71. ソウシンの木02(+エイミー視点)
王宮の厩舎へマリーを預けると、真っすぐリーンのところへ向かった。
突然の訪問に驚いていたが、レジ―から預かった木を渡すと、その中の一つを検分し顔色を変えた。
「ノア、これはどこから持ってきたの」
「やっぱりその辺に生えている木じゃないんだな」
リーンは神妙に頷き、俺を見つめてきた。
「こっちの三本は珍しいものじゃないけど、この木」
予想通り、レジ―が名前が分からないと言った黒い木をリーンは指差した。
「これは珍しいどころか、国が輸入禁止と定めている木よ」
まさかここへ来てまた新たな問題が浮上したのかと思いきや、説明はまだ途中だった。
「この木には神経毒性があって、意識を朦朧とさせる効果があるの。特長はこの甘い匂いね」
黒い木に顔を近づけると記憶を刺激される匂いが微かにした。
「王宮で俺とリーンが嗅いだあの薬か」
皇后が仕組んだ、俺達が結婚するきっかけとなったあの薬が、ここでも繋がっていた。
「あのとき使われた薬は、正確には、この木から作る薬と媚薬を合わせた物よ。あの事件の後、うちの室員たちが調べてくれたの。媚薬の方は国内でも手に入れられる物だったみたいだけど、これは違う」
そういえば以前に、意識が飛ぶほど強く調合された薬だと聞かされた。
「この木は国内にないはずの物なんだな?」
「ええ、国内では栽培も持ち込みも禁止されているわ。この国の気候では、育てるのに手間も時間もかかるから自生はありえないはずよ」
つまりその辺に落ちている代物ではないということだ。
「これはレジ―が持っていたものだ。市の日に拾ったらしい」
「じゃあ、それが原因で狙われているの?」
「たぶんな。レジ―は彫り物をしようと拾っただけで、これがどんな木か分かっていなかったようだが」
リーンは木をじっと見つめた。
「偶然かしらね」
「ん?」
「皇太后は誰かに命じてあの薬を用意させたんでしょうけど、禁止されている物を持ち込むためのルートがいくつもあると思う?」
「俺も出所は同じかもしれないと考えていた」
それに刺されたルッカリに使われた薬も無関係ではないだろう。
「この木の使い道は、俺たちに使ったような薬の製造か」
「それだけじゃないわ。混ぜる薬によって得られる効果は変わってくるし、単体で使うこともあるの」
その用途を一通り教えてもらったが、中毒性があるので、どれも長期の使用には向かないということだった。
向こうはこの木を取り戻そうとしているか、拾った証人を消そうとしているか、またはその両方かだ。
「ひとまずレジ―が狙われる理由がわかっただけでも前進したよ。それで、この木はなんて言うんだ?」
「ソウシンという木よ」
「その名前なら知っている。取り締まり対象となっている木だな。絵で見たことはあったが、こうして実物を見るのは初めてだ。そうか、あの薬の元になる木だったのか」
あんな嗅いだだけでおかしくなる薬が作れるのなら、国が禁止するのも当たり前だ。
「貴族が関わっているかもしれないのなら、身辺には十分に気をつけてね。あいつらはやり方が本当に陰湿だから」
心配そうに見つめられたので笑顔を返した。
「大丈夫だよ、俺は強いから」
「そうだ、あなたが持っているポーションは減ってない? もし減ったなら新しいのを渡しておくわ」
「そういえばこの前、部下に治癒ポーションを全部使ってしまったんだった」
「そういうことはもっと早く言ってよ」
礼を述べる前に怒られてしまった。
リーンも俺と同じようなポーションケースを着けているらしく、そこから上級二本と中級一本をくれた。
「私物だから持って行って構わないわ」
「リーンの分が無くなるんじゃないのか」
「自分ですぐに作れるもの」
ソウシンの木について教えてもらった礼を言って、錬金術室を後にした。
その後は護国騎士団の本部へ戻り、さっそくチリアン隊長に報告した。
隊長もソウシンの実物を見たのは初めてのようだった。
絵には木そのものの姿で描いてあったし、こうして枝を切っただけの姿でそれと分かる者は、ほとんどいないだろう。
「よく錬金術室長はすぐにわかったな」
「俺との事件で使われた薬の成分を調べていたようです。特徴はこの甘ったるい匂いです」
「ルッカリの部屋に残っていた匂いと似ているな。だが加工前だからか、そこまで匂いは強くないようだ」
「神経に作用する毒を持っているようで、何かと混ぜると強力な効果を発揮するらしいです。幸福感や、刺激感、痛みや苦痛を大幅に抑えることもできるそうですよ」
リーンに教えてもらった知識を披露する。
「お前のところで預かっている子どもだが、正式に護国騎士団で匿ったほうがいいかもしれないな」
「そうですね。向こうも動きあぐねているみたいなので、すぐにとは行かなくとも、追い詰められれば何をしてくるか分かりませんからね」
しかしレジ―たちを護国騎士団で保護したとしても、危険が去った訳ではないので、リーンを家に戻せないのが残念である。
***(エイミー視点)***
ノア様はレジーのいう通り、まったくあたしなんか相手にしちゃいない。
昨夜も繕い物を渡したらとても冷たい目で見られたし、今日だって帰ってきたと思ったらすぐに出かけてしまった。玄関で声をかけたが仕事の一言で終わったし。
つまらない。あたしは村で一番の美人と言われているのに。
ここへ来るまでは周りを見る余裕もなかったけど、別にあたしだって王都の女たちに負けるような容姿じゃないと思う。それとも、ノア様の好みじゃないのかな。
奥様は確かにきれいな人だけど、歳はノア様よりも上らしい。ノア様なら選びたい放題だろうに、どうして年増を選んだんだろう。家事だってろくにできない人なのに。
奥様が帰って来なくなってもう何日になるかな。
レジーは薬師だって言ってたけど、王宮でそんなに忙しく働くような仕事だとは思えない。
ノア様は自分のことは自分でできるって言ってたけど、私にお任せくださればなんでもしてあげるのに。
それにあたしならノア様を放っておいたりしない。仕事なんか辞めて、ずっと家にいてノア様のために家のことをする。
「レジー、ノア様はなんで帰ってきたの?」
「よく分かんない。俺が市で拾った木について調べるみたいなこと言ってたけど」
「木? まさかあんた、どこか人様の家の木を勝手に切ったんじゃないでしょうね」
「するわけないだろ、そんなこと」
「じゃあなんで木なんか調べるのよ」
「だから知らねえって」
レジ―じゃ話にならない。もうこんな引きこもりの暮らしにも飽きたし、外に出られるなら村でもいいから帰りたい。父さんは本当に無事なのかな。
そんなことを考えていると母さんに呼ばれた。気づけば夕食の支度の時間になっていた。
「味見してみてくれる?」
「うーん、なんか物足りない味」
「オレガの葉があるといいんだけどねえ」
「ああ、オレガがあれば味が引き締まるもんね」
たしか庭にそれらしき葉っぱがあったはず。
家から出てはいけないと言い渡されているけど、ちょっとくらいなら平気だよね。
この家の庭は雑草でぼうぼうだ。草むしりをしようかと提案したけど、既に奥様から断られている。せっかくの広い庭なのに勿体ない。もっときれいな花とかを植えたらいいのに。
音を立てないようこっそり玄関から外へ出て、久しぶりに地面をしっかり踏みしめた。
「やっぱりあった」
わさわさと茂っているが、どうせあの奥様じゃ料理に使うこともないんだろうな。こんなにあるのに勿体ない。
「あら、他にもいろいろあるじゃない」
料理に使えそうな葉をいくつか見つけて摘んでいく。
そろそろ戻ろうとしたところで、門のところから声をかけられた。
「こんにちは、お嬢さん」
フェンスの向こうに高級そうな服を着たおじいさんが立っている。しまった、見つかっちゃった。
「こんにちは」
まさか無視もできずに挨拶を返した。
「ここ最近この家の奥様を見かけないが、もしかしてしばらく留守にしているのかい」
「えっと、そうなんです」
「そうかそうか、やっぱりねえ」
やっぱりとはどういう意味なんだろうか。
「ここの旦那さんもようやく決意したんだねえ。そりゃあんな性悪女と暮らせるわけがないよ」
「性悪ですか?」
「おや、もしかしてお嬢さんはご存じないのか。だとしたら今の言葉は年寄りの戯言だと忘れておくれ。それでは失礼」
「待ってください!」
そそくさと立ち去ろうとしたおじいさんを慌てて引き留めた。
「あの、奥様が性悪ってどういう意味ですか」
「いやいや、お嬢さんが気にすることじゃないよ」
「でも聞いてしまったら気になります」
「そうは言われても近所づきあいというものもあるし。困ったねえ。私がうっかり口を滑らせたばかりに」
皺の多い顔にもっと皺を寄せておじいさんは家と私を見比べた。どうやらこの近所に住んでいるようだ。
「お嬢さんはどうしてこの家へ? 遊びに来ているのかな」
「いえ、少しの間お世話になっているだけです」
「お世話に」
おじいさんは不思議そうに首を傾げた。
「もしかしたら新しい奥様候補かね」
「違います! あたしなんてそんな、相手にもされません」
「おやおや、そんな訳がないだろう。お嬢さんのような美しい人を見て何も感じないはずがない。案外この家のご主人もそのつもりで呼んだのではないかね」
「いえ、本当に違うんです。奥様も仕事で留守にしているだけですし」
否定したものの、美しいと褒められて悪い気はしない。
「それなら余計に私の話など耳に入れないほうがいい。忘れてくれるかね」
去ろうとする老人をどうすれば引き留められるか。私も胸の内を明かすことにした。
「あの、あたしもノア様が可哀想だと思っていたんです」
「ほう、それはまたどうしてかな」
「だって奥様は家事ができなくて、ノア様がご自分でしていらっしゃったようなので」
「なんとそれは初耳だ」
家事をノア様に押し付けていたことで性悪と言ったわけではないらしい。ということは、他にも何かあるんだ。
「護国騎士団の副隊長を務めているくらいのお人が、そんな女をなぜ妻にしたのかねえ」
「奥様は美人ですから」
「そうですかな。私にはあなたの方が魅力的に見えるがね」
「そんな、あたしなんて」
お世辞かもしれないが、久しぶりに自分のことを褒めてもらえて、気分が高揚してきた。
「ほうほう、あなたはとても素直で可愛らしい方のようだ。こんな噂話を耳に入れるべきではないのだが、ここだけの話と聞き流してもらえるだろうか」
「もちろんです!」
おもわず元気よく返事をすると、おじいさんはにっこり笑った。
「実はここの奥様は、ご主人がいないときに若い男を引っ張り込んでいてね」
「まさか!」
それ以上言葉が続かなかった私に、おじいさんは他にも見た者がいて、だが誰もノア様に注進できずにいることを教えてくれた。
二人はここへ引っ越して来てまだ一年も経っていないので、みんな遠慮しているらしい。
そりゃそんな話はよっぽど親しくないと、しにくいよね。
もしかして家に帰って来ないのも忙しいからじゃなくて、私たちがいて男を連れこめないからだったりして。
そっか、それならこの状況も納得がいくじゃない。
ああ、自分の妻がそんなふしだらな女だと知らずにいるなんて。お可哀想なノア様。




