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36. ハラ草原

「気に入ったというか、錬金術室以外の人と関わることなんてないと思っていたから、こうして誰かと話すことが新鮮で楽しくて」


 俺はその関わった中に入っていないのだろうか。訊いて、そうだと言われたら立ち直れない。止めておけばいいのに止まらなかった。


「俺と話すのも楽しい?」

「うん、もちろん。何よりあなたと出会わなかったら、こんな風に思える日は来なかっただろうし」


 そう言った後リーンは何かに気づいたように目を伏せた。嘘を吐いたわけじゃなくて、俺たちの出会いに言及したことで何かしらの気まずさを感じたのだろう。


「なあ、何度も言うけどリーンが俺に負い目を感じることはないんだぞ。あんな笑えない嫌がらせを仕組んだ奴らが悪いんだから。まあ騎士なのに気づかなかった俺は反省しなくちゃいけないんだけどさ」

「そんなことない、反省するのは私の方だし、あなたは」

「ストップ」


 このまま話しても堂々巡りになるだけだ。そろそろこの辺で区切りをつけるべきなのかもしれない。


「俺はさ、リーンと出会えて良かったよ。リーンは?」


 リーンは弾かれたように視線を上げた。その顔を見れば聞かずとも答えはわかった。しかしすぐに表情を曇らせ、また俯いてしまった。


「でも迷惑をかけたのは事実だし、もしかしたらこの先も」

「先のことなんて誰にもわからないよ」


 最近は落ち着いていても皇太后がまた何かしかけてくるかもしれない。きっとそんな心配をしているんだろう。


「考えすぎて身動きができなくなったら、それこそリーンのことを快く思わない奴らが喜ぶんじゃないか」

「わかってる。それでも考えてしまうの」


 気の強いリーンがそこで立ち止まってしまうのは、やはり俺を巻き込んでしまったと考えるからなんだろうな。


「リーンは俺と出会わない方が良かった?」


 リーンは恨めしそうに見上げてきた。


「そんなことあるわけないってわかってて言ってるでしょ」


 ふてくされた様子がなんだか可愛くてつい笑ってしまったら、リーンが口を尖らせた。これは少しは自惚れてもいいんだろうか。


「なんで笑うの」

「いや、なんだか可愛くて」

「か、可愛いとか、護国騎士団の人たちはすぐそういうことを口にするのね」

「それ、他の隊の隊長たちのことだろ。あの人たちと一緒にされるのは心外だな」


 ちょっと照れたような顔がまた可愛いんだけど、それを言うと本気で怒られそうなので止めておく。

 代わりに一つ提案をする。


「もうさ、こういう負い目を感じるような言い方は止めないか」


 本当は俺が言えた義理じゃないけど、そんなことを口にしたらまたリーンが罪悪感を覚えてしまうから。


「俺もリーンも、お互いに出会えて良かったと思ってる。それでいいんじゃないか」


 リーンは不安そうに見上げてきた。


「本当にそれでいいの? 少なくともあなたはもっと違う未来が選べたのに」

「違う未来なんて考えたこともないよ。リーンと暮らし始めてから毎日が刺激的で楽しいからな」

「刺激的……?」

「だからリーンが心配することはないんだ」


 どこか納得のいかなそうな顔をしつつもリーンは頷いてくれた。

 言葉にしたからと言ってすぐにその通りにできるわけじゃないけど、少しくらいは俺たちの関係も前進させたいところだ。


「ありがとう、ノア」


 ん? 今、名前で呼ばれたよな。おもわず見つめるとそっぽを向かれてしまった。


「ずっと呼ばないのも不自然でしょう」


 横頬がちょっと赤い。

 え、なんだその初々しい反応は。名前を呼んだだけなのに? やばい、俺までつられそうだ。

 つい黙り込んでしまったら、リーンの方から話題を変えてきた。


「ねえ、結局さっきは何が言いたかったの?」

「さっき?」

「うん、何か怒ってたでしょう」


 あ、ここでその話を蒸し返すのか。こういう空気を読めないところがチリアン隊長と話が合うんだろうな。


「私、気づかないうちに怒らせるようなことを言った?」


 楽しそうに隊長の話ばかりするから面白くなかった、なんて言えるはずがない。

 リーンが体を曲げて俺の顔を覗き込んできたので、つい視線を逸らしてしまった。


「まだ怒ってる?」

「怒ってないよ」


 疑わし気な視線が突き刺さり、咳払いを一つしてリーンに向き直った。

 俺が気にしているだけで、なんでもないことのようにさらっと言えば、なんだそんなことかで終わるかもしれない。


「隊長のことを褒めてくれるのは嬉しいんだけど、あんまり俺の前で褒めるのはどうかと思うんだよな」


 言い方が遠回し過ぎたのかリーンは首を傾げている。


「だからその、隊長は確かにすごい人なんだが、ちょっと褒めすぎなんじゃないかなって」

「つまり隊長を取られたような気分になったってこと?」


 全然違う。


「ノアは隊長のことが大好きなのね」


 俺の返事を待たずにリーンは結論を出してしまう。また名前を呼ばれたが、今度は感動も何もない。人の話は最後まで聞け。はしゃぐチリアン隊長じゃあるまいし。


「大丈夫よ、チリアン隊長も物珍しさから錬金術に興味を持っただけだろうし、すぐに収まるわ」

「いや、あの人がそう簡単に興味を失うとは思えないけど、そんなことはどうでもよくてだな」

「チリアン隊長もノアを大事にしてるしね」

「は? いやいやいや、なに言ってるんだ、そんなことありえないから」

「だっていつも心配してるじゃない」

「俺のことを? あの隊長が?」


 うんと頷かれても素直に信じることはできない。何か勘違いしているか、リーンが思い込んでいるだけだろう。


「私に注意してくれることも、だいたいがあなたに関わることでしょう」

「例えば?」

「私が敵を作ればあなたにも被害が出るとか」


 それは回り回って業務に支障を来すからではないだろうか。


「最初に護国騎士団を訪れたときも、ノアがさらに不利になる状況を作るんじゃないかってすごく警戒されて、誤解を解くのにかなり時間を割いたし」


 それは初耳だ。


「だから安心していいと思うよ」

「そうなのか」


 って違うだろ。何に安心しろっていうんだよ。

 リーンがとても良い笑顔で言うものだから、つられてつい頷いてしまったじゃないか。

 その後、誤解を解こうと言葉を重ねたが、成果はあまり芳しくなかった。




 二人の関係を変えるために、まずはリーンが俺をもっと頼ってくれるよう考えてみた。


「次の休みに王都の外へ行ってみないか。ほら、素材を採りに行くのを控えているだろう。休みの日なら俺が付き合えるからさ。日帰りだからそんなに遠くまでは行けないけど」


 俺に心配をかけてしまうこと、王宮騎士隊の動きを警戒して、リーンは護国騎士団と素材採取へ行けるようになるまで、単独での外出は控えると言った。しかし俺が休みの日に一緒に行くのであればすべての問題が解決する。

 決してリーンがチリアン隊長と素材採取の約束をしたことに対抗しているわけではない。


「でもせっかくの休みなのに付き合わせるのは悪いから」

「俺はリーンと一緒なら構わないよ。ピクニック気分で美味い弁当でも作ってくれたら嬉しいし」

「本当にいいの?」

「駄目なら言い出さないって。あ、でもこの季節だと暑いよな。リーンも夏の遠出には慣れてないだろうし」

「ううん、大丈夫。ちゃんと対策していくから」


 よし、食いついた。目を輝かせるリーンを見たら、もう日帰りと言わず、休みが取れるなら一ヶ月くらいかけていろいろな場所を回りたいくらいである。






 そんなわけで休みを合わせて、二人で出かける日がやってきた。

 リーンはなんと朝の五時に起きて弁当を作ってくれた。手伝わなくていいというので、どんな弁当なのかは昼のお楽しみだ。

 その分、朝寝ができると思ったのだが、弁当を作り終えて気分の高揚したリーンに、六時前には起こされるはめになった。いつもこうやって自分で起きてくれたら楽なんだがな。


 季節は夏真っ盛りだが、早朝なのでまだそれほど暑くはない。

 街道は既に、歩いたり馬車だったりと人が動き出している。その中を馬のマリーとガゼル・レックスのヤギ―を並べて走らせた。

 王都を出て街道を南下し、さらに横道へ逸れる。しばらく走ると目的地であるハラ草原が眼前に広がった。


 ハラ草原は広い。遠征の行程で通り過ぎたことはあるが、わざわざ目的地としてやって来たのは初めてのことだ。

 魔物は出ないが、何か特別なものがあるわけでもないので、立ち止まる者は滅多にいない。だがリーンの話では素材採取に適した場所らしく、これまでもたまに訪れていたらしい。


「こんな場所があったんだな」


 街道から外れてしばらく進むと湖が見えてきた。近づくと美しい空の色を映した水面が眼前に広がった。

 大きな湖で、岸から中心へ向かうほど青が濃くなっていく。王宮の外に出られるようになって日も浅いというのに、よくこんな場所を見つけたものだ。


「きれいでしょう?」

「ああ。ただ通り過ぎるだけじゃ見つけることはなかっただろうな」


 マリーもヤギ―も頭がいいので、放っておいても迷子になることはない。しばらくはその辺を自由に歩かせることにした。

 リーンは木陰に敷物を広げ、その上にお弁当が入った籠を置いた。結構な大きさなので昼食が楽しみだ。


「ノアはここで休んでる?」

「俺も手伝うよ。薬草の見分け方を教えてくれるか」

「ええ、じゃあ行きましょう」


 湖を拠点に辺りを散策することにした。

 ただの草にしか見えない植物も、リーンに説明されるとありがたい薬草に見えてくるから不思議なものだ。


「あら珍しい、コマの実がある」


 リーンが指先ほどの木の実を手の平に乗せている。


「それもポーションの材料になるのか?」

「ええ、とても変わった植物でね、ある一定の手順を踏んで液状化させると、混ぜ合わせた植物の薬効と同じ効果を発揮するの」

「それってすごくないか。貴重な薬草と混ぜたら量が増えるわけだろう」

「すごいけど、これもまた貴重な植物なのよ。私も実物を見たのはこれで三度目ね」


 一見してどこにでもありそうな木の下に、コマの実とやらがぽろぽろ落ちている。


「街道から外れた誰も通らない場所だからこれまで見つからずにすんだのね」

「木に登って採るか?」

「ううん、自然に落ちた実にしか同調効果は現れないの。だから落ちている分だけ拾うわ。といっても、もうほとんど落ちてしまって、動物たちが食べてしまった後のようね」


 確かに見上げた木には実らしきものが見当たらない。


「ねえノア、この木のことは秘密にしておいてもらえないかしら」

「もちろん構わないよ」

「コマの実はその貴重性から、見つけると木そのものを別の地に植え変えようとする人がいるんだけど、なぜか植え変えたものは実をつけなくなるの。群生もしないから滅多に見つからないし、実をそのまま地中に植えても芽が出ない。まだまだ未知の植物なのよ」


 とにかく貴重でみんなが欲しがる木だが気難しいということはわかった。まるでリーンのような木だな。

 落ちていたコマの実は、布で包んで他の薬草とは混じらないよう籠に入れた。




 薬草だけではなく、苺や木の実など、リーンは探すのが上手かった。準備が良く、薬草を入れるのとはまた別に籠を用意していたらしい。


「こんなに食べきれるのか?」

「帰ったらお酒に浸けて保存するの。ケーキに混ぜて焼いたり、アイスにかけても美味しいし」

「楽しみだな」


 リーンに教わりながら薬草を探していると、あっという間に昼食の時間となった。


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