79. 秘密の会合再び
隊長不在の折り、たとえリーンに誤解されようとも俺が腑抜けるわけにもいかず、仕方なくいつもどおり部下たちと鍛錬に励んでいた。
「ちょっ、副隊長やりすぎっす、俺ら死んじゃいますって」
「まだ生きているから大丈夫だ」
「生きてなかったら大問題ですからね、護国騎士団始まって以来の不祥事です」
「騎士とは常に死と隣り合わせの人生なんだ」
「そういう問題じゃないし、なんかもう副隊長の目が虚ろで怖いっす」
「こんな鍛錬場で生か死かの選択を迫らないでくださいよ」
「チリアン隊長早く帰ってきて! コルク副隊長を止めてー!」
元気のあり余っている部下たちを叩きのめしながら昨夜の出来事を振り返る。
俺、悪いことなんてしてないのに。あえて言うならレジ―たちをもっと早く護国騎士団へ連れてきておけば、こんなことにはならなかったかもしれないけど、そもそもリーンが怒るようなことなんて何もない……怒って、いたんだろうか。正直よく分からない。おもいきって聞いてみるべきか?
「あああでもやっぱり怖くて聞けない!」
「ぎゃあ! 当たる当たる、当たるから!」
「俺らの方がよっぽど怖いめにあってますって!」
部下たちが避けられるぎりぎりのラインで剣を振るっていると、手紙鳥が飛んできた。
どうやら俺に用事があるらしく、一旦剣を振る手を止めて手紙鳥を開いた。
送り主はスレート王宮騎士隊長で、例の件で話があるのでまたあの部屋へ来てほしいと書いてあった。
リーンも来るのだろうか。この場合、俺よりも隊長格の誰かの方がいいんじゃないだろうか。生憎とチリアン隊長は任務で外出しているが、今日は第二隊長がいるはずだ。
「お前たちはこのまま鍛錬を続けろ」
助かったという涙混じりの声が聞こえてくる。まったく、これくらいで泣くなんて情けない奴らだ。
「失礼します」
第二隊の執務室へ行くと、意外にも第二隊長は真面目に机に向かっていた。机が似合わない人って存在するんだな。
「おう、どうした。何かあったのか」
「先程これが届きまして」
手紙鳥を差し出すと、第二隊長は一読し、俺に戻してきた。
「チリアン隊長もいないことですし、副隊長の俺よりも隊長方の誰かが向かった方が良いのではないでしょうか」
「いや、コルク宛てに来たのだからお前が行くべきだろう。向こうも顔ぶれは同じ方がやりやすいはずだ」
それはそうかもしれないが、もしかしたらリーンと顔を合わせるかもしれないと思うと気が重い。会いたいけど会いたくない、複雑な心持ちである。
浮かない顔になってしまっていたのか、第二隊長がにやりと口の端を上げた。
「昨夜はなかなかの修羅場だったらしいな。浮気がばれて嫁と喧嘩したんだろ?」
「はあ? 俺は浮気なんてしてませんし、するつもりもありませんよ」
「なかなか可愛い娘だそうじゃないか。いいなあ、お前ばっかり」
夜に騒いでいたわけだし、噂になるだろうとは思っていたが、面と向かって言われるとさらに気が重くなってくる。
「なんだ、暗い顔して」
「べつに。これが普通ですが何か」
「まさか本当に喧嘩したのか」
さっきの言葉はからかっただけのようで、意外そうな顔をされた。
「喧嘩なんかしてませんよ」
本当にそんな事実はないのに、黙々と書類を片付けていた第二隊副隊長からも、哀れみの視線を向けられた。
「まあ、そう落ち込むな。焼きもちを焼かれているうちは、いくらでも取り返せるさ」
「いえ、そういうんじゃありませんから」
どんな勘違いをしているのか知らないが、第二隊長は俺の顔をじっと見つめてきた。
「もしかしたら、お前たちの不仲も狙っていたのかもしれないな」
「は?」
「向こうはお前の嫁さんを攻撃したいんだろう。もしお前が浮気に至っていたら」
「至りません」
「もしもの話だ。その場合、お前の嫁さんの精神的ダメージは大きかっただろう?」
「どうでしょう」と返したものの、一般的に考えたら第二隊長の予測はあながち外れていないかもしれない。
「目的の人物も連れ出せて、お前の嫁さんの矜持も傷つけられる。実に合理的なやり口だ」
「まず俺が色仕掛けに引っ掛かることが前提の、穴だらけな作戦のどこが合理的なんですか」
「それもそうか。敵方はまず、お前の好みを調べるべきだったな」
「俺の好みは気が強くて、こうと決めたら絶対に引かず、予想外なことばかりしでかすわりに、俺を気遣ってくれる可愛い女性です」
そんな女がいるなら連れて来てみろ、と言ってやりたい。
「お前はよく恥ずかし気もなく惚気られるよなあ。俺だって一応はお前の上司だぞ」
「別に俺はチリアン隊長だろうが他の隊長だろうが、同じことを言えますよ」
第二隊長が呆れたように頭を横に振った。
「まあ、せっかく好みの女に出会えたのなら、逃げられる前にさっさと仲直りするんだな」
「だから喧嘩なんかしてませんって」
「はいはい、そうだったな」
第二隊長が手首のスナップを利かせ上下に振ると、俺たちのやり取りを黙って聞いていた副隊長が執務室の扉を開けてくれた。
足取り重く待ち合わせ場所へ向かうと、スレート王宮騎士隊長ではなくメイズ近衛師団長が先に到着していた。
「王宮騎士隊長に呼び出されたのですが」
「まったく、呼び出した本人がいちばん遅いなんて、どういう神経をしているのでしょうか」
国王の手足となって動く近衛師団の長であるローガン・メイズは、文武に秀でていて、エリオット陛下の信頼も厚い人物だ。リーンとは嫌味を言い合える程、気心の知れた仲のようだが、俺にとっては隙がなくて近づきがたい存在である。
スレート王宮騎士隊長には一刻も早く登場してもらいたい。
「昨夜の騒ぎは落ち着いたのですか」
「ええ、ひとまずは」
予想はしていたけど、もう昨夜のことを知っているようだ。内容が内容だけにちょっと気まずい。
「侵入者はどうしたのです」
「ただの泥棒ということにして、留置所に入れてあります」
聞かれたのが夜這い云々の方じゃなくて内心ホッとした。
「騎士の家に忍び込んだ間抜けな泥棒ですか。まあ警吏だと分かれば、身柄の引き渡しを要求されるでしょうからね」
身元は隠しているのに、なぜそんなことまで知っているんだろうか。近衛師団って怖い。
「リーンが家にいないときで幸いでした」
「いつまで彼女を王宮へ置いておくつもりなんですか」
なぜだろう、いつまでも王宮に置いておくなと聞こえてしまった。
「この件が片付くまではと思っていましたが、何か問題がありましたか」
「そういう訳ではありませんが、本人が納得しているのかと思いまして」
「もちろんです」
「まあ、しっかり彼女の手綱を握っているのであれば問題ないでしょう」
相変わらず暴れ馬のような扱いである。今さら突っ込まないけどさ。
「彼女にとって王宮は檻のようなところですから、戻れるのであれば早めに戻してさしあげた方がいいでしょう」
「檻ですか?」
不穏な言葉におもわず眉をしかめると、少し考えるようにしてまた口を開いた。
「きっとリーンはあなたには話さないでしょうから」
そう前置きして語ってくれた話は、リーンから聞いていたよりも酷い彼女の過去だった。
両親が亡くなり、引き取られた先の孤児院で、リーンはよく薬草を摘んでいた。
彼女の親は仕事柄薬草に詳しく、幼い頃から植物の効能について聞かされて育った。
前に、親の仕事を継いで馬の医者になりたかったと言っていたが、親の方もそのつもりで知識を与えていたのだろう。
薬草を売っても稼ぎの半分以上を孤児院に渡さなければならないが、それでもリーンは暇を見つけてはせっせと摘んでいた。
孤児でも魔法を使えるのであれば、練度によっては良い職に就ける。だがリーンは魔法を使えなかったから、将来のために資金を貯めておこうと考えた。
ある日、いつものように薬草を売りに行くと、同じタイミングで錬金術師が店に入ってきた。
店の主人に頼まれて、錬金術師がその場でポーションを作るのを見て、同じことができれば薬草を売るよりも高い報酬を得られるとリーンは考えた。
孤児院での生活は決して楽なものではない。ましてやその年は、流行り病で親を亡くした者が多く、孤児院は孤児で溢れかえっていた。
少しでも早く孤児院を出て、独り立ちしたいと思う子どもは、リーンだけではなかった。
リーンはその場でアルケミックスペースを作り出し、錬金術師と店主を驚かせた。
錬金術はその者の持つ才能だ。なりたいと思ってなれるものではない。才能があっても開花するとは限らず、何年も修行をつむ者もいる。
それなのに小さな女の子が、たった一度見ただけで真似てしまったのだ。
しかもリーンは薬草の知識があったから、どうすれば効果を大きく引き出せるか考え、さらに二つのアルケミックスペースを操ってみせた。
魔法が使えないのだから魔力がないのだろうと思われていた子どもが、たった一日で町の有名人となった。
噂はどんどん広まり、王都から使いの騎士がやって来るまで、そう日数は掛からなかった。
リーンは王宮へ行くことを渋ったが、彼女の引き渡しと引き換えに援助金をちらつかせられた孤児院からも懇願され、渋々王都へと旅立ったのだった。




