22. 一人きりの家
そして今日もまた捕り物の残務処理に追われ、昼食をとる時間が大幅にずれた。
そもそも三十人以上の夜盗団だなんて大きすぎるんだ。王都の警備もなめられたものだ。
「隊長、先に昼飯に行ってきていいですよ。ここは俺が残ってますから」
「不要だ。既に食堂は昼食を終えて夕方まで閉まっているし、街まで行く時間も取れない」
「なら俺の昼飯で良ければ一緒に食べますか」
「わざわざ持って来たとは準備がいいな」
「リーンが作ってくれたんです。しかも大量に」
駕籠に入ったパンを差し出す。上にかけられたふきんを取ると小麦のいい匂いが鼻をつき、チリアン隊長は興味深そうに中を覗いた。
「錬金術室も今はかなり忙しいのではないか。よく朝からこの量を作ってくれたな」
「そうですね。リーンは朝に弱いんですが、今日は一人で起きて、早くから出かけて行きましたよ」
チリアン隊長はハムと生野菜を挟んだもの、俺はマッシュポテトを挟んだパンを手に取り、かじった。美味い。
「早くとは?」
「日が昇る頃ですかね」
「本当に早いな。あちらも一昨日は徹夜だっただろうに」
「そうなんですか」
じゃあ昨夜はリーンも疲れていたんじゃないか。俺のことなんて気にしないで寝てたら良かったのに。
「今回の捕り物の他に、地方で大型の魔物が出たからな」
「第三隊に出動が下った件ですよね」
おかげで夜盗団の捕り物に割く人員が大幅に狂ったのだ。
「ポーションの臨時作製が要請されたはずだが、本当に何も聞いていないのか」
俺のそっけない返事が気になったのか、呆れたような視線を向けられた。
「特には聞きませんでしたね」
「まあお互い忙しい身だからな」
それ以上の追求に意味を見出せなかったのか、隊長はパンを片手に仕事に戻った。
十個もあるのであと四つを隊長の机に並べて、俺も仕事に取りかかる。
少しだけ胃の辺りが痛いのは、疲れているせいだろう。
そうして夕方になり、さすがに今日は夜中まで仕事をする気にはなれず、適当なところで切り上げた。
そういえばリーンが今日は帰れないかもしれないと朝に言っていたけど、どうするんだろう。
まだ王宮にいるかもわからないが、錬金術室へ立ち寄ってみることにした。
安定の塩対応でリーンを呼んでもらうと、忙しいからかその表情は固かった。
「今日というかしばらく帰れないかも。帰るときは連絡するから」
背後から室長と呼ぶ声が聞こえ、リーンは俺の返事を待たずに戻って行った。
初めて見る顔の女性室員が、ぽつんと取り残された俺には目もくれず勢いよく扉を閉めた。
うん、実は昨夜の事は考えないようにしていました。だってリーンも朝は普通だったし、なかったことにするのかなーなんて……俺が甘かったのだろうか。
しばらく帰れないのか、帰りたくないのか。迷うところである。
昨夜の”そうしたいなら”という言葉は、もしかしてリーンなりに覚悟をして、俺を受け入れようとしてくれた結果だったのかもしれない。
しかしタイミングが良くなかったというか、気が高ぶっているときは嫌だったというか、あーでも最初にいらないことを言ったのは俺か、俺なのか。
なんて言ったっけ、血を見た後は無性に神経が高ぶる? 君にその気があるなら一緒のベッドで寝る? うわ、最低だな。
しかも一度リーンを襲っている俺が言うか。
あ、無理、これはしばらく立ち直れない。
リーンはそれから五日経っても帰って来なかった。これ、そろそろ迎えに行った方がいいのかな。いやでも本当に忙しいのかもしれないし。
そんなことを考えながら歩いていると、前からやって来た人物に声を掛けられた。
「よお、コルク」
「ああ、お疲れ様です」
しばらく遠征で留守にしていた第四隊長である。入れ替わりで第二隊が出かけたわけだが、この人もまたご多分に漏れずにぎやかな脳筋だ。
「自慢の嫁を俺にはいつ紹介してくれるんだ」
「なんですか唐突に」
「だってあいつに自慢されたんだよ、お前の嫁と仲良くなったって」
あいつというのは第二隊長だろう。仲良くなんかなってないし、自慢する意味がまったくわからないけど。
「しばらく錬金術室は忙しいようですから、そんな暇ありませんよ」
「ああ、また大型の魔物が出たからな。まったく、どこから沸いてくるのか」
「まあこればかりは仕方がありませんね。魔物側にしてもまた俺たちが邪魔しに来たと文句を言いたいかもしれませんし」
「なんで魔物の事情なんか考えてやらなきゃいけないんだ。それよりもうすぐ第五隊も帰って来るだろうから、そのときは美人の嫁を紹介しろよ!」
紹介、できるかな……。
それからさらに三日が過ぎた。
王都の警備には護国騎士団の第一から第五隊が持ち回りで就く。それ以外の隊は、鍛錬を積んだり遠征へ出かけたりするのだが、この度は第一隊へ遠征の仕事が舞い込んできた。
「アロロ地方への遠征ですか?」
「そうだ。明日の朝に立つ」
チリアン隊長の言葉を受けて、部下たちに遠征の準備を言い渡した。
次に遠征の話が来たら第一隊が出ることは決まっていたので、食料などの準備に問題はない。
アロロ地方は王都から遠く、行軍に片道で二日はかかるだろう。単騎で途中馬を変えれば一日半くらいで着くが、護国騎士の一隊は百人で構成されていて、人数が多くなればその歩みもまた遅くなる。
「本来ならすぐにでも出かけたいところだが、ここのところ遠征続きでポーションの在庫が足りていない。よって明日の朝まで待つことになった」
「ずいぶんと遠征が続いていますからね。ここ何日かで一ヶ月分以上を消費したんじゃないですか」
「朝までにポーションを用意するということは、錬金術室は今日も徹夜だろうな」
チリアン隊長の言葉に頷きを返した。
帰れないのか帰りたくないのか、その天秤が少なくとも今日は帰れない方に傾いたことに安堵している自分がいる。
「奥方はどれくらい帰っていないのだ」
いつもは錬金術室長なんて面倒な呼び方をしているのに、こんなときに限って呼び方を変えてくる。
「あの昼食を作ってくれた日からなので、八日でしょうか」
もちろんまだ第四隊長には紹介できていない。
「いくらなんでも長いのではないか」
「そうですねえ」
とぼけてみるが、チリアン隊長には何かがあったのだとばれているだろう。
「遠征が長引けば一ヶ月は戻らないぞ」
だから会っておけとまでは言われなかったが、時間を置けば置くほど謝りにくくなることは俺もわかっている。
こうして悩んでいても仕方がないので、再度錬金術室へ行ってみることにした。
ノックをしても誰も出てこない。しかし扉の向こうから人の声や物音が聞こえてくるので、忙しくしていることはわかる。ますます呼びだすのは気が引けるな。
そっと扉を開けるとカウンターのようなものが置いてあり、さらにその奥では予想どおり室員たちがせわしなく動いていた。
あの薬草はどこだとか、出来上がったものをここに置くなとか、泣きごとを言う暇があるならポーションを作れとか、とても騒がしい。招かれざる客人の相手をしている暇はなさそうだ。
リーンの姿が見えないが休憩中だろうか。ちゃんと寝ているのだろうか。無理はしていないだろうか。しかし俺が心配したところで、どうにもならないことはわかっている。
そっと扉を閉めて、やって来た廊下を戻った。
外で魔物や犯罪者の相手をするのと、王宮の中で机に向かって仕事をするのでは、危険度が違いすぎる。
だからといって内勤を軽んじていたわけじゃないが、これまでの状況を聞いた上で現場を見ると、想像していたよりもずっときつそうな仕事だ。あれで余計なポーションまで作らされてたんじゃそりゃ怒るわ。
会えなかったことに落ち込み半分、安堵半分で家路へ着くことにした。
一人きりで過ごすにはこの家は広すぎて、俺が遠征に出かけたらリーンは帰って来るのだろうか。
家の周りには侵入者を阻む結界があるから、敷地の中にいる限りリーンの安全に問題はないが、往復路を考えると王宮に泊まったままの方が安心かもしれない。
でもできたら帰って来てほしいと思ってしまう。
もう二度と帰って来なかったらなんて考えてはいけない。遠征から戻ったら、今度こそリーンに謝りに行こう。
クリーン魔法も各部屋を念入りにかけて、食材は日持ちするものしか残していない。あとは何かしておけることはあるだろうか。
考えうるかぎりのことをやって、俺はその日も一人で眠りについた。




