30. 貴族議会
「ずるいぞ! 第一隊ばかり!」
「そうだ! 俺たちだって美人と一緒に遠征したい!」
「しかも遠征中とは思えないほど美味い飯まで作らせたとか!」
「ずるいずるいずるい!」
おっさんたちが揃って子どもみたいなことを言って騒いでいる図は見苦しさしかない。
他の地域へ討伐に行っていた隊も戻ってきたことで、隊長と副隊長が集まり、ただいま護国騎士団ではそれぞれの遠征報告を行っている最中だ。
しかし第一隊の報告を聞いた途端、他の隊長たちが騒ぎ出した。どの隊の副隊長たちも、隊長たちの奇行には慣れているので相手にする者はいない。
ちなみにうちのチリアン隊長もまったく相手にせず、淡々と今回の遠征の報告を続けている。
騒ぎ出すのをわかっていて、第一隊の報告を最後にしたのかな。
「報告は以上だ。何か質問はあるか」
「はい! 俺たちも錬金術室の美人と一緒に遠征に行きたいです」
「質問がないようなので、次の議題に移る」
さすがはチリアン隊長、見事なスルースキルである。
「次の貴族議会で陳情書を出したい案がある」
いよいよ例の話をするようだ。俺と第二、第三隊長はあの場にいたのでもう知っているが、第四隊長と第五隊長、それに他の副隊長たちは首を傾げている。
「次の貴族議会と言ったらあと半月後じゃないか。緊急事案でも出て来たのか」
「ポーションに関する話だ」
そうして王宮騎士隊がポーションをくすねて横流しをしている話をすると、第四、第五隊長に限らずそれぞれの副隊長たちも怒りを露わにした。
「するとなにか、あいつらのせいで俺たちはしなくともよい苦労をしてきたわけか」
「ポーションがもっと使えていたら怪我で引退する騎士だって少なく済んだでしょうに」
それでも騎士を目指す者が少なくないから騎士団として成り立っているが、後世の育成を考えれば経験のある騎士が足りていないのは事実だ。
「そこで陳情が通れば、先ほど騒いでいた錬金術室の美人と一緒に遠征も夢ではなくなるだろう」
「よし! 絶対に通すぞ!」
「そうだな、俺たちの明るい未来のために」
意気込む隊長たちに、副隊長たちが厳しい視線を向ける。
「お待ちください、それとこれとは別です」
「そもそも王宮にこもっていた彼らが馬に乗れるのでしょうか。遠征はピクニックではありません、魔物討伐という過酷な状況に内勤の者たちがついて来れると思いますか」
どの隊も隊長が脳筋で夢見がちな分、副隊長は冷静に現実を見なくてはいけないのだろう。諫める声が飛び交い始める。
その点チリアン隊長は現実しか見ていないので、俺はその手の苦労をしなくて済んでいる。ふふん。
「しかしコルクの嫁さんは馬に乗れるから一人で現場に乗り込んだわけだろう?」
「魔物が出るってのに、剛毅なことだよなあ」
「彼女が乗っていたのはガゼル・レックスなので馬に乗れるかはわかりませんが、乗れなければ馬車か二人乗りを検討してはどうですか」
二人乗りという単語に想像を巡らせたらしく、隊長たちがやに下がった顔になった。もしそうなった場合でも隊長の馬に乗せるわけがないのに。
「課題は追々出てくるだろうが、まずは貴族議会での陳情を成功させなければならない。当然この話は他言無用である」
チリアン隊長が全員を見回すと、誰もが頷きを返した。
「それに伴って貴族議会の前日、地方領主たちと食事会を開こうと思う。隊長、副隊長は全員出席してもらうことになる」
「そうか、地方領主なら味方になってくれるだろうからな」
「ああ、そしてその会には錬金術室長も出席する」
ほう、という声が上がった。まあここにいる誰もがリーンの貴族嫌いを知っているわけではないので、そんなものだろう。
そんな中、副隊長の一人が手を挙げた。
「錬金術室と王宮騎士隊は繋がっているのではないのですか?」
言いながらも俺に視線を向けてくる。その疑問はもっともである。
「付き合いがないわけではないでしょうが、関係は最悪ですね」
隊長、副隊長を合わせても俺が一番年若いので、話すときは自然と敬語になる。
「どういう意味だ?」
「そのままの意味です。錬金術室のほとんどの者が王宮騎士隊を嫌っています。うちの奥さんに至っては、邪魔だという理由で爆薬を投げつけるくらいには嫌っています」
「爆薬?」
「なぜそんな事態になるんだ」
「どけろと言ってもどけなかったそうです」
ちょっと引いた目で見られた。リーンには悪いがここで疑われるのも面倒だし、本人がいても過激な発言をするのだから構わないだろう。
「そういうわけで、あちらも血のにじむような思いで作ったポーションを小遣い稼ぎに使われ怒り心頭のようです」
副隊長たちは、そこまで言うのであればとすんなり引き下がってくれた。
「場所の提供はアロロ辺境伯に頼むことにした。こちらもまた王都の貴族には腹に抱えるものがあるので、快く地方貴族たちを招集してくれるそうだ」
抜け目のないチリアン隊長は既に動いていて、他の隊長たちには事後報告の形になったが、事が事なので誰も気にした様子はない。
その日の食事会の進行について打ち合わせ、最後の最後にチリアン隊長が俺の名を呼んだ。
「当日は錬金術室室長が暴れることのないよう見張っておくように」
「そんな猛獣や魔物じゃないんですから」
とは言いつつも不安がないわけではないので、はっきり否定はしない。
「返事はどうした」
「はい、承知しました」
まだリーンに会ったことのない第四隊長、第五隊長、そして他の副隊長たちからの視線が痛い。
そして当日、仕事を終えてからアロロ辺境伯が王都に構える屋敷へと向かった。リーンとは王宮の外で合流し、ついでに初めて会う護国騎士団の顔ぶれを紹介した。
「おいチリアン、美人じゃないとか言っていたよな、お前の美意識はどうなっているんだ」
「錬金術室の室長がこんなに素敵な方だったとは。もっと早くにお会いできなかったのが残念でなりません」
「私は美人でないなどとは言っていない。個人の趣味嗜好によると言ったのだ」
どこかで見たことのあるような流れをもう一度繰り返している。
というか第五隊長は既婚者じゃないか。なにがもっと早くにお会いしたかっただ。今度奥さんに会ったら言いつけてやるからな。
他の副隊長たちもリーンが想像と違っていたのか、意外そうに挨拶をかわしている。
おい誰だ、爆薬を投げるようには見えないとか言った奴は。
意外にもリーンは三人の部下を連れて来た。副室長ともう二人は、あの騎士の心得を直してくれた男たちだ。
副室長は愛想がいいものの、男の一人は無愛想で、もう一人はおどおどしている。この面子で大丈夫なんだろうか。
しかしさすがに普段から王宮内で過ごしているだけあって、四人共礼儀作法については完璧だった。
貴族たちと挨拶をかわした後、和やかに食事は始まった。
「さて今日は護国騎士団と錬金術室の皆様からお話があるとか」
途中でアロロ辺境伯が楽しそうに話を振ってくれ、それに応えたチリアン隊長が本題を切り出した。
ポーションの横流しについては怒りを露わにしなかったものの、皆顔をしかめている。
「少しと言える量ではありませんな」
「そうですな、笑って許せる範囲を超えているかと」
「貴族とは民の模範になるべき存在。関わった者たちは恥を知るべきだ」
「そもそも誰のおかげで、王都で安穏と暮らしていられるのか奴らはわかっていない。権力闘争にばかりあけくれおって」
こちらの思惑通りに話は進んだ。意外だったのはリーンも積極的に会話に参加してくれたことだ。チリアン隊長の話にところどころ錬金術室目線での説明を付け加え、いかにポーションの要求が厳しかったかを語ってくれた。
そうして予定どおりに食事会は終わり、明日の約束も無事に取り付けた。これで準備は万端だ。
しかし現実とは無情で、予定通りにいかないことが多々あるものだ。
「王宮騎士隊から皆様へ申し上げたき事案がございます」
朝から始まった貴族議会は予定していた議題を終えて、いよいよ俺たちの陳情書が読み上げられるという頃、あまりにも突然にスレート王宮騎士隊長が割って入ってきた。
「次は護国騎士団からの陳情の場でありますが」
仕切り役で議長の宰相がわざとらしく作った困り顔を見るに、予定されていた割り込みなのだろう。しかし今このタイミングでか。
「申し訳ございません。しかし、どうしても皆様にお伝えしておかなくてはいけないことなのです」
すかさず陳情のために控えていたチリアン隊長が声を上げる。
「お待ちください、次は我々の陳情の場です。予定外であるのならば、スレート王宮騎士隊長の申し出はその後にされるべきではありませんか」
「無礼は承知しております。しかしどうか私に少しの時間を与えて頂けないでしょうか」
嫌な予感しかしない。ざわつく場を宰相がゆっくり一瞥し答えた。
「それはどうしても今でなくてはいけないのでしょうか」
「はい」
「ふむ、ではこの場で決を採りましょう。スレート王宮騎士隊長の発言に異を唱える者は挙手を」
そう言われて、手を挙げる者はいなかった。スレート王宮騎士隊長は貴族、それも高位の侯爵家の人間で、つまりは向こう側の人間だ。
まずは王宮騎士隊長の話を聞いてみないことにはなんとも言えない、王宮騎士隊長が発言したいとおっしゃっているのだからこの際順番などどうでもいいのではないか、などと当たり前だが貴族贔屓の発言が飛び交う。
地方貴族も反対するだけの理由がなく、成り行きを見守るしかできないようだ。
「ご厚情を賜りありがとうございます」
スレート王宮騎士隊長は強引に話を進めたいらしく、決は採られたとばかりに貴族たちに頭を下げた。
「王宮騎士隊内での不正が発覚しました」
ほとんどの貴族は何が起きるのかと興味津々にしていたが、まさかの王宮騎士隊長の発言に皆唖然としてしまった。変わって地方貴族たちは顔には出さないが苦いものが口の中を走ったに違いない。
「資材部から渡されるポーションを横流ししている者がいたのです。既に関わった者たちは処分が決定しております。しかし国の財を損なう行為を見逃していたこと、誠に申し訳ございません」
やられたな。まさか自分で自分たちの悪事を暴露するなんて。
「また私も監督不行き届きということで、これから一年の減俸を先ほど国王陛下に申し出ました」
しかも国王陛下に報告済み、自分たちで始末をつけている。これでは他の組織が横から口を出しにくい。
案の定、この場は王宮騎士隊長に同情的な雰囲気になり、特別席のような上座に座っている国王陛下も何も言わなかった。
「お時間をいただきありがとうございました」
言いたいことを言ってスレート王宮騎士隊長は座った。その表情は悔いているような、決意をしたようなそんな顔だ。さすがは貴族、演技に長けている。
今回、護国騎士団からはチリアン隊長が代表で発言することになっていた。副隊長である俺も補佐という名目で入り込んだ。
連名での陳情なのでリーンもその場に立つということだったが、なぜかまだこの場へやって来ない。スレート王宮騎士隊長の発言といい、何かしら妨害があったと見て良いだろうが、捜しに行っている時間はない。こんなことならリーンの周りに脳筋隊長の一人や二人、置いておくんだった。
宰相は何事もなかったかのように場を取り仕切り、ついに護国騎士団の名が呼ばれた。
先手を取られたことで迂闊なことは言えなくなった。国王陛下と話がついているのであれば、俺たちがそれ以上追求できるわけがないのだ。
ましてやリーンもいないとなれば、日をあらためて陳情の場を設けてもらった方が、いや、時間が経てば今日のスレート王宮騎士隊長の言を覆すのが難しくなるだけだ。
考えている間にもチリアン隊長が壇上へと上がった。俺も後に続き、用意してきた資料を陳情のために誂えられた台の上に置いて、斜め後ろへと一歩体を引いた。
スレート王宮騎士隊長の話はあまりにも事実を端折りすぎている。不正が行われたのは、王宮騎士隊内部の話だけではない。俺たちが使うはずのポーションが流され、いらぬ苦労を強いられたのは護国騎士団員だ。
何よりどれほどの数が不正に流れていたのか、それをまったく説明していない。そこを突かなければ、ポーションの数が正される保証なんてどこにもないのだ。
表情には出さないが隊長も頭をフル回転させているだろう。俺たちの取れる方法などたかが知れている。この場で証拠を提出し、国王陛下に再考を頼んだとして、他の貴族が黙っていない。それでもやるしかないのか。
だがそのとき、この貴族議会が終わるまで開かないはずの出入口の扉が開いた。
「遅れて参上しましたこと、お詫び申し上げます」
入ってきたのはリーンである。堂々と頭を下げ、そのままこちらまで歩いてチリアン隊長の隣に立った。
あれは誰だという声が会場のあちこちから聞こえてくる。
「遅れてごめんなさい。状況は把握してるわ」
視線は前に向けたまま、俺たちにだけ聞こえる声で囁いた。
チリアン隊長は何事もなかったかのように、予定通りの口上を述べる。
「護国騎士団からの陳情を述べます。先ほど王宮騎士隊長が述べたとおり、ポーションの配分に不透明な部分がございました。適正な数に正すべく意義を申し立てます」
それで王宮騎士隊長はあんなに急いだのかと貴族たちが納得し、気の早い者は遅れをとった護国騎士団に失笑を向けている。王宮騎士隊を訴えようとし、間抜けにもすべてが終わっていたのかと。
しかしそれを上回る獰猛な笑みを浮かべてリーンは国王陛下を見つめている。
その瞳が物語っている。その喧嘩、買ってやると。




