82. 誘拐02(リーン視点)
「お前を王宮から連れ出すのに成功したら、近衛師団に取り立ててやるって言われたんだ」
聞いていないことまで教えてくれた。素直なのは良いことね。
「あなたたちを近衛師団に? そんなことあるわけないでしょう、あれは国王陛下の私兵よ。皇太后だろうが口を出す権利はないわ」
「自分が言えば国王は否とは言わないって」
こんな小物たちにまでそんな甘言を囁いているのなら、実害はもっと広く出ていそうだ。エリオット陛下もローガンもさぞ頭が痛いことだろう。
「私を襲ったところで何か益があるわけでもないのに、よっぽど気に入らないようね」
まったく次から次へとよくやるものだ。
「そもそも王宮騎士隊を首になったあなたたちに、近衛が勤まるはずないじゃない。向こうの方がずっと優秀なんだから」
「俺たちだってやればできる!」
「それ、近衛師団長の前でも言える? あの男は王宮騎士隊長ほど甘くないわよ。もし近衛に入れざるを得なかったとしても、後から適当な理由をつけて首を切るか、自分から辞めるよう仕向けるわね」
ローガンに限って、お荷物をいつまでも置いておくはずがない。
「皇太后にしたって、あなたたちなんて捨てごまでしかないわよ。都合が悪くなったら捨てるだけ」
「そんなはずは……」
「断言してもいいわ。あなたたちの家は、皇太后に文句を言えるような家格じゃないでしょ」
当たったらしく男たちはあからさまに視線を泳がせた。
「けど俺たちはただ命令に従っただけで、皇太后陛下に逆らうなんてできるはずがない」
「そんなわけないでしょ。それこそ近衛師団長にでも告げ口すれば、なんとかしてくれたわよ。あーあ、これが大事になったらお家取り潰しかしら。ああでも次男三男なんてそこまで大事にされないから、切り捨てて終わりかしらね」
全員、顔面蒼白だ。溺れかけたり、肋骨を折ったからかもしれないけど。
「もう、もう嫌だ、なんで俺らばっかり」
肋骨を折った男が泣き言を言い始めた。
「どうせ家でもどこでもいらない存在なんだよ」
つられたように他の男どもも、くしゃくしゃと情けない顔になった。
「お前みたいに、貴族でもないのに崇められて、大切にされて、衣食住が保証されている奴らになんか俺らの気持ちがわかるか」
ぐずぐずと鼻を鳴らされたところで、同情の余地はない。
「自業自得でしょう。真面目に働いていれば王宮騎士隊を除隊になんてならずにすんだんだから。なに被害者面してるのよ」
「俺たちだって最初は身を立てるために王宮騎士隊を目指したんだ、だけど入ってみたら、貴族のあぶれ者が入るお荷物集団みたいな扱いで、がんばったところで誰も認めてくれないし」
「ポーションの件だって、先輩たちに逆らえなくてずるずる従ってるうちに、騎士隊を首になって」
いい歳をした男たちが、しくしくと泣き始めた。
「だったら護国騎士団に入り直すなり、別の仕事をすれば良かったじゃない」
「護国騎士団に貴族が入るなんて、家の体面が悪いから駄目だって言われたんだ」
一応、家族には相談したらしい。まあ貴族らしい考え方だ。
「それに平民の中に貴族が入ったところで、疎まれるだけだって」
残りの二名も泣いているせいで溺れかけていて、ひとまず覆っていたアルケミックスペースを解いてやった。ちょっと魔力を使い過ぎたかもしれない。
男たちはもう私に危害を加える気はないらしく、みんな床に蹲ってしまった。
腰につけていたケースからポーションを取り出し、一人に投げてやる。
「ひとまず使いなさい」
驚いていたが意味は通じたようで、急いで骨の折れた男の服を開き、胸の当たりにかけてやった。淡い光が現れ、すぐに消えた。
「痛くない」
男は初めてポーションを使ったかのように、胸のあたりをぺたぺた触っている。まあ怪我をしなければポーションなんて必要ないものね。
「ポーションが足りなかったせいで、護国騎士団は遠征先からその傷みを我慢して、王宮まで戻っていたのよ」
私も後から聞いたが、五隊もあるので持ち出せる量には限りがあり、帰ってから保管していたポーションで治すということも珍しくなかったようだ。しかも足りなければ申請して、手元に届くまでさらに時間がかかったらしい。
「痛みを我慢するって辛いわよね」
事実を述べただけなのに、男どもは項垂れてしまった。
「で、あなたたちはこれからどうするの」
「どうするって、俺たちは護国騎士団か王宮騎士隊へ突き出されるんだろう」
「そうね、でもここから私に協力すれば、情状酌量の余地があるって判断されるかもしれないわよ」
この男たちは馬鹿だけど、根っからの悪人ではないようだ。ある意味これまでの貴族社会の被害者でもあるんだろう。
「協力って?」
「もちろん私を王宮へ戻すのよ」
「それなら元々、戻すつもりだったぞ」
「どうやって?」
「ここへやって来たときと同じように、途中で馬車を乗り換えれば戻れるはずだ」
「クリムソン伯爵が手筈を整えてくれている」
またそいつか。
「その伯爵にそんな力があるとは思えないんだけど」
「でもこうして出れたじゃないか」
「出るときは何も問題が起きていなかったからね」
男たちは私の言っている意味が分からないらしい。
「私が姿を消したことで王宮は騒ぎになっているはずよ。その中を潜り抜けて戻るのは、そんな簡単なことじゃないわ」
本当に考えがそこまで至っていなかったのか、男たちは目に見えて狼狽え始めた。
「うちの室員にも私と同じ眠り薬を使ったのだとしたら、もう目覚めていてもおかしくない頃でしょうし。あなたたち、まさか彼女に乱暴なんてしていないでしょうね」
「そ、そんなことするか!」
「後ろから薬を含ませた布を当てて眠らせただけだよ」
「それは乱暴に含まれるんじゃないのか」
「実は俺ら、かなりやばいんじゃ」
さすが王宮騎士隊すら首になっただけはあって、考えが浅い。
「分かったでしょう、あなたたちは私に協力するしか道がないのよ。無事王宮に戻れたら口添えしてあげるわ。あなたたちが騙されてたってね」
男たちは迷っていたが、やがてそれしか方法がないと覚悟したのか、お願いしますと頭を下げられた。
口車に乗せた私が言うのもなんだが、ちょっと単純すぎやしないだろうか。
「ところでここは宿屋なの?」
「酒場だ。一階が酒場になっていて、二階は泊まれるよう部屋を貸し出してるんだよ」
「ふーん、飲んで帰るのが面倒くさい人が使うの?」
男たちは微妙な顔をして答えなかった。男がこういう顔をするときは、だいたい相場が決まっている。
「女を連れ込むための部屋なのね」
四人共に目を伏せた。どうやら当たったらしい。
「あなたたち、まさかこの酒場に入り浸っているんじゃないでしょうね」
「いや、俺たちも初めて来たけど」
「誘拐前に馬車を借りに来たし、二度目ってことになるんじゃないか」
私を連れ込むのに使えたことからも、後ろ暗い店なのは間違いない。
「誰の紹介?」
「クリムソン伯爵だよ」
こんな如何わしい場所に出入りしているなんて、噂が立つだけでも貴族としては恥だ。本人が使っているとは考えにくい。誰かの紹介だとすると、伯爵の下でまた別に動いている者たちがいるということになる。レンタ商会と、もう一つあやしい酒場があると言ってたわね。もしかして、ここがそうなのかしら。
「伯爵とは直接やり取りしていたの?」
「ああ、皇后陛下の茶会でな。ただ今日の誘拐については唐突に使いが来て、すぐに動けって言われたんだ」
昨夜の一件が失敗に終わったからかもしれない。
それにしても次の手に移るのが早すぎる。何か急ぐ理由があった? それともこの男たちが信用されていないだけで、直前に知らされただけなのか、判断するには情報が足りないわね。
「帰りの馬車はいつ来るの?」
「それなら来たときに乗って来た馬車で帰るだけだよ」
「つまり出ようと思ったらすぐにでも出られるのね」
「ああ、出れる」
「でも伯爵の手下が見張ってる可能性もあるわよね。早く出すぎるのも問題かしら」
「いや、あんたが気を失ったことにでもすれば、もう戻してもいいんじゃないか」
「あんた?」
私に頭を下げたばかりだというのに、この男たちはまだ自分の立場を理解できていないらしい。
「それ私に言ってるの? そういえばさっきもお前とか呼んでたわね」
失礼な呼び方におもわず睨みつけると、男の一人が姿勢を正した。
「し、失礼しました。錬金術室長様に気を失った振りをしていただければ、問題ないかと存じます」
腐っても貴族なだけあって、やろうと思えば礼儀正しくできるんじゃない。
「呼び方は室長で結構」
「承知しました、室長様」
「それじゃあ階下に行って、馬車を出す用意をしてきてちょうだい」
「はい!」
肋骨を折った男がきびきびと部屋を出て行った。
と思ったら、なぜかすぐに戻って来た。
「どうしたの?」
「それがおかしいんです。馬車の用意を頼もうとしたら、部屋から出るなと言われて」
「は? 出るなって誰にだよ、ここに俺たちに命令できる奴なんていないだろうが」
「店にたむろっていたごろつきどもに詰め寄られたんだよ。伯爵がそう言ったからって」
「そんなこと、俺たちは聞いていないぞ」
「そうだ、そもそも俺たちは伯爵の命で動いたわけじゃない」
ごろつきにも仲間にも詰め寄られた肋骨男は、困ったように頭をかいた。
「そんなこと言われたって、階段を降りたところに十人くらいの男がいてさ、あいつらにとったら俺たちだって貴族なのに、あからさまに見下したような態度で凄まれたんだ」
「どういうことだ?」
答えなんて分かりきっているだろうに、口にするのを避けるように男たちは視線を交わした後、私を見つめてきた。
「あなたたちの役目は終わったってことでしょうね」
「役目って」
「私を王宮から連れ出す役」
「連れ出した後、戻さなくちゃいけないじゃないか」
「だから戻すつもりがないんでしょう。クリムソン伯爵には」
それが指し示す答えは一つ。
「あなたたちは伯爵に嵌められたのね」
クリムソン伯爵は自分が錬金術室長をさらったと、ばれないよう代役を仕立てたのだ。




