80. 秘密の会合再び02
そうして無理やり連れて来られたというのに、王宮での扱いは酷いものだった。
言われるがままにポーションを作り、疲れたと拒否をすれば食事を抜かれ、暴力を振るわれることもあった。
また貴族たちはリーンの作ったポーションを欲しがるくせに、彼女を田舎者だ、平民だと、面と向かって罵倒した。
当然リーンは逃げ出そうと画策したが、脱走が成功することはなかった。
「今のリーンであれば、アルケミックスペースを駆使して、逃げ切ることも可能でしょう。ですがまだ幼く、魔力切れを起こすまでポーションを作らされていたリーンに、王宮の見張りをかいくぐる術はありませんでした」
リーンはあまり自分を顧みない。魔力切れだって、なんでもないことのように言っていた。日常的にそんな状態だったのだとしたら、基準が周りとずれるのは当然だ。
「それでも隙を見つけては逃げ出そうとするリーンに、当時の国王は仲間を作ってやろうと考えたんです」
「仲間?」
普通に考えれば優しさからと勘違いしそうだが、ここまでの話を聞くかぎり、どう考えても真逆の理由だろう。
「そうすればリーンは、少なくとも一人で逃げようとはしなくなるからと」
「まさかそれが錬金術室が作られた理由なんですか?」
錬金術室の背後には王家がついているなんて、そんな後ろ盾になっているかのような話は全部嘘っぱちだったんじゃないか。そんな奴ら、嫌われて当然だ。
「ポーションの確保という大義名分がありましたからね。話はとんとん拍子に進みましたよ。彼女を室長とすることを前提にして。そして前国王の策は見事に当たりました。自分と同じような境遇の者たちが集められ、リーンはいよいよ逃げるという選択肢すら取れなくなりました」
「そこまでして囲いこみたかったんですか」
メイズ近衛師団長は眉間に皺を寄せた。
「前国王は、リーンの態度が気にくわなかったのです。せっかく王宮に呼んでやったのに喜びもせず、豪奢な衣食住を与えてやったのに感謝もされず、自分を敬うどころか嫌悪していることを知って酷く腹を立てたようです」
「そのときリーンはまだ子どもだったんですよね」
環境がまったく変わり、知らない大人に囲まれ、ポーションを作り続ける日々。せめて楽しいことがあればまた気持ちも変わったかもしれないが、馬鹿にされ見下され搾取されていると思ったからこそ、逃げ出そうとしたのだ。
「相手が子どもだろうがなんだろうが、王である自分の思い通りにならないことはないとでも思っていたのでしょう。身分差別の好きな方だったので、リーンが平民だったのも悪い方向に働きました」
自分たちが呼んでおいて勝手にも程がある。平民だと見下すくらいなら、最初から王宮に囲いこもうとしなければいいんだ。
「ただ、錬金術室のような組織は遅かれ早かれ作られたはずです。そのありがたみは、あなたたちこそがご存じでしょう」
リーンたちの犠牲の裏で、俺たち護国騎士団が助かっていたのだから皮肉なものだ。
昔、先輩方に聞いたことがある。錬金術室ができる前は、市井のポーションだけで魔物と戦っていて、効きの悪いものに当たったときなどは悲惨だったと。
きっと錬金術室ができた当初は、前国王の人気も高まったことだろう。
「近衛師団長はどうやってリーンと知り合ったんですか」
「私というよりは、エリオット陛下がリーンを気遣って声をかけていたので、側近である私とも話すようになったというところです」
何度目かの脱走中に、当時はまだ王子だったエリオット陛下が、追い詰められたリーンを見つけて匿ったのが最初の出会いだったらしい。
その脱走も失敗に終わったが、リーンの荒んだ様子に放っておけなくなり、ときたま会いに行くようになったそうだ。
「根気強く接するうちに、最初は野生動物のようだったリーンの態度は徐々に軟化していきました。まだ錬金術室ができる前の話ですがね」
真面目な話をしているというのに、野生動物の例えはどうなんだと思いきや、メイズ近衛師団長は至って真面目な顔をしていたので、話を脱線させる意図はなさそうだ。
「エリオット陛下が即位して、リーンを王宮の外に出すことに不安はなかったのですか」
「ありましたが、信用すると陛下がおっしゃいましたからね」
本当に度量の大きな方だなあ。
「まあ私はそこまで信じておりませんので、護衛も兼ねて部下たちに後をつけさせましたが」
良い話が台無しだ。
「しかし王都の道を知らないはずなのに、彼女はあっさりと部下たちを撒いてくれましたよ」
さすがリーンである。近衛師団の奴らは、きっとこっぴどく叱られたんだろうなあ。気の毒に。
「王宮に連れて来られて、あのクソみたいな前王が死ぬまで、リーンはずっと戦っていました」
メイズ近衛師団長から出たとは思えないほど乱暴な表現だ。それくらい酷い国王だったのだろう。
「そのやり方は決して正しいものばかりではありませんでしたが、それでも彼女には必要な行為だったのでしょう」
メイズ近衛師団長が眼鏡を押し上げながら一息吐いた。
「貴族議会でリーンが述べたことなんて、彼女にされた仕打ちのほんの一部なんですよ」
きっとこの人はこの人なりにリーンを想ってくれているんだろうな。
「教えてくださってありがとうございます」
「べつにお礼を言われることではありません。あの意地の塊のような彼女が、語られて嫌だと思うことを話したくなっただけですので」
リーンが陰湿眼鏡と呼んでいたことを思い出した。きっとリーン以上に素直じゃないんだろうなあ、この人。
「リーンが語りたくないのであればそれでいいです。俺はただ彼女に寄り添うことしかできませんから」
メイズ近衛師団長は少し意外そうな顔をした後、「そうですか」と表情を緩めた。
エリオット陛下の側にリーンたちが居たように、リーンの側にこの人たちが居てくれて良かった。もちろん錬金術室の奴らも居たんだろうけど、部下と友人の存在はまた違うだろうから。
話がひと段落したところで王宮騎士隊長がやって来た。
「二人とも早かったな」
「あなたが遅いのです。どれだけ待たせるつもりですか。前置きはいいのでさっさと用件を話してください」
貴族階級で言えば、メイズ近衛師団長よりもスレート王宮騎士隊長の家格の方が上なのだが、昔馴染みなせいか言葉に容赦がない。
「チリアン隊長がいないようだが」
「隊長は任務で出かけていて、しばらく王宮には戻りません」
任務の内容は秘密です。
「そうか」とだけ頷いたスレート王宮騎士隊長はさっそく本題へと入った。
「クリムソン伯爵に動きがあった。昨夜、王都近辺の治安を担う警吏が伯爵家へ向かった」
「大方、計画が失敗に終わった報告でしょう」
王宮騎士隊長が聞き返さないところをみると、こちらも既に昨夜の出来事を知っているようだ。
「次はどのような行動に出るかですが、私ならば護国騎士団を大きく動かし、その間に捕らえられた奴らを始末しますね」
「さらりと恐ろしいことを言うな。そもそも護国騎士団をどうやって動かすのだ」
「護国騎士団が動かざるを得ない理由なんて限られているでしょう」
「なるほど、魔物を暴れさせるんですね」
俺の相づちに、一泊遅れて王宮騎士隊長も合点がいったようだ。
「そうか、あのブラックスライムを使えば、護国騎士団を動かすことができるのか」
魔物を操ることはできなくとも、必要な場所に発生させてやればいい。そうすれば騒ぎが起きて俺たちが王宮から出て行くことになる。
「問題はどこを狙って来るかです」
「王都から遠ければ遠いほうがいいでしょう。しかも複数の場所であれば、俺たちを分散できます」
結局ブラックスライムの作り方は知らされていないが、メイズ近衛師団長の言葉からして、また出現する可能性は高いようだ。
「クリムソン伯爵の立場からすると、国が混乱しすぎてもまずいはずです。となれば数は、そこまで多くないでしょう」
「そうですね、王都に残す分を考えても四体が良いところではないでしょうか」
「例のポーションはすぐに作れる態勢を整えてあります」
対ブラックスライム用ポーションを作るのに必要なヒメツギの花は、春から夏にかけて咲く。今は冬だ。一体どんな手を使ったのかわからないが、近衛師団は材料を集めることに成功したらしい。
「昨夜の件で捕らえた奴らはどうしましょう。このままうちに置いておくか移動させるか」
「そのままで結構です。証人ですので決して消されないように注意をしてください」
「分かりました。ではさっそく戻って、これから起こりうる事態に備えます」
「待て」
すぐさま行動しようとしたところで、王宮騎士隊長に引き留められた。
「昨夜の出来事について、貴公の屋敷に侵入者があったのは聞いているが、どんな経緯だったのか教えてもらいたい」
既に知っているものと思っていたが、内情までは聞いていなかったのかもしれない。
二人とも忙しいだろうから簡潔に答えた。
「事情があって、ソウシンの木を拾って狙われている家族をうちで保護していました。俺の気を他に逸らし、その隙に家族の一人をさらおうとしたようです」
「狙われたのはその家族なのか?」
「ええ、そうです。ですが俺の気を逸らす方法が、その家族の内の女に誘惑させるという手法だったので、もしかしたらリーンの矜持を傷つけるつもりだったのかもしれないと、うちの第二隊長が申しておりました」
「誘惑……」
スレート王宮騎士隊長が繰り返し、何を想像したのか口元が引きつっている。
「もちろん回避したのだろうな」
「当然です。俺はリーン以外に興味はありませんよ」
「それもそれで心配になるところだが」
小声で何か囁かれたが、返事を求められた訳ではないので聞こえない振りをした。
「それで結局、王宮騎士隊長殿は何を言いたいんだ」
黙って聞いていたメイズ近衛師団長が、迂遠な訊き方をするスレート王宮騎士隊長に苛立ち始めた。この人もなかなかに気が短いよな。
「いや実はうちを辞めさせられた奴らが、最近になって不穏な動きをしているという報告が入ったんだ。このタイミングでリーンを狙ったのであればと思ったのだが」
「そいつらは、リーンのせいで首を切られたと思っているということですか」
「そうだ」
それは聞き捨てならない。
「不穏な動きとは具体的にどのようなことをしているのですか。勿体つけずにさっさと言いなさい」
「勿体つけた訳ではない。そ奴らもまた皇太后の元へ呼ばれたらしくてな、昨夜の件にも絡んでいるのかと思ったが、違うならいいのだ」
「いいわけないでしょう、この馬鹿者。なぜさっさと取り調べないのです」
「皇太后の茶会へ呼ばれたという理由だけで、取り調べられる訳がないだろう」
「そんなものは適当な理由をつけて呼び出せばいいんですよ。なんなら復帰をちらつかせてもいいでしょう」
「馬鹿を言え、そんなことをしたら他の奴らに示しがつかん」
「ただの餌ですよ。本当に復帰させる必要はありません」
二人の掛け合いに割って入れるような立場ではないが、ここで遠慮をしている場合でもない。
「それはクリムソン伯爵の他にも、また違う嫌がらせを、皇太后が用意している可能性があるってことですよね」
二人は揃って頷いた。
「しかし、首を切られてからずいぶん経っていますが、今さら仕返しを考えるとは、皇太后に誘導されているとみて間違いないでしょう」
「ああ。まだ全容は掴めていないが、注意をした方がいいだろうな」
「そのことはリーンに伝えてあるんですか」
「いや、先ほど入ったばかりの情報なので、この後にでも伝えようと思っていたところだ」
「では、俺も錬金術室へ一緒に行きます」
何事もないのならそれでいい。だが昨夜のこともある、もし相手が既に仕掛けていたとしたら。
「いえ、やっぱり先に行きます」
今度は止められる前に部屋を飛び出した。
後ろから、メイズ近衛師団長の「なぜ先に寄って来ないのですか」というお叱りの声が聞こえてきたが構っている余裕はない。




