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29. ワイバーン06

 王宮には手紙鳥でワイバーン討伐成功を伝えた。

 リーンは長距離を飛ぶ手紙鳥は持っていないらしく、錬金術室へ無事に仕事を終えたことを報告するためにも護国騎士団のものを分けてやった。

 どうりで最初に俺が手紙鳥を出したときにリーンから返事が来なかったわけだ。


「資材部に言えば貰えたんじゃないのか」

「あそこの部長に私が現場に行くことを嗅ぎつけられると面倒だもの」

「けどエリオット陛下から承諾はいただけたんだろう」

「まあね」


 視線が泳いだ。これは怪しい。周りに人がいないことを確認した上で声を潜める。


「まさか無理やり出てきたんじゃ」

「そんなことしてないわよ」

「じゃあ何をしたんだ」


 自分が何かをやったと決めつけられたことにリーンはちょっとムッとした様子だが、考えてみれば魔物が出る場所に錬金術室長がすんなり出かけられるわけがない。


「他の人たちに聞かれたくなかったから、執務室の窓からエリオット陛下を呼び出して話しただけよ」

「窓から呼び出した?」


 国王陛下を? 不敬なんてレベルじゃないだろ、それ。


「しかし常に側に護衛がいるのにそんなことが可能なのか」

「最初に手紙鳥を飛ばして人払いをしてもらったの」


 え、国王陛下に手紙鳥? 国王に手紙鳥なんて飛ばしていいのか?

 普通、国王陛下と会うにはいくつかの手順を踏まなければいけない。

 まず上申する話の内容を精査し、面会の予定日を言い渡され、事によっては一ヶ月待つこともあるとかないとか。

 俺はそんな手続きをしたことがないから詳しくはわからないが、少なくともそれらをすっ飛ばして会った奴がいるなんて話は聞いたことがない。


「とにかく、おかしなことはしてないから心配しないで」


 十分におかしい。あとリーンの認識もおかしい。

 いや手紙鳥じゃなくて直接伝えただけまだいいのか。いやそれは許可をもらうためか。なんかもう俺の判断もおかしくなっている気がする。


「だけど人払いをしたところで、窓から叫んだら周りにばれるだろう」


 まだ続けるのかとリーンの眉間に皺が寄ったが、だって気になるだろう。


「叫ぶような距離じゃなかったもの」

「地上から呼んだんじゃないのか」

「そんなことしたら余計に目立つじゃない。執務室近くの木に登って呼んだのよ」


 聞かなければ良かった。


「それでエリオット陛下は怒らないのか」

「なんで怒るの?」


 互いの認識がずれすぎていて会話が進まない。


「いやほら、落ちたら危ないだろう」


 わかってる。そこじゃない。そこじゃないけど、きっとリーンの頭に不敬という文字はない。


「降りるとき気をつけるようには言われたわね」


 本当にそこじゃないところを注意されていたようだ。もしかしてエリオット陛下もリーンと同じ類の人なのか? ちょっと護衛の奴らに同情してしまう。


「まさか婚姻届のときもそんな方法で」

「あのときは正々堂々正面から乗り込んでやったわよ」


 ついでに気になったので尋ねると、リーンは胸を張って鼻高々に答えてくれた。どや顔をする意味がわからない。


「それに書類のやり取りができるほど近い位置に木はないしね」

「そりゃまあ防犯のことを考えたらな、そんな足場は潰してしまうだろう」


 ちょっと混乱しすぎて、何について話していたのか忘れた。

 えーと、そうそう長距離の手紙鳥だ。


「その話は置いておくとして、錬金術室に手紙鳥を出したんだから急いで戻る必要があれば、これで向こうから連絡が来る。だから俺たちと一緒に王宮へ戻ろうな」

「錬金術室には長距離用の手紙鳥がないんだってば」

「既にリーンがここにいるんだから、資材部に言えば用意してもらえるだろ。それに護国騎士団に行けば在庫もあるし」


 護衛はともかくとして、手紙鳥を護国騎士団にもらうという発想はリーンになかったらしく、驚いた顔をされた。錬金術室はもう少し他の部署を頼るということを覚えた方がいいだろう。


「でも向こうから手紙鳥を出すにも、所在地がわからなければ出しようがないでしょう」

「そのために護国騎士団ではあらかじめ中継地点に騎士を置いて、手紙鳥のやり取りができるようその場所を王宮へ知らせているんだ」


 さて、そこからは俺たちと王宮へ戻るよう、リーンの説得が始まった。

 本人は先に行くと言って聞かなかったが、帰るための理由を一つ一つ潰していくと最後には黙ってしまった。伊達に理屈屋の上司は持っていないのだ。

 リーンが一緒ということで一部の騎士及び衛生兵たちが、嬉しそうだったのが気になるところだが。


「これからチリアン隊長と俺は、アルル辺境伯のところへワイバーン討伐の報告に行くけどリーンはどうする?」

「それは行ったほうがいいということ?」

「まあ今後のことを考えればな。でも無理強いはしないよ」


 このアルル地方を治める辺境伯は貴族会で味方になってもらうつもりなので、会っておいて損はない。


「そうね、会ってみるわ」


 前向きな言葉とは裏腹にリーンの表情は冴えない。

 自分で聞いておいてなんだが大丈夫だろうか。地方貴族は王都にいる中央貴族とはまた違うと言ったものの、貴族であることに変わりはなく、その矜持は高い。


「間違っても喧嘩を売ったり買ったりしないようにな」

「失礼ね、そんなに血気盛んじゃないわよ」


 その割にはすぐ怒る。とは口にしなかったのに眉を吊り上げたリーンに睨まれた。説得力ゼロじゃないか。




 そうして俺たちは三人でアルル辺境伯の屋敷へ向かうことになった。他の者たちは開けた場所で待機している。

 屋敷の執事はリーンの存在に驚いていたが、すぐに客間へと通してくれた。


「やあやあ、この度はありがとうございました」


 腕を広げてやって来たのは壮年の男で、この辺りを治めるアロロ辺境伯だ。白髪頭だが生気に満ち溢れた顔つきで恰幅も良い。その後ろから夫人とご息女も入ってきた。

 そういえば王宮に貴族の子女が集められていると聞いたが、アロロ辺境伯のところは娘を行かせなかったのだろうか。


「これでようやく街の者たちもこれまで通りの生活に戻ることができます」

「本当になんとお礼を申せばよいものか。ワイバーンが三体も現れたと聞いたときには耳を疑いましたもの」

「しかしワイバーンのせいで、逃れてきた魔物がまだおりますので、十分にお気をつけください」

「うむ、そちらは私たちでなんとかしましょう。ご忠告に感謝します。ところでこちらが錬金術室の室長ですかな」


 アロロ辺境伯一家の視線がリーンに向けられる。

 チリアン隊長がリーンに目線で挨拶を促すと、リーンは手を胸の下で交差させ一礼した。


「錬金術師のリーン・ファイアです」

「ファイア? コルク副隊長とご結婚されたと伺いましたが」

「仕事の上では旧姓を使っておりますので、どうぞそちらの名前でお呼びください」


 にこりとも笑わないリーンに構わずアロロ辺境伯は鷹揚に頷いた。


「チリアン隊長やコルク副隊長を始め、護国騎士団の方々にはいつもお世話になっております。この度はファイア室長にもご助力を頂いたようで、なんとお礼を申し上げたらよいか。ぜひ晩餐をご一緒にとお誘いしたいところですが、そうはいかないのでしょうな」

「ええ、すぐに王宮へ戻らなければいけませんので」


 アロロ辺境伯の問いにはチリアン隊長が答えた。


「実に残念です、この様な機会はまたとないでしょうに」


 アロロ辺境伯の瞳がおもしろそうに笑っている。貴族にしては悪い人じゃないんだけど、リーンへの興味を隠せないようだ。

 リーンは少し考えるようにして口を開いた。


「錬金術室はこれまで王宮より外に出ることが難しい立場でした」

「ええ、存じております」

「ですがこれからは外での活動も増えていくでしょう。またこちらの地へ赴くこともあるかもしれません。その際にはどうぞよろしくお願いいたします」


 まさかリーンからそんな言葉が出て来るとは思わなかった。俺も驚いたが、アロロ辺境伯も同じ気持ちだったようだ。


「もちろんです。こちらに来て頂くとなれば私どもが助力を願ったときでしょうからな」

「いえ、それだけではなく」


 リーンは一旦言葉を切った。


「私は初めて自分の作ったポーションが使われる現場を見て、錬金術師は王宮にこもってポーションを作っているだけではいけないと感じました。その現場に合ったポーションを作ることは、私たちのスキルアップにも繋がりますし、それは国をより豊かにすることでしょう」


 確かに今回のように耐火ポーションなどをその場で作ってもらえたらありがたいが、現実的に叶えるには障害が多い気がする。


「すぐには難しいでしょうが、そう遠くない将来きっとまたこの地を錬金術室の者が訪れます」

「ええ、ええ、もちろんですとも。その未来は私たちにとっても歓迎すべきものです。ぜひともその際は協力させてください」

「どうぞよろしくお願いいたします」


 錬金術室長に頼られて嫌な気分になるはずもなく、アロロ辺境伯はわざわざ門まで見送りをしてくれるほど上機嫌だった。




「錬金術室長、先ほどの言葉は本気かね」


 屋敷を出てしばらく進むと、チリアン隊長がリーンに切り出した。


「錬金術師が王宮にこもっているべきじゃないという話? もちろん本気よ。そもそも好きで引きこもっているわけでもないし」

「ふむ、それは私たちにとっても歓迎すべき話だ。あなたは今回、耐火ポーションの他に、火傷に特化したポーションと強力な消毒薬を作ってくれたと聞いた。今後はそのように現場に合わせたポーションを作る方向へ舵を取るということだろうか」

「そこまではまだ決められないし、私一人で決めることでもないわ。ただ、どんな傷にも一定の効力を発揮するポーションは心強いけど、作成するための材料や工程を考えると、今回のようなやけど特化型や消毒液を作った方が無駄がないとは思う。問題は作ってからの有効時間でしょうね。まだ検証はしていないから分からないけど、火傷用のポーションもそんなに長い期間の保管は出来ないはずよ」


 ときたま破天荒な言動があるけど、こうやって仕事の話をしているとき、リーンはちゃんと錬金術室長の顔になる。


「こちらからの要望も聞いてもらわねばならぬし、時間はいくらあっても足りぬな。とはいえ、まずは貴族会での陳情を成功させてからだ」

「ええ、そうね」


 もし本当に護国騎士団の遠征についていくような機会が増えたら、心配事も増える。でも俺がリーンの仕事の領分に口を挟むわけにはいかない。

 リーンが俺の仕事について何も聞かないのも、きっと俺の立場を考えてのことなんだろうな。こんなところまで来てくれたくらいだし、俺に興味がないから聞かないというわけではない気がしてきた。


 王宮へ戻るとリーンはすぐに錬金術室へ戻って行った。報告書の作成など後始末は残っているものの、ひと段落ついた俺たちとは違い、リーンはまだポーションを作るという仕事が残っているからだ。

 それでも今夜は家へ帰ると言ってくれたので、遠征へ出る前に比べて心は軽くなった。




 その夜、家に帰るのはリーンの方が遅かった。

 やっぱり一人で過ごす家はつまらなくて、余計なことを考えないよう夕食づくりに専念した。


「おかえり」

「ただいま。遅くなってごめんね」

「ちょうど夕飯が出来上がったところだ」

「いい匂いね、ありがとう」


 何事もなかったかのように俺たちは日常に戻った。

 本当はまだもやもやしているし、リーンだって思うことはあるだろう。

 それでも今夜は久しぶりに一緒に食事をして、同じベッドで眠った。


 朝が来ればまたリーンが起きなくて、俺はやきもきしながら布団をはぎ取るのだろう。

 それでも今回の一件で、リーンに対する俺の気持ちは確実に変化した。


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