“敦之”と、彼女。
金沢 美彩の部屋で、珈琲を前にした美津原 敦之は、“あっ”と、声に出して言った。××××
金沢 美彩は、不思議に思い、どうしたのかと問い掛けた。××××
「…………っ、…………、美津原…………、さん?」
少し不安な声色の、美彩の声に、敦之はしくじりを、自覚した。“何でも無い”と、そう言った。
「……………、珈琲、熱かったですか? ごめんなさい…………、大丈夫ですか? 冷たいお水…………」
「違うから、大丈夫だよ。」
敦之にしては珍しい、焦りを含んだ喰い気味の言い方だった。××××××
「……………………、苦かったですか?」
不安そうな美彩は、見当違いな解釈を、加速させて行った。××××敦之は“それ”に、気付かなかった。
なので美彩は、誤解した。“敦之は未だ、自分に興味を抱いていない”ーーーーと。
金沢 美彩、彼女は、ーーーー未だ伝えるつもり無かった自分の“想い”を、どさくさ紛れの不本意で、敦之へと伝える事と、成ってしまい、ーーーー
振られる覚悟を決めたのだったが、ーーーー敦之からの“対応”は、意外なものだった。
『俺は“美彩ちゃん”に好きに成って貰える様な、器量持ちじゃあ“無い”よ。げど、ーーーー
“もっと良く時間を掛けて、観察て、みて”ーーーー』ーーーーと、敦之は言ったのだ。
言われた美彩は当初、良く意味が、解釈出来なかった。けれど。敦之は、含む様に、噛み砕く様に、彼女へと説明を続けた。
『一応先に言うけど、“女関係”だらしない奴だよ、俺。ーーーー褒められたモノじゃ、無いな。』
それから、
『“真面目”というのか、“まとも?”に付き合ったーーーー“彼女”とか、…………“いない”し、なあ…………。』と。
それから、
『“利害一致”で“関係”持ってる“相手”も、ーーーー今過去問わずに、“在る”てか、“在た”し。』
更に、
『“それで良いなら”ーーーーーーとは、“言えない”なあ。ーーーー』と。
彼は言ったのだ。箱入りの美彩には、それでもいまいち、“把握”が難しかった。××××××
敦之は“伝え方”を、変えたのだった。××××××
「“女”の“知り合い”は、そこそこ“在る”よ。ーーーーそれから。そういう“相手”と、『取引』する『日』も、ーーーー在る。 取引内容は、『ケース・バイ・ケース』だけど、ね。 “誰か”を“好きに成る”気持ちを、知らない訳じゃ、無いけど。ただーーーーーーっ」
「ーーーー? ただ? ーーーー。何ですか?」
「ーーーー、ただ、ーーーー。『恐い』、かな? 多分ね。」
「ーーーー。ーーーー『何が』ーーーー、ですか?」
敦之の言葉に、美彩は純粋にただ、そう問い掛けたのだった。
「ーーーーーー『もう一度』、『ひとを好きに成る事』。ーーーーーーだろうね?」
敦之はそう答えた。美彩は切なかった。だから言った。“羨ましいです”と。
× × ×
敦之は“ん?”と、返した。美彩は応えた。“だって”と。
「美津原さん、は。 ーーーーーー以前“誰か”を、“好きだった”って、ことですよね? だったら“羨ましい”です。 ーーーーーー『その方』の“こと”が。 ーーーー他に言いようがないです。」
敦之は何とも言えない苦い様な顔で、美彩へと返した。
「詳しくは『言えない』ーーーーけど、さ? そうだな。ーーーー『羨ましい』は、『切り』が無くないか?」
「ーーーーーーっ、え?」
敦之の何とも言えない顔に、美彩はきょとんと、そう返した。××××××
「ははっ。ちょっと『違う』けど、さ? 『隣の芝生』が、青かったりさ、自分が『持って無いモノ』の『話』しても『切りが無い』って、『話』だよ。それと『似てる』だろ?
『好きな奴の“好きな奴”』が、『自分じゃ無い』“話”って、さ。そうは思わない?」
きょとんとしたままの、金沢 美彩は、“ーーーーっ、そうかもーーーーしれません”ーーーーと、そう言った。
「『自分』は『自分にしか“成れない”』ーーーーって、事だよ。ーーーー、だけどさ?」
「ーーーーだけど?」
「『自分“だからこそ”』“出来る事”ーーーーーーの、“話”ーーーー、かな?」
敦之はそう、にやりと笑んだ。“いつも”みたいに。
「『羨ましい』じゃあ『手に入るモノ』ーーーーなんて、“無い”んだよ。じゃあ『どうする?』て、話なんだ。ーーーー理解る?」
「あっ、ーーーーえっと。ーーーーわかると、ーーーー思いまーーーーっ、す。ーーーー」
思わず笑った敦之に言われた。“何でそんな緊張してんの? w”と。顔を赤らめて美彩は答えた。“だって”と。
「“だって”?」
「え、っ、だって……………っ」
「顔“赤い”よ、」
「! っ、だって! 言ったじゃないですか! 美津原さんの“所作”が! すごい“好き”だって! もうーーーーっ、いじわるっ、ーーーーっぅ嫌いです! っ」
言いながら美彩は顔を両手で覆ってしまった。俯いて。隠れぬ肌が、真っ赤だった。地の白さ故に、目立つのだろう。ーーーー敦之は苦く笑うしか無かった。“若いなあ”と、素直に感じた。其れこそ“羨ましい”と。××××××
× × ×
「多分、俺の勝手な予想だけどさ?」
敦之の言葉に、美彩は“え?”と、顔を上げた。
其処に、怖い位に整った、彼の顔があった。彼女は思った。“ああやはり好きだ”と。ーーーー敦之はやや“困った様な顔”を、覗かせ、戸惑いと混ぜ合わせて其処にいた。“彼女”にはそう思えた。ーーーー優しい笑顔なんかじゃ無い、綺麗な造りを苦い痛みで歪ませて行く様な、アンバランスな、そんな表情だと思えた。ーーーーひとに依っては“アンニュイ”と言うのかも知れないが、彼女には“不均等”に、“観えた”のだ。ーーーー
美彩はそんなーーーー敦之という“人間”の、“人間らしい仕草や表情”に、偉く心音が高鳴ったのだ。
「美彩ちゃんは、『俺の過去の出会い』とか、そういうの、に、『張り合おう』と、してないか?
後さ、『自分は若過ぎる』とか、『俺から見たら子供に見えるかも』とか、ごちゃごちゃ考えてんじゃ無いの?」
「?! ??!?」
敦之が急に真顔でそう言うので、只でさえ目一杯だった其の時の美彩は、目を白黒させて、困惑したのだった。××××××××××「“好き”と言うわりには、“消極的”『思考』だよね」ーーーーと、言われた。××××××その通りだった。××××××彼女は最初から、“此の恋”に“挑んで”いなかったのだ。××××××××××
「それって、さ。要は『憧れ』以下の、『恋』に『憧れる』ーーーーレベルだろ? 違うかな?」
敦之は態ときつく、そう言った。美彩はショックだった。
「ーーーーーー違いますーーーーよ。」
美彩はそう応えた。敦之は表情を変えなかった。美彩は“突き離されている”ーーーーと、そう感じた。敦之から観た美彩の“顔色”は、悪かった。××××「じゃあーーーー何?」ーーーーーー敦之は言った。
「……………たしかに、………………、確かに私……………未だ一応『学生』だし…………っ、『子供』と言えば、『子供』と言えるかも、しれません。……………………っ、
でも、でも…………………………………………っ」
美彩は泣きそうだった。××××××
「うん。」
堪えた想いに入り込む水の様に、敦之の心地良い声が、彼女の耳へは、届いたのだ。
勇気と呼ぶのか、彼女は顔を上げた。敦之は彼女の“言葉”を、待っていたのだと、美彩は気が付いた。ただ佇んでいたのだ。ーーーー言葉だけを待って。彼女の目蓋は熱を帯びて、溢れ出しそうだったが、今では無いと、ぐっと堪えた。
そして言った。
「美津原さん。…………。っ」と。美津原 敦之は「うん?」と応えた。静かな音で。美彩の好きな“音”だった。
「私ーーーーやっぱり“貴方”が、好きです。変な言い方して、ごめんなさいーーーー“自信”が無くてーーーー」
「だろうね。」
「っ」
「“俺”も『そんなもの無い』よ。」
「ーーーーっ、え?」
真顔の敦之に、美彩は困惑した。
「『自信』なんて『有る訳』無いだろ。でも皆『そんなもの』なんじゃ無いのか? 自信漲ってる奴、俺は“嫌い”だけどな? 美彩ちゃん、そうゆう“奴”、好きなんだ?」
「! っ、ーーーーっえ? っえ? ーーーーーー??!? えっ?」
美彩は暫くの間、敦之に翻弄されて、困惑から抜け出せずに入りっ放しだった。××××××××××暫くの間、敦之は可笑しくてくつくと、笑って在た。可愛さと底意地の悪さの、狭間で。つまり、敦之は彼女へ“本性”を見せたかったのだ。“俺はこういう奴だよ”と。××××××
敦之が笑うので、ようやく美彩は、こう言えた。“どうして笑ってるんですか?”と。勿論その後の敦之は、爆笑したのだった。“ごめん”と。
“気取って”失恋を憶えた敦之は、先に弱点と弱味を曝け出したのだ。“美彩”との“未来”を、見据えて。良い“手本”なら、近くに在るのだ。そう思った。
「“だから”、“言った”ーーじゃん。」
敦之が言った。
「ーーーーえ?」
美彩は困惑しかしていない。
「先刻言ったろ? 『時間を、掛けて、観察してごらん』ーーて、さ?」
勿論。“どや顔”の敦之に、美彩は目を剥くしか無かったのだった。“ーーーーっ、言ったけどッぉっ!”と。
“中身はこんなものだよ”と、敦之は言ったのだ。
「性格なら、そこそこ“捻くれ”てるし、“底意地”悪いし? 結構気分屋だし、愛想無いし、な。
ああ、“口も悪い”って、さ。幻滅させて悪いけど、“売られた喧嘩”は、買うしな。“負けたく”無いだろ?
もう直ぐ三十だってのに、大して“大人”に成った気も、して無いーーよ。“特技”も無いし、なあ。
“自慢”が、ひとつも“無い”ね。ーーーー言葉で並べると、やばいな、俺。ーーーー
成る程、“振られた”処か、“相手にされて無い”ーーーー“訳”だわ。はは。ーーーーーー美彩ちゃんさ?
君、“可愛い”ーーよ? “俺”を好きに為ったって、此の“先”、ーーーー『幻滅』しかしないんじゃ、無いの?」
“美彩”は此の瞬間。“苛ッ”として“ぶちッ”と、“キレ”た。ばしッッッッツィィッ!ーーーーーーッ
「ーーーー、いって」
「、えっ、あっ、っぅ! っ」
美彩は敦之を、平手打って在たのだった。××××××
「っぅーーーーーーいっッぅ」ふぅと言った敦之の溜息が、美彩の耳を吐いた。はっ!とした美彩は、捲し立てた。
「なんでですか!」と。
「ん?」
「! どうして私の好きなひとを! ばかにするんですかっ。ーーーーーーっ」
叫んだ彼女は、昂った気持ちのまま、敦之の胸を叩き付けた。“どんっ!”と。××××××目蓋の帯びた熱は、溢れて落ちて在た。××××××此の日、金沢 美彩は、彼に初めて『触った』のだ。
受け止めた敦之の腕で泣いた。ぐずぐずと。こんなに激情的になったのは、初めてだった。そして、引き出し多目の敦之さんは、彼女の“あやし方”を、知っていた。
乱暴とは縁の無き彼の整った指先が、不似合いだと云わんばかりに、頬の困惑を、拭い取った。形の好い親指が、唇の形を、確かめた。触れるか、触れないかで。不思議に思った彼女は、見惚れてしまった彼女の好きな、彼の顔をとても近くに、認識のだった。感情に気付く程の時間も持たずに、又唇に触れて離れたのは、多分彼の同じ様なのに異なる“其れ”だった筈だ。キスだと理解らない前に、離れて切ないのだと気付く前には、又重なっては、離れた。頬と、唇に、触れては離れた。綺麗な造形の、彼の“其れ”だった。
美彩はふわふわとした中で、目の前の様で遠い様な敦之の頬へと手を延した。思う程遠くは無く、其処に、届いた。触れた意図が解ったかの様に、彼はゆっくりと彼女の愛らしい顔へと、顔を寄せた。望んだ様に唇が触れたので、美彩は夢をみているのだと、触れたかった愛しい彼へと又触れた。遠い様で、寂しくて哀しくて、いつの間にか懸命に腕を手を、延して在た。温かい夢が、彼女を暖めたので、見た目よりも強い腕に、身を預けた。
そしてやっと、“現実”だったと、気付いた。××××××××××××××××××××
「…………………………、美津原…………、さん?」
「何?」
美彩はやっと、理解した。敦之に『抱き着いて』いたーーーーーーと。絶叫した彼女と、右往左往の後に、敦之は此の“美彩”嬢と、付き合い始めたのだった。但しーーーー“隼人”に、言えずに。美彩にも隼人の『事』は、言えなかった。××××××『言い様』も、無く。
××××××××××××××××××××××××××××
「…………………ココアにしましょうか?」
敦之が“隼人”の『事』に些か頭を抱えて在ると、『珈琲が苦かったのだ』と思い込んだ美彩が、そう言って来た。敦之は苦笑いした。“苦く無いから”と。
「でも…………」
「違うって、部屋上がったの『あの日』以来だからさ? 『エロい』事『思い出してた』んだよ。ーーーー」ーーーーーー
と、言って、笑って置いた。勿論美彩は赤面して、あたふたしていたのだった。
敦之は和希に、聞き忘れたのだ。『同窓会の連絡来てたか?』と。つまり、
『伊島』の件だった。『彼奴幹事とかーーーー行く奴いるのかよ?』と。
今、隼人は、敦之の電話に、出ないのだ。和希に確かめさせるしか無いが、間違っても隼人に行かれては、困るーーーーと、敦之は思った。
それこそ“殺人事件”だろ。と。ーーーーーー
からかった美彩の御機嫌の“代償”に、敦之は彼女へチーズケーキを“あ〜ん”させて居たのだったが。自分から言ったわりに慣れない美彩は、相当照れて在た。敦之はそれ程気にしなかったが。




