打ち上げはいつも色んな意味で賑やかだ
数え終えた金貨を袋にしまい、五枚あるうちの一枚のギルドカードを手に取る。そこには魔道具で緻密に描かれた、冴えない俺の顔が写っていた。
ギルドカードは冒険者ギルドが冒険者に発行する身分証明書みたいなものだ。本人の絵の他に名前や職業、所属ギルドなど簡単な情報が書かれている。
カード自体が魔道具でもあり、冒険者の行動を簡単に記録する機能も備えている。これは解決してもいないのにクエストをこなしたと言い張る、冒険者の詐欺などを防ぐためのもので、プライバシーは侵害しないよう配慮されている。
冒険者になった際、ギルドカードは必ず各人一人ずつに発行される。また原則としてその際に何処かのギルドに所属しなければならない。理由はいろいろあるだろうが、ギルド単位の方が冒険者を管理しやすいからだ。
どこのギルドにも伝手がない、ソロの冒険者はどうするって? ……その場合、悲しい事に新しいギルドを一人で立ち上げて、自分だけのボッチギルドに所属することになる。
その時のもの悲しさと、寄る辺のない不安は今でもたまに夢に見る。
……そうだよ。俺も元々はボッチギルドだったよ。リックの同じくボッチギルドと合併するまでずっとボッチだったんだよ。
……リックは初めてできた仲間だから、今でも嫌いになれねえんだよな。
「……その時俺はようやく気付いた。いつの間にかリックの存在が俺の中で大きくなっていたことを。いや、違う。初めから俺はリックの事を愛していたんだと――」
「なに勝手にとち狂った語りを挟んでんだ、発酵天使」
いい加減腹に据えかねたので、思いっきりデコピンをかましてやった。痛みに悶え苦しむ腐れ天使を無視しつつ、ギルドカードに再び視線を戻す。
追加されたギルドポイントを確認すると、確かに五〇点加算されていた。
クエストはこれが美味しいんだよな。血晶石と別途で報酬を貰えて、ポイントも高い。良いこと尽くめだ。
以前冒険者が一定数のマモノを討伐する義務があるといったが、このギルドポイントがその目安だ。毎月一定数のギルドポイントを貯めておかなくてはならない。猶予は多少あるがそれでもポイントを稼ぐことができなければ、冒険者はその資格をはく奪される。当然強いマモノほどポイントは高くなるが、クエストでマモノを討伐するとただ倒すより多くポイントがつく。
元々冒険者は人々をマモノの脅威から守るために存在している。まだ実際に人様に迷惑掛けていないマモノを適当に倒すより、すでに実害のあるマモノを倒す方が、貢献度は当然上なのでポイントが高いのだ。
もし月に一定数を超えるギルドポイントを稼げばどうなるかだって? 来月に備えて貯めておくこともできるが、使い道は他にもある。
「テンタリスさんのギルドもだいぶギルドポイント貯まってきましたね」
まだ赤いおでこを押さえつつ、さすがに懲りたのかギルド職員らしいことをいってきた。
「おう。おかげさまでな」
「ギルドのランクアップまではまだ少し遠いですが頑張って下さい」
「ありがとよ」
おざなりに手を振って礼をいって、報酬やギルドカードを背負い袋に入れると席を立った。
クエストの報告はこれで完了だ。長居をすると順番待ちの冒険者に迷惑が掛かるし、腐れ天使と長話すると頭が痛くなるから当然の行動なのだが、呼び止められた。
「テンタリスさん」
「なんだよ、まだ何か用があるのか? まだ男同士の愛がどうたらだったら、もう一度デコピン食らわすからな」
「真実の愛はいくら語っても語り足りませんが、今回は違いますよ」
だったらなんだってんだと、訝しげな顔で腐れ天使を見ていると、いつものヨダレを垂らしているような汚い笑顔ではない、エンジェルに相応しい清楚な笑顔でこういった。
「貴方達の冒険がこれからも幸あることを祈っていおります、ギルド『レゾン』様」
冒険者ギルドの職員のお決まりの言葉と共に、俺達のギルド『レゾン』の名を呼ばれたことに、俺は同じく笑みを返すことで返答した。
――さてと、まずは迎えにいくか。今もこんこんとお説教を受けているであろう、リーダーとその仲間を。
「それじゃあ、クエストの成功と僕たち『レゾン』の躍進を祝って――」
「乾杯っ!」
リックの乾杯の音頭に合わせて、手に持ったグラスを仲間達で軽く当てあう。冷えたビアを辛抱たまらず、すぐに喉に流し込んだ。のどごしを味わいながらも、一気にグラスを空にする。
「ぶはあ! うめえ!」
口についた泡を乱暴に袖で拭うと、何故か乾杯をした後、テーブルに倒れこんでいるアミアが呆れた顔をした。
「……まるでおっさんみたいね」
「ガキには酒の美味さはわかんねえよ。てか、なんでお前倒れ込んでんだ?」
「……さんざん走り回っちゃったんで、疲れたのよ。ううう……クエストでも、なんとか体力温存できたと思ったのに、身体が重い……」
「虚弱体質なのに無茶をするからだ。素直に私に捕まっていればいいものを、無理に逃げた罰だな」
ちゃっかり俺と同じくグラスを空にしているナーレが、アミアの背中をポンポンと叩くと「そこの貴方、ビアをもう一杯もらえるだろうか」とウェイトレスに注文する。
「あっ、俺にも一杯くれ」
「……アンタ達ぃ……もう少しアタシを労わろうとは思わないの?」
「自業自得とまではいわねえが、自己責任だろ」
俺の反論を受け、アミアは力尽きたようにつっぷした。おっ、この枝豆美味いな。もう一つ注文しておくか。
「ごめんね、僕がアミアを怒らせたから……」
「べ、別に平気よ! それに怒ってないし? 全然、ちっとも気にしてないし?」
リックが落ち込んだ様子で謝ると、すかさず起き上がって両手をわたわた全力でフォローした。さっすが恋する乙女。好きなヤローが絡むと復活は早い。
「お詫びになるかどうかわからないけど、今度の休みに買い物行くんだったら、荷物持ちぐらい付き合うよ」
「ほ、本当? ……しょ、しょうがないわね。付き合ってくれるっていうのなら、私も付き合ってあげるわよ」
顔を真っ赤に染めると疲れなんてなんてその、元気よくリックに指を突きつけた。
「か、勘違いしないでよね。別に荷物持ち目的で付き合って欲しいんじゃないから。アタシがリックと一緒に出掛けたいからなんだからね!」
「うん、僕もアミアと出かけるの楽しみにしてるね」
「……会話が噛み合っているようで、全然噛みあってねえなあ」
どう見てもリックは友達と遊びに行くことを喜んでいるだけなのだが、アミアは更に顔を真っ赤にしてあうあういっていた。それでいいのかアミア。もうちょっと志を高くしても文句は出ねえだろうに。
「ユミル。リックのあの申し出、貴方の入れ知恵か?」
「現状を認識させることはできませんでしたが、どうにかあそこまで漕ぎ着けました」
褒めて下さいといわんばかりに、ユミルはその豊かな胸を張った。思わず視線が釣られそうになるのを全力で抑え込み、ユミルに疑問を投げかける。
「でもいいのかよ? 敵に塩を送る真似をして」
「私たちは仲間なのですから、敵だなんていませんよ。ただ私は皆様が後悔しない、善き人生を歩んでほしいだけですから」
全てを包み込むような穏やかな笑顔で返されると、喉を詰まらせたように何も言い返せなくなった。顔が少し赤くなったのを、見られないように顔を逸らす。
そのことにユミルが困ったような笑顔を浮かべていることに、俺は気づかなかった。
「善き人生を歩む、か。確か『トレス教』で第一に掲げている教えだったな。私は『トレス教』を熱心に信じてはいないが、貴方が語るとしっくりくる」
「ありがとうございます、ナーレさん。でも、私はそんな大した者ではありませんよ。この世界『アルディア』を創造された神の御威光の賜物です」
そういって目をつむり、ユミルは祈るように手を組んだ。そのシスターらしい神秘的な姿に見惚れそうになった。
ナーレがそんな俺を見ていやらしい笑みを浮かべている。クソッ、こっち見んなと思いつつも、恋愛脳真っ只中のアミアを弄ることでごまかそうとした。
「しかしアミアよお、ドワーフの癖にここまで身体が弱いとか、存在自体がギャグみてえだな」
「……はあ!? う、うっさいわね! 別に冒険中に迷惑かけてないからいいでしょ!」
「ほほう。確かに今回の討伐クエストでは迷惑を掛けなかった。だが、前回のデモンホッパー討伐クエストの際は、もう疲れたー。走れないよーと泣いていた気がしたのだが?」
俺の思惑に悪ノリしてくれたナーレが、そういいながらアミアの頬っぺたをつつく。林檎のように赤いほっぺが、怒りでぷくりと膨らんだ。
「しょ、しょうがないもん! だってあのバッタ、メチャクチャ早く飛び回って、ずっと走り通しで……し、しかも最後はアタシの顔には、張り、張りついて――」
その時のことを思い出したのか、アミアは顔を真っ青にすると「みぎゃー!」と叫んで顔を押さえた。中型犬くらいの大きさのバッタが顔に張り付いたら、そりゃトラウマになるわな。
「申し訳ありませんアミアさん、私の魔法で心の傷も癒せればいいのですが……」
「そういえば意外にもユミルは平気そうだったよね。僕が取ってあげようとしたら、先に手で鷲掴みにして地面に放り投げた後、杖で殴り倒しちゃった時はびっくりしたよ」
「あ、あの時は夢中でしたので……お、お恥ずかしい限りです」
そうなんだよな。こう見えてユミルは結構な武闘派だ。回復魔法での支援だけでなく、杖を振るって一歩も引かずにマモノとやり合っている。
ユミルとアミアの種族逆じゃね? と思うかもしれないが、ユミルの体力や筋力は並で、杖術によって戦闘力を確保している。ただの護身術だと本人は謙遜してるが、大したものだ。
「今日フォレストウルフと戦った時も、鼻っ面に杖の先を叩きこんで、アミアの詠唱時間を稼いでいたな。私も多少なりとも荒事には自信はあるが、いやはやユミルには叶わない」
「か、からかわないで下さいナーレさん! 貴方が一番奮戦してらっしゃいましたのに」
「……矢や剣に麻痺毒を仕込むのは当たり前。余ってた関尺玉で怯ませたり、攻撃力はないと油断させたところで爆弾放り投げたり、酩酊草を調合した粉で同士討ちさせたり、やりたい放題だったわね、アンタ」
「お褒めの言葉、ありがたく頂戴しよう」
分断された時、そんな風に戦ってたのかよ。見た目や口調だけなら正々堂々をモットーとしてそうなのに、やることは卑劣極まりない。
「さすが冒険者の間で『卑劣騎士』や『外見詐欺外道』なんて二つ名もらうだけのことはあんな……」
「口に出ているぞ、テンタリス」
「ごほっ!」
ナーレに脇腹を抉られ、口に含んでいた揚げ鳥を吹き出してしまった。対面にいたアミアの顔にべちゃりと張り付き、再び悲鳴が上がる。
咽ながらも、ユミルが慌てて顔を拭いているのを何処か羨ましげにしているリックの姿がはっきり見えてしまった。一体何に対して羨ましいと思っているのか。絶対に考えないぞ……!
「……タリスと間接……いいなあ……」
あーあー聞こえなーい!
リックから目を逸らし、耳を塞いでいると肩を叩かれた。なんだ、俺は現実逃避で忙しいんだと無視しようとしたら、ナーレが指で何かを指し示してきた。
訝しげに思いながらも、指先を辿ってみると――。
怒れる小さな『炎帝』が、仁王立ちで俺のことを睨んでいた。
「人様の顔に食べ物吐きかけておいて、そっぽを向いて耳を塞ぐなんて、いい度胸ね?」
「…………いや、素直に悪いと思ってるんだけどよ、その、なんだ……ちょっとな」
目線をちらりとリックに向ける。だが、本人はようやく気付いた一触即発の状況をどうにかしようと、アミアの頭を撫でて宥め始めた。
「落ち着いて、アミア。怒ると可愛い顔が台無しだよ。笑ってる方が君には似合ってる」
「し、仕方ないわね! アタシは懐が広いから、許してあげるわ!」
「あ、ああ。ほんと悪かった。ありがとな」
先ほどの怒気はどこへやら、手の平をあっという間にアミアは返した。いくらなんでも現金過ぎるだろ、お前……。
「うむ。焼死体が一体できあがらなくて一安心だな」
ナーレが他人事のように良かった良かったと俺の背中を叩く。お前が俺を殴ったせいだろうといいたかったが、元を正せば口を滑らした俺のせいだともいえる。
「……お気遣い、どうもありがとうよ」
なんとも釈然としない気持ちを抱えつつ、皮肉を込めて礼を述べた。
腐れ天使さんのキャラが予想以上に濃くなったので、ギルド描写をなるべくカット。前半部分をそのうち3話とくっつけるかもしれません。