47. 北の森と魔物06
再び発見された黒い魔物は、ときおり伸びたり縮んだり震えたりするだけで、積極的に攻撃を仕掛けてくる様子はない。しかし魔法が効かないことに変わりはないので、現在は距離をとって見張りをつけている。
近辺を探ったがチリアン隊長たちの姿は見つからない。さてどうしたものか。
第二、第三、それに遠征から戻って来たばかりの第四隊長と黒い魔物の攻略について話しあったが、やはり魔石を使って閉じ込める以外にこれといった解決策は出なかった。
この八日間で魔石自体は用意できた。しかしそれを使うための魔道具がまだ完成していない。
打ち合わせが休憩に入ったところで、衛生兵であるシリウスが俺の元へやってきた。
「コルク副隊長、お話があります」
「どうした」
「実は先ほど錬金術室の方が見えて、奥様がこちらに来ていないかを尋ねられました」
「リーンを捜していたのか?」
俺が顔を見に行ったあの後、どこかへ出かけたのだろうか。
「ええ、しかも二度も来たんです。それぞれ別の方でしたけど」
「妙な話だな。いつからリーンを捜しているんだ?」
「それがどちらもたいした用事じゃないからと濁され、詳細は教えてもらえませんでした」
詳細が分からないのであれば動きようがない。しかも黒い魔物が見つかった今、錬金術室へ行っている時間はない。
「もし良ければ、僕が行って訊いて来ましょうか」
「そうだな。こちらから出向けば何か教えてくれるかもしれない」
しかしそこでまた新たな客人が現れた。
連れて来てくれた部下はどこかそわそわした様子で、その背後から一人の小柄な女性が現れた。
「あの、室長がこちらに来ていませんか」
スレート王宮騎士隊長の口車に乗せられて、うかうかと情報を漏らしてしまったあの子だ。外に出るのが嫌だと言っていたのに、こんなところまで一人でやって来たということは、いよいよ錬金術室で何かが起きているとみていいだろう。
「あ、お取り込み中でしたか」
「いや、構いませんよ。しかし捜しに来たのは君で三人目でして、いつからリーンはいなくなったんでしょうか」
「え、三時間くらい前からでしょうか」
やはり俺と別れてからすぐのことか。
しかし三時間、騒ぎ始めるには早いような。いや俺とのこともあるし、周りが過剰に心配してもおかしくはない。
「あ、でも出かけるとは言われていたので大丈夫です、たぶん」
そんな泣きそうな顔で言われても全然大丈夫そうじゃない。
それに出かけると言われたのに、捜しているなんておかしいじゃないか。
「リーンはどこへ行くとは言わなかったんですね」
「は、はい」
不自然に目を逸らされた。王宮騎士隊長もこの子から情報を引き出すのはさぞや簡単だっただろう。
「戻る時間も告げずに?」
「はい」
「一人で出かけた」
「ひ、ひと、一人かどうかはちょっと」
誰と一緒だったんだ。錬金術室が騒ぐ要因で考えられるのは。
「王宮騎士隊絡みですか」
「なんでわかったんですか!」
はっと彼女が口に手を当てた。その正直さは美点だろうが、ここまで分かりやすいと、人付き合いの経験が足りなすぎやしないかと心配になる。
「王宮騎士隊の誰かは分かっていますか?」
「そ、それはその」
「まさか王宮騎士隊長と」
「え!」
「スレート隊長と出かけたんですね」
可哀想なくらいに視線が泳いでいるが、ひとまずそれは置いておこう。
スレート王宮騎士隊長がリーンを連れ去ったとは考えにくい。そもそも、その前に俺にリーンに会いに行くよう仕向けたのはあいつだ。
俺は二人に会っているが、どちらにもおかしな様子は見られなかった。
俺がこの場を離れて捜しに行くには根拠が弱い。どうしたものかと考え込んだところで、ふいに廊下から騒がしい声が聞こえてきた。
何事かと会議室から出ると、王宮騎士隊の制服が見えた。
「なんだお前たちは! 勝手に建物内に入らないでもらおうか!」
「うちのスレート隊長をどこにやった!」
「お前たちの隊長など知らん! 帰れ帰れ」
「しらばっくれる気か! 錬金術室の室長と一緒だったことはわかっている! さっさと隊長を解放しろ!」
なんの騒ぎだこれは。第二、第三、第四の隊長も各執務室に戻っていたが、同じように出て来て顔を見合わせた。
そうしている内にも王宮騎士の一人が、俺の顔を見つけて近づいて来た。
「貴様、錬金術室長の夫だな! あんな女狐にいいように使われおって! 恥を知れ!」
「し、室長は女狐なんかじゃないし、旦那様をいいように使うとかそんなことをする人じゃありません! 失礼なことを言わないでください!」
俺が何か答えるよりも先に錬金術室から来た彼女が飛び出てしまった。いまだ震えているが、その目は王宮騎士たちを睨みつけている。
「お前は錬金術室員か? こんなところにいるとはやはり錬金術室と繋がっているのではないか!」
憤る王宮騎士団の連中のさらに後ろからガタイの良い男がやって来た。
「貴様ら勝手な行動をするなと言っただろう! こんな騒ぎを起こしてただですむと思うなよ!」
「しかし副隊長、こいつらがスレート隊長をさらったに決まっています!」
「どこにその証拠がある!」
「この建物を捜させてください! 絶対に見つけてみせます!」
「あれほど隊長におとなしくしていろと言われたのを忘れたのか!」
ただでさえ男くさい集まりに、さらに筋肉隆々な男が増えて正直辟易する。
とりあえず騒ぐだけなら外でやってくれないかな、この人たち。
「おい、この騒ぎはなんなんだ」
放っておくわけにもいかないと思ったのか、第二隊長が話しかけると王宮騎士隊の副隊長が頭を下げてきた。
「うちの者たちが申し訳ないことをした。すぐに連れ帰るので多めに見てほしい」
「いや、あんたが大変そうなのは見てわかるが、連れ帰ったところでそいつらの気が収まらんだろう。何があったのか説明ぐらいは聞きたいのだが」
王宮騎士隊の副隊長は渋い顔をしたが、筋が通らないと判断したのか、押しかけてきた理由を語ってくれた。
「実はうちのスレート隊長が行方不明なのだ。最後に見かけた者の話では、錬金術室長と一緒だったらしい。それで室長が護国騎士団を使って何かしたのではないかと、こいつらが騒ぎ始めてしまってな」
証拠もないのになんという短絡的な思考だ。貴族の出身とはいえ、うちの騎士団と変わらぬ脳筋揃いじゃないか。
「うちがそちらの隊長に危害を加える理由はないぞ。もし錬金術室長にあるとしても私的制裁に動くほど暇じゃないしな。こちらの状況は聞き及んでいるだろうし、そちらも忙しい最中だろう」
「ああ、その通りだ」
「それにまず錬金術室長には尋ねたのか」
「それが向こうも不在なんだ」
「じゃあ帰ってくるまで待てばいい。そもそもいつからいなくなったんだ。大の大人が昼間にいなくなったくらいで騒ぐことか」
「あの、すみません第二隊長、ちょっと」
「なんだコルク、お前も言い返したいのか」
「いえ、そうではなくてリーンも王宮騎士隊長と出かけたまま戻っていないらしいんですよ」
「どういうことだ?」
「ちょうどこちらの錬金術室員が捜しに来たところです」
思いがけず紹介されたことで動揺した女性は、あたふたと俺の後ろに隠れてしまった。さっきの王宮騎士へ言い返した威勢はどうした。
「嫁が行方不明なのにお前はここで何をしているんだ」
「そりゃ捜しに行けるなら行ってますよ。行方不明と決まったわけでもないのに、この状況で俺が抜けられるわけがないでしょう」
「あちらさんは行方不明と言っているぞ」
「三時間前からですがね」
「三時間? 三時間ってお前、いい大人がそれくらいの時間見当たらないからって騒ぐことか」
第二隊長が王宮騎士隊の副隊長へ渋い顔を向けた。
「いや、スレート隊長は客人と約束をしていたのに戻って来なかったんだ。これまでそんなことは一度もなかった」
「じゃあ二人で何かしてるんだろう」
そう行って第四隊長ははっとした顔で俺を振り返った。近寄って来て、肩に手を置かれる。
「大丈夫だコルク、世の中に女は星の数ほどいるから」
「あなたたちにだけは慰められたくありません」
星の数ほどいようと常に女日照りじゃないか。ぺしりとその手を払ってやると、「たちとはどういうことだ」という声が聞こえてきたが、相手にするときりがないので無視だ無視。
「まったく、今の短い時間で何を考えたんですか」
「そりゃお前の嫁が王宮騎士隊長に乗り換え、お前が捨てられるところまでだな」
「ありえません」
「失礼なことを言わないでください!」
「ないな」
「ありえん」
「絶対にない」
「馬鹿じゃないのか」
「脳筋め」
俺だけではなく錬金術室員、第二、第三隊長と王宮騎士団の面々までもが否定した。
「誰だ今馬鹿とか脳筋とか言った奴は!」
「そんなことより二人の行方だ。考えられることは喧嘩をした挙句、差し違えたとかだが」
「縁起でもないこと言わないでくださいよ」
「それはあり得る」
王宮騎士隊の副隊長も、馬鹿話に乗っかって頷いている場合か。
「しかしスレート隊長はともかく、錬金術室長が何かするのであればそこそこ目立つことをするはずだ。何かが吹き飛んだとか、弾けたとか、破壊されたとか、他にも行方不明者が出たとか。これまでそういった報告はないので、錬金術室長が何かを仕掛けたということはないと思っている」
それで判断するのもどうなんだ。
しかし三時間か。また貴族の陰謀に巻き込まれたわけじゃないよな。
「ひとまず我々は戻る。もし錬金術室長がこちらに来ることがあったら教えてもらいたい」
「まあそれぐらいなら構わんだろう」
ひとまず話がついたところで、まさかの人物がこの場に現れた。
「なんで王宮騎士がここにいるのよ、しかもこんな大人数で邪魔くさい」
不機嫌そうに王宮騎士たちをねめつけてこちらへ歩いてくる。
「リーン!」
「室長!」
すかさず錬金術室員がリーンの元に駆けていき抱きついた。
「良かった、無事だったんですね」
「マヤ? どうしてあなたがここにいるの」
「室長が出かけたきり帰って来ないからみんなで捜してたんですよ」
「ああ、ごめんごめん、ちょっと図書室で探し物をしていたのよ」
室員を離しながらもリーンが俺の方を向いた。
「ちょっと話があるんだけど隊長たちを集めてもらっていい?」
「それは構わないが」
構う連中がすぐそこにいるんだよな。
「なに、取り込み中? こっちは急ぎだから後にしなさいよ」
俺が王宮騎士隊の奴らを見ると、リーンは彼らをしっしと手で追い払う仕草をした。
「お待ちください! うちのスレート隊長はどうしたんですか!」
「は? 私が知るはずないでしょ、誰に聞いてるのよ」
王宮騎士がどこか緊張した様子で敬語を使っている。俺らに対する態度とはえらい違いだな。
「しかしあなたと一緒に歩いていたとの目撃談が」
「さっきまでは一緒だったわよ。でも図書室で別れたからその後どこに行ったかまでは知らないわ」
「別れたとはいつのことですか」
「ついさっき。そんなことよりノア、本当に急ぐ話なの。隊長たちを集めてくれる?」
「俺たちならここにいるぞ」
「じゃあすぐに話を始めるから、どこか部屋を貸してちょうだい」
リーンはあっという間にこの場を仕切り始めた。
場所を取っていた王宮騎士隊も回れ右をして出て行き、ついでにマヤと呼ばれた室員も錬金術室へ戻って行った。
なんだかよく分からないが急激に事態が動き始めた気がする。




