32. 貴族議会03
「もちろん私たちにとってはポーションを作ることが仕事です。それをどう使われようが文句を言える立場ではございません。ですがご存じでしょうか、錬金術室の者たちがどうやって集められたのかを。私の記憶では誰一人望んで入った者はおりませんし、辞めることも叶いません」
「それは貴重な人材だから」
「ええ、貴重なのでしょう。ですから先ほど申し上げた通り、私たちは個人の時間を楽しむ権利も、一般市民と出会う権利も、王宮の外へ出る権利も与えられませんでした。ただポーションを作り続け、それができなくなれば捨てられるだけです」
酷い、あんまりじゃないか、という言葉が聞こえてきた。そういう内情までは知らない者が大部分だったらしい。
リーンは最初から宰相など相手にしていないとばかりに国王陛下へ訴えかける。
「陛下が錬金術室の現状を変えてくださいました。しかし過去にあったことは今さら変えようがありません。そうして自分たちの時間を犠牲にして作ったポーションが横流しされていたことが発覚しても、私たちは黙っていなくてはいけないのでしょうか」
「護国騎士団も想いは同じです。ここで正すことができなければ、これまでに辛酸を舐めてきた者たちが報われません」
いよいよ王宮騎士隊は追い詰められた。すべてが王宮騎士隊のせいではないが、糾弾を免れることはできないだろう。
「処分については考え直す余地があるな」
「陛下!」
スレート王宮騎士隊長が悲鳴のような声を上げたかと思ったらリーンを睨み付けた。
「君は、君はなにもわかっていない!」
リーンはなにも答えない。
「王宮騎士隊が機能しなくなればどうなるか! 君たちだって散々護ってきてもらったはずだ!」
ここでリーンの瞳がようやくスレート王宮騎士隊長へ向けられた。
「あなたたち王宮騎士隊が私たちに何をしたのか忘れたとは言わせません。あなたたちのせいでうちの室員たちは、いまだ外に出られないでいます。一人や二人じゃない、両手で数えても余るほどの人間が、精神的に外を怖がっているんです」
事情を知らない貴族たちには通じないだろうが、明らかにスレート王宮騎士隊長の顔色が変わった。
「それは以前の王宮騎士隊の話だ」
「そうですね、あなたが騎士王宮騎士隊長へ就任する前の話でしょう。だからなんだというのです、それですべてが忘れられるとでも? 謝罪もなしに? それに隊長が変わったからといってすべてが変わるわけじゃない。いまだに私たちに嫌がらせをしてくる輩はいます」
「馬鹿な! そういう者たちはすべて取り締まったはずだ」
「本当にそう考えているのならおめでたいとしか言いようがありませんね」
スレート王宮騎士隊長は言葉に詰まってしまった。この様子だと本当に知らないのだろう。彼らの間にいったい何があったのだと貴族たちの間にざわめきが広まるが、この問答でおおよその見当はつくはずだ。
「それならばなぜその時に言わなかった」
「申し上げております。それを聞かなかったのは他ならぬあなたです」
「しかし最近ではそんな話も」
「聞く耳を持たぬ者に話し続けるほどこちらも暇ではありません。何よりこれまでのことがありますので、王宮騎士隊はまったくもって信用できません」
最後の部分はこれまでのやり取りに関係ない気もするが、今後のことを考えて、大勢の前で断言してやりたかったんだろうなあ。
淡々と述べるリーンが爆発せずに怒ると、とても怖いということがよくわかった。これならまだ扉でもなんでも吹き飛ばしてもらった方がましである。
さすがにこれ以上ここで言い争うのは下策だとわかるだろうに、スレート王宮騎士隊長はまだ食い下がるつもりのようで、リーンを睨みつけた。
「それならば護国騎士団は信用できるのか。君は先日も愛しい夫君のために魔物の出るような場所へ駆けつけたそうじゃないか。仕事を投げ捨てて」
俺もリーンもチリアン隊長もぽかんとしてしまった。何を言い出すんだ、こいつは。
「仕事を投げ捨てて? なにをおっしゃっているのかわかりません。私は仕事でアロロ地方へ行ったにすぎません」
「本当だろうか。君の夫君に呼ばれたから向かったのではなくて」
「当たり前でしょう。錬金術室長として現地へ行く必要があると判断したから行っただけです」
「これまでそんなことは一度もなかっただろう」
「そもそも繋がりがありませんでしたもの。例え護国騎士団が応援を頼んだところで、私たちのところまでその声が届かなければどうしようもないでしょう」
「本当にそうだろうか、あの出来事から君は変わってしまった」
「あの出来事?」
「そうだ、君が結婚する事態となったあの出来事だ」
リーンの顔が強張った。
ちょっと待て、今ここでその話を出す必要があるのか。
貴族たちにもその噂は伝わっていたらしく、ざわざわと会議場が騒がしくなった。
「君は騙されているんじゃないか、そうでなければ君に傷をつけた男と結婚など普通は考えられない」
なんという馬鹿なのか。予想以上に馬鹿で驚いた。
考えるまでもなく俺の体は動いていた。
「お待ちください。それはこの陳情と関係のあることでしょうか」
リーンを観衆の目から庇うように前に立った。
「私のことでしたら何を言ってくださっても結構ですが、さすがに妻を侮辱されては黙っていられません」
「べつに僕は彼女を侮辱したつもりはないが」
「いいえ、女性にとって口に出すのも辛い出来事をこのような公衆の面前で話すなど侮辱でしかありません」
「君がそれを言うのか」
「ええ、私だから言えるのです。あの出来事は私の不注意が招いたこと、妻に非はありません」
「別に僕はその出来事そのものを言いたかったわけじゃないよ、ただ彼女が護国騎士団へ肩入れがすぎるのではないかと言いたいだけだ」
「それこそが自分たちが撒いた種なのではございませんか。そもそも彼女は私のような者に操られるような愚かな女性ではございません。それこそ付き合いの長い王宮騎士隊長や恐れ多くも国王陛下がご存じなのではないでしょうか」
なんとかこの辺で収めてしまいたくて国王陛下の名前を出してしまった。不敬ととられかねないが、リーンの言っていたエリオット陛下の人と成りが本当ならなんとかしてほしい。情けないぐらいの他人任せで申し訳ないが。
「コルク副隊長の言うとおりだ。彼女が愛や恋に惑い、仕事に支障を来すなどありえない。それからこの話はポーションの横流しとは関係がない」
良かった、なんとか願いが通じた。慇懃に国王陛下に頭を下げ、リーンの隣まで下がった。
約束を破るような真似をしたくはないが、今は非常事態だとその手を握ると指先まで冷えていた。
ごめんな、辛い目に会わせて。そっと表情を伺うと視線が合った。大丈夫と言うようにうなずき返された。
「そういえばスレート王宮騎士隊長は、錬金術室室長に婚約を申し込んで断られたらしいですな」
どこかで聞いたことのある声が静まり返った会場に響いた。どこだ、どこからだ。
きょろきょろと声の出所を探すうちにもその言葉が広がっていく。
「つまり振られた腹いせか」
「まあ、それが本当なら王宮騎士隊長の横恋慕じゃないの」
「どんな理由があろうとも既に結婚した者たちを貶めるとは騎士として、いや男として情けないのではないか」
ざわざわと広がる言葉の波にまたスレート王宮騎士隊長の方が焦る番だ。
「さて、そろそろ話をまとめるべきではないか、議長」
「は、はい!」
返事をしたものの、どう収まりをつけるべきか宰相もうろたえている。
「この件に関しては予が一度預かろう。王宮騎士隊の外の者に内情を調べさせ、沙汰については次の貴族議会で決をとる。異論のあるものはいるか」
しんとその場が静まり返った。はずだったが、まだ言いたいことのある者がいた。俺のすぐ隣に。
「ございます」
やられっぱなしで黙ってはいられないリーンが挙手をした。
「申してみよ」
「この事態を引き起こしたのは王宮騎士隊のみではありません」
「他にも関わっている者がいるのか」
貴族たちの中に顔色の変わった者がいる。ポーションを不正に受け取っていた者たちだろう。
「資材部も同様に処罰の対処になり得ます。そもそも戦闘のほとんどない王宮騎士隊にそれだけの数のポーションが渡っていたことがおかしいのです」
「そなたの言う通りだな」
リーンは力強い視線を国王陛下へと向けた。
「よって資材部長の罷免を要求します」
陛下はその視線を受け止めて頷いた。
「わかった、一考しよう」
これは大きく出たな。資材部長が罷免となれば、スレート王宮騎士隊長も一年の減棒などではすまないだろう。
「それからもうひとつお願いがございます」
「まだあるのか」
呆れたような笑いたいような表情で国王陛下は話の先を促した。
「結果が出るまでの間、一定の数を資材部に渡したら、残りのポーションは錬金術室で管理いたします。必要な部署の方々は錬金術室へ名乗り出ていただくようお取り計らい願います」
「いいだろう」
リーンがチリアン隊長を見ると、隊長は頷きを返した。
「以上で、我々の陳情を終わります。ありがとうございました」
こうして本日の波乱づくしの貴族議会は終わったのだった。




