21. 捕り物
護国騎士団で大がかりな捕り物があった。
先日リーンにも注意を促したが、王都を騒がせていた夜盗団をようやく罠にかけることができた。
奴らは盗みに入った先で殺しも厭わない残忍な手口で反抗を繰り返していた。
捕まれば死罪だとわかっていたのだろう、追い詰められたと気づくや死に物狂いで抵抗してきた。
手加減しながら捕まえることは難しく、夜盗団側には死人も出るほどの大捕り物となった。
一ヶ月をかけて念入りに準備を進めた作戦は夜半から始まり、すべてが終わったのは明け方だった。
そのまま後始末に追われて、ひと段落つくまでに丸一日がかかり、あと数時間でまた日付が変わってしまう。
「あー眠い。さすがに疲れましたね」
「家に着くまで気を抜かないように」
「わかってますって。盗賊団の残党がいまだ逃走中ですからね」
「うむ。我々の掴んでいない隠家があるのか、それとも誰かが匿っているのか」
「出入りする者や荷の検めをかなり厳しくしていますから、王都に潜伏しているのは間違いないでしょうけど、今夜で仕留められなかったのは悔しいですね」
チリアン隊長と言葉少なめに挨拶を交わし、それぞれの家路に着いた。
しかし俺はこのまま家へ真っすぐ帰るべきか迷っていた。
昨夜の血の汚れは落としたが、まだその匂いが体に染みついているような気がしてしょうがない。
忙しく動いているうちはいいが、落ち着いてしまえば人を切った感触が蘇り、それを意識することでさらに気持ちが高ぶってしまう。今夜は素直に眠れる気がしなかった。
結婚する前なら酒を飲みに行き、その勢いで商売女でも買っていたかもしれないが、リーンがいる今はそうもいかない。
もんもんと考えているうちにも家へ着いてしまった。そりゃ馬で十五分の距離だもんな。
家の中から漏れる灯りを頼りに馬のマリーを厩舎へ連れて行くと、ヤギ―は既に寝ていた。
玄関を開けるとリーンが出迎えてくれた。
「おかえりなさい」
「ただいま」
「昨夜は大変だったみたいね」
捕り物があったことは聞いているようだ。
家族だろうと恋人だろうと、護国騎士団の内部情報を話すわけにはいかないので、昨日は騎士団から仕事で帰れなくなったと書いた手紙鳥を飛ばしただけだった。
しかしリーンからも王宮に泊まる旨を書いた手紙鳥が送られてきた。
彼女が王宮で暮らしていた頃の部屋は、結婚後もそのままらしいので、そこに泊まったのだろう。
「まあ、これでひとまず騎士団の面目躍如は果たしたよ」
派手に動いていた夜盗団なので、まだ捕まえられないのかと王宮からも王都の民からも突き上げられていたのだ。
ただ先ほどチリアン隊長と話したように、残党を二名ほど取り逃してしまったため、そちらはまだ捜索中だ。
王都の門はすべて封じ、門の外の見回りも強化していたので、王都から脱出したとは考えにくいが、まったく頭の痛い問題だ。
「夕食は食べた?」
「いや、まだだけど、用意してくれたのか」
「ええ。軽くつまめるようなものだけど。足りなそうだったらもっと作るから」
ダイニングに並んでいたのはサンドイッチで、具はハムや野菜、卵という簡単なものだ。
「そんなに食欲がないから、これくらいがちょうどいいな」
「スープも食べられる?」
「ん、ありがとう」
リーンは先に食事を済ませて風呂にも入ったようだが、テーブルの端に座って薬草辞典を読んでいる。
今回のことをあれこれ聞いたりはしてこない。疲れているのでこれは助かる。
片づけはリーンの申し出に甘えて、風呂に入ることにした。
温かいお湯につかると疲れがどっと押し寄せてくる。このまま眠ってしまいたいくらいだ。
だんだん風呂から上がるのが億劫になってきて、うとうとしていると風呂の扉がノックされた。
「ずいぶん長いけど大丈夫? 寝てない?」
「ああ、少し寝てた。もう上がるよ」
風呂から上がるとリーンも寝仕度をしていて、夜着だとその体の線が、自分よりずっと華奢なことがわかる。
あ、これはやばいかもしれない。
家に帰ったら俺の世話を焼いてくれる女がいて、しかも世間の関係的には夫婦なわけだ。
「今日は俺、リビングで寝るよ」
突然の宣言に理解が追いつかなかったのかリーンは目を瞬かせた。
「いや、なんていうか今日みたいな日はさ、一人の方がいいというか楽というか」
「それなら私がリビングで寝るわ」
理由は察してくれたのか、別々に眠ること自体に抗議はされなかった。
「リーンにそんなことはさせられないよ。俺はほら、仕事でどこでも眠れるよう訓練してるからさ、平気なんだ」
「ずっと働き通しだったんだから、ソファじゃ疲れがとれないでしょう」
「土の上に比べたらソファなんて天国だよ。おまけにこの家のソファは立派だし寝心地も良さそうだしな」
こうして話している最中も、リーンの夜着の首元から覗く鎖骨が視界に入ってくる。白くて滑らかで、一度は触れたことがある肌だ。
「私も徹夜続きのときは錬金術室のソファで寝たりするし、気にしないよ」
「俺が気にするんだ」
引き下がらないリーンにほんの少しだけ面倒くさくなってくる。疲れているし、もうさっさと寝てしまいたいんだけどな。
「俺の事情だからさ、リーンがベッドを譲る必要はないよ」
リーンがじっと見つめてきた。
「それなら私は王宮へ戻るわ。みんな気遣って帰してくれたけど、やることはたくさんあるし、明日の朝も早く出る予定だし」
なぜそうなる。
「その方がゆっくり眠れるでしょう」
あれこれ嫌味か?
「こんな夜中に出かけるなんて危ないから駄目に決まってるだろう。夜盗の残党だってまだ王都に潜伏中なんだ」
リーンは困ったように眉を下げたが、困っているのは俺の方だ。どうやら俺の事情を察して別々に寝ることに反対しなかったわけではないらしい。
あー、こんなことなら飯抜きでさっさと寝てしまえば良かったな。
「疲れてるんだ、本当に大丈夫だからもう寝よう」
「どうしてもベッドで寝るのは嫌?」
それは二人でという意味だろうか。それとも自分が寝室を譲るという意味だろうか。どちらでもいい、疲れているせいか、苛立ちが抑えきれなくなってくる。
リーンを見下ろすように立ちはだかると、彼女は気圧されたように体を強張らせた。
「どうして別に寝たいか教えてやろうか」
「私の気配が邪魔だからじゃないの?」
そう思っているからこその無防備さなのか。本当に世間ずれしていて困る。
「違う。君を抱きたくなるからだ」
リーンの瞳が大きく見開いた。
「血を見た後ってのはさ、無性に神経が高ぶるんだ。てっとり早く収めるには体の熱を抜けばいい。君にその気があるのならベッドで寝るが、そうじゃないなら放っておいてくれ」
リーンは戸惑ったように視線を泳がせたが、予想だにしない言葉を返してきた。
「そうしたらちゃんと寝てくれるの?」
そうしたらっていうのは、どういう意味だ。
「あなたがそうしたいなら別に構わない」
これは負けず嫌いがそうさせているのだろうか。なんだかもう何を話しているのかわからなくなってきた。
そうしてどれくらい沈黙が続いたのか。俺はもう今日は何も考えたくないという結論に達した。
「君も俺も疲れているんだ。もう寝よう」
体の向きを変えようとそっと手を添えたつもりだったが、リーンはびくりと肩を揺らした。
後ずさらなかっただけよいと思えばいいのか、これで受け入れると言われても無理だろうと、頭に上っていた血が冷えていく。
リーンも無意識のうちにとった行動に気づいたようで、気まずそうに視線を逸らされた。
「おやすみ」
無理やりリーンをリビングから押し出してソファへ横になると、大人しく寝室へ向かってくれたようで、階段をのぼる足音が聞こえてきた。途端に脱力してしまう。
あまり良い対応ではなかったが、疲れているので仕方がない。寝よう。
何度か寝返りを打っている内にいつの間にか眠っていたようで、気づいたら朝だった。
珍しくリーンが朝食の支度をしているのか、キッチンから音がする。
「おはよう。朝食はキッチンに置いてあるから適当に食べてね。まだ仕事が残ってるから早めに出るけど、今日は戻らないかも」
まだ頭が働かないうちにも忙しなくリーンは出かけて行った。
俺も早めに行った方がいいよな、なんて思っていたのに二度寝をしてしまい、結局ばたばたと朝の支度をするはめになった。なんだかまだ疲れが取れない。
キッチンにはいつも俺が作るような朝食とは違い、それぞれ紙で包まれたロールパンが十個も並んで籠に入っていた。いろんな具を挟んであって、まるでこれからピクニックにでも出かけるみたいだ。
この形ならここで食べなくとも、執務室で仕事をしながら食べられるな。寝坊を見越して気遣ってくれたのかもしれない。
のんびりしている時間はないので、急いで着替えて支度をし、パンの入った籠を抱えて家を出た。




