04 王子10歳の冬~キャリーの誕生日~
「おい」
「なんでしょうか、殿下」
「おい」呼ばわりだなんて、熟年夫婦じゃないんだから…と思いつつも、顔には出さず笑顔で答える。
本格的な冬を間近にした今日は、サンルームでお茶をしていた。
「その、あれだ。もうすぐ誕生日なんだってな」
先日ウィリアム殿下宛てに私の誕生日パーティーの招待状を送ったので、それを見たのだろう。私は成人しているので夜会形式なのだけれど、最初に少しだけ殿下にも参加していただく予定だ。
「ええ、パーティーでは殿下にエスコートをお願いしたいのですが、よろしいでしょうか」
「フン、お前がどうしてもと言うならやっても良いぞ」
「ありがとうございます」
婚約者としてお披露目も兼ねているので、エスコート役は殿下一択だ。
「それで、その…」
殿下が何かを言いたげに視線をうろうろさせる。何かしら? 言いにくいこと?
「な、何か欲しいものはあるか?」
まぁ! もしかして誕生日プレゼントに何が欲しいか聞いてくださってる??
きっと殿下のことだから、婚約者に何をプレゼントしたら良いか分からなくて、でも誰にも相談できなくて、私に直接聞くことにしたんだわ。こういうところは素直よねぇ。
婚約者へのプレゼントとして妥当な線だとネックレスやイヤリング、もし趣味が分かっていれば趣味のものなんかをプレゼントするものだけど、殿下はまだ10歳。年上の婚約者へのプレゼントなんて分からないわよね。
婚約者に直接聞いてしまうのは、女性によっては「気が利かないわね」となるけれど、私の場合は正解。もちろんサプライズでプレゼントされても嬉しいけれど、直接聞いてくれたら素直におねだりしちゃうわ。
「ございますわ」
「何だ? 宝石か? 本か?」
「私のことを名前で呼んでくださいませ」
「名前」
そう、殿下は未だ私の名前を呼んだことがないのだ。いつもおい、とかお前、とかで、キャリーとは呼んでくれない。十中八九恥ずかしがってるのだと思うけれど、パーティーでお前呼ばわりはよろしくない。
「キャリーと呼んでください。あと殿下の本来の話し方をお聞きしたいですわ」
その上から目線の尊大な話し方はいい加減止めていただかなければ。
殿下は口元をもごもごさせて、ついでに視線もうろうろさせ、手を握ったり開いたりしている。
「駄目でしょうか?」
必殺! おねだりのポーズ!!
私は両手を顔の前で組み、あごを引いて上目遣いで殿下を見つめる。胸元を強調する悩殺ポーズは…殿下にはまだ早いわね。
「きゃ、キャリー…」
殿下の顔は真っ赤だ。あー…可愛い。クリクリの目元を朱に染めて、目の前のお茶を見つめる殿下は控えめに言って天使のような可愛らしさだ。
「はい、なんでしょうか、殿下」
「…不公平だ」
「え?」
「僕だけ名前で呼んだら不公平だから、キャリーにも僕の名前をウィルと呼ぶことを許す」
まー、恥ずかしかったから、私にも同じ思いを味わわせようということかしら? でも残念ね。
「殿下、そういう時は許す、ではないですわよね」
「…ウィルと呼んでも良い」
「殿下」
「………ウィルと呼んで、欲しい」
はい、よく言えました~!
「分かりましたわ、ウィル」
私が愛称で呼ぶと、ウィルは耳まで真っ赤にしていた。私? もちろん平常運転よ。愛称呼びくらいで私が赤面するとでも? 私はこれでも次期公爵としていついかなる時も感情を表に出さないように教育されているんですのよ。ほほほ。
その後もウィルと楽しくお喋りしてから、私は王宮を辞した。喋っていたのは主に私だったけれども。
3週間後、私の誕生日パーティーが開かれた。公爵家の跡取り娘の誕生日パーティーともなれば、盛大なものになる。夕方から招待客がチラホラと集まりだし、暗くなる頃には我が家の大広間は人でいっぱいになっていた。
私は主役なので開始時間まで自室で待機していると、扉がノックされた。ウィルが到着したらしい。
「キャリー、お誕生日おめでとう。今日のドレスはすっ、素敵だね」
おお~! すごい、すごいわウィル! ちゃんと婚約者のドレスを褒めただなんて…私の教育の賜物かしら。
月並みな言葉だしちょっと嚙んだけれど、話し方も直せているし私は感動したわ!
「ありがとうございます。ウィルは今日も天使のように愛らしいですわ」
「え?」
やだ、私としたことが、感動のあまりうっかり思っていることが口から出てしまったわ。
「主役の私が霞んでしまうほどウィルは素敵ですわ。流石私の婚約者様」
「そ、そう」
テレテレ。そんな擬音が聞こえてきそうなほど照れるウィル。んんー、可愛い。
「そうだ、これ…」
そう言ってウィルは手のひらサイズの箱を私に差し出した。受け取って開けてみると、中には意匠の凝った素敵なブローチが入っていた。中央には私の瞳の色と同じ宝石が輝いている。
「まぁ、素敵! わざわざご用意してくださったの? 嬉しい!」
流石に形のある誕生日プレゼントが何もないのはまずいと思ったのか、誰かに言われたのかは分からないけれど、ちゃんと用意してくれたらしい。しかもこれ、今日のドレスに付けても違和感がないわ。もしかしたら事前にドレスの情報がどこかから漏れていたのかもしれない。多分お母様経由とかで。女のお茶会情報網は侮れないのよ。
私は胸元にブローチを取り付けた。
「どうでしょうか?」
「に…似合ってる、よ」
またもや照れるウィル。いつかスラスラと誉め言葉が出てくるような貴公子に私がしてあげますからね。でもいちいち照れるウィルも可愛くて捨てがたいけれど…。
控室でそんなやり取りをしてから、私はウィルのエスコートで大広間へと向かった。ウィルは私の肩辺りまでしか身長がない上に、今日の私はハイヒール。ちょっとバランスは悪いかもしれないけれど、こればっかりは仕方ない。まぁウィルはキラキラの可愛い王子様だから、見劣りするということはないでしょう。
そうして私の誕生日パーティーはつつがなく終了した。
後日、ウィルのマナーの講師からウィルの話し方と態度が直ったと感謝の手紙が届いた。
これがウィリアム殿下10歳、私が17歳になった冬のことである。




