61. 素材採取04
だがシリウスが言っていたように、リーンだって俺の立場を理解してくれているはずだ。
見張りの連中の視界に入る位置で彼女は立ち止まった。
「昨日はごめんなさい」
「え?」
予想だにしない言葉に思わず聞き返した。
「シリウスの静止を振り切って行動したこと、反省しているわ」
「いや、うん、分かってくれればいいんだ」
震える心を隠して答える。
「シリウスは何か罰を与えられるの?」
「いや、そこまではしないよ」
リーンは安堵の息を吐いた。ずっと気にしていたらしい。
「それと確認したいことがあるの。昨日は魔物除けポーションを使っていたのよね」
「ああ。普段ならデーモンウルフなんて寄って来ないんだがな」
「ポーションを撒いた場所を教えてもらえる?」
「何か気になることがあるのか」
「昨日私が投げた物は、爆ぜ草に魔物除けポーションを詰めたものなの」
爆ぜ草とは、草という名前が付いているものの、指の太さくらいの茎を持つ植物で、その表面はとても硬い。細かく節がついていて、地面などに叩きつけると破裂するのが名前の由来だ。
「爆ぜ草だけであそこまで魔物が怯むことはないよな。つまりポーションが効かなかったわけじゃないのか」
「それを確認したいの」
「分かった」
この野営地を整えた者を起こして案内させると、その場でリーンは分解を始めた。
「ポーションの成分が薄いわね。撒いたのはいつ?」
「昨日の夕方です。効果は丸一日持ちますので、前日も同様に撒いています」
「そう、二日続けて同じ場所に撒いたのね。教えてくれてありがとう。起こしてしまってごめんなさいね」
それだけ聞けば用事は済んだようなので、部下はひとまず下がらせた。
「昨夜、私が投げたポーションが散らばった辺りも見てみましょう」
俺が戦っていた付近で、最初にリーンが投げたであろう爆ぜ草を見つけた。
「この辺だろう」
アルケミックスペースを展開し草むらを覆う。光った後に粉のようなものが現れて、リーンがそれを手に取った。
「ここはしっかり残っているわ」
試しにいくつかの場所を確認したが、爆ぜ草の残骸がある場所からは魔物避けポーションがはっきり検出されたものの、護国騎士団が撒いたという場所からは微量にしか検出されなかったそうだ。まだ効果が切れる時間ではないというのに。
「どういうことだ?」
「残っているポーションを見せてくれる?」
未使用の瓶を見せるとリーンはその一つを見て表情を変えた。
「違う」
「何が違うんだ?」
「これはうちで作ったものじゃない」
「なんだって?」
「錬金術室で作ったものはそれと分かるように封紙に印をつけてるもの。ほら」
リーンは二つのポーション瓶を並べた。見比べると、片方の蓋に貼ってある封紙には小さな印が付いている。
「印の場所だけ弱くなっていて、ここから破れるの。色も微妙に違うわ」
昇り始めた朝日にかざすと、たしかに錬金術室で作った物の方が色が濃い。
「でも使っているポーション瓶は一緒よ」
「つまり誰かが中身を取り替えたということか」
「そうなるわね」
現在、ポーションは錬金術室から直接受け取っている。それはつまり、護国騎士団の中に中身の取り替えを行った者が、仲間の命を危険に晒した奴が、いるかもしれないということだ。
「もしうちの人間がやったのだとしたら、かなりまずいな」
王宮騎士隊を非難したばかりで、うちも同じことがあっただなんて、護国騎士団の面子が丸つぶれだ。責任問題にも発展するだろう。
「外部からの侵入の可能性は?」
「誰にも見つからないでというのは無理だな。本部は必ず複数の騎士が控えているし、保管場所は厳重に鍵がかけられている」
「あとは錬金術室で保管しているポーションがすり替えられた可能性もあるわね。ただうちの室員たちなら自分でポーションを作れるから、わざわざ危険を冒すような真似をするとも思えないのよね。外部から侵入者があったと考える方がしっくりくるわ」
自分の部署も疑ってかかるところがリーンらしい。
「外部犯って言っても、錬金術室は出入り口が一つだし侵入は難しいんじゃないか。常に大勢の人がいるわけだし」
「昼間はね」
「夜は鍵をかけているんだろう?」
「ええ、でも護国騎士団へ盗みに入るよりは簡単じゃないかしら」
「そこまでする動機はなんだと思う?」
「護国騎士団とうちの不仲狙い、恨み、単純にポーションが欲しかった。もし取り替えられた中身が市販品のポーションだとしたら、効果に差があるとしても、それだって安くはないだろうから、お金が目的じゃない気がする」
どれに当たっても微妙だが、仲間を疑わなくてはいけないことが最も気が重い。
「ひとまず魔物除けポーションは私が持ってきたものを使った方がいいわね」
「これなんかは錬金術室の印がついているぞ」
「念のために残りは開けないでおいた方がいいと思う」
「それもそうだな」
証拠になるかもしれないものだ。
「しかし一昨日まで魔物と遭遇しなかったことを考えると、昨日使ったポーションがたまたま取り替え品にあたったと考えるべきだろうか」
「予測でしかないけど、きっとそうなんでしょうね。使ったポーション瓶はもう洗浄した?」
「ああ。手の空いた者が洗って片付けるようにしているからな」
「さすがにしっかりしてるわね、護国騎士団は」
「そうか? 普通だろう」
「そうでもない。戻ってこない瓶は結構あるもの。まあ、横流しをされていたんだから当たり前よね」
リーンはちょっと笑って野営地を見回した。
「ひとまず朝食の準備に取りかかるわ。そろそろみんな起きてきたみたいだから」
「ああ、よろしく頼むよ」
遠巻きにこちらの行動を見ていた部下たちが、リーンが去ったのを見て歩み寄って来た。朝から野営地をうろうろしながら確認していたのだから、何かが起きたことは一目瞭然だろう。
「副隊長、何があったんですか」
「魔物避けポーションの話をしていましたよね」
「まとめて話すから他の奴らも呼んで来い」
そうして集まった部下たちを前に、ポーションが錬金術室以外で作られたものと入れ替わっていた旨を話した。
「それじゃあ今回の遠征で俺たちはずっと効果の薄いポーションを使っていたってことですか」
「いや、昨夜だけ襲われたことを考えるとすべてではなさそうだ」
「けど昨夜は魔物避けポーションなしで過ごしたってことですよね」
「それならリーンがばら撒いてくれた魔物避けポーションが効いていたはずだ」
「ああ、そっか」
「たしかにデーモンウルフを退けて以降、魔物が襲ってくることはありませんでしたね」
そうでなければリーンも昨夜は黙ってテントに引き込みはしなかったはずだ。
「逆にもし今回が普通の遠征だったら結構やばかったですよね。この山はそこそこ魔物が出ますし。たまたま奥様が同行したときだったから良かったものの」
「そうだな」
同意しつつも今の言葉が引っかかった。リーンがいてくれて幸いだったのか、それともリーンがいるときを狙ってすり替えてきたのか。もしかしたら狙いはリーンなのか。いやリーンがポーションを持っていることを知っていたのかどうかでまた話は変わってくるな。
「でもこれ、どっちにしろまずいっすよね」
「どっちとはどういう意味だ」
「だって錬金術室に盗みに入った奴がいたとしたら管理不行き届きで奥様が、うちで入れ替えられたのだとしたら、うちの隊長が責任を取らなくちゃいけなくなるんじゃないですか」
「いや、長いこと横流しをしていたのがばれた王宮騎士隊の隊長ですら減俸だったんだぞ。今回だけそんな厳しい罰ってことにはならないだろ」
「減俸だって辛いけどな」
わいわいと騒ぎ始めた部下たちを宥める。
「とにかく今は無事に帰還することが優先だ。誰の仕業かわからない以上これまでよりも気を引き締めて警護に当たるように」
話し合っても答えが出ることでもないので、一旦部下たちを解散させた。
「そういや副隊長、離婚は避けられたみたいだな」
「これで帰ってから八つ当たりの訓練を言い渡されることもないぞ」
「良かった良かった」
ふっ、甘いな。お前たちは既に地獄のような訓練への強制参加が決まっている。
素材を採りたがっていたリーンには悪いが、なるべく早く帰りたかったので、早々に山を下りて一日目の野営地まで下った。
その後は特に問題もなく、王宮まで無事戻ることができた。
さっそく隊長たちを集めて報告の場を設けてもらう。
俺たち以外は特に異常はなかったようだが、念のために在庫のポーションを錬金術室へ確認してもらうことになった。
「笑えねえなあ、魔物の種類によっては全滅だぞ」
「デーモンウルフ以外にもやって来ていたら危なかったな」
「即刻、調査を始めよう」
「そうは言っても、錬金術室の方は俺たちが調べるわけにはいかないだろ。あそこの管轄は王宮騎士隊だからな」
「ひとまず相談が必要だ。行くぞコルク」
「はい」
錬金術室に行くのは久しぶりだ。リュウの言うとおり女性陣の態度は果たして軟化したのだろうか。
「ちょっと待て」
しかし立ち上がったところで第二隊長に呼び止められた。
「なぜ当然のようにお前らが行くんだ。俺が行ったっていいだろう」
「そういえばチリアンは足繁く錬金術室に通っているという噂を耳にしたが、本当なのか?」
なぜ出かけていることが多い第五隊長がそんな噂を知っているのか。逆に他の脳筋隊長たちはまったく知らなかったようだ。
「そんな話は聞いてないぞ!」
「俺も初耳だ!」
「どういうことか説明しろ!」
「足繁くではない、ときたま業務として話をしに行くだけだ。それに今回は第一隊が被害を被ったのだ。我々が行くのが当たり前だろう」
「そんなこと言って実は目当ての女がいるんだろう」
「お前たちと一緒にするな」
「男なんてみんな考えることは一緒だろうが」
ほら、やっぱりもめた。ばれたらこうなることは予想がついただろうに。
これはしばらく収集がつかないな。今のうちに他の副隊長たちと今後について相談しておくか。
「第一隊以外も一度ポーションを確認した方がいいでしょうね」
「その際には錬金術室員を呼んでもらえるのだろう」
「それならリーンが手配してくれますよ」
「では美人以外、いや出来たら男にしてもらってくれ。隊長たちがうるさいからな」
「そうですね、そのように伝えておきます」
隊長たちはまだ騒いでいるので、こちらの話は聞こえていない。この隙にどんどん決めてしまおう。
「あとはどこで入れ替えられたかだが、今回の遠征に行った奴らは容疑者から外していいんじゃないか。下手したら自分の身が危うかったわけだし」
「ええ、ひとまず今回の遠征に参加した奴らには口留めをしてあります」
デーモンウルフの襲撃で怪我を負った者はいたが軽傷で、ポーションですぐに治療できたため、まだ襲われたことは広まっていない。
「第一隊では、錬金術室へのポーションの受け取りは誰が行っているんだ」
「うちはチリアン隊長かシリウスですね」
「隊長自ら行っているのか?」
「ポーションを受け取りに行っているというよりは、行ったついでに受け取ってくるんです」
「まさか本当に通っているのか」
「女が目当てか?」
これまで女性の影がなかったチリアン隊長だけに、副隊長たちも好奇心を刺激されたようだ。
「いえ、目当ては錬金術ですね。隔たりなく誰とも話すようですが、男性やリーンの方が多いみたいですから」
「それはそれであの人らしいというか」
「女性が目当てと言われるよりも納得できるな」
部下として誇らしいような寂しいような評価である。
「ひとまずチリアン隊長も抜いていいと思うんですよね。そういう方ですし、何かあったら責任を負う立場なので、自らを苦境に追いやるような真似はしないでしょう」
「そうだな。あとポーションに触ることが出来たのは、シリウスと鍵を持っているお前なわけだが、二人とも危ない目に合っているからなあ」
「まあコルクは確実に抜いていいだろう」
「ありがたいですが、理由を聞いても?」
チリアン隊長に何かあれば俺が次の隊長になるかもしれない。そんなことは望んじゃいないが、俺に利がないとは言い切れないはずだ。
「だってお前、チリアン隊長を心底慕っているだろう」
「慕っていないとは言いませんが、そんな強調されるほどじゃありませんよ」
副隊長たちは顔を見合わせた。
「もしこの取り換え騒ぎが、チリアン隊長を陥れようとして起こされたものだとしたらお前はどうする」
どうするも何もない。
「うちの隊長がそう簡単に姦計にはまるもんですか。よほど大きな権力を持ち、この世で一番くらいに頭の良い人物でもなければ難しいでしょう。返り討ちにされて終わりますね」
なにせチリアン隊長は頭も剣の腕も切れるのだ。
「そういうところだぞ、コルク」
副隊長たちがうんうん頷きあっている。納得がいかない。
「保管庫の鍵にも異常がなかったのなら、騎士団内部から探すのは難しいな」
「取り替えられたというポーションから探るか。王都でポーションを取り扱っている店というと何件くらいあるんだ」
「ざっと数えても二十軒はあるぞ」
「そこから錬金術師を割り出していくのか」
「時間がかかるなあ」
「どんな捜査でも同じようなものだろう」
他に意見はないかと確認し合い、その日の話し合いは終わった。
まだ揉め足りない隊長たちを残して、副隊長たちは解散した。




