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05 王子10歳の春~領地へ~

 季節は巡って春。私とウィルが婚約して1年が経とうとしている。

 この1年、私とウィルは順調そのものだった。ウィルの態度は随分軟化し、私に対してかなり心を開いてくれていると思う。

 そこで、私はウィルを領地の視察に誘ってみることにした。毎年春に我がエデルソン家が治める領地の視察に行くのだけれど、将来的にはウィルも運営に携わることだし、幼い頃から親しむのも必要よね。


「というわけで、来月は領地の視察に行きますの。よろしければ殿下もご一緒しませんか? 1週間くらいの旅程ですから、ちょっとした旅行と思っていただければ」

「旅行!? 行きたい!」


 聞けばウィルは今まで旅行というものに行ったことがないらしい。まぁ王族が家族旅行なんてしないでしょうし、まだ10歳だから外交で外に出ることもない。

 王子が王宮から離れるとなると護衛も物々しくなるけれど、そこは我が家も公爵家として一分の隙もない護衛体制を用意する力ぐらいある。


「では父を通して陛下にもお伝えしておきますね。楽しみになさっていてください」


 旅行中は王子としての勉強もお休みになるから、良い息抜きになると良いのだけれど。


 翌月、私はウィルと二人で馬車に揺られていた。今回、馬車は4台用意した。私とウィルが乗っているもの、侍女たちが乗っているものが2台、あと荷物を積んであるものが1台。護衛は騎馬で前後左右を守っている。我が家の私兵と近衛兵の混合部隊だ。

 ウィルはガタガタ揺れる馬車の窓からずっと外を見ている。それこそ王都内を走っている時から、王都を出て何もない街道を走っている今までずっと。

 ちなみに私とウィルが正真正銘の二人きりになるのは初めてだけれど、色っぽい雰囲気は一切ない。まぁ当然よね。私はともかくウィルはまだ10歳。何かあるとは誰にも思われておらず、侍女も侍従も同乗しなかった。


「ウィル、退屈はしていませんか?」

「うん。僕、王都をちゃんと見たのも、王都から出たのも初めてだから」


 領都に着いたら街歩きに連れて行って差し上げよう。王都ほどの賑わいではないけれど、そこそこ治安も良いし許可は出るはず。

 今回の旅程は往路に1日半、滞在が4日間、復路に1日半の予定だ。私は領主代理として面会の予定もあるけれど、多少はウィルと出かける時間は取れる。視察にはウィルにも同行してもらう予定で、それ以外の時間は好きに過ごしてもらおうと思っている。


「今回行く領地では、何が一番盛んか分かりますか?」

「絹織物でしょ」

「そうです。よく勉強なさっていますね」


 私のウィルは褒められて伸びるタイプだ。


「では絹は何からできているかご存じですか?」

「え…何から?」

「絹は蚕という虫の繭からできています。簡単に言うと、蚕を育てて繭にして、その繭を加工して絹にするのです。今回の視察ではその工場と、蚕の餌となる桑を育てている所に行く予定です」


 丁度今は蚕が繭になる時期なので、見学も楽しいものになるでしょう。虫が平気であれば。


「へえぇ。楽しみだなぁ。でも、僕、その…こうやってキャリーとお出かけできるのが一番嬉しい」


 やだっ可愛い…。

 ウィルは少し照れながら、でも私の目をしっかり見て言った。ああ、可愛すぎて尊さすら感じるわ。私、今犯罪者の目になってない? いたいけな子供を攫う誘拐犯みたいになってない? 大丈夫?

 1年前のクソガキはどこ行った? というほどウィルは素直な可愛い子になっている。私の育て方は間違ってなかった…!


「私もウィルと旅行ができて嬉しいですわ」


 内心身悶えながら私はそう返した。

 途中の街で一泊して、翌日の昼頃に領都の屋敷に到着した。夜からは会食の予定が入っているけれど、それまではフリータイム。まずは昼食を食べてからウィルに屋敷内を案内し、休憩することにした。一休みすると私は夜の会食に向けて準備を始める。


 湯浴みをしてドレスを選び、化粧をする。今夜の会食相手は基本的に顔見知りばかりだし、皆私が幼い頃から次期領主として勉強しているのも知っているので、まず問題は無いと思うけれど、いつどこで誰が私の粗探しをしているとも限らない。侮られないように完璧な私に仕上げなければ。

 準備を終えるとウィルを迎えに行く。商談には同席させられないけれど、顔見知りばかりの会食などには同席してもらう予定なのだ。


「ウィル、準備はできましたか?」

「うん」


 ドアを開けてウィルが出てくる。旅装ではなくいつもの王子様スタイルだ。これなら狸ジジイも狸ババアも骨抜き間違いなしの可愛らしさ。

 ウィルを伴って食堂に向かう。食堂では既に有力者やら商人やらが待っていた。私たちの入室と共に、全員が立ち上がる。


「皆さん、ごきげんよう。お久しぶりですわ。お変わりないかしら?」

「おお、姫様、お久しぶりです。ますます美しさに磨きがかかっておられる」

「まぁ、ありがとう。今日は皆さんに紹介したい人がおりますの。婚約者のウィリアム殿下ですわ」


 私がウィルの背中をそっと押すと、ウィルは若干緊張の面持ちで、でもはきはきと挨拶した。


「初めまして。キャリーの婚約者のウィリアムです。今日は皆さんにお会いできて光栄です」


 ウィルは最年少だけれど、この中では最高権力者になる。全員頭を垂れ、王族に対する略式礼を行った。本来王族に挨拶する場合はひざまずくのが正式なものだけれど、ここは食堂だしね。


「どうか楽になさってください。若輩の身である僕にいろいろ教えていただけると嬉しいです」


 ウィルがニコッと笑うと、どこからともなくほぅ、というため息が聞こえる。そうでしょうそうでしょう、私のウィルは可愛いでしょう。

 私たちは給仕の人間に椅子を引かれて座る。会食はウィルのおかげか大変和やかに進んだ。ウィルが何にでも素直に興味を示すので、大人たちはウィルに首ったけだった。


 翌日は私は面会で予定が詰まっていたが、翌々日には蚕の工場に視察に行った。ウィルは繭自体は平気だったけれど、糸を取った中身を見た時には流石に目を背けていた。絹糸を作る工場や織物にする工場なども視察して、ウィルにとってはちょっとした社会見学になったのではないかしら。

 さらに次の日には街歩きをした。護衛付きではあったけれど、お忍び風の格好をして街に出たウィルは全てが楽しいらしく、終始ご機嫌ではしゃいでいた。こうしていると年相応の少年よね。ウィルにはいろんなことを経験して、素敵な大人になってほしい。って私、完全に保護者目線じゃないの…まあいいか。

 滞在最終日は商談をいくつかまとめた。ウィルは放置になってしまったけれど、護衛と侍従と一緒にまた街に行ったらしい。覚えたての小銭の使い方を実践して、私にお土産まで買ってきてくれた時には感動してしまったわ。もらったのは可愛くラッピングされたクッキー。なんでも若い女性の間で流行っているらしい。私たちはそれをお茶請けに午後のティータイムを一緒に過ごした。

 こうして私とウィルの視察旅行は終了した。ウィルにとって大きな実りのあるものだったのではないかと思う。


 これがウィリアム殿下10歳、私が17歳の春のことである。

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