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事件① キス…しちゃう?

「じゃあ海斗くんには、明日の私のコーデへの意見と、デートコースのアドバイスをお願いしようかな」


これから決めるのは加納省吾を惹き付けるための装いだけど、それを海斗くんに選んでもらう事で、最初に彼に悦んでもらうための衣装とする。

うん。これならモチベーションもグンと上がる!

我ながら神アイディアすぎる…なんて思いながら、ふと時計を見て「げ」と声が出た。

なんともう0時を20分も回っていたのだ。


「え?! なんか時間の流れ早くない?」


私の一言で海斗くんも時計を見上げて驚いてる。

あのTVドラマを無言で見ていた時間が邪魔だった…?

時間なんか気にせずにお話を続けて、2時とか3時になって、「あ、もうこんな時間! 今夜は泊まり決定!」ってやるのがよかったかもしれないけど、気付いちゃったのだから仕方がない。

これだけ話を聞いてもらえれば、後は何とか自分で考えられる。

パワーは十分貰ったし、明日頑張って作戦を成功させるためのモチベーションも確保できた。

だから今日もちゃんと海斗くんを帰してあげないと。

そう気持ちを整理して、ふーっと深く呼吸した。

それにしても楽しい時間は本当に過ぎるのが早い。

この理屈だと、明日の5時間は体感で何時間になるんだろう…。


「遅くなっちゃったね、じゃあまた車で送るわ」


よいしょ、とソファーから立ち上がり、ノビをしてからデスクの上に置かれた車のキーを握り込む。

しかし海斗くんは共に立ち上がらずに、膝の上でぎゅっと拳を握ったまま、私を追って視線を上向けただけだった。

その表情は硬く、濃いブラウンの瞳には何か強い決意の色が見えている…。

そんな彼がきゅっと結んでいた口を開く。


「……さっきの話ですけど、やっぱり心配です。だから俺も付いていきますよ」

「え?」


その突然の申し出に、私は驚いて口元を両手で覆う、超ベタなリアクションをして目を輝かせてしまった。

彼は『雫さんが心配だから、明日の加納とのデートを後ろから見守りますよ』と言ってくれているのだ。

そこまで私の事を心配してくれていたなんて…!

嬉しさのあまり歓喜が身体を満たして、目からは涙がじんわりと滲み出し、ついでに下腹の方でもなんかが染み出す。

『やっぱり心配です。だから俺も付いていきますよ』

16歳男子のピュアな好意をモロに浴びてしまった23歳の喪女は、「おねがいしますぅ❤」と抱き着きたくなるのをグッと堪えた。

何といっても今回の相手は結構な異常者なのだ。

どんな危険があるか分からない出来事に、これ以上海斗くんを巻き込む訳にはいかなかった。

顎先に人差し指を当てて、目の前の男の子をどう説得するべきか悩んだ末に、前屈みになって視線の高さを彼に合わせ、ブラに守られていないずっしりとした乳房をたゆんっと垂らす。

これぞ忍法、おっぱいで会話の主導権を握るの術。


「神代さん所のスタッフが後ろから尾行してくれるみたいだから大丈夫。海斗くんは、明日加納を連れ回すための安全なデートコースを一緒に考えてくれるだけで──」

「人任せになんて出来ませんよ」


彼は私の言葉を遮るようにして、キッパリと説得を跳ねのけた。

おっぱいをガン見しながらではあるけどその決意は固く、若干覗き込むように首が傾いてるけど表情は真剣そのものだった。


「で、でも…」

「加納省吾がどんな奴か知ってしまいましたから。それなのに雫さんを一人にして、もし万一何かあったら悔やんでも悔やみきれないと思います。俺、そういう後悔はしたくないんです」


まるで漫画かドラマみたいな台詞が耳から入って背筋を駆け抜け、私は彼の前でキュンっとなった下腹を、おしっこを我慢するようなポーズでぎゅっと抑えた。

ちょっと脚本家さん出てきてくれる? 私たちまだ正式にお付き合いしてないんですけど?


「海斗くん…」


窓の外には真っ暗な千駄木の夜景。

耳をすませば聞こえてくるのは時計の針の音だけ…そんな深夜の事務所で、いつの間にか二人は『しようと思えばその唇を奪える距離』で隣り合っている。

海斗くんは視線を私の顔へと上げ直していて、その瞳に射抜かれた身体が勝手に動き、魅入られるがままに顔を寄せてしまいそうになる。

『やっぱり心配です。だから俺も付いていきますよ』

『雫さんにもし万一何かあったら、悔やんでも悔やみきれない』

それ…正義感だけじゃないよね?

私の事が…好きなんだよね?

そんな無粋な念押しは、恋愛経験に乏しい私でもしてはならないのは分かる。

彼が相当な勇気を出して口に出してくれた言葉なのだと思うと、なんだかとても切ない気持ちになり、頬が火照り、吐息が震えた。

事務所に16歳の男の子連れ込んで、今日、エッチなことしちゃうかもしれない。

そんな妄想が止まらなくなる。

ご褒美…とかじゃないけど、私を守ると言ってくれた男の子にこそ、その身を捧げたいと思うのは、そこまで浅はかな考えではないだろう。

ヤバイ。キス…しちゃう。

目の前には「キスの予感」にも逃げ出さない姿勢の海斗くんがいる。

そんな男の子に見せつけるように髪を耳に掛けてから、私の火照った手を彼に添えると、その手の甲もまた火のように熱くなっていた。

自分を抑えないといけないのに、気持ちがどんどん昂っていく。

(こんな強引に迫ったら、キスの後で彼に逃げられちゃうよ?)

(私を心配して相談に乗ってくれてる男子高校生を身体を使って誘惑して、本当にそれでいいの?)

理性が色んな理由を持ち出して、(彼を好きだからこそ、今エッチしちゃったら後悔するよ!)って必死に私を止めようとしている。

でももういい! 今日は彼とキスするぅ!!

そんなテンションに到達してあわやキスする1秒前、キリリと引き締まっていた橘海斗氏の視線が、ストンと胸元にまで落ちた。


「?」


私も合わせて自分の視線を下向けると──事務所の強めの蛍光灯の下で、汗を吸った黒のチュールキャミソールとハニーベージュのオーガンジーシャツがアピール過剰になっている乳輪をばっちりと透過させていた。

思春期男子の皿のように見開かれた目が、シャツを浮かせちゃってる乳首に釘付けになっていて、そのお口がパカッと大きく開かれている。

その瞬間、海斗くんは少女漫画かトレンディードラマの登場人物のような雰囲気からいつもの彼に戻り、私はすんでのところで瞳の魔力から解放されてなんとか踏みとどまることができた。

急ぎスマホを取り出して、明日の作戦を指揮する男の番号をコールする。


『神代だ』


深夜1時過ぎだったけど、彼はすぐさま通話に出てくれた。


「こ、こんな時間にゴメン。あのね、私の知り合いの男の子が…明日の『ガード』に参加したいって言ってるんだけど」


同業者の返事が一拍遅れる。


『あの少年か。しかしこんな時間に…』


余計な事まで気付かないでよろしい!


「あ、アンタ達が無茶振りするから、この時間まで事務所で相談にのってもらってるんでしょうが!! 」


キャンキャンと甲高い声で釘を刺せば、電話口の向こうで耳を押さえながら顔を顰める神代の姿が目に浮かんだ。


「……で、今から話してもらってもいい? 私は彼の気持ちを尊重してあげたいけど、危険があるだろうし、もし作戦に支障をきたしそうなら、そう言ってあげて欲しい」

『やれやれ。いいだろう、代わってくれないか』


私は電話口の相手に頭を下げてから、まだ少し震えている手で海斗くんにスマホを差し出す。

男の子は頷きながらそれを受け取って、耳元へと運んだ。

ここからのやり取りは作戦参謀役のイケメン探偵に一任したので、途中で口を挟みたくならない様に、しっかりと耳を塞ぐ。


「はい。そうです」

「そんなことはわかってますよ」

「ですね。雫さんが止めないなら、俺は結局行くことになるんじゃないですか」

「それは約束できません」

「それで誰が責任とるんですか」


海斗くんの言葉の端々から、かなりバチバチにやりあってる様子が窺える。

男性二人が戦っている傍らで、私は必死にクールダウンしようとしていた。

何しろ一度は『今夜もう海斗くんとキスする』域にまで到達してしまっていたのだ。心と身体を何とかしないとこの後で論理的な話し合いができない。


──仏説摩訶般若波羅蜜多心経

観自在菩薩行深般若波羅蜜多時照見五蘊皆空度一切苦厄

舎利子色不異空空不異色色即是空空即是色受想行識亦復如是舎利子是諸法空相不生不滅不垢不浄不増不減是故空中無色無受想行識無眼耳鼻舌身意、無色声香味触法無眼界乃至無意識界無無明亦無無明尽乃至無老死亦無老死尽無苦集滅道無智亦無得

以無所得故菩提薩埵依般若波羅蜜多故心無罣礙無罣礙故無有恐怖遠離一切顛倒夢想究竟涅槃三世諸仏依般若波羅蜜多故得阿耨多羅三藐三菩提

故知般若波羅蜜多是大神呪是大明呪是無上呪是無等等呪能除一切苦真実不虚故説般若波羅蜜多呪

即説呪曰羯諦羯諦波羅羯諦波羅僧羯諦菩提薩婆訶

般若心経──


この世のすべてには実体がないと悟ることで、あらゆる苦しみから解放され、自由になれるという、個人的にはそれはそれで寂しいなと感じてる仏陀の教えを唱えて、最低限度の落ち着きを取り戻す。

さっきはホントに、ギリギリだった。

キスした後は、どうなっていただろう…?

ビックリした高校生が「失礼します!」とか言いながら逃げちゃったとか。

二人で「なんかキスしちゃったね」とアハハと照れ笑いをして終わったのか。

私からキャミを捲り上げておっぱいを見せたのか。

彼の方からシャツのボタンに手をかけてくれたのか。

もしそうなっていたら、明日の11時頃は二人でへとへとになりながら事務所の床で身を寄せ合っていただろう。


「…はい。じゃあ、明日に」


男の子は通話を終えて「付いていくことになりましたから」と私に告げてスマホを返却した。

どうやらあの神代の弁術をもってしても、彼を止めることはできなかったらしい。

海斗くんのスタンスは『私の安全が第一』で、神代のスタンスは『作戦の成功が第一』なのだから、どこかでぶつかるのは必定って感じだけど、本当にこれでいいのだろうか…?

男子高校生の「これで文句ないですよね?」って顔を見る。

心配は尽きないけど、あの神代がOKを出したのなら、私から言えることはもう一つしかなかった。


「…1つ条件を出すね」


この条件だけは、何としても聞き入れてもらわなければならない。

折角自分を抑えた直後だったけど、心を強く持ちながら彼に正面から抱き着いて、その逞しい胸板にノーブラな乳房をこれでもかと押し当てた。

途端に海斗くんの背筋がびし!っと垂直に伸びる。

これぞ忍法、おっぱいで会話の主導権を握るの術強化版!


「自分の身の安全を第一に考えて行動する事。例えば…加納省吾が刃物のようなものを出した時とか、あのチンピラ達を呼び寄せた時とか。そういったギリギリの状況では、助けを呼ぶとか、警察に頼るような判断をしてね? もし何かあったら、私は今後一切、海斗くんにお願い事が出来なくなっちゃうから」


身を寄せながらパッと顔を上げて、私を守ろうとしてくれている男子高校生の顔を見ると、そこにはいつかコンビニで見たことがある赤鬼さんが居た。

あの時よりも更に鼻の穴が膨らんでるけど、イケメンなのには変わりないのが凄い。


「それが約束できないなら、神代さんが良いと言っていても許可できない」


海斗くんは動かない。「ウン」とも「スン」とも答えない。

テーブルの上のチョコレート菓子を3つつまんで、彼の口にポイポイポイと押し込むと、赤鬼さんはそれを自動的に咀嚼してゴックンと飲み込んだ。


「聞こえてます?」

「キコエテマス」

「約束できる?」

「オヤクソクデキマス」


…なんか不安な回答だけど、海斗くんを信じるしかないよね。

時刻は深夜の1時半になっていて、私は「泊まっちゃいなさいよ★」とは言わず、彼を車で送ることにする。


「じゃあはい、また車で送るから。『レジデンス・カレッジ文京』だっけ」

「いつもすいません…」

「何言ってるの、こんな遅くまで付き合ってくれて、ありがとう」


何となく残念そうな様子の男子高校生と手を繋ぎ、一緒に事務所を出て地下駐車場へと降り、クリスタルホワイトのマイクロコンパクトカーに乗り込んでエンジンをかける。

まだまだプライベート空間だけど、隣にいる海斗くんの緊張が僅かに解けていくのを感じた。

彼もやっぱり「今晩エッチするかもしれない予感」に気を張り詰めていたのでしょう。

ホッとしていたり、するのかな…?

そこからはラジオから流れる『真夜中ドライブ』を聞きながら、少しゆっくり目に走っていたのに、会話も無いまま学生用マンション前に到着してしまう。

路肩に寄せて停車すると、海斗くんがベルトを外さずに私の方を見た。


「…明日の過ごし方、俺に考えがあるんです」

「え?ナニナニ!?」


彼に耳を寄せると、一台の車が車内を照らすようにハイビームを飛ばしながら結構なスピードで脇を走り抜けていった。

その間に、私は『その気になった加納省吾と長時間一緒に居ても安全な方法』について海斗くんからスポーツマン男子高校生ならではの超ナイスなアイディアを提案される。


「…どうですかね?」

「そ、それいいじゃない! あ、でもチケットは今からとれるものなの?」

「俺、チケット持ってます。人から貰ったんですけどね。車の中で待っててください」


車を降りて走り、エントランスに消えていく彼の姿を見送りながら、これなら5時間コースでもなんとかなりそうだと一人で頷く。

それは本当に目から鱗の提案で、私には無い発想だったのだ。

3分弱くらいで戻ってきてくれた海斗くんからチケットを受け取り、金額を確かめて倍するくらいの料金を支払った。


「あ、いいですって。貰ったものですから」

「ダメダメ。アルバイト頑張ってる学生さんから、社会人がタダで物を受け取るワケにはいかないでしょ」

「…はい。まあ…でも、どうせ琥珀でバイトだからと捨てなくて良かったです」


お金を受け取り恐縮している彼を見て、これはもしかして自分のデート用に買っていた奴だったりしないかと訝しむ。

彼は学校中で「エロいねーちゃんと出来てる」と噂になっている人物。もしデートする相手が居るんだとしたら…それって私だったのでは。

もしそうだったら、海斗くんは自分で用意したチケットを、加納省吾と私のデートに使われちゃうわけか…。結構きついかもしれない。

この事件が終わったら、私から彼を誘ってみようカナ…。


「私じゃこの発想なかったもん。お茶して、ショッピングして、下手するとプールとか行っちゃってたかも。本当に助かっちゃった」


海斗くんのデートプランのお陰で、明日の心配はほぼなくなったと言って良い。

車の中からお礼を言うだけに留めず、私も車を降りて、改めて彼をエントランスまで見送った。


「じゃあ、おやすみなさい。明日はよろしくね」

「おやすみなさい」


自動ドアが私達を隔てた後で、ガラスを挟んで手を振り合い、彼がエレベーターに乗ったのを見てから車内に戻り、ハンドルに頭を擦りつけて悶えて間違えておでこでホーンを鳴らしちゃって慌てて身を起こし、シートベルトを締め、アクセルをぐーんと踏み込んでターンする。

そのまま一目散に雑居ビルに滑り込み、地下駐車場で車を降りて、何となく暗闇からの視線を感じながら事務所に戻ると後ろ手にドアを閉めた。


「はふぅ…❤」


独りになると、般若心経を唱えた辺りからずーっとやせ我慢を続けていた身体の火照りが一気に噴き出してしまい、抑えがたい性的な欲望に膝が震えて、曇りガラスの扉に寄り掛かりながらずるずるぺたんとその場に座り込んだ。

深夜ドラマの役者達の演技なんか目じゃないくらいに荒々しく着衣を脱ぎ捨てて、全裸になると姿見に見向かって足を開き、自分のあまりのみっともなさに泣く。

ちょっと口で説明するのも避けたい状態になっていた股間に指を滑り込ませれば、すぐに下腹がぎゅううううってなって、悦びのあまり鼠径部から太腿が痙攣し始めてしまう。

──その夜私は、外がうっすらと明るくなるまで汗だくになりながら『行為』に没頭し、作戦に支障が出る程に自分を鼓舞し続けたのだった。



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