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注射の名人

いつだったか、誰だったか、たしか、床屋の名人の話してくれましたが、私もそれにならって、別の名人の話です。

注射の名人です。


痛い注射が苦手です。

子供のころから、注射されると、特に下手糞な看護婦さんが痛い注射をしてくれると、そのショックで、気持ち悪くなって、吐いて、体温が上がって意識を失ってしまうということが度々あった。


いつでしたか、数年前、風邪になって

町医者に行って、注射一本打ってもらうことになりました。

で、過去こんなことがあったから、なるべく痛くなく注射をしてもらえんやろか、

と明るく軽い調子でマジメに希望を伝えたんですね。

そしたら院長先生が出てきたわけです。


普通は、注射は看護婦さんがやる手間仕事です。

診察してくれた先生が、これこれの薬を打ちましょうと判断する。

実際にやるのは看護婦さん。ちょっとチクッとしますよなどと言いながらプスッと差して、はいご苦労様と抜いて終了、そんな流れです。


そんなたかがの注射に、こんとき、院長先生が出てきたわけです。

で、ぷすっと。


さぁ、このときの驚愕といいますか。


全然さされた感覚がない。まったく痛くなかったんです。

時代劇で刀で切られているのに気付かない、という演出がありますが、

見えているものが信じられない。


目に見える周囲の光景がクリアになるというか、きらきら輝いているかの空気の透明感でして。


この世に、こんな技前の注射があったのか!


感動してしまいました。


どうしたらこんな名人芸ができるのか。

ただ単純に毎日毎日注射打ってただけで身に着くものじゃないだろう。

注射器の構造、針先のサイズ、形状の理解。

病気と薬の効用の知識。神経とか血管とか、人体の知識。

経験のきちんとしたフィードバック。

一本の注射器の周囲にひろがるあらゆる関連分野の、相当な勉強の積み重ねがあったのだろう。


さらには、その積み重ねすら、たったの一要素、とするような、

さらに広大な、大変な努力があったので、院長になれたのだろう。


全体の姿から一部の実力を知る。というか。逆に、一部分から全体を推し量る。といいますか。


院長だからこんな注射が打てたのだろうし、逆にこんな注射ができるから院長なんだろう。

そんなことを思った。



個人で、

作図能力を上げようと思ったら、単純にマウスの速度を上げればいいというわけではなく

CADの知識、製品の知識、製造の知識、お客さんの知識などがいる。


さらに、会社の中で自分の、地位を上げようと思ったら、作図能力なんか小さい要素の一つでして、

営業能力など、他のいろんな要素のそれぞれに大変な努力がいる。


仕事でも仕事にかぎらずでも、技量を磨いて、このことだったら誰それさん、

と人に言ってもらえるような、何らかの名人を目指してみたら、人生楽しいかもです。

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