03 王子10歳の秋~不機嫌な王子~
夏が終わり、短い秋がやってくる。暑すぎず寒すぎない今日は、庭でお茶をしていた。といっても今は私一人。ウィリアム殿下が遅刻しているのだ。
メイドにお茶のおかわりをもらう頃、ようやく殿下はやってきた。ただし第2王子のフィリップス殿下を連れて。
私は席を立ち、挨拶を交わす。
「フィリップス殿下、ウィリアム殿下、ごきげんよう」
「やあキャリー嬢! 遅くなってすまないね」
フィリップス殿下が笑顔で答える。ウィリアム殿下はどこか不機嫌そうだ。
「今日はたまたま僕の手が空いていたから、ウィルの剣の稽古の相手をしていたんだ。それで少し白熱してしまってね」
「まぁ、そうでしたの」
フィリップス殿下に促されて椅子に座る。フィリップス殿下はメイドがどこからともなく用意した椅子に座った。着席すると、ウィリアム殿下は不機嫌さを隠さずフィリップス殿下を睨んだ。
「兄上、何故座るのですか?」
「え? 僕も時間があるからお茶に参加しようかと思って」
「先ほどは謝るだけと言っていたではありませんか!」
どうやらウィリアム殿下はフィリップス殿下が付いてきたことも、お茶に同席しようとすることも気に入らないらしい。
これは…私と二人きりの時間を邪魔されて不機嫌になっている、と解釈して良いのかしら? それとも単に兄君に反抗しているだけ? どちらかしら…難しいわね。
そんなことを考えながら見ていると、ウィリアム殿下の頬にすり傷があることに気付いた。
「ウィリアム殿下、お顔に傷が…」
「っこんなのかすり傷だ!」
「そうそう。訓練中にちょっと転んじゃっただけだよね~」
「兄上!!」
ウィリアム殿下が顔を赤くして怒鳴る。だがフィリップス殿下はどこ吹く風で、ひょうひょうとお茶を飲み、クッキーをかじっている。
フィリップス殿下は御年16歳。今年17歳になる私の一つ下で、今年成人を迎えられたばかり。とはいえ兄弟の6歳の差は大きい。
「ウィリアム殿下、今日のケーキはフルーツタルトがお勧めだそうですよ。ほら、とても美味しそう!」
私がタルトを勧めると、むすっとしながらもウィリアム殿下はフォークを手に取り食べ始めた。なんだかんだで私の前では素直に甘いものを食べるようになったのだ。
「僕ももらおうっと」
フィリップス殿下がタルトに手を伸ばす。
「兄上、いつまでいるつもりですか?」
「え、キャリー嬢が帰るまで…ってそんなに睨むなよ。分かった分かった、タルトを食べたら戻るから」
そう言ってフィリップス殿下はタルトをのんびり食べながら、ウィリアム殿下の幼少期の失敗談をして睨まれても気にせず、最後にお茶を飲み干して去っていった。
フィリップス殿下が去ると、ウィリアム殿下はようやく不機嫌そうな顔を緩める。
「その…兄上が悪かった」
「え?」
「うるさかっただろう」
「そんなことありませんわ。貴重なお話も聞けましたし、おしゃべり好きな賑やかな方ですわね」
「あ、あの話は忘れろ! ………お前は…その、やっぱり兄上のような男の方が良いのか?」
ウィリアム殿下は2個目のケーキの上に乗っているイチゴをつつきながら、ぼそりと呟いた。
うん???
もしやこれは…嫉妬!?
やだ、可愛い~!!
「確かに年齢で言えばフィリップス殿下の方が私と釣り合うかもしれませんが、私はウィリアム殿下(の育成計画)に夢中ですのよ」
「…今何か不穏な間があったような気がしたんだが」
「気のせいですわ」
私は必殺スマイルを繰り出してから、優雅にお茶を口に含んだ。
実際、フィリップス殿下と私がどうこうなることはあり得ない。なぜならフィリップス殿下は第2王子であり、第1王子のスペアとしての役割があるため、我が家に婿に来ることができないから。私は公爵家を継ぐから、婿に来てくれる人でないとダメなのよ。その辺はフィリップス殿下も重々承知でしょう。
「ところで殿下、その怪我はちゃんと消毒しましたか?」
「ああ、僕は別に良いと言ったんだが、無理矢理手当てされた。兄上が言っていたが、こういうのを男の勲章と言うのだろう?」
フフン、と殿下がどこか誇らしげに言う。
…適当なことを言ったのは、どの兄君かしら…。
「殿下、申し上げにくいのですが、訓練でついた傷は勲章とは言いませんわ。何かを守って戦った時などの名誉の負傷に対して、男の勲章と言うのです」
「なっ…ほ、本当か?」
ええ、と頷くと、殿下はショックを受けた顔で俯いた。なんだかウィリアム殿下は3人の兄君のどなたか、もしくは全員にいろんなことを吹き込まれているわね。悪意のない、他愛もないことばかりではあるけれど…しっかり矯正していかなきゃ。言葉遣いに、立ち居振る舞い、スマートな女性の扱い…完璧な公爵の夫にするためにはいろいろやることが多いわ。殿下がどう変わるのか、今から楽しみね。
これがウィリアム殿下10歳、私が16歳の秋のことである。