83. 誘拐03(リーン視点)
「じゃあ皇太后陛下もそのつもりで俺たちに命じたんですか?」
「それはどうかしら。二人の目的が同じとは限らないわよ。元々は違う派閥だったわけだし。むしろクリムソン伯爵は皇太后も利用しているのかもね」
なんの根拠もないけど、適当にもっともらしく言ってみる。
「クリムソン伯爵の目的はなんなのでしょうか」
「最終目的は分からないけれど、私の身柄を手に入れたいようね。そして自分が関わっているとは知られたくない。まず碌なことじゃないのは確かね」
「では俺たちはどうなるんでしょうか」
そんなことを聞かれても想像でしか答えられないわけだが、まあいいや。
「王宮が予想以上に騒ぎになってしまった。君たちはしばらく逃げろ、もしくは匿うと言っておいて、そのうち殺すとか? 生き証人なんて邪魔でしかないだろうし」
「そんな!」
「酷い!」
「人でなし!」
「極悪人!」
なぜか私が責められた。誘拐という悪事に手を染めた奴らがどの口で言うのか。
「すべてあなたたちの自業自得だって言ってるでしょうが。それから殺されるのが嫌なら逃げる方法を考えなさいよ」
「室長様はどうするんですか」
「逃げるわよ」
「じゃあ俺たちも一緒に連れて行ってください」
私がこいつらを利用しようとしていたのに、いつの間にか私が連れて逃げることになっている。なんて甲斐性のない男どもだ。
「あなたたち、魔法を使えるのよね」
さっきオリビアを人質にとったときに、四人とも炎を出していた。
「使えることは使えますが、そんなに強くはありません」
「階下の男たちを倒すことはできる?」
「あいつらが魔法を使えないなら、なんとかできるかもしれませんが、もしやり返されたら勝つ自信はありません」
甲斐性がないどころか、足手まといにしかならなそうだ。
しかしここで見捨てるのも後味が悪い。なんとかするしかないのか。
「廊下に見張りは?」
肋骨男がそっと扉を開けて確認する。
「こちらに背を向けて一人座っています。さっきはいなかったのに、俺たちが出て行こうとしたからですかね」
「かもね。窓の下には誰かいる?」
一人が窓際にさりげなく立って下を覗き見た。
「五人います」
微妙な数だ。一人が一人を倒せば逃げられるけど、この足手まとい共を頭数に数えるのは危ない気がする。それに窓から見えないところに潜んでいる可能性もある。
「廊下にいる見張りを、誰にも気づかれずに倒すのは難しいかしら」
「そうですね、一階にいる奴らを呼ばれたら、どうしようもありませんから」
「窓の下の男たちをどうにかするしかないってことさね。どうしたら気づかれずに倒せると思う?」
「え、俺たちも戦うんですか」
「あなたたちが戦わなかったら誰が戦うのよ」
視線が私に集まった。生憎と今日は爆発化合物セットを持っていない。さらわれた温室は、錬金術室からすぐのところにあるので、油断して持ち歩かなかったのが悔やまれる。
アルケミックスペースも大勢を相手にするには分が悪い。
「残念ながら、さっきあなたたちの相手をしたせいで、もうあまり魔力が残っていないのよね」
「そんな……!」
絶望的な顔をされた。
「あなたたち、炎とか出せるんでしょう。あいつらにぶつけられないの?」
「俺たちの炎なんて、マッチ五本分くらいですよ」
「それじゃあ、うちの室員を人質にとったときの炎って」
「あれが精一杯です」
手のひらサイズの炎を四人が出していた。それが最大だったなら、なんとかしてオリビアを助けるなり、応援を呼ぶなりできたってことじゃない。
「猛烈にあなたたちへの殺意が沸いて来たんだけど」
おもいっきり睨みつけてやると、男たちは寄り集まってプルプル震えた。
自分の迂闊さに腹が立つ。こいつらに八つ当たりしてもいいわよね。
「す、すみませんすみませんすみません、どうか許してください」
「謝って済むなら、護国騎士団なんていらないわよ!」
やっぱり置いていこうかしら、こいつら。
「こうなったらシーツでも繋ぎ合わせて窓から降りるしかないわね」
「でも下の奴らはどうしますか」
「適当なところに火を放ってあいつらの注意を引く」
「それ放火じゃないですか、もっと罪が重くなりますよ。しかもこの辺は建物が密集しているので、飛び火したら大火事になってしまいます」
「燃え広がらないように燃やしなさいよ」
「そんな無茶苦茶な」
「あなたたち、火魔法以外に何ができるの?」
「俺は土魔法なら少しは」
「俺は風魔法を少し」
残りの二人は首を横に振った。小さな火魔法しか使えないらしい。なんて役に立たない奴らなの。
「室長様は水魔法を使えるんですよね」
「水は出せるけど、万が一にも燃え広がってしまったら、とても消しきれないわ」
「さっき俺たちにしたみたいに、見張りを水で覆ってしまえばいいんじゃないんですか」
「だから魔力が足りないの」
「じゃあ水をたくさん出して、あの男たちを流してしまうとか」
「だから魔力が足りないんだってば。そもそもあの水は、何かを混ぜないかぎりあの球体の中でしか存在できないの。だからほら、あなたたちも濡れてないでしょう」
今さら気づいたのか、男たちが自分の体を見て驚いている。どこまでも間抜けな奴らね。
「魔法が駄目なら、体術はどうなの?」
「得意そうに見えますか?」
この男たちはみんな若く、二十歳前後に見える。そして騎士にしては体の線が細い。筋肉の付き方も護国騎士団とは比べ物にならない。つまり見るからに弱そうである。隙をつけば私でも倒せそうだ。
「つまりこの場に戦える者はいないということね」
「そうですね」
「そのようです」
「そうなりますね」
「そうなんです」
なぜかしたり顔で頷かれた。こいつらは私を苛立たせる天才か。
万全の態勢で逃げるのなら魔力が全回復する夜まで待てばいいけど、敵がそれまで私たちをここに閉じ込めておくとは限らない。私がクリムソン伯爵なら、さっさと安全な場所へ移動させるだろう。
王宮ではそろそろ騒ぎになっている頃かもしれない。オリビアはきっと自分を責めているだろう。それにノアに連絡が行っていたら……。
しかし焦りは禁物だ。伯爵になりきって考えてみよう。移動させるなら目立たないように夜にするかしら。ううん、人出の多い夕方のほうが目立たず移動させやすい。
「今、何時かわかる?」
「もうすぐ十六時になります」
迷っている時間はたぶんない。
「もしあなたたちが私を人質にとった振りをしたら、ごろつきどもは言うことを聞くかしら」
「どうでしょう。室長様に触れたり怪我をさせないよう指示が出ていればですが、俺たちは殺さないようにとしか言われてませんので」
「私に利用価値があるから、殺すのは避けたいけど、多少の傷は構わないってこと?」
「そうとも取れますかね」
「もし私がここで命に係わるような怪我をしたとしたら?」
「そりゃ医者へ連れて行くか、ここへ医者を呼ぶんじゃないでしょうか」
「こういう店に来てくれる医者がいるの?」
「多めに金を払えば呼べるでしょうが、真っ当な医者ではないと思いますよ」
わざと自分に傷をつけて、逃げる隙を作れないかと思ったけど、止めておいた方が良さそうだ。下手をしたら、こんなところで死ぬはめになる。
「あなたたち、さっき私に使った薬はまだ持ってる?」
「少しなら」
男たちの一人が、そう言って小さな薬瓶を見せてくれた。親指ほどの瓶の中身はほとんど空で、五分の一くらいしか残っていない。
この量では、階下の男たちを眠らせるのは無理だ。
「この部屋を出たら廊下なのよね。反対側にも部屋はあるの?」
「ええ、今日はこの部屋以外は空き部屋だって店の主人が言ってましたけど」
「じゃあ、廊下にいる見張りの男を眠らせて、その隙に反対側の部屋から逃げるというのはどう?」
「どうやって見張りの男を眠らせるんですか。この薬を使うにしても、布か何かに染みこませて口に当てないといけないので、抵抗されたら下の奴らにすぐばれますよ」
「私を誰だと思ってるの?」
得意げに微笑むと、なぜか男たちは顔を引きつらせて首を横に振った。何よ、その反応は。
手持ちのポーションを分解し、一部の材料を取り出す。それと男たちが持っていた睡眠薬を使って、新たなポーションを作った。
「あなた、風魔法を使えるって言ったわよね」
「そよ風程度ですが」
「それで十分よ。少しだけ扉を開けて、この瓶の匂いが見張りに届くようにしてちょうだい」
「分かりました」
なぜか怯えた様子で瓶を受け取られた。
「あの、死ぬような薬じゃありませんよね」
「ただの眠り薬よ」
ちょっと強力なものに改良しただけで、時間が経てば目が覚める。
恐々と、だが風魔法を使えるという男は私の指示に従ってくれた。
結果が出るまでにシーツやベッドカバーを割いて、窓から降りられるよう加工しておく。
しばらくすると見張りの男の頭がこてんと横に倒れたと報告があった。
「寝たように見えます」
「見えますじゃなくて、確かめてみてよ」
「俺がですか?」
「土魔法で石でもぶつけてみたらいいでしょう」
恐々と土魔法を使えるという男が石つぶてをぶつけたが、反応はない。
「よし。それじゃあ向かいの部屋の様子を見て来てちょうだい」
そろそろと一人が向かいの部屋に入って出て来た。
「大丈夫です。向かいの部屋なら窓の下に見張りはいません」
足音を立てないように気をつけながら全員で移動する。しかし古い建物なので、うっかり音を踏み鳴らしてしまった一人が、みんなに睨まれて涙目になっていた。
「この部屋のシーツも使ってしまいましょう」
持って来たシーツをベッドの足に結び、さらにそこへ継ぎ足した。それでも地上には届かないけど、ここから飛び降りるよりはましだろう。
「さ、早く降りて」
「えっ、俺からですか」
「私に突き落とされるのと、自分から降りるのとどっちがいい?」
「じ、自分で降ります」
泣きそうな顔をしながらも、男たちは順序よく降り始めた。
しかし最後に私が降りようとしたところで部屋の扉が開いた。
「おい、何してやがる!」
うわ、ばれた。手近にあった物を投げ付け、急いで降りようとしたが後ろに体を引っ張られ、背後から床に押さえつけられた。
「室長様!」
「逃げなさい!」
こうなったら彼らだけでも逃がしたいところだが、窓の下からも怒号が響いてきた。これは脱出失敗かもしれない。
なんて暢気に考えている場合ではなかった。押さえる手に力が加わり、肺が圧迫されたのか息ができない。
「余計な手間をかけさせんじゃねえよ」
体をねじって息を吸おうとしたところで、腹にがつんと衝撃が走った。息を吸うどころか唾液が出た。それにも構わず顔を殴られる。二発、三発と続き、誰かが止めに入った声が聞こえたが、次の一発で視界が大きく歪み、意識が遠のいていく。




