70. ソウシンの木
護国騎士団への宣戦布告とも取れる一連の事件について、他の隊長や副隊長たちと話し合っているうちに、今夜は帰宅が遅くなった。家に着くとすぐにレジ―の母親と姉が食事を用意してくれた。
俺の分だけかと思いきや三人もこれから食べるようだ。
「すみません、最初に言っておけば良かったですね。帰りが遅くなるときもあるので、食事は済ませておいてください」
母親は家主を差し置いてと申し訳なさそうだったが、成長期の子どもを待たせるのは忍びないと話すと納得してくれた。
食事が終わり、さて寝室に向かおうとしたところで、背後から姉のエイミーに呼び止められた。
「あの、これ、ほつれていたので直しました」
そう言ってシャツを手渡される。そういえば干しっぱなしだったことを思い出した。
「ああ、ありがとう。でも次からは自分でやるからそのままでいいよ」
家族や使用人ならまだしも、頼んでもいないのにそこまでやってもらう義理はない。
「自分でできるんですか?」
「一人暮らしが長かったから」
「奥様にやってもらったりはしないんですか」
「どちらも働いているから気づいたほうがやる感じかな」
そういえば以前にリーンがボタンを直してくれたことがあったが、しばらく取れそうにないくらい糸がボタンに絡まっていた。留めづらかったが、がんばって付けてくれたのだろうと微笑ましく思ってそのままにしていた。たしかこのシャツだったはずだと胸の第二ボタンを見ると、なぜかその他のボタンと変わらぬ形になっていた。
「胸のボタンも不格好だったので直しておきました」
それはものすごく余計なことをしてくれたものだ。
「あのさ、食事や掃除は好きにしてもらって構わないけど、服に関しては自分でやるからそのままにしておいてくれるかな」
どんなに疲れていても洗濯なんて魔法でやってしまえばすぐに終わる。繕いものだって自分でできる。
「あの、すみません私、余計な事をしてしまいましたか」
俺の不快感が伝わったらしく、エイミーは目に見えてうろたえ始めた。
「いや、善意でやってくれたんだろうから怒ってる訳じゃないんだ。でも服なんて普通は家族じゃないと触らせないだろう」
「すみません! 私そんなつもりじゃなかったんです」
そんなつもりってどんなつもりだ。
「次から気を付けてくれればいいよ。ひとまずこれはありがとう。それじゃあ、おやすみ」
期待を持たせないよう簡潔に言い、その場を去った。こういうときに下手な優しさは見せない方がいい。
レジ―たちが襲われた市の日、夕方に王都を出て朝に戻って来たレンタ商会が、今回の一件に関わっているのではないかと護国騎士団では睨んでいる。
その商会を見張っていた奴らから、出入りしていた胡散臭そうな男の後を付けたところ、王都の端にある酒場へ入って行ったとの報告が上がった。
普段なら部下たちに任せるのだが、チリアン隊長が自分の目でその場所を確認したいと言いだしたので、俺も共にその酒場へ出向くことになった。
「男たちはここへ入って行き、出て来なかったのだな」
王都の住居事情は、王宮に近い位置になるほど、暮らし向きは裕福になる。この酒場は王都の端に位置していて、低所得者が暮らす一帯ということもあり治安があまり良くない。
当然そんなところにある店も、いかがわしいものが多い。この酒場もならず者の溜まり場なのだろう。
正直、俺や部下たちならともかく、チリアン隊長にこういった場末の酒場は似合わない。それらしい服装に着替えたものの、やはり違和感は拭えなかった。
これが貴族が出入りするような場所であれば、まったく浮かないんだろうなと、隊長の後ろ姿を眺めながら考えてしまう。
そんな隊長は、酒場の裏に納屋のようなものを見つけ、路地から眺めている最中だ。
「奥に馬車が置けるようになっているようだな」
「そうですね。ってちょっと、勝手に入ったらまずいですよ」
「慣れない場所なので道に迷ったのだ」
道に迷った人間がそんな堂々と入っていく訳がない。意味をなしていない壊れた門扉を超えて、チリアン隊長はずんずん進んで行く。
「馬車はあるが立派とは言いがたいな」
仕方なく周りに人がいないことを確認しながら後を付いていくと、納屋の中には馬に引かせる荷車が置いてあった。幌がかかっているので、中は見えないようになっている。
「人は運べるでしょうが、レジーが見たという立派な馬車とはほど遠いですね」
しかし死体を運ぶだけなら問題ない。
チリアン隊長は遠慮なく荷台を検分し、幌の中へと足を踏み入れた。辺りに人気はないが、店の者が現れたらどうするつもりなのか。
「コルク、これを見ろ」
呼ばれたので仕方なく俺も幌の中に入る。
「御者台の後ろに物が隠せるようになっていますね」
「うむ、この大きさならば男一人くらいは隠して運べるな」
「そうですね。ん、なんだこの黒い染みは」
幌の中は薄暗く、顔を近づけるとそれが血だとわかった。隊長と顔を見合わせる。殺された詐欺師の血かもしれない。
「しかし、いつまでもこんなところに証拠を残しておくだろうか」
「見つからないと高をくくっているか、見つかっても捕まらないと思っているのではありませんか。実際これがなんの血かなんて、見ただけでは分かりませんからね」
狩りをして獲物を運んだときに付いたとでも言われればそれまでだ。
そのとき、こちらへ近づく足音に気づき、隊長と共に幌の陰に隠れた。どさりと何かが地面に置かれた音がしたので、荷物を運んで来た者のようだ。
「なあ、あの親父はまだ生かしておくのか」
「息子を捕まえるまで殺すなとよ」
「ちっ、無駄な飯代がかかるじゃねえか」
「その分の金はもらってんだろ」
「少しでも多い方がいいだろうが。息子の居場所はわかってんだろ」
「ああ、よりにもよって騎士のところになんて逃げ込みやがって。警吏ならどうとでもなったのによ」
話の内容から察するにレジ―の父親のことだろう。やはり警吏はこいつらと繋がっていたのか。
「息子は騎士の家から出て来ないんだろ。どうするんだ?」
「その辺は知らされてねえから分からねえよ」
「ったく、あのガキがあれを拾わなきゃ俺達だってこんな面倒な真似をしなくて済んだのによ」
「そんなことよりさっさと戻るぞ。明るいうちから外に出て、誰かに顔を見られたらまずい」
「別にいいじゃねえか、面が割れてる訳でもねえんだからよ」
「馬鹿、顔を覚えられることがまずいんだよ」
「くそっ、それもこれも騎士団のせいだ。本当なら今頃は大仕事が成功して、酒も女も買いたい放題だったのによ。お頭もみんな捕まっちまうなんてついてねえぜ」
「おいっ、外で馬鹿な話をするんじゃねえ」
「分かってるよ。あーあ、またこの前みたいに、奴らの鼻を明かせるような仕事がないもんかね」
その後、なんだかんだ言い合いながら二人は去って行った。
「今の話をどう思いますか?」
「うむ、お頭と呼ばれる者を我らが捕まえたらしい」
「ここ最近の出来事だとしたら、あの夜盗団の大捕り物ですよね」
むしろそれ以外は考えられない。
「取り逃がした二名ということか。それに加え、ルッカリの件にも加担している可能性があるな」
「俺たちの鼻を明かしたらしいですからね」
周りを警戒し隊長と荷台から降りた。
「夜盗団の残党が見つからないのは、誰かが匿っているからだとは思っていましたが、まさかこの一件に繋がっていたとは」
「犯罪者の世界は案外狭いようだ。それにお前の預かっている子どもが、何かを拾っているらしい。もしかしたら大事な証人になるやもしれんな」
考えていた以上の収穫があったので、一旦騎士団へ戻ることにした。俺は家へ寄る用事ができたので、チリアン隊長とは途中で別れた。
日の高いうちに帰宅したのでレジ―たちは驚いていたが、仕事が終わって帰ってきた訳ではないと説明して、レジ―からあの日の話をもう一度聞いた。
「あの日に拾った物? 別に何も拾ってなんかないぞ」
「じゃあ親父さんはどうだ?」
「父ちゃんだって拾い物なんかしてねえよ。そもそも何か拾ったら騎士団か警吏に届けるだろ」
そんなはずはない。あいつらはレジ―が何かを拾ったと確信していた。
「そんなに変わったものじゃないかもしれない。途中で誰かの落とし物を拾って渡したとか、どんな些細なことでもいいから思い出してくれ」
レジ―は唸るほどに考え込んで考え込んで、「あっ」と声を上げた。
「何か思い出したのか」
「前にリーンに馬の木彫りを渡しただろ?」
「ああ、そういえばもらったな」
俺がリーンにあげたガゼル・レックスのぬいぐるみと一緒に、寝室に並べてある。ミニチュアハウスが出来たら、その中に置くつもりのようだ。
「それを作るために木を拾って集めてるんだよ」
「木?」
「そう、それならよく拾ってる」
「市に行った日も拾ったのか?」
「うん、拾った」
「その拾った木はどこにある?」
「家に置いてるよ。まさか逃げるときにそんな物取って来る余裕なんてなかったし」
手掛かりのない今、そのレジ―の拾ったという木が、解決の糸口になるかもしれない。
しかし家へ取りに向かって警吏に見つかっては元も子もない。いや、夜に忍び込めば見つからずに済むかもしれないが、勝手の分からない家を、灯りもなしに探れるだろうか。
「あ、でも待って、市の日に拾った木ならここにあるかも」
レジ―が廊下を走って行き、すぐに戻って来た。三人が使っている寝室まで行って来たのだろう。
「あったよ、ポケットに入れたまま父ちゃんを捜しに出たから、持って来てたんだ」
親指二本程の大きさの木を四本見せられた。どれも一見なんの変哲もない木に見える。
「なあ、これが襲われたことと何か関係があるのか」
「それはまだ分からない。これは何の木なんだ?」
「これとこれは楡の木、こっちは樫、これは最初は黒杉かと思ったんだけど違うみたいで、何か分からないんだよな」
レジ―が指さしたのは黒っぽい木だ。
「どこで拾ったか憶えているか?」
「市が終わったすぐ後だったと思う」
「これを少し調べてみたいんだが借りてもいいか?」
「いいよ」
念のためにすべての木を借りることにした。
「俺は王宮に戻るが絶対にこの家から出るんじゃないぞ」
「分かってるよ」
玄関を出るとき、レジ―の姉に呼び止められたが、仕事だからと急いで馬のマリーに飛び乗った。




