで残って、それで捕まったんです。自分は捕まっても殺されることはないだろうからって」
男がぐっと拳を握った。リーンがこいつらを庇ったのか?
危険の迫った状態で連帯感でも生まれたのだろうか。長時間、緊張状態で一緒にいればない話ではないが、なんか面白くない。
「恩義を忘れず出頭したのか。その律儀さはたいしたものなんだがなあ」
「その前に、安易に犯罪に手を染めるなという話だ」
「申し訳ありませんでした」
「いやに素直だな」
そもそもこいつらは貴族なのに、俺達に丁寧な言葉遣いをするなんておかしくないか。
「今回のこともですけど、ポーションについても、護国騎士団にどのようにご迷惑をおかけしたのか、あらためて教えていただきました」
「錬金術室長にか」
「はい。ポーションのありがたみもよくわかりました」
しおらしい態度を取られると人は責めづらくなる。リーンがこいつらを庇おうとしたのもそれが原因かもしれない。
「証言が必要であれば、どんな場でもすべてを話します。だから」
四人を助けてください。お願いします。と男は俺たちに頭を下げた。




